「音楽」という文化を“殺さない“ために:ぼくらが署名運動「 #SaveOurSpace 」を立ち上げた理由

「新型コロナウイルス感染拡大防止のための文化施設閉鎖に向けた助成金交付案」。そう題された署名運動が、2020年3月27日に立ち上がった。ライヴハウスやナイトクラブが直面する危機、社会における文化芸術の重要性、全体主義の強化への危機感──、発起人メンバーであるDJ/ComposerのMars89、yahyelの篠田ミル、「LIVE HAUS」店長・スガナミユウとの対話からは、「音楽文化の維持」にとどまらないさまざまな論点が見えてきた。
「音楽」という文化を“殺さない“ために:ぼくらが署名運動「 SaveOurSpace 」を立ち上げた理由
PHOTOGRAPH BY SAVEOURSPACE

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、日本の政府は多数の人が集まるイヴェントの中止や延期を要請した。「補償なしの自粛」により、イヴェントの主催者や関係者は大きなダメージを受けている。

こうした状況のなか、ライヴハウスやクラブをはじめとした文化施設が休業するための助成金交付を求める署名運動「#SaveOurSpace」が立ち上がった。

政府に向けた嘆願書「新型コロナウイルス感染拡大防止のための文化施設閉鎖に向けた助成金交付案」によると、自粛要請が始まった2020年2月26日から政府が終息を発表するまでの期間を対象とし、感染拡大の防止に向けた客入れ停止についての助成を求めるという。

助成には、施設の維持費、従業員の給与、イヴェントの製作経費 (出演料、音響、照明)が含まれており、新型コロナウイルスの影響でこれまでに中止にした公演に関しては実損額を提示し、同額の助成を求めている。

賛同人には坂本龍一、宇川直宏、真鍋大度、コムアイらが名を連ねている。現在は署名数の目標としていた10万筆を超えて約20万筆が集まっており、これを受けてオンラインの記者会見が20年3月31日の13時から開催される

この取り組みは何を意図したものなのか、「音楽」という文化にとって何を意味するのか──。『WIRED』日本版は「#SaveOurSpace」の発起人であるMars89、篠田ミル、スガナミユウにZoomによる緊急ヴィデオインタヴューを実施した。

「補償なしの自粛」には無理がある

──2月26日に政府から「大規模イヴェントの中止や延期」が要請されました。皆さんの活動には、どのような影響がありましたか?

Mars89: DJとして出演が決まっているイヴェントがありましたが、開催可否はオーガナイザー側の判断に合わせていました。キャンセルの連絡があっても仕方ないと思いますし、決行したイヴェントにはいつも通り出演しました。

自粛要請が出されてからいまに至るまで「国からの補償なしの自粛は無理」だと捉えています。「自粛」という言い方で、責任を押し付けているだけでしかない。「自粛ムード」をつくるだけで、国が何もする気がないことが明らかだと感じていました。

Mars89 現在、東京を拠点に活動しているDJ/Composer。 2018年にBokeh Versionsからリリースされた12インチ「End Of The Death」は主要メディアで高く評価され、あらゆるラジオで繰り返しプレイされた。翌年にはUNDERCOVER 2019A/WのShowの音楽を手がけ、同年末その音源とトム・ヨークらによるRemixをコンパイルし、UNDERCOVER RECORDSより12インチでリリース。田名網敬一のドキュメンタリーフィルム、Louis Vuitton 2019A/W Mensの広告映像の楽曲などを担当。 BristolのNoods Radioではレジデントをつとめている。PHOTOGRAPH BY JUN YOKOYAMA

篠田ミル: ぼくもMars89くんと一緒のスタンスでしたね。まず「補償なしの自粛要請」は論理的に無理がある。クラブやライヴハウスなどの個別の事業者は「感染拡大を防ぐために自粛したい」と思っています。しかし、自粛して営業を停止すれば経済的には立ち行かなくなる。つまり、死んでしまう。その2つの選択肢を突きつけられたときに、生きるために営業を続ける選択をするのは仕方ないことです。

そもそも、政府が補償なしでクラブやライヴハウスに責任を押し付け「踏み絵をさせている」のが大きな問題だと考えています。ぼく自身もオファーを受けたイヴェントは、イヴェンターさんやクラブ側の主旨を尊重し、出演していました。

──スガナミさんはクラブ、ライヴハウス側の立場だと思います。新たに「LIVE HAUS」のオープン準備中だったと思うのですが、どのような対応を迫られたのでしょうか?

スガナミユウ: 開店資金を集めるためのクラウドファンディング中だったので、万全な状態で開店できないことが、支援いただいた方に申し訳ない気持ちもあります。4月1日にオープンし、本オープン日は4月9日に決めていました。なので、「4月には事態が収束するのでは」と思っていましたが、3月中旬から各国の状況を見て危機感を覚えてきました。イヴェント開催を強行するのは違うのではないか、感染者を増やさないために自分たちも動くべきなのではないか、と考えるようになったんです。

日本国内で最初に自粛要請が出されたとき、その矛先は大型イヴェントでしたよね。しかし、大阪のライヴハウスでクラスター感染が発生した途端に、一気に風向きが変わったと感じています。仲間が運営するライヴハウスも、イヴェントがキャンセルになり、2月から3月は壊滅的な状況でした。経済的な理由から代替イヴェントを開催していたのですが「なぜ自粛しないのか」といった電話やメールがライヴハウスに届いているようです。現場を回しながら、そうした問い合わせに対応するスタッフは本当に大変だなと……。

「#SaveOurSpace」は感染症対策の一環

──3月26日にDJ NOBUさんが菅官房長官に面会され、助成金を求める嘆願書を提出しましたよね。嘆願書提出までの経緯を教えていただけますか?

篠田: 嘆願書提出の前週にDOMMUNEでReFreedom_Aichiの件に対して、ぼくとMars89くんが主催するプロテストレイヴが開催されたんです。そのときに「補償と自粛」について話し、ぼくらも実際に何かやれることないか、と考えていました。その直後のタイミングにDJ NOBUさんから「何かできないか」と相談の連絡をいただいたんです。実際に参議院や衆議院の議員の方に会いに行くことになり、共産党や立憲民主党の方々が助けてくださり、菅さんにつないでもらいました。

篠田ミル|MIRU SHINODA
yahyelのメンバーとしてサンプラー/プログラミングを担当する傍ら、DJ/コンポーザーとしても活動。テクノを軸にインダストリアル〜ベース〜エクスペリメンタルを横断するハードなDJセットを模索している。また、プロテストレイヴ、D2021といったイヴェントの企画・運営を通じて社会問題や政治参加に関するメッセージの発信も積極的に行なう。yahyelは「WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017」の受賞イノヴェイターでもある。

スガナミ: ぼくはミルくんたちが議員会館に行った当日に「ライヴハウスオーナー側の意見を話してほしい」と連絡をもらい、すぐに駆けつけました。

Mars89: ぼくはその現場には行けなかったのですが、皆が議員会館を出たあとに合流し、今後の話をしたことを覚えています。

──国会議員とは具体的にどのような話をされたのですか?

篠田: クラブやライヴハウスが、経済的な理由から閉じたくても閉じられない状況だとお伝えし、そのうえで議員さん側からアドヴァイスをいただきました。「国に補償を求めるためには、わかりやすいパッケージを提案しなければ通らない」「署名活動で声の大きさを示すことが必要」など、アクチュアルな政治サイドの意見をいただきました。

Mars89: 「ライヴハウスやクラブの経営悪化に対して補償を求めるかたちではなく、社会全体のなかの感染症対策の一環として取り組もう」と言われました。ぼくたちは人が集うイヴェント開催をビジネスにしています。今回求めているのは、感染症対策の一環で、人を集めなくて済むための助成金なんです。

──文化芸術に対する支援というよりも、まずは新型コロナウイルスに伴う感染症対策の一環という建て付けなんですね。

スガナミ: ライヴハウスやクラブだけではなく、そこに関わる出演者、音響、照明、機材、サウドシステムなどのクルーも含め、さまざまな業態の人が「補償なしの自粛」によって苦しんでいます。今回求めている助成金は、彼/彼女らを包括的に救済できる方法だと考えています。

スガナミユウ|YU SUGANAMI 2019年まで下北沢THREE店長。20年春、下北沢にできるライヴハウス/クラブ「LIVE HAUS」の立ち上げメンバーのひとり。オルタナティヴソウルバンド、GORO GOLOのリーダー。PHOTOGRAPH BY MASASHI URA

Mars89: それぞれの業態に対し、政府が適切な補償をするのはおそらく難しい。まず、ライヴハウスやクラブが代表して助成金を受け取り、スタッフや演者などの関係者に分配するかたちを考えています。

──#SaveOurSpaceの活動は、主に音楽業界から大きな反応がありますよね。この運動をさらに拡げ、助成金交付につなげるために必要なことは何でしょうか?

Mars89: クラブ業界から始まったので、最初はどうしても身内が多くなるのですが、人が集まる現場があることでビジネスが成り立つさまざまな方々に拡がってほしいと考えています。

篠田: 個人的には、音楽業界だけではなく「公共スペースの問題」として拡張していく必要があると感じています。日本における公共空間──ライヴハウスやクラブだけではなく、飲食店、美術館、図書館、映画館などを運営する方々と連帯していかなければならない問題だと考えています。願わくば、ぼくらだけではなく、ほかの業界からも同じような動きが立ち上がり連帯できたらいいですね。

スガナミ: #SaveOurSpaceは社会におけるひとつの活動に過ぎないんです。ここに全員が総乗っかりするのではなく、署名しながらさまざまなアクションを起こしていくべきだと思っています。気軽に署名し、その先に「自分はどうしよう?」と考え、それぞれのアクションにつなげることが重要ですよね。

Mars89: 声を上げなければ、いないことにされてしまう。存在感を示すのは大事ですね。

「文化」とは人間を人間たらしめる根源である

──ドイツでは文化大臣が文化施設や芸術家への支援を発表し、英国ではイングランド芸術評議会がアーティストを支援するなど、欧州では新型コロナウイルスの影響下での文化支援が積極的に行なわれています。それに対し、日本では文化支援が全くありません。その要因はどこにあると思いますか?

篠田: 突き詰めると、納税者や主権者の教育の問題になってしまうんですけれど……(笑)。ほかにも、国の意思決定システムの問題もありますよね。補助金捻出について「あと10日考えます」と平気で言ってしまう。誰も責任をとらないし、意思決定をトップダウンでできていないことが、今回あらわになったと感じます。

Mars89: 責任をとらないのであれば、自粛要請をしてはいけないと思うんですけれどね。

インタヴューはZoomを利用してオンラインで実施した。PHOTOGRAPH BY WIRED JAPAN

──もはや言語にするまでもないかもしれませんが、「人が生きる上でなぜ文化が大事なのか?」という視点から伝え、啓蒙していく必要があるのかもしれません。

Mars89: 文化やその多様性は、生き方に関わるものかなと思っています。音楽の話で言えば、日本だけではなく世界中のどこに行っても大多数が聴いているのは、ポップスです。でも、アンダーグラウンドやオルタナティヴな文化があることは、「皆と同じ生き方をしなくてもいい」という安心感にもつながりますよね。メインストリームのなかにいなければならないという意識に引っ張られなくて済むんです。ある意味、セーフティーネットです。

篠田: 文化はそれぞれの人やコミュニティにとって、アイデンティティの問題と表裏一体だと思っています。ひいては人間同士のアイデンティティの問題だけではなく、人間とそれ以外を分けるアイデンティティでもある。人間が、動物や機械と決定的に違うのは「文化をもっていること」ですから。もっと多くの人がそうした意識をもってくれるといいなと思いますね。

スガナミ: ライヴハウスやクラブ側の視点で言えば、ぼくは誰も知らないようなアーティストのライヴを観るのが好きなんです。小さい箱は、そういう人たちが表現できる場所なんですよね。そうした「実験」が少しずつ拡がっていくと、人に何かを与えたりする文化に育っていくと思うので。ボトムアップから文化を支える場所が、ライヴハウス、DJバー、クラブだと思っています。

──アンダーグランドやオルタナティヴであればある程にビジネスとしての規模は小さくなりやすく、「自粛要請」の影響を受けやすいわけですよね。だからこそ、助成金交付が重要なんですね。

全体主義国家の足音

──新型コロナウイルスの終息後に向け、いま危機感を覚えていることはありますか?

Mars89: 全体主義の強化ですね。その方向での連帯感が生み出されることは危険です。日本はその傾向が特に強いと感じています。

篠田: 事態を収束させ、国や経済活動を安定させるために、トップダウンで物事が進む姿勢を望んでしまうことです。例えば、新型コロナウイルスの感染者の位置情報を特定するためのサーヴィスが、国の監視システムにすり替わることも充分にあり得ます。疫病と公衆衛生が国家権力の強化につながることは、歴史を振り返っても容易に想像できる。そこは気をつけなければならないと思いますね。

Mars89: ドイツのメルケル首相のように、「人権の観点から、ロックダウンはよくないことだ」と声明のなかで言及しながらもロックダウンする。その上で具体的な補償を提示しているのはいいなと思いました。「事態を収束させるための対策が、人間を人間たらしめる行為に反していないか」は、注意深く考えるべきだと思います。

DOMMUNEでも少し話しましたが、権力の集中や全体主義的な監視社会に対して「危険」や「悪いもの」と認識していない方が結構多いんです。その意識も変えていかなければ、大変なことになると思います。

市民も政治も、科学者の声に耳を傾けるべき

──新型コロナウイルスの影響は数カ月〜1年単位で長引く可能性もあります。長期的な視野でこの問題に取り組んでいくために、必要なことは何だと思いますか?

Mars89: ぼくはエクスティンクションリベリオン(XR)の活動サポートなどもしているのですが、科学者の声を聞くことが重要だと思っています。新型コロナウイルスに対し、何もわからない状態から始まり、刻一刻と状況がかわるなかで、より多くの科学者の声を聞いて判断することの重要さを感じました。もちろん政治家がそうあるべきなのですが、市民レヴェルでも専門家の意見に耳を傾けることが必要です。

篠田: それに加えて、国や自治体が市民を支援することが重要ですし、それを願うのみです。もしそれがかなわなかった場合、クラブやライヴハウスに関して言えば、業界の横のつながりの強化が必要になります。パンデミックや災害が再び起きたときに、互いに助け合える共済金の仕組みをつくってもいいのかなと考えています。しかし、その流れが進めば、何ごとにも自己責任が求められる世の中になるのでよくないのですが。

Mars89: 自己責任とアナーキズムの世界に陥ってしまいますからね。国に補償を求め続ける動きは継続しなければならないと思います。

──「#SaveOurSpace」のステイトメントに、「会場閉鎖期間中は、無観客でのライヴストリーミングなどにシフトする」と書かれてましたよね。オンライン配信コンテンツは今後増えていくと思いますが、その流れをどのように捉えていますか?

Mars89: DJプレイを配信するだけならば、すでに「BOILER ROOM」なども存在しますし、マネタイズの方法もたくさんあると思っています。しかし、ぼくはサウンドシステム・カルチャーのなかで育ってきたので、現場でしか得られない大切なものがたくさんあり、そこに人が集まることで新しいものが生まれると思っています。

現場での体験を提供してくれるサウンドシステムのクルーや、照明、PAの方々がいて、ぼく達がいます。事態が収束し、現場を取り戻すことがいちばんの願いです。無観客でのライヴストリーミングは、終息までの過程で大事なポジションが失われないためのひとつの方法でしかないですね。

スガナミ: 嘆願書に無観客でのライヴストリーミングについて記載したのは、助成金をオンラインコンテンツの制作費に充て、継続的にコンテンツをつくるためなんです。無観客でもいいから現場をつくれれば、アーティストやスタッフにギャラを支払えます。シーン全体が枯渇しないように、生きていくためのひとつの施策です。

しかし、ライヴハウスやクラブのよさは、そこに人が集まって音楽を楽しむところだと思っています。新型コロナウイルスの終息後に、そのよさをもう一度取り戻したい。だからこそ、今からどうするべきかを考えていきたいんです。


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TEXT BY AZUSA IGETA