70代で2000万円投じ家を建てた彼女の快活人生 人生の最後「迷惑かけたくない」に抗うわがまま

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写真はイメージです(写真:nonpii/PIXTA)
人生の最期を迎えた時、「納得」するか「後悔」するか――。
「治さない医者」を自認する訪問診療専門の医師・平野国美氏は、これまで2700人の最期を看取ってきた。究極の「今際の生」を見届け続けるなかで会得した「後悔なく生きる秘訣」とは何か。著書『70歳からの正しいわがまま』から一部抜粋、再構成してお届けする。                     

70代で初めて、念願の「マイホーム」を持った

私は「治さない医者」を自認し、世間から「看取りの医者」と呼ばれるが、ゴール目前の人たちの多くに伴走してきて、わかってきたことがある。

それは、人生の最終盤を、生きたいように生きて死にたいように死ぬ、思うがままに生きて死ぬことで、その人の命は輝きを増すということだ。

おそらく他の医師よりも圧倒的に多くの死亡診断書を日々書き、多くの旅立ちに立ち会わせてもらった。「正しいわがまま」によって、本人はもちろん、周囲も納得と、幸福感すらともなう、豊かな人生の「結び方」がかなうことを知った。

十人十色のわがままを見せてもらったなかで、80代のスミちゃんも、立派に自分のわがままを通し、そして、旅立っていった1人だ。

戦後間もなく、地方に生まれたスミちゃん。生まれた家は貧しく、地元の小学校を卒業後は、すぐに東京に奉公に出されたという。その後、若くして結婚。結婚後も彼女は、長いこと路上での靴磨きや、家政婦をして、家計を支えてきたそうだ。

「子どもはひとり、男の子を授かりました。ずっと、長屋住まいをしながら育て上げました」

スミちゃんは、長屋住まいということにコンプレックスがあり、それをもうずっと長いこと抱えていたという。

地方出身者である彼女にとっては、自分の家を持って初めて一人前、そんな思いがどこかにあったのだろう。とくに、彼女が子育てに奔走していたのは、日本が右肩上がりに経済成長を続けていたころのこと。誰もが、自分の城を構えることを夢見ていた、持ち家ブームの時代だ。だから、スミちゃんは「ずっと長屋暮らしで、息子には肩身が狭い思いをさせてしまった」と、ずっと気に病んでいたのだそうだ。

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