ハイブリッド機構なしのホンダ「NSX」は、こうして超高性能なレースカーへと進化した

ホンダのハイブリッドスーパーカー「NSX」をデイトナ24時間レースで走らせるには、先進的なハイブリッド機構を取り除く必要があった。だが、それは決して“退化”ではない。誕生したマシンはいかに鉄壁の信頼性を誇り、スーパーカーにおける“ホンダそのもの”へと進化したのか。
ハイブリッド機構なしのホンダ「NSX」は、こうして超高性能なレースカーへと進化した
ホンダが海外で展開する高級ブランド「Acura(アキュラ)」のレーシングカー「NSX GT3 Evo」はハイブリッドシステムを搭載しないだけでなく、後輪駆動になっている。PHOTOGRAPH BY ERIC ADAMS

1月末のある夜、フロリダ州のデイトナ・インターナショナル・スピードウェイ。フロリダ州沿岸部は年間を通じた温暖な気候で知られるが、1月の夜ともなると、デイトナ24時間レースが行われるこのコースもさすがに肌寒い空気に包まれる。

こうしたなか、トラックの中間地点付近に位置するホンダの海外向け高級車ブランド「Acura(アキュラ)」のレースチームのガレージとピットは、この寒さと同じくらい珍しい状態にあった。何も起こらないのだ。

もちろん周囲にはレース特有の轟音が鳴り響いている。ただ、伝説のコースのスタートラインをドップラー効果とともに走り抜けていくクルマから目をそらせば、そこには奇妙な穏やかさが漂う。

エンジンの部品と格闘するエンジニアはおらず、故障の際の応急処置に必須の粘着テープも見当たらない。次々に発生する問題を必死になって解決しようと、チームメンバーが狂ったように手を振り回してサインを出すこともない。どのクルマもピットインするのはタイヤ交換とドライヴァーの交代のときだけで、あとは黙々と周回数を増やしていく。

アキュラの「NSX GT3」を採用した「チーム・ペンスキー」と「マイヤー・シャンク・レーシング」は、過去の耐久レースにはつきものだった混乱の欠如を楽しむかのような余裕をみせていた。レースのまっただ中にあってもガレージの雰囲気は冷静沈着で、その落ち着きがかき乱されることはほとんどなかった。

スーパーカーにおける“ホンダそのもの”

数十年に及ぶ歴史と進化のおかげでマシンの安定性は向上し、非常に過酷なレースでも無理なく完走できるようになっている。アキュラのエンジニアチームは、その信頼性をさらに高めることに成功した。エリオ・カストロネベス、アレクサンダー・ロッシとともにチーム・ペンスキー7号車のドライヴァーを務めるリッキー・テイラーは、「最近のマシンはどれも非常に性能がいいので、基本的には戦略の勝負になってきています」と語る。

アキュラのモータースポーツでの成功は「NSX」のおかげだろう。アキュラを展開するホンダが1990年から販売している15万ドル(約1,700万円)のスーパーカーの最新モデルはハイブリッドシステムを搭載し、時速60マイル(96.5km)の加速はわずか2.7秒、最高時速191マイル(同307km)に達する。

2代目となる現行モデルが登場したのは2016年だが、わずか数年で鉄壁の信頼を獲得した。ホンダのクルマは信頼性の高さで語られることが多いが、NSXはまさにスーパーカーにおける“ホンダそのもの”と言っていい。

市販モデルのレース版となる「NSX GT3 Evo」はパフォーマンスが強化されているが、ハイブリッドシステムは搭載していない。駆動システムも四輪駆動ではなく、後輪駆動になっている。これは北米のユナイテッド・スポーツカー選手権が、グループGT3ではハイブリッドと四輪駆動を禁止しているからだ。

まるで科学の実験ブースのような内装

一方、3.5リットルのツインターボエンジンは市販モデルとほぼ同じものだが、ハイブリッドでないことからモーターは搭載しない。オハイオ州アンナにある工場では、Evo用エンジンのブロックに穴を開ける作業が進められている。ハイブリッド版では不要な電力供給用のオルタネーターを取り付ける必要があるからだ。

マイヤー・シャンクのオーナーのマイケル・シャンクは、エンジンの確かな性能と寿命は勝利に必要不可欠だと語る。「このクルマの素晴らしいところは、オハイオの組み立てラインで完成したエンジンをそのまま積んでいることです。いくつか特別な加工をしてスイッチを入れれば、あとは1万マイル(1万6,000km)を走ってくれます。コンスタントに使い続けてもシーズン半ばまでそのままで大丈夫で、エンジンの心配をする必要はありません」

マイヤー・シャンクは昨年、Acura Motorsportsとホンダ・パフォーマンス・ディベロップメント(HPD)が共同開発したこのスーパーカーで、GTデイトナ(GTD)クラスのチャンピオンとなった。

レース用のEvoは、エンジンこそ市販モデルと変わらず、フレームやシャシーなどの基本構造も同じである。だが、レースカー仕様であることから、内部は科学フェアの実験ブースのように見える。

内装はすべてはぎ取られ、チューブやケーブル、レースに必要なハードウェアが周囲を埋め尽くす。市販モデルではアルミニウム製の計器パネルは、車体重量を少しでも軽くするためにカーボンファイバーに変更された。

PHOTOGRAPH BY ERIC ADAMS

制御機構も異なる

リアスポイラーと地面すれすれの高さに取り付けられたフロントスプリッターなどのエアロパーツによって、ダウンフォースは通常のNSXと比べて5倍になっている。ラジエーターもレース仕様で、モーター関連の部品のあった場所に置かれる。市販モデルは9速のデュアルクラッチトランスミッション(DCT)だが、Evoは6速だ。

コーナリング性能も異なる。市販のNSXはフロントモーターがタイヤにかかるトルクを制御するトルクヴェクタリング機構を備えているが、Evoにはないことからアンダーステアリングになる傾向がある。

HPD社長でNSXの開発責任者でもあるテッド・クラウスは、「コーナーに差しかかるときにハンドルを大きめに切ることになりますが、実際に曲がっている際にはより細かな調整が可能です」と語る。「もちろんレース用のタイヤを履いていますし、フロントが重くダウンフォースも強いので、コーナーに突っ込んでいきます。そこでコーナリングで微調整できる能力が必要になってくるのです」

コントロールという意味では、全般的に同じことが言える。V6エンジンのバンク角は75度と広めにとってあり、ドライヴァーに近く低い場所に設置されている。クラウスによると、エンジンの位置を低くすると重心が下がり、車体のバランスが向上するだけでなく制御もしやすくなる。

確立されたホンダならではの信頼性

内燃機関で走るレースカーの安定性は完成に近い域に達しつつあるわけだが、これが自動車業界全体の電動化が加速すると同時期に起きているという事実は特筆に値する。ユナイテッド・スポーツカー選手権(USCC)のレースではハイブリッドは認められていないが、F1をはじめ多くのモーターレースではハイブリッドシステムが採用されており、電気自動車(EV)だけのフォーミュラEも開催されている。

USCCを運営する国際モータースポーツ協会(IMSA)は現在、ハイブリッドのパワーユニットの導入を検討している。2022年のシーズンから実現するとの観測もあるが、具体的なことは決まっていない。クラウスは、個人的には自社が得意とするハイブリッドの四輪駆動システムのクルマでレースに挑戦したいというが、現行のシステムでもクルマの状態は非常にいいと語る。

昨年はマイヤー・シャンクのレースカーのうち1台がタイトルを獲得した。2月半ばのレースの成績は8位と10位だったが、チームは今後について楽観的な見方を示している。

3月21日には、フロリダ州のセブリング・インターナショナル・レースウェイで耐久レースが開催される。こちらは24時間ではなく12時間だが、大半のチームにとってスピードと戦略を試す場となるだろう。なぜなら、レースカーの信頼性はすでに確立されているからだ。


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TEXT BY ERIC ADAMS

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA