BTSは『MAP OF THE SOUL : 7』で、“仮面と影”の関係を探求しようと試みた:音楽レヴュー

世界的なK-POPスターであるBTS(防弾少年団)の『MAP OF THE SOUL : 7』は、回想録やファンサーヴィスの要素に加えて、アマチュア的な心理分析の側面もある。すなわち、ペルソナ(仮面)とシャドウ(影)の関係を探求する試みだが、絶対的なセレブリティであることの喜びと恐怖、そしてそれが精神にどう働くのかについて、もっと語ることもできたのではないか──。米国の音楽メディア「Pitchfork」によるレヴュー。
BTS『MAP OF THE SOUL  7』米メディアの評価は?
年末年始にニューヨークのタイムズスクエアで開催された年越しイヴェントに出演したBTS。MICHAEL STEWART/WIREIMAGE/GETTY IMAGES

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BTS(防弾少年団)というブランドが、かつてないほど強いものになっている。7人のメンバーからなるK-POP界の世界的スターは、いまやマテルのフィギュアになり、モバイルゲームになり、コラボレーションのサウンドトラックまで展開している。

今年2月にリリースされたアルバム『MAP OF THE SOUL : 7』は、すでに世界的ヒットを記録した。韓国では発売から2時間で売上200万枚を突破し、米国でもリリース1週目の売上がジャスティン・ビーバーを抜いて歴代1位の記録を塗り替えている。

所属事務所の株主は大いに満足しているだろうし、ファン層は揺るぎない。韓国生まれのスーパースターであるBTSは、いまや世界レヴェルの商業コンテンツとして数々のプロダクトを生み出す存在になった。21世紀を迎えた当時にポップシーンを操っていた業界人なら、のどから手が出るほど欲しがったであろう。

それでもメンバーは、いまもグループの核には躍動する鼓動が息づいているのだという。BTSの魅力のひとつは、自分らしさに誠実な姿勢にある。どこか哲学的なユング心理学の枠組みを用いて、自分自身に忠実であるとは何かを題材に音楽をつくっているのだ。

昨年のミニアルバム『MAP OF THE SOUL : PERSONA』(実際、新作にはこのアルバムに収録済みの楽曲も多い)に続く本作は、回想録、ファンサーヴィス、アマチュア的な心理分析の要素を併せもつ。

そして音楽そのものは誰にも広く好まれるよう平らにならされていながら、魅惑的な要素もしっかり残している。だが、ふと立ち現れる個性は、はかなく消えてしまうのだ。

ペルソナとシャドウ

タイトルの「7」は、言うまでもなく7人のメンバーと、2013年のデビューから活動してきた7年の歳月を表している。その名にふさわしくグループの軌跡に捧げられ、そのなかでメンバーの一人ひとりが歩んできた道のりにフォーカスしたアルバムなのだ。

本作は自分たち自身への言及を多く含んでいる。過去の楽曲をサンプリングして新たな曲をつくり、2013年のデビューまでさかのぼって当時の曲を思わせる。

そして本作には多くが課せられている。今日までのグループの歩みを示してみせるだけでなく、壮大だが簡単には解けない概念の解明にも取り組んだ。すなわち、ペルソナ(仮面)とシャドウ(影)の関係を探求する試みだ。

両者の間には重なる部分が明白にある。誰もが無意識のうちに抱える影の部分と、それに呼応する誰もがかぶっている仮面という概念は、著名なK-POPスターであるがゆえの人知れぬ重圧に包まれながら、「表の顔」を維持することからくる違和感を映し出していると言えるだろう。

前作『Persona』との関係

前作『Persona』からの5曲を冒頭に収めていることから、実際に本作の幕開けとなるのはSUGAのソロ「Shadow」だ。SUGAはアルバムの(終わりなき)プロモーション活動中の取材で、次のように語っている。

「このアルバムで一貫しているメッセージのひとつは、自分の内面にある影に向き合わなければならない、でもその深みに沈められないように抵抗しなければ、ということなんです」

「Shadow」はメンバー全体と一人ひとりがより深く自身を探ってゆくにあたり、方向性を定める曲に位置づけられるはずだ。しかし現実には、全体を通じていちばん深い思索を見せたのはこの曲で、アルバム自体は無駄に間延びした、雑然とバランスを欠いた印象を受けてしまう。

前作「Persona」は、BTSが生み出す最上の音楽がもつ自然な滑らかさとシックな趣に欠けていた。今回のアルバムには前作の楽曲のほとんどが含まれていることから、本作でも同じ課題が解消されたとは言い難い。

新たなコンテクストに照らしたこれらの曲は、続くサーガを前にしたフラッシュバックのように感じられる。新曲の多くは、忍ばせたメッセージと、肩ひじ張らない聞き手に向けた入口としての位置づけのバランスがうまくとれている。J-HOPEのソロ「Outro: Ego」は、ファーストシングルのイントロ「2 Cool 4 Skool」に見られたブーンバップなサンプリングを力強いデンボウのグルーヴへと変えた。

ラップを軸に構築されたスタイル

音によるこうした過去と現在の融合でバンドの歴史をたどり、J-HOPEも自身の音楽の歩みを詞でたどる。これと相対するのが、トロイ・シヴァンがソングライターとして加わった「Louder Than Bombs」だ。哀感が漂うシンセポップで、BTSがラップから比重をシフトさせながら変容してゆくさまを示す。

ほかの大半のK-POPミュージシャンとは異なり、BTSの型は明確にラップを軸に構築されている。「当初はアイドルグループではなくヒップホップユニットとして結成しようと考えていました」と、所属するビッグヒットエンターテインメントの最高経営責任者(CEO)で、プロデューサーでもある「ヒットマン」ことパン・シヒョクは昨年、『TIME』誌の取材で語っている。「ただ、ビジネスの観点で考えたとき、K-POPアイドルのモデルのほうがぴったりくると思ったのです」

ラップ担当のRM、SUGA、J-HOPEは当初の構想から残っていた練習生で、パン・シヒョクは3人をBTSの「音楽的な柱」と表現する。韓国ヒップホップユニットの草分け「ドランクンタイガー」のTiger JKは以前、BTSのリーダーであるRMについて、アイドルグループのMCにつきまとう「役割を演じる操り人形にすぎない」とされる烙印を払拭したと評している。

BTSが最も得意とするのは「ラップの要素を取り入れたアートポップ」ではあるが、最近は重点を移しつつある。あらゆるタイプのファン層を満足させようと試みた結果、今回のアルバムはBTSというユニットのいちばんの強みを犠牲にしてしまった感があるのだ。

ついて回る回帰的な側面

片鱗をうかがわせる部分はある。疾走するようなスピード感の「UGH!」では、MCの3人は韓国人ラッパーの最高峰であることを見せつける。自分たちに向けられるヘイトに怒りをぶつけ、J-HOPEは異端児ラッパーのデニー・ブラウン顔負けのアニメ的要素を取り入れたパフォーマンスを見せる。

トラップドラムとオートチューンを駆使したヴォーカルを前面に出した「Black Swan」は、SoundCloudで手に入るラップを思わせるサウンドだ。代替現実の世界でNo Jumperのポッドキャストにポッシュな一団を登場させたかのような曲、とも言える。ここではSUGAとJ-HOPEのソロが本領を発揮し、心地よく響く。

2016年のアルバム「Wings」と同様、本作では7人全員のソロ曲が入る。いずれも、ホールジーやシーアが参加した特徴に欠けるコラボレーション曲よりも個性が現れていると言っていい。

JIMINのソロで無菌室のようにクリーンなラテン調の「Filter」は滑らかに流れ、入り組んだ概念に彩りを添えつつ、いまの音楽シーンでホットなラテン音楽を巧みに取り入れている。JUNGKOOKの「My Time」は、一般的に愛を告白する曲で採用されるリズミカルなR&Bのテンプレートだ。怒涛のペースでK-POP界でのキャリアを積み上げてきた自身の歩みをノスタルジックなタイムラプス映像さながらにとらえる。

しかし、本作で新たに明らかにされる部分がある反面、そこには回帰的な側面もついて回る。次のステージへ移行する自身を歌った自伝的ポップという物差しで見ると、アリアナ・グランデの力強い『thank u, next』よりも、物足りなさのあるジャスティン・ビーバーの『Changes』に近い。

ブランドアクティヴェーションの一環?

K-POPほど音楽以外の関心をもたらす音楽ジャンルはない。熱狂的なファンとアイドルの間には家族のような強い絆があり、対象への完全なまでの傾倒が人間らしさを奪う結果にもなる。

現在のK-POP界で最強のグループであるBTSのメンバーが、多額の金を生む巨大ビジネスのなかで人間らしさを守りたいという願望を少なくとも表面上は抱いているように見えるのは興味深い。しかし、彼らが抱くシャドウの概念は、あまりに文字通りに(影の部分という黒い塊を飲み込むように)、かつあいまいに(ひとりの個人であることについての言及はほとんどされない)象徴化されていて、鋭さに欠けている。

パーソナルであることを極めればクリエイティヴを極められるのなら、『MAP OF THE SOUL : 7』はもう少し個性を生かせたのではないか。以前、Vはファンからストーカー行為を受けて「怖い思いをした」と打ち明け、SUGAは自身のうつをラップで歌った。

しかし、そうした率直さや複雑さは、ダークな内面やBTSの軌跡をテーマにした今回のアルバムにはあまり織り込まれていない。もっと深く掘り下げ、せっかくの精神分析的な枠組みを使って、絶対的なセレブリティであることの喜びと恐怖について、またそれが精神にどう働くのかについて、もっと語ることもできたのではないか。

クリエイターとしてのBTSの自律性がこれまで多くの成果を生んできた。だが本作は、まるでBTSというブランドを体験させるブランドアクティヴェーションの一環として、あらゆる人に向けて好きになってほしい、聞いてほしいとお願いしているかのような印象を受けたのである。


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TEXT BY SHELDON PEARCE

TRANSLATION BY NORIKO ISHIGAKI