ベルリンのセレクトブックストア「do you read me?!」が提示する、独立系書店の可能性

ベルリンの独立系書店「do you read me?!」。元グラフィックデザイナーのオーナーがキュレートし、インディペンデント誌と著名誌が並列でところ狭しと並ぶこの店は、現地で出版業に携わる人々からの信頼も厚く、コロナ禍以前はオーナーの“審美眼”を求めて世界中から多くのクリエイターたちが訪れていた。いま「実店舗」が大きな転換期にあるなか、書店はいかなる変化を遂げて行くのだろうか?そのヒントを求めてオーナーを訪ねた。
ベルリンのセレクトブックストア「do you read me」が提示する、独立系書店の可能性
PHOTOGRAPHS BY CHIHIRO LIA OTTSU

ベルリンの壁跡地が近いことから、観光客の多いエリアであるベルリン・ミッテ地区に位置する独立系書店「do you read me?!」。コロナ禍以前は地元の住民のみならず、世界中からクリエイターやベルリンのアートシーンやローカルカルチャーに興味をもつ人々が訪れていたが、ロックダウン期間中の3月16日から4月19日までは実店舗を閉じ、オンラインのみで販売をおこなっていたという。

世界中の雑誌を取り扱い、インディペンデント誌と有名誌が並列する個性的な品揃えながらも、あくまでベルリンのローカルカルチャーに根ざした独立系書店でもある同店。それがロックダウンという「街の機能」が停滞した期間でどのような打撃を受けたのか? また、出版文化の衰退という大きな流れのなかで、こうした環境の変化はいかなる影響を及ぼすのだろうか。

「街の屋」として地元のみならず世界からも愛される「do you read me?!」の事例を探ることで、パンデミック以降のローカルな独立系書店の潮流やあり方を示す羅針盤にもなるのはずだ──。そう考え、同店のオーナーであるマーク・キースリングを訪ねることにした。

しかし、彼の口から語られたのは状況を悲観するネガティヴな言葉ではなく、むしろロックダウン期間中に改めて感じた「独立系本屋の可能性」だった。取材を通して見えてきた、あらゆる都市機能がオンラインに移行されるなかでも求められた「街の本屋」の、ローカルに根付く書店だからこそ可能になるカルチャーへの貢献方法、そしていま新型コロナウイルスとともに生きる世界で独立系書店に問われている真価とは──。

世界中から選りすぐりの雑誌が並ぶ店内。日本に拠点を置くニュージーランド発のファッション誌 「THE NEW ORDER」や日本のメンズラグジュアリーファション紙「Them magazine」なども置かれている。パンデミック以降は観光客の客足は減ったものの、ロックダウン解除後は地元の人々が店外に行列をつくって入店を待っていた。来店客の年代は相変わらず幅広い。

世界中から選りすぐりの雑誌が並ぶ店内。日本に拠点を置くニュージーランド発のファッション誌
「THE NEW ORDER」や日本のメンズラグジュアリーファション紙「Them magazine」なども置かれている。パンデミック以降は観光客の客足は減ったものの、ロックダウン解除後は地元の人々が店外に行列をつくって入店を待っていた。来店客の年代は相変わらず幅広い。

オンラインの売り上げ急増も、軸はあくまで実店舗

──まず、「do you read me?!」を開店した背景について教えてください。

もともとはベルリンにオフィスを構えて、グラフィックデザイナーとして活動していました。ブランドのルックブッグやコーポレートデザインを担当したり、ドイツのファッション雑誌『ACHTUNG』のデザインをしたりしていた時期もあります。でも12年前に、デザインの仕事から離れる決断をしました。

パソコンの前で1日を費やすことをやめて、もっと本が好きな人たちとの「手触りのある」仕事がしたい。自分が好きな印刷物に囲まれて、毎日それを眺めながら生活したい。ローカルの雑誌やクリエイターとコラボレーションしたトークイヴェントを企画したい──。このような断片的に浮かび上がるやりたいことを複合的に実現するには、書店を運営するのがいちばんの近道でした。その思いのまま、いまも続けられていること、日々の仕事にやりがいや意義を見い出せていること自体がぼくにとっては代えがたい喜びです。

──店舗を一時閉店していたロックダウン期間中は、オンラインでの販売だけを続けていたんですよね?

はい。実はこの期間中にオンラインストアの売り上げは2倍近くになりました。オンラインストアを立ち上げてから1年半前が経ちますが、過去最高の売り上げに達成したことになります。

──危機的な状況にあってもオンライン上で「街の本屋」の機能が必要とされたということですね。この状況を喜ばしく受け取っていますか?

売り上げが過去最高額に達したのは素晴らしいことだと言えますが、実際のところ発送作業などを含めて簡単ではないということもわかりました。請求書の準備や郵送作業など、その時々で分業して最も効率的な動きを選択していかなければなりません。スタッフが5人しかいないので、そういう意味では、書店営業よりもずっと大変なことだと痛感しました。

ロックダウンが解除され、実店舗の運営を再開するにあたり外観に貼られた「ルール」。店名のロゴを含め、「do you read me?!」に関するデザインはこのタイポグラフィーで統一されている。フォロワー3万人を超えるInstagram投稿にもスタッフの工夫が光る。

──実店舗を運営することとオンラインで販売することの大きな違いは何だと思いますか?

今回、約1カ月間オンライン販売に注力し、いままで試せてなかったことを実践するなかでオンラインの可能性を見い出すことができました。例えば、本の紹介のキャプションをより具体的にしたり、誌面を撮影してサイトに載せる情報量を増やしたり……。有意義に時間を活用できました。試せてないことのほうが多かったなかで、オンラインストアの可能性を楽しみながら学べたことは結果的によかったと思います。

今後もオンラインで売り上げをつくることは大切だし、これからも注力していきたいことではあります。けれど同時に、オンラインでのこうした急激な売上の増加は一時的なことにすぎないとも感じているんですよ。それは、キュレートされた店舗に雑誌を見に来ることで生まれる価値があるということに、より一層気付かされたからです。

このパンデミックを機に、自身の役割がより明確になったというマーク。元デザイナーである彼ならではのグラフィカルな雑誌のチョイスがdo you read me?!の最大の特徴だ。

小回りのきく独立系書店。時代の変化は好機となるか?

──ロックダウンの解除後、再オープンしてからの反響はどうですか?

「入店人数5人まで」という厳しいルールを設けていますが、この状況でもお客さんが夢中で雑誌を探している様子を見ると、やはり「手にとって本を確かめること」の価値や意義を痛感させられますね。同時にわたしたち自身がきちんとお客さんが楽しめるものをキュレートできているか、改めてシヴィアに問われているような感覚にもなりました。

うちには毎日10~20冊の新しい号やタイトルが届きます。そのなかで、「do you read me?!」にふさわしいと思える本を選んで店舗に置くということは、大きな楽しみでもあり、それ以上に難しくもあります。インディペンデントマガジンにしても、将来性を感じる雑誌をきちんと選びたいんです。

有名無名問わず雑誌のなかには、カヴァーやデザインだけがよくても中身が伴っていなかったり、ページをめくるごとに尻すぼみになっていたりするものもあります。それでは雑誌としての魅力を感じてもらえないので、取り扱いを見送るケースも少なからず存在しています。いつでも新しい雑誌からの営業間口はオープンにしながら、目利きとしてキュレーションしなくてはならない。その両立がいちばん難しくもやりがいのあることです。

自費出版のZINEと老舗音楽雑誌『WIRE』が並んで置かれているエリア。ヨーロッパ圏のみならず、世界中のつくり手の本を手に取ることができる。

──その「ジャッジ」はどのように下しているのでしょうか?

幸いなことに、わたしたちの店は決して広くありません。空間が限られているので、シヴィアにセレクトしているのです。その上で持続可能で、将来性があるものについてはバイアス無しにオープンに検討することも重要です。このバランスは常に模索しています。

──どの地域や場所でも拠点にすることができるいまの時代、「どこを“ローカル”にするか」ということがより重要だと思っています。この点で、このベルリンを拠点にしていることの意味は変化してきていますか?

「YES」でもあり、「NO」でもあります。例えば、ベルリン発のインディペンデントマガジンのオフィスが近所に多くあるので、わざわざ顔を見せて直接納品しに来てくれるようなところもあります。また、ベルリンには多くの優れたアーティストが住んでいるので、この地に根付いてローカルなコミュニティのなかで互いにサポートできる環境にいることの価値は、何ものにも代え難いと思います。

パンデミックを経て、そうしたフェイス・トゥ・フェイスのやりとりの価値というのはさらに高まっていくような気がします。編集者たちと話すことは、ベルリンで突発的に起きる事柄やコンテポラリーな情報を交換する機会にもなっています。ベルリンという場所の価値を具体的に何と言えばいいかは正直わかりませんが、10年以上この場所で活動を続けているということに何らかの意味があるのかもしれません。

「NO」と言ったのは、わたしたちのこうしたやりとりは、すでに強固に確立された出版業界の流通システムの外側にあることだからです。つまり一歩引いて考えてみると、それは独立系の書店と出版社の間柄のことでしかない、ビハインド・ザ・シーンの話にすぎないとも言えます。顧客が何の雑誌を手に取るかに関してはまったく関係がないことかもしれないのです。

オーナーであるマークはいまもなお、時折店頭に立って顧客とコミュニケーションをとっている。「パソコンの前で10時間過ごすより、人に会っているほうが自分に合っている」とはにかんだ。

──今回のパンデミックを機に、書店の営業方針に変化は生まれましたか?

ロックダウンが、流通システムについて考え直すいい機会になりました。また、アート展示やトークイヴェントを再開したいという新たな意欲も湧いてきました。そうした“外側”から出版業界を刺激していきたいと思っています。

忘れがちですが、こうした世界が一変してしまうような状況というのは、わたしたちのような小さな書店やインディペンデントマガジンにとっては好機にもなり得るということです。広告モデルへの依存が少ないぶん、誌面で新しいアプローチができるし、サポートし合いながら互いのファンベースと連携することもできるかもしれません。

コミュニティベースの雑誌はコロナ以降に生じた自分たちの周りにある新しい動きをいち早く取り上げたり、スピード感をもってプロジェクトが実現できたりする可能性があるからです。だからこそ、世界的に名の知れたタイトルはもちろんですが、そうした雑誌を取り扱うことに価値と意義を見出しています。

──これから実現したいことは何でしょうか?

これまで実験的にフィンランドでサテライトショップを出したこともありましたが、常設店の開店に踏み切るには至りませんでした。でもいずれは、ドイツ国内だとハンブルクやフランクフルト、国外だとデンマークのコペンハーゲンといった場所に次なる拠点をもちたいと思っています。まだまだやりたいことは尽きないので、日々書店で触れる刺激を存分に浴びながら次なるチャレンジを模索していきたいですね。

取材を終え撮影の段になると、マークはピックアップした本のキャプションの意図を嬉しそうに説明してくれた。出版不況と言われて久しいが、若いつくり手たちの意匠を凝らしたインディペンデント雑誌は生まれ続けている。

単にヒットする雑誌を並べたり、“回転率”を重視したりするのではなく、自分たちが推したい本をいい位置に並べる。こうしたやり方を貫けているのは、マークの類い稀なセンスと審美眼を信頼し、応援する顧客がいるからこそだ。そこにはベルリン特有の資本主義の原理から少し外れてもビジネスが成立するような、オルタナティヴな街の気質も影響しているのかもしれない。

重要なのは、独立系書店が一過性のブームに左右されず、持続可能な書店として成立していることだ。それが時間をかけて、「言語化できないカルチャーの匂い」として街のムードになる。そう、こうしたインディペンデントな場所で奮闘する人たちなしに、新しい文化は生まれないのだから。

do you read me?!Auguststrasse 28, Mitte, Berlin

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TEXT BY HIROYOSHI TOMITE

PHOTOGRAPHS BY CHIHIRO LIA OTTSU