今年も悪いニュースばかりではなかった。政治的混乱や気候危機、そのほかの人災に見舞われながらも、健康や宇宙、政治分野でさえ、輝かしい瞬間が確かにあったのだ。われわれの進歩は、完全には止まったわけではない。
2019年のニュースから、特に希望に満ちた励みになるものを振り返っていこう。
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数カ月の延期の末に、女性のみによる宇宙遊泳がようやく実現した。延期の理由は、クリスティーナ・コックとジェシカ・メイアが着るMサイズの宇宙服をもう1着、国際宇宙ステーションに運び入れる必要があったからだ。これは、宇宙という舞台でも、男性優位の前提が女性の活躍を阻むことを強調する出来事だった。コックとメイアは5時間半の船外活動で、電力制御ユニットの修理にあたった。
10年に及ぶ登録活動が実を結び、英マンチェスター大学のジョドレルバンク天文台がユネスコ世界遺産に登録された。天文台に設置されたラヴェル電波望遠鏡は現在では世界3位の規模だが、かつては世界最大であった。1945年以来天体観測に使われてきたこの天文台は、電波天文学誕生の地でもある。
米国の体操選手、シモーネ・バイルズ。22歳の彼女は、2019年の世界選手権で5枚の金メダルを獲得したのみならず、自身の演技「バイルス2」で「後方抱え込み2回宙返り3回ひねり」などの技を繰り出し、本人のキャリアでも前例のない大差を付けて優勝。この結果、体操選手として史上最多のメダル獲得者となった。バイルズは2018年、米体操連盟の医師ラリー・ナサールから性的暴行を受けていたことを告白していた。組織的隠蔽に対して非難の声を上げ、世界中の女性アスリートのみならず、一般女性に自信を与えたことも、彼女の大きな功績である。
グーグルによる論文で、世界が一変した。突然「量子超越性(quantum supremacy)」が現実のものになったのだ。量子超越性とは、古典的コンピューターが実用的な時間内に処理できない計算を、量子コンピューターが高速で実行することを指す。グーグルが2017年までに達成可能と見込みを発表したり、競合他社がそれに追従したりなど、長年到達間近と見られてきたマイルストーンである。しかし2019年、グーグルの研究者らは「Sycamore」と呼ばれる量子プロセッサーを用いて、初めて無作為抽出の問題を解いてみせた。現在最速のスーパーコンピューターでも1万年かかるという問題を、Sycamoreは3分20秒で解いたという。小さな第一歩にすぎないが、最初のマイルストーンとして量子超越性が達成されたのだ。
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バッテリーの容量低下は、電気自動車の課題のひとつだ。交換が必要となると、金銭的コストも環境的コストも高くつく。だが、テスラの電池研究部門長が開発したバッテリー技術が解決の糸口になるかもしれない。ダルハウジー大学の研究者でもあるジェフ・ダーンは、複数のパウチをベースにしたバッテリー設計に関する論文を発表した。それによると、このバッテリーは頻繁に充電したとしても、容量をほぼ損なうことなく100万マイル(約160万km)走行可能だという。充放電を3,400回繰り返しても、容量の消耗率はわずか4パーセントだ。
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1月、グーグル傘下のディープマインドによるAIが、リアルタイムストラテジーゲーム「スタークラフト2」のプロを打ち負かした。ただし、この1回戦目は条件が公平ではなかった。そこで2回戦目は、実際のゲームプレイをよりリアルに再現するため、AIも人間のプレイヤーと同じようにゲーム内の視点を通じてマップを見るなど、同等の制約条件のもとで行なわれた。人間の対戦相手に勝利しただけでなく、エリートレヴェルのゲームプレイを披露したことで、ニューラルネットワークは現実世界の環境で新しいスキルを正しく学習できることを証明した。
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5月、英国は石炭発電による電力の使用を2週間停止し、再生可能エネルギーのみによる発電実現へ向けたひとつのマイルストーンを達成した。わずか6年前まで、英国が消費電力の40パーセントを石炭に依存していたことを踏まえれば、非常に大きな成果である(アイルランドと送電網を共有する北アイルランドの消費電力を除く)。この2週間の電力の一部は、カーボンフリーでない天然ガスや、原子力発電でまかなわれていたが、太陽光発電や風力発電では新記録も樹立されており、真の再生可能エネルギーを巡る成果が挙がったことは確かだ。
今年、何百万人という子どもたちが学校を休み、気候変動に対する消極的な姿勢に抗議した。また、グレタ・トゥーンベリは国連の場で、環境対策への取り組みが緩慢であるとして、政治指導者らを厳しく糾弾した。そんな彼女の声が届いたのか、ノルウェーでは議会がロフォーテン諸島での掘削プロジェクトの承認を拒んでいる。30億バレル相当の石油消費を阻止できれば、石油依存からの脱却へ一歩近づくだろう。
ヴァンクーヴァー発着のわずか15分のフライトが、未来の空の旅の姿なのかもしれない。カナダの都市部と島々の間でターボプロップ機を運航するハーバー・エアは、オーストラリアのエンジニアリング企業magniXと共同で電気飛行機を開発した。就航62年目の6人乗り水上飛行機に、航続距離160kmのバッテリーと電気モーターを取りつけたのだ。今回のフライト試験成功を受け、ハーバー・エアはすべての運航機を電気化する考えだが、型式証明の取得には2年かかる見通しだ。
『Royal Society Open Science』誌に掲載された研究では、大西洋南西部で大量捕獲により激減していたザトウクジラの数が、ほぼ完全に回復したことが判明した。1950年代中盤、わずか440頭まで落ち込んだと見られていた生存数は、捕鯨の禁止によって24,900頭にまで回復した。乱獲が始まった300年前以前の生息数にも近い数だ。
保守派政治家らは子どもよるアダルトコンテンツの閲覧を防ぐため、5年にもわたってポルトサイトに年齢確認を義務づける計画を推し進めてきた。さまざまな提案に対して安全性および健全性への批判がなされたうえ、施行延期が数年におよんだことから、ニッキー・モーガン文化相は計画見送りを認めた。二度と法案が浮上しないことが望まれる。
40年前に中絶が合法化され始めた英国だが、残る北アイルランドもようやくその流れにのり、女性たちに中絶の医療処置を受ける権利が与えられた。北アイルランドではまだ中絶措置が提供されていないため、女性たちのイングランドまでの渡航費は英政府が負担する予定だ。アイルランドの女性たちは数十年前から自費でイングランドに渡航しており、昨年は1,000人以上の渡航が記録されている。来年、北アイルランドでも処置を受けられるようになれば、そういった渡航の必要はなくなる。
救急搬送された外傷患者に対する医師の救命処置は一刻を争う。米メリーランド大学医学部の科学者らは、患者を意図的に「仮死状態」に置くことで、医師が時間を稼いだ。「緊急保存および蘇生(Emergency Preservation and Resuscitation)」と呼ばれるこの処置は、急性外傷を負い、心肺停止し、かつ血液量の半分以上を失ったことで、生存率が5パーセントとなった患者を対象に行われる。外科医が手術する時間をつくるため、この処置では患者の血液を冷やした生理食塩水に置き換えることで脳活動を停止させ、患者の体を冷却する。2時間後には、患者を温め直して心臓の再始動を試みる。この処置はまだ試験段階だが、2020年には結果が出る見通しだ。
1,000組のカップルを対象とした8年にわたる研究の結果が医学誌『ランセット』に掲載され、抗レトロウイルス薬の摂取がHIVの感染予防になることが明らかになった。HIV患者はパートナーを感染させる心配がなくなるだけでなく、すべてのHIV患者に薬が行き届けば、これ以上の感染拡大を食い止められるかもしれない。また、研究者らは骨髄移植でふたり目のHIV治療成功例が出たことを発表した。この治療は匿名患者の悪性腫瘍に対して行われたが、骨髄移植はリスクが高く、別の治療手段が優先されることから、HIV感染に対して行なわれることは稀だという。しかし、研究者らはこれが新しい治療技術につながることを期待しており、また、HIVが治療可能であることを証明できると述べている。
ソーセージロールで有名なグレッグスが、ヴィーガン向けのソーセージロールをつくった。長蛇の列で売り切れが続出、同ベーカリーチェーンの利益は58パーセントの伸びを見せたという。一方で、テスコやマークス&スペンサーもヴィーガン向けソーセージロールを提供している。KFCはヴィーガン向けチキンバーガーの販売を予定だ。マクドナルドもヴィーガン向けメニューを検討している。こうした流れが、環境や動物に影響を与えることなく、気軽にファストフードを楽しめるようにしている。たとえ1食だけであっても、ヴィーガンになるには便利な時代になった。
TEXT BY NICOLE KOBIE