アップルの新型「Mac Pro」のデザインの“秘密”。そのルーツは20年前の名機にあった

アップルの新型「Mac Pro」のデザインは“チーズおろし器”のようだとも言われているが、独特の構造の穴は決して単なる飾りではない。優れた放熱性をもつ通気口であると同時に、「Pro Display XDR」では強力なヒートシンクとしても機能するのだ。そのデザインのルーツは、20年前に発売された“名機”とも呼ばれる製品にあった。
アップルの新型「Mac Pro」のデザインの“秘密”。そのルーツは20年前の名機にあった
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アップルが2019年末に発表した「Mac Pro」の最新モデル。2013年の第2世代で試みたダース・ベイダーのような筒型のデザインをやめ、アップルは06年に発売した第1世代のメタルタワーの現代版に近いものをつくりあげた。

多くのアップル製品とは異なり、今回のMac Proは大幅にカスタマイズすることが推奨されている。ありがたいことに、内部にも自由にアクセスできるようになっている。なお、内部にアクセスできないことで有名なのは、13年のダース・ベイダー風のMac Proだった。アップグレードは不可能に近いことがわかっている。

どこまで自由かというと、iFixitによるリペアビリティのスコアは10点中9点だ。すべての部品をユーザーが交換できるという。

パワフルな新型Mac Proの特徴は、何よりもこのモジュール方式だ。ステンレス鋼のフレームの下に、インテルの最大28コアのXeonプロセッサー、最大300ワットの補助電力、最大1.5TBのRAMを搭載できる。ほかにも、キャスターなどの便利なオプションが用意されている。毎秒60億ピクセルを処理できるヴィデオカード「Apple Afterburner」を組み込めば、8K動画のマルチストリームを再生できる。

「連結された3次元の半球」の意味

こうしたカスタマイズ性の高さゆえに、値段はすぐに跳ね上がりかねない。本体価格は5,999ドル(日本では税別59万9,800円)からのスタートだが、オプション次第では50,000ドル(約537万円)を超える。さらに「Pro Display XDR」まで加えるとすれば、スタンド付きで6,998ドル(日本では税別70万6,600円)かかる。

すばらしいスペックだが、このMac Proのいちばん興味深い点はパワーではない。新しいMac Proとディスプレイには、普通ではありえない期間をかけて取り入れられた要素がある。それは通気口だ。

この立体的なラティス(格子)構造をした通気口の由来は、実は20年前のアップル製品にまでさかのぼれる。それは2000年に発売された「PowerMac G4 Cube」である。

Mac Proの通気口は、見た目の理由だけでこのようなデザインになっているわけではない。効率的な熱管理システムの一部なのだ。アップルが「連結された3次元の半球を組み合わせた」と説明するこのデザインは、空気の流れを最適化し、冷却性能を向上させる。

通気口そのものは、金属の結晶によく見られる原子の配列を穴のような形状で立体的に再現している。結果として強度を犠牲にすることなく、空気の流れを最大化する軽量な格子パターンの構造ができた。「単純な格子状の通気口と比べて、空気の流れが20パーセント多くなっています」とMac Proを担当するアップルのプロダクトマネジャーのダグ・ブルックスは言う。

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「ここからシステム全体に空気を通し、冷却することでパフォーマンスを最大化できます。この方法なら大量の空気をシステムに送り込めるうえ、非常に静かなのです」と、ブルックスは語る。「このマシンは『iMac Pro』や円筒形をした旧型Mac Proと比べて、物理的なサイズがはるかに大きくなっています。それでも静粛性は同じくらいでありながら、システムの性能ははるかに強力になっているのです」

「PowerMac G4 Cube」との共通項

このデザインがより多くの空気を送り込めるのは、アルミニウム製であるからというよりも、たくさんの“穴”でできているからだ。「このパターンのつくる際には、まずアルミニウムの塊を削って半球状の穴をつくります。さらに裏側から、位置をずらして同じ加工をします。そうすると、この特徴的な3次元格子ができるのです」と、ブルックスは説明する。

「この組み合わせによって、開口部が最大になります。素材の削り出しによって強度を維持するので軽くなりますが、極めて高い剛性が保たれます。パターン全体、穴のサイズや比率についての研究だけでなく、シミュレーションとプロトタイプづくりも途方もない回数だけ繰り返してきたのです」

ここで登場するのが、2000年の「PowerMac G4 Cube」である。新型Mac Proが開発者向けカンファレンス「WWDC」で発表された際に、アップルの最高経営責任者(CEO)のティム・クックと当時の最高デザイン責任者(CDO)だったジョナサン・アイヴが、G4 Cubeについて会話を交わしていたようなのだ。

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会場で撮影されていた動画のなかで、ふたりはG4 Cubeに言及したうえで、もともとラティス構造の一部はG4 Cubeのために開発されたと話しているようだ。多くの人が話しているなかでのやりとりなので、いかようにも解釈できるだろう。だが、実際にG4 Cubeの裏にある通気口のパターンを見ると、確かに新型Mac Proの通気口の2次元版であるかのように見える。

新型Mac Proの3次元格子の通気口は、アップルが2000年に発売した「PowerMac G4 Cube」の通気口にとてもよく似ている。IMAGE BY APPLE

5年前にも目撃されていた削り出しの“穴”

この格子のデザインが長い時間かけてつくられたものであることを示す、さらに確かな証拠がある。ジョナサン・アイヴを取り上げた15年の『ニューヨーカー』の記事だ。たまたまそこで披露された説明によると、この格子デザインを何に使えばいいのか、デザインチームもよくわかっていなかったようである。

この記事によると、アイヴが電話をかけるために席を外している間に、アップルのデザインチームのメンバーだったバート・アンドレが、毎日の仕事は幾何学的に複雑なオブジェクトをデザインする“趣味”から始まるのだ、と告白している。こうしてデザインしたオブジェクトは、機械工に頼んで加工してもらうのだという。

ここでいう“趣味”のデザインとは、単なる気晴らしでは決してない。アップルのデザイナーであるジョディ・アカナは、「スピーカーなどの穴のパターンについて会議を開くと、ジョニーが『バート、パターンの入った箱を出してくれないか』と言うんです」と認めている。

そして記事のなかでは、アンドレがコースターとして使っていたものを自分のデスクから持ってくる。この様子が『ニューヨーカー』では、次のように描写されている。

「それは白くて硬いABS樹脂でできていた。レゴの素材であり、アップルが毎年大量につくるスタジオモデルの素材だ。それは均等に穴が開いた円盤だった。アンドレはこう説明する。『素材から削り出すようにして六角形のパターンをつくり、反対側からも同じように削り出します。でも、それらはずらしてあるので、ふたつの削り出しが交差することで興味深い形状になっているんです』」

この記事で触れられている3次元格子のパターンと、新型Mac Proに採用されているパターンは明らかに似ている。そう考えれば、このパターンは少なくとも取材が記事化された5年前には存在していた。

「Pro Display XDR」の性能にも貢献

長らく棚上げにされていたにせよ、コースターとして使われていたにせよ、この3次元格子の利点は空気の流れを最大化することだけではない。熱を逃がすヒートシンクとしても優れた能力を発揮することがわかっている。アップルの「Pro Display XDR」のリファレンスレヴェルのスペックが、これより価格が6倍するプロ用ディスプレイに匹敵しているのは、この特性のおかげでもある。

Pro Display XDRを担当するアップルのプロダクトマネジャー、コリーン・ノヴィエリは、次のように語る。「Pro Display XDRはエンジニアリングのなせる業です。液晶の技術を使いながら、1,000ニトの輝度と100万対1のコントラスト比をスクリーン全体で実現する方法を考案し、この市場において手ごろな価格で提供できたのですから。これはかなり驚くべきことなんです」

そしてノヴィエリは、こう続ける。「Pro Display XDRの非常に優れた点のひとつは、こうした穴のパターンを本体の背面でヒートシンクとしても利用している点です。Mac Proではシステムに空気を通すために使われていますが、Pro Display XDRではアルミニウムの表面積が2倍に増えたことでヒートシンクとしても機能し、(バックライトとして使う)LEDの熱を放出しています」

格子パターンのデザインにはヒートシンクの効果もある。「Pro Display XDR」は背面の格子パターンによって、アルミニウムの表面積が2倍になっている。IMAGE BY APPLE

ノヴィエリはPro Display XDRの消費電力がどの程度に位置するかを説明するために、競合するソニーのディスプレイを例に挙げた。ソニーのディスプレイもスクリーン全体で持続する輝度は同じ1,000ニトだが、「厚さは8インチ(約20cm)あって巨大なファンが常に35~40デシベルの音で回っていて、消費電力は約280ワットなんです」と、彼女は言う。

「それを考えると、厚さが1インチ(約3.5cm)で巨大なファンがないうえ、動作音が約5デシベルで、フルスクリーンで1,000ニトの輝度の持続を可能にしたというのは、エンジニアリングの快挙と言っていいでしょう。しかも、放熱のために穴のパターンを使っているんです。これって、本当にすごくクールなことですよね」

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TEXT BY JEREMY WHITE

TRANSLATION BY RYO OGATA/GALILEO