深刻なミツバチ不足を、AIが“操作”するアブが救う? 授粉の問題を解決する新技術

世界中で深刻化しているミツバチ不足。ある英国のスタートアップは、ハエの仲間であるハナアブに助っ人してもらおうと考えている。同社が考えたのは、「気が散りがち」なハナアブを授粉に集中させるための人工知能(AI)システムだ。
深刻なミツバチ不足を、AIが“操作”するアブが救う? 授粉の問題を解決する新技術
EVE LIVESEY/GETTY IMAGES

小さな体でけなげに飛び回るミツバチは、世界の最大80パーセントにも上る植物の受粉を担っている。だが生息地を失い、農薬や大気汚染に傷つけられ、その数は人間の食糧確保を脅かすほどに急減しているという。

こうしたなか英国のスタートアップが、ある“助っ人”候補に目をつけた。どこにでもいるハエの仲間、ハナアブだ。

ハチの代理をハナアブに

デザイナーのタシア・タッカーは、人工知能(AI)を駆使した「Olombria(オロンブリア)」という名の新技術を開発した。この技術を使えば、ハナアブが運ぶ花粉の量をミツバチに匹敵するほどに増やせるのだという。

アブは世界全体のおよそ30パーセントに当たる量の花粉を運んでいるが、その働きぶりはミツバチほど効率的ではない。ほかのことに気をとられやすく、花粉を抱えて次の植物へと移動する途中で「道草を食う」こともしばしばだ。

そこでOlombriaの出番となる。Olombriaは植物の開花期に、狙った場所へとハナアブを誘導して授粉を促す「AI授粉装置」だ。センサー、カメラ、化学シグナル発信機からなるこの装置を、果樹園や野原など特定の場所にいくつか設置して使用する。

Olombriaは最初に、その場所で何種類の生物がそれぞれどのくらいの量の花粉を媒介しているか、どのくらい効率的な受粉がなされているかといったデータを収集する。これらの情報と、時間帯や場所、温度などの環境データとを組み合わせることによって、授粉を担う生きものたちの健康状態を全体的に把握し、対策を講じられるのだ。

「まず基準となるデータを用意します」と、タッカーは説明する。「そうすることで、不具合のある場所や改善を要する範囲を知ることができるんです。そして、装置から天然由来の化学シグナルを発信します」

OlombriaのAIクラウドシステムは、果樹園の中に授粉が必要なエリアがあると判断すると、その場所に応じた装置を選んで有機化学物質を放出させる。すると化学物質に刺激されたハナアブが、そのエリアを目がけて移動する。

「化学物質がハナアブの自然な振る舞いを変えてしまうことはありません。化学物質を放出することでハナアブの行き先を集中させ、運ばれる花粉の量を増やすのです」と、タッカーは説明する。

アリが寄りつかないように庭にミントを茂らせたり、虫よけにバジルを植えたりするのと同じように、この化学物質は植物由来の揮発性物質と天然のシグナルを組み合わせてつくられている。

さらにタッカーの研究によると、ハナアブをミツバチと一緒に働かせることで相乗効果も期待できるという。ハナアブの存在に発奮したミツバチは、より活発に花粉を運ぶようになるというのだ。「ちょっとした競争が始まるのです。同じエリアにほかの昆虫がいるせいで、ミツバチはより熱心に授粉するようになります」と、タッカーは言う。

ミツバチ不足から農家を救う

気候変動のせいで、授粉の効率化は生産者にとってますます重要になっている。また、気象変化の予測もいまだに課題だ。

「英国では、作物の開花時期が予想より大幅に早まったり、暖かいはずの時期に冷たい雨が降って開花が遅れたりすることがあります」と、タッカーは言う。「自然環境に狂いが生じているいま、手が空いているミツバチを集めるのもひと苦労です。ミツバチをたくさん買ってきて野に放てばいいという簡単な話ではありません」

アーモンド農園の経営者たちは、開花期間中にミツバチの巣箱をレンタルしたり購入したりする費用だけで、1シーズンあたり業界全体で15億ドル(約1,605億円)を支出している。

「米国では開花期間中の3~4週間の間に、商業用の巣箱のほぼすべてがアーモンド農園に送られます」と、タッカーは言う。「自分の巣箱に何か問題が起きた場合、ほかの巣箱はすべてよそで使われているので、農園主はたちまち窮地に追い込まれてしまいます」

英国では多くの作物がビニールハウスで栽培されているが、ミツバチはハウスの中ではうまく授粉できない。また、農家でよく使われるマルハナバチは絶滅の危機に瀕しており、次第に入手が難しくなっている。一方のハナアブは、マルハナバチやミツバチと違って体が小さいことから、ハウス栽培のブルーベリーのような小さな花の花粉も上手に運び、雨の日や高地でもよく働いてくれるのだ。

デザイナーであるタッカーは、当初Olombriaの形を果物そっくりにデザインした。「農家の方たちと仕事を始めたころは、野外に放置できて、どんな気候条件にも耐えられる頑丈な形にしなければと考えていたんです」とタッカーは言う。

タッカーは、そこから何度もデザインを見直し、いまはどんな色が虫たちに受け入れてもらえるかを模索し続けている。「技術面での効率を追求し始めたら、形がどんどん洗練されていきました」と、タッカーは言う。「Olombriaは非常に優れたAIシステムです。技術の進歩とともにますます賢くなっています」

タッカーにとっての課題は、必要とされる技術と、生産者や虫たちや環境と良好な関係を保ちながら機能する技術との間で、うまくバランスをとることだ。入手しやすく、メンテナンスが容易で、しかも高度な技術を駆使した製品を開発・改良することで、タッカーは各地の果樹園を脅かす授粉作業の危機に立ち向かおうとしている。


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TEXT BY ANNA MARKS

TRANSLATION BY MITSUKO SAEKI