新型コロナウイルス対策として、都市封鎖や全面休校といった「強硬策」はどこまで有効なのか?

新型コロナウイルスの感染源となった中国では、都市封鎖や全面休校をはじめとする強硬策が政府主導で次々に打ち出されてきた。こうした施策に対して米国の専門家は懐疑的だったが、感染が米国や日本を含む地球規模で広がってきたいま、その考えを改め始めている。
新型コロナウイルス対策として、都市封鎖や全面休校といった「強硬策」はどこまで有効なのか?
STR/AFP/AFLO

中国で発生した新型コロナウイルスによる感染拡大を食い止めようと、中国政府は次第に強権的な手段をとるようになった。確定診断数が1月後半に入って爆発的に増加すると、感染の中心地である湖北省の複数地域を封鎖するという前代未聞の作戦に打って出たのだ。

それ以降、数千万という市民が政府主導の隔離政策の下で生活することを余儀なくされている。外出を控えるよう強制されたり、急ごしらえの野戦病院のような施設に詰め込まれたりしているのだ。こうした動向を世界は固唾を飲んで見守ってきた。

米国の感染症対策の専門家は、中国政府がこうした施策を次々に打ち出す様子を困惑の目で見ていた。というのも中国の政策が、まるで医薬品やワクチンが存在せず、飛行機で人々が移動したりもしない前時代の公衆衛生の教科書から抜き出してきたように映ったからである。

こんな大規模な封鎖を実施したところで、効果がある保証などない──。それが米国の専門家の意見だった。

ところがいま、こうした強引な政策の有効性を検証するために中国に派遣された国際的な専門家チームは、当初の判断を覆そうとしている。中国以外の各地で新規の感染例が急増している状況を目の当たりにして、中国と同じような強権的手段に訴える必要があるかどうか、米国の公衆衛生当局も熟考を始めているのだ。

中国政府の強硬策が奏功?

中国の現場で2週間の検証を続けた国際保健機構(WHO)の派遣チームは、現地の新型コロナウイルスは感染の勢いが弱まっているとの結論に達している。1月23日から2月2日がピークだったという。WHOの調査団が中国入りした2週間前と比べると、1日あたり2,500人を数えていた新規感染者が、80パーセント減の416人にまで減っている。

カナダの伝染病学者ブルース・エイルワードが団長を務めるWHOの調査団は、感染者の隔離策、施設の閉鎖などの社会距離戦略、COVID-19発症者と接触した人物の追跡調査など、中国当局が実施した強硬策により数十万人が感染を免れた可能性があることを見つけ出した。「急速に拡散している病原体に対して中国政府が講じた大胆な施策により、いまだに致死的であり続けているこの疾病の加速度的な感染スピードが弱まったことは間違いありません」と、エイルワードは24日に中国国家衛生健康委員会が北京で開いた記者会見で語っている。

これに対して、インペリアル・カレッジ・ロンドンや香港大学の伝染病学者は、感染速度が低下したという根拠とされる中国政府発表のデータの信頼性に疑問を投げかけている。最近になって当局による診断の確定方法が変わったこと、検査キットが不足していること、政治腐敗が存在している可能性があることなどを、その理由に挙げている。

中国政府が発表した数字を疑う根拠を見つけようと思えば、いくらでも出てくるだろう。実際に中国政府は当初、ウイルスの存在を隠蔽しようとした。感染拡大を公表しようとした内部告発者を逮捕したりもしている。エイルワードは24日の記者会見で、そうした懸念が存在していることを認めた上で、「目の前のこの減少は実際に起きていることです」と語っている。

WHOの調査団が強硬策の有効性を認める

エイルワードによると、調査団は45ページの報告書をWHOに提出している。中国の事例を今後の新型コロナウイルスの拡散抑制にどのように生かすか、勧告が含まれているという。

この報告書はまだ一般公開されていない。しかしエイルワードは記者会見で、その内容についてほのめかすような話をしている。他国の首脳陣も、実験的な医薬品や(現状では開発中でしかない)ワクチンでことなきを得るだろうといった甘い考えを捨て、同様の強硬策の採用を検討すべき時期に来たというのだ。

「人は強硬策を見て『ここではそんなのは無理だ』とか『あそこでは無理だ』と言うかもしれません。でも現実に使える“武器”は限られていますし、動くのであれば迅速に動かなければなりません」と、エイルワードは言う。「中国の事例が示しているのは、強硬策には効果があるということです」

強硬な検疫策がCOVID-19の感染拡大を実際に抑制できるとしよう。しかし、独裁政権だったり、集団主義的な社会風土があったりするならまだしも、ない国で果たしてそんな策を実行できるのだろうか。

地域の封鎖に乗り出したイタリア

イタリアは、それを試みようとしている。イタリア政府当局は、22〜23日にかけて急激に感染者が増えた北部ロンバルディア州の11の自治体で、市民の隔離に乗り出している。イタリア国家市民保護局局長とコロナウイルス緊急対策調整官を兼任するアンジェロ・ボレッリによると、25日には感染確定例が283人(死亡者7人)まで増加した。欧州初のCOVID-19による感染拡大事例であり、中国と韓国に次いで世界3位の感染者数となってしまった。

感染拡大を食い止める緊急対策として、イタリア当局は23日に学校や美術館の閉鎖を命じた。さらに、スポーツ関係のイヴェントやその他の大規模集会の開催を中止し、対象地域への旅客や貨物の出入りを禁じたうえで、一部の薬局や食料品店を除くほぼ全ての商店に休業を命じた。

現在、約5万人の住民が封鎖地域にとどまることを余儀なくされている。今後2週間にわたり、新規に設定されたこれらの「レッドゾーン」を離れることを禁じられているのだ。

しかし米国の公衆衛生法の専門家は、こうした地域封鎖のような強引な手段を米国でとることは不可能だと指摘する。「中国が実施した大量の市民を『防疫線』で囲い込むような政策は、米国では絶対に考えられません」と、ジョージタウン大学のローレンス・ゴスティン教授(国際保健法)は語る。「防疫線(コルドン・サニテール)」とは数百年前のフランスに端を発する言葉で、疫病の拡散を防ぐために人々の移動を制限する仕組みを指す。

米国が追随できない理由

なぜ、米国ではできないのか。ひとつには、そうした手段は違法である可能性が高いと、ゴスティンは指摘する。米国の検疫法の発祥は1700年代の植民地時代にまでさかのぼるが、多くの州はそれから現在までの間に、検疫法を時代に即したものに書き替えているという。

米同時多発テロ事件とその後に続いた炭疽菌事件の影響で、多くの州で公衆衛生法の見直しや「非常事態における保健管理法」の制定が必要となり、ゴスティンもかなりの数のモデル法案を書き上げたという。しかし、そうした州法の効力には限界がある。病原体の感染力が強く、社会にとって危険である患者に限り、非自発的に隔離できると定めてあるのだ。

自治体の保健当局が、特定の危険な病気にかかった市民に対して自宅待機を命じる権限しかもたないのは、そうした理由による。ニューヨーク市は結核患者を依然として隔離している。ロサンジェルス市は、はしかの流行があるごとに小規模な隔離策を実施してきた。

しかし、全国一律あるいは都市全体、ひとつの郵便番号が割り振られた地域といったレヴェルで考えても、多くの人が健康であるにもかかわらず地域全体を封鎖してしまう中国やイタリアのような検疫策は、米国では実施できないとゴスティンは指摘する。米国民の自由権を大幅かつ無差別に侵害することになるからだ。「どんな裁判で争っても負けるでしょうね」と、ゴスティンは言う

いかに人々の移動を制限するのか?

ホワイトハウスから検疫隔離を命じる大統領令が出たらどうなるだろうか。ゴスティンによると、米国のような連邦制国家では州の権限が優先する。このため大統領令に正当性があるかどうかは、州がそうした隔離策を望んでいるかどうかにかかってくる。

「州政府の意向に逆らって連邦政府が連邦法の施行を強行しようとした場合、法的な根拠が希薄になります」と、ゴスティンは言う。だが、州政府のほうから支援を要請したのであれば、連邦政府の行動にも正当性が生じることになる。

「要するに、合衆国憲法の下で州は主権を有すると規定されており、連邦政府が州政府に強制して何らかのかたちで動かしたり、支援を受け入れさせたりはできないということです。しかし連邦政府は、例えば交付金をちらつかせて協力を誘導するといった方法はとれるかもしれません」

仮に都市単位、郡単位で強制隔離を実施するとなった場合、人々の動きをどう管理するか。これがもうひとつの課題となる。「サンフランシスコの市長が、検疫のために市を封鎖すると明日発表したとします。市民がどういう行動に出るかおわかりでしょうか」と、ボストン大学のウェンディー・マリナー教授(保健法)は問いかける。「多くの市民は、とにかく市を脱出しようとするでしょうね」

中国では発達した監視網や強権的な警察機構によって、大規模な社会統制を実施することが可能だった。しかし、米国ではそれはできない。米国の公衆衛生当局は、中国よりも圧倒的に従順さに欠ける(そして武装度の面でもかなり上を行く)市民を相手にしなければならない。「米国では政府の勧告に従わない自由が大幅に保障されています」と、マリナーは言う。

マリナーいわく、隔離政策を巡るさまざまな話のなかで置き去りにされているのが、市民を自発的に自宅にとどまらせるにはどうすればいいかといった議論だ。隔離政策を実行するなら、食料、水、医薬品の供給に抜かりがないようにするのはもちろんだが、低賃金労働者や在宅勤務ができない労働者が失う収入を政府が補償する何らかの仕組みが必要だという。「ただちに強権を発動するのではなく、まずは人々が進んで自宅待機したくなるような策を講じることです」

警戒を強化した米国

米国の保健当局のトップは25日、ついに一般市民に警告を発し、日常生活への「深刻な」影響があることを覚悟するようにと語った。

米疾病管理予防センター(CDC)の国立予防接種・呼吸器疾患センターで所長を務めるナンシー・メッソニエは、電話による記者会見を通じて、米国内での新型コロナウイルスの継続的な感染拡大が避けられなくなってきているようだと語っている。「COVID-19の症状が他国で拡大している先週のデータを見て、米国も警戒を強めざるをえなくなりました。米国でも市中感染が起きると予想しています」と、メッソニエは言う。

イタリアに加えて、新たに韓国とイランでも爆発的な感染拡大が起きている。新型コロナウイルスの感染速度は中国本土でこそ落ちてきているかも知れないが、世界の他の地域では依然として活発であることがわかる。

中国では、これまでのところ約80,000人が発症し、2,600人以上が死亡した。米国では中国から入国したか、それらの人物と濃厚接触した14人に陽性反応が出ている。世界のほかの場所からの帰国を希望した43人の米国人にも陽性反応が出たが、国内送還した上で隔離したとメッソニエは語っている。その多くは不運なクルーズ船、ダイヤモンドプリンセス号の上でウイルスに感染した人々だ。

米政府は25億ドルの緊急予算を投入へ

ホワイトハウスは24日、25億ドルの緊急予算措置を議会に要請した。新型コロナウイルスの感染拡大を見込んだ対策費に使われる。

行政管理予算局の報道官がAP通信に語ったところでは、この予算はワクチン開発の加速化、機器や物資の調達にも使われる。民主党の下院議員は額が不十分だとして、検査能力の拡充、空港でのスクリーニング検査の増強、中国からの避難帰国者をいくつかの軍基地に分散して隔離・収容している国防総省への補償にも予算が必要だと指摘している。

CDCは2月初め、湖北省から帰国した米国人の隔離検疫を開始した。そこで非政府団体が支援に乗り出している。アメリカ赤十字社は避難者に毛布、スナック菓子、ぬいぐるみなどの支援物資を支給した。赤十字社の広報担当者は、隔離策が拡大した場合どのように支援していくかについて明言していない。

赤十字社の広報担当は『WIRED』US版の取材に対して、事態の推移を密接に連携をとりながら見守っており、今後数日間や数週間で赤十字社はどういった支援をすべきなのか、政府機関や州当局と協力しながら見極めている段階だとしか言えない、と語っている。

いま政府主導でできること

米食品医薬品局(FDA)は2月4日、CDCが開発したCOVID-19検査キットを緊急承認した。ところがキットに技術上の問題が発生し、米国全土の保健検査施設に行き渡るだけの数が用意できていない。CDCのメッソニエによると、25日の時点で新型コロナウイルスの検査能力をもつのは、CDCに加えて12カ所の保健施設にとどまっているという。

COVID-19の治療薬として認可されたワクチンや医薬品はいまのところ存在しないが、研究者は有効な治療法の発見に向けて活発に動いている。米国防高等研究計画局(DARPA)の支援を受けた研究で、医療関係者や患者の家族が短期間に身体の防御力を高められるようにする抗体を探す試みも始まっている。

メッソニエによると、CDCはウイルスの拡散速度を低下させられる非薬物的な手段を評価中で、次のような措置によってウイルス拡散の収束を目指すという。

まず環境面での措置として、さまざまな物体の表面を清掃したり消毒したりする。さらには、より積極的な社会距離戦略に打って出て、学校を全面休校にしたり、大規模イヴェントを中止にしたり、発症者に自主的な自宅待機を求めたりする。CDCは州や自治体の公衆衛生当局と協力して、地域の事情や状況に応じたきめ細やかな対策を講じていくとメッソニエは語る。

市民は雇用主や医療ネットワーク、デイケア業者、子どもの学校などに問い合わせ、それらのコミュニティで感染拡大が始まった場合の危機管理計画について知っておいてほしいと、メッソニエは期待を込める。

「いまの段階ではあらゆることが困難に感じられるでしょうし、日常生活にも深刻な影響が出るかもしれません」とメッソニエは言う。「しかし、国民の皆さんはこうしたことについて、いまから考えておいてほしいのです」