銀行は、それ単体ではビジネスが成立し得ない

「銀行は、それ単体ではビジネスができません。支援するお客さまが成長し産業に新陳代謝を起こし、経済の循環をサポートするのがミッションだと考えています。わたしが携わっている決済ビジネスでは、これまで店頭や営業担当による対面取引が前提だったので、事業がある程度の規模に成長したエンタープライズ向けのサーヴィス提供に終始してしまい、その他大多数の事業者に向けたサーヴィス提供が充分ではなかった。けれども、既存業務のデジタル化、非対面でさまざまなサーヴィスや情報を提供できるインフラの整備が進み、ようやくスタートアップ向けにも能動的にサーヴィスを提供できるようになってきました」

そう語るのは、三菱UFJ銀行で決済ビジネスのフィールドでスタートアップ支援に取り組んでいる片岡俊希だ。三菱UFJ銀行は、スタートアップの各事業フェーズにおける支援を中心とし、イノヴェイション創出に注力している。

2020年で第5期目を迎える「MUFGデジタルアクセラレータ」や、ビジネスサポート・プログラム「Rise Up Festa」の開催。同アクセラレーターでグランプリを獲得したクレジットエンジンとの協業によるオンラインレンディング・サーヴィス「BizLENDING」や、準グランプリのAlpacaJapanとの協業による「Biz AI為替予測」、Rise Up Festaで優秀賞を獲得したリンカーズとの協業による「Biz MATCHING」といったサーヴィスをローンチしてきた。

従来の銀行のイメージを覆すような内装の「MUFG SPARK」。

19年12月には、スタートアップと三菱UFJ銀行を含むMUFG各社およびパートナー企業が協働するための施設「MUFG SPARK」を開設し、創出されたプロジェクトの加速を狙う。MUFG SPARKを運営するMUFGには、三菱UFJキャピタルや三菱UFJイノベーション・パートナーズといったCVC(コーポレート・ヴェンチャーキャピタル)からの出資機能もある。三菱UFJモルガン・スタンレー証券による上場サポートなど、さまざまな接点でスタートアップを支援できるのが強みだ。

「スタートアップの方は、IPO(新規上場株式)や大型資金調達というフェーズになったときに銀行との付き合いが始まるイメージをもっているかもしれません。しかし、実際のところは決済やオンラインレンディングといった初期フェーズから三菱UFJ銀行のサーヴィスをご利用いただける環境を整え、各部の連携を強化しています」

例えば、オンラインレンディングでは「最短2営業日」「決算書なし」「無担保・無保証」という新しい融資のスタイルを確立しており、最近では新型コロナウイルスの影響を受けたスモールビジネスの事業者からも引き合いが強いという。これまでエンタープライズが支援の中心であったメガバンクは、いまその対象領域をスタートアップやスモールビジネスに拡げ、広くあまねく事業者の支援に乗り出している。

カスタマージャーニーに基づいた、一気通貫の支援

スタートアップの各事業フェーズごとの支援に乗り出したのは、約3年前に作成したカスタマージャーニー・マップが起点だという。

「複数の部からメンバーが集まり、法人や個人にどのような価値を提供できるか考えたんです。その際に作成したのが、カスタマージャーニー・マップでした。銀行との接点がどのように生まれ、わたしたちはどのようなソリューションを提供しているのか。それが全社として整理されたんですね」

片岡俊希|TOSHIKI KATAOKA
三菱UFJ銀行決済ビジネス本部決済推進部企画グループ調査役。2007年、三菱東京UFJ銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。国内の支店(大中堅企業の営業担当、新規・再生支援担当)、営業本部(流通・食品セクターの営業担当)、企業審査部(運輸セクターの審査担当)を経て、決済推進部に着任。19年からは決済ビジネスの非対面施策を担当。企画の一環でスタートアップ支援に携わり、現在に至る

その結果を各部署にもち帰り、19年にはスタートアップ支援を中核に据えた「成長産業支援室」が立ち上がる。従来のCVCによる資金提供やIPO支援の枠組みではなく、銀行、証券、信託、キャピタルなどの各グループ会社の部門毎に散らばっていたスタートアップ支援の活動を組織として一本化。アーリーやシード期のスタートアップも含めた“一気通貫”の支援体制が徐々に整っていったかたちだ。

「放っておくと、各部署は自分たちのソリューションにとらわれてしまう。金融機関全体で共通したカスタマージャーニーをもち、その連携を考えられるようになったんです」

スタートアップの真のニーズ

カスタマージャーニー・マップを描き、各接点での支援を行なう──。構想を描けても、その実装は簡単ではない。大企業がオープンイノヴェイションを推進する上で、スタートアップとの共通言語をもてないという課題は、たびたび指摘されている。

「最初はスタートアップの方とのズレを感じる部分もありました。わたしが担当する決済ビジネスのなかで、スタートアップの真のニーズが捉えきれていなかったんです。イヴェント参加やスタートアップのユーザーとの意見交換を行ない、経営者の生の声を聞くことで、はじめて知ることも多かった。特に印象に残っているのは、三菱UFJ銀行を日々利用してくださる理由のひとつに『信用の補完になる』という点がありました。その価値をより多くのスタートアップの方に提供できないか、と考えるようになったんですね」

「MUFG SPARK」は、三菱UFJ銀行を含むMUFG各社の社員だけでなく、MUFG SPARKに関係するパートナー企業やスタートアップなどが利用している。

事実、そうした理由で自社のコーポレートサイトの取引銀行欄や請求書の入金指定口座に三菱UFJ銀行を掲載している事例も多いという。スタートアップにおいて「信用力の補完」と並ぶ課題として「法人口座の開設」の難しさも挙げられる。

「取引に際して厳格な本人確認手続きが必要となっており、足元の厳しさがさらに増している状況ですので、それ以外の部分の改善に取り組んでいます。いまは店頭に時間をかけて並んでもらう上に、一度で取引が完了しないケースも存在します。今後はスタートアップのビジネスを理解できる専門スタッフが対応し、スムーズな口座開設につなげられればと考えています」

「決済」を起点にスタートアップを支える存在に

このほど三菱UFJ銀行は、新たな取り組みとして「BizSTATIONスタートアップパッケージ」を始動する。「BizSTATION」は、振込や口座照会などを行なえる法人向けのインターネットバンキング・サーヴィス。総合振込や給与振込、振込の組戻し・訂正サービスなど、経理業務を円滑・効率的に実現するオプション機能も存在している。個人向けのインターネットバンキングで馴染みのあるユーザーも多いかもしれない。

BizSTATIONの顧客には、スタートアップからエンタープライズまで幅広く存在している。ここ数年で新たに追加された機能はAPIサーヴィスだ。提携先には、多くのスタートアップが利用しているであろうクラウド会計ソフトなどの外部企業が名を連ねており、BizSTATIONのAPIサーヴィスを活用することで外部サーヴィスの利便性がさらに高まるという。

今回スタートさせるキャンペーンでは、新たにBizSTATIONを導入するユーザーに対し、BizSTATIONの3つのサーヴィスをパッケージにし、21年9月末まで無料で利用できる。対象となるのは、基本サーヴィス、総合/給与振込サーヴィス、振込入金メール通知サーヴィス。年間約10万円相当のサーヴィスが無料になるという。

「三菱UFJ銀行との取引は信用の担保につながると思っていただいている一方、コストが高いという印象をもっている方もいらっしゃると思います。ビジネスの成長局面では必ずお役に立てるサーヴィスだと考えていますし、昨今のセキュリティー面のニーズにも対応できるサーヴィスですので、将来を見据えてまずはキャンペーン期間にお試しいただければと思います。そして、満足いただけたらぜひ継続して使っていただきたいと考えています」

「スタートアップパッケージ」を標榜するものの、その対象は必ずしもスタートアップに限られないと片岡は言葉を続ける。

「スタートアップ向けと言えども、スタートアップを厳密に定義しているわけではありませんので、スモールビジネスの事業者の方にも、ぜひ利用していただきたい。事業を長年継続してきたプレイヤーであれば、すでにメインバンクが決まっていることが多いと思います。このため、設立したばかりのスタートアップやスモールビジネスの事業者に対して、決済の部分から三菱UFJ銀行としてサポートしていきたい」

しかし、「決済」はあくまで最初の接点にすぎないとも言える。ほかのインターネットバンキングと異なり、スタートアップの各事業フェーズにおいて、三菱UFJ銀行はさまざまなソリューションを提供しているのだから。

「決済を主なニーズとしているスタートアップも多いと思います。しかし、さまざまな金融サーヴィスを今後受けたいと考えている方もいるかもしれません。その際はグループ全体として、アクセラレーターや出資機能、協業、ゆくゆくはIPOも含めた一気通貫のサポートをし、スタートアップとともに成長する存在になれればと思っています」

[ 三菱UFJ銀行 | BizSTATIONスタートアップパッケージ ]


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