危機発生時にトイレットペーパーの買いだめに走る人々は、「安心の象徴」を求めている? 世界22カ国での調査から明らかに

新型コロナウイルスのパンデミックが始まったころ、世界中でトイレットペーパーの買い占めが起きていたことは記憶に新しい。この行動は人々が利己的であるからではなく、恐怖を覚えたときに何かをコントロールして安心感を得たいという欲求に駆られた結果なのかもしれない──。そんな研究結果が、このほど発表された。
toilet paper
MATTHEW HORWOOD/GETTY IMAGES

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、今年3月には世界各地で外出禁止令が発令された。ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)が求められるなか、人々がトイレットペーパーの買いだめに走るという奇妙な現象が報じられていたことは、記憶に新しい。

こうした買いだめという行動に関連するみられる主要な性格特性のいくつかを、このほどドイツの科学者グループが突き止めた。この論文は、科学誌『PLOS ONE』に掲載されている。

なかでもトイレットペーパーを買いだめする人は、世界中に不安や恐怖が蔓延するなか、コントロールできている感覚を得ようとしている部分があるのだと、顧客行動の研究者であるキット・ヤロウは説明している。「不安を感じたとき、それに対処する方法は必ずと言っていいほどコントロール感を得ることなのです」と説明した上で、次のように続ける。

「一方で感染症拡大のなりゆきをコントロールすることは現実的ではないので、人々は自分がコントロールできるものに目を向けます。そこで買い物に走るのは、何か行動を起こしている、準備しているように感じられるからです。自分がコントロールできること、つまり買いだめをすることで、支配権を握っているように感じられますから」

特にトイレットペーパーの買いだめが起きた理由については、社会生活をつかさどるわたしたちの脳の本能的な部分がニュースの映像に反応して、この種のパニック買いが起きたのだろうとヤロウは説明している。このときのニュースは、紙製品が消えた店の棚など、印象的だがときに混乱を生じさせるような映像で溢れていた。「メディアが特にトイレットペーパーについて集中的に報じたことで、買いだめをあおってしまったのです」と、ヤロウは語る。


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22カ国での調査から見えてきたこと

こうしたなかドイツの研究者たちは、ヤロウたちが提示した仮説を支持する確固たる経験的な証拠を見つけ出す作業に着手した。研究者たちは、一部地域でトイレットペーパーの需要がなんと700パーセントも急増したことから、スーパーでの品切れ状態が続いたと指摘している。さらに、「トイレットペーパーが品薄になったことから、トイレットペーパー以外をトイレに流し始めたことで排水管が詰まるなどの問題が、一部の家庭で起きていた」という。

研究チームはソーシャルメディアを利用して22カ国で996人の成人を募集し、オンラインで性格特性を調査した。調査では、性格特性の次の6つの因子を測定している。情動性(恐怖、不安、依存性、感傷性)、誠実性(秩序正しさ、勤勉性、慎重さ、完璧主義)、正直さと謙虚さ(正直さ、公平性、謙虚さ)、外向性(社会的自尊心、社会的大胆さ、社交性)、協調性(忍耐力、許容性、優しさ、柔軟性)、経験への開放性(好奇心、創造性、非因習性)の6つだ。

参加者は、自分の人口統計学上の区分や隔離期間中の行動のほか、新型コロナウイルス感染症をどのだけ脅威と感じたかなどの情報を提供した。また調査には、過去2週間にトイレットペーパーを購入した頻度とそのパッケージ数、自宅に備蓄されているトイレットペーパーのロール数、それが通常の分量かどうかといった質問も含まれていた。データ収集期間は3月23〜29日である。

以前は英国の居住者に限定して、正直さと謙虚さの観点からこうした行動を調査した研究があった。この研究では、買いだめが「連帯感の欠如」によって引き起こされたという予備的な証拠が発見されている。だが国際的な研究ではない上、ほかの特性要因について調査されていなかった。

「このため、より広範に定義された性格特性の役割については、まだ解明されていません」と、ドイツの論文の著者は指摘する。こちらの研究は、英国の研究と矛盾する結果となった。『PLOS ONE』論文によると、正直さと謙虚さはトイレットペーパーを買いだめするかどうかの強力な予測因子ではなさそうである。

恐怖を感じやすい人ほど買いだめする

ドイツの研究者たちは、備蓄行動の最も強力な予測因子は、新型コロナウイルス感染症に対してどのくらい恐怖を感じたかであることを発見した。恐怖を感じやすい人ほど、買いだめする傾向が強かったのである。そして個人の情動性は、その人がどれだけ恐怖を感じるかを予測する指標となっていた。

一方で誠実性の値が高い人は、よりトイレットペーパーを備蓄する傾向が強かった。高齢者は若者より買いだめする傾向が強かったが、それはおそらく高齢者のほうが若者より感染のリスクが高く、厳格な自主隔離を選択する可能性が高いからだろう。また、米国のほうが欧州より買いだめする人が多かった。

ヤロウが指摘したように、トイレットペーパーを買いだめする人は利己的でもなければ、本当の意味での悪人でもない。ただ、恐怖を感じているだけなのだ。これについてはドイツの研究チームも同意している。「非常に謙虚で道徳的な人でさえ、パンデミックによって十分な恐怖を感じれば、トイレットペーパーを備蓄するかもしれません」

「このような買いだめは客観的に見て、健康に影響するほどの危機の際に命や仕事を守る上では役立ちません。このため今回の研究結果は、トイレットペーパーを購入する行為が純粋に主観的な安心感を得るためであることを示しています」

とはいえ、この分析に含まれている変数は、トイレットペーパーの買いだめについて観察される個人差のわずか12パーセントを説明するものにすぎないと、論文の著者は警告している。

「このことから、新型コロナウイルス感染症によってそれぞれの個人がどれだけ恐怖を感じるかは、わたしたちの研究で説明されていない心理的要因、地元当局によるリスク管理、地元当局に対する信頼などの外的要因によっても影響を受けることが示唆されています」と、論文には記されている。「この現象を完全に理解できるようになるには、まだほど遠い状況なのです」

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TEXT BY JENNIFER OUELLETTE