米大統領選に向けたSNSでの“情報工作”の抑止策には、「インフルエンサー」という盲点がある

米大統領選を前に大手テック企業は、印象操作を狙った称賛や相手候補に対する中傷を防ぐべく対策をとり、有料の政治的コンテンツの自主規制も進めている。ところが、こうした対策には盲点がある。人々との結びつきが密接で影響力もある「インフルエンサー」たちだ。
Influencers
MARK MAKELA/GETTY IMAGES

2016年の米大統領選前の数カ月、サミュエル・ウーリーは、オンラインでの政治的会話がボットによって誘導される可能性について非常に憂慮していた。テキサス大学オースティン校メディアエンゲージメントセンターでプロパガンダ研究のディレクターを務めるウーリーは、自動化されたボットネットワークからの嘘のコメントや投稿をウェブに蔓延させることが、恐ろしく簡単であることを発見したのだ。

候補者や第三者のグループが、印象操作を狙った称賛や相手候補に対する中傷をソーシャルメディアに投稿する行為は、どうすれば防げるのだろうか。幸いなことに、FacebookやTwitterなどのプラットフォームは、こうした行動をターゲットにした戦略を開発した。結果としていま、政治的メッセージを拡散するボットの代わりに「本物のユーザーがより多く利用されているのです」と、ウーリーは言う。

選挙運動に使われる“ナノインフルエンサー”

ウーリーの言う「本物のユーザー」とは、インフルエンサーのことである。彼の研究グループは、候補者から政治活動委員会(PAC)、外部団体にいたるまで、政治グループが選挙運動の一環としてデジタルクリエーターにますます目を向ける様子を調査している。

これは多くのフォロワーをもつインフルエンサーだけに限らない。もちろん、ブラッド・ピットだってジョー・バイデンの宣伝広告を配信している。このような有名人による支持ほど目立たないが、フォロワー数が10,000人未満のナノインフルエンサーも選挙運動に利用されているのだと、ウーリーは指摘する。

最近の業界レポートによると、これらのナノインフルエンサーはオーディエンスとの関係がより緊密で、エンゲージメント率も高い(メガインフルエンサーの2倍である)。そして、このような“真のつながり”は、ファッションブランドであれ大統領候補者であれ、どのような広告主にとっても貴重である。

「選挙の世界は、ブランド業界に数年遅れています。ブランド業界ではインフルエンサーマーケティングの需要がすでに高まっています。このため今後数年のうちに、選挙でも同じように広範にインフルエンサーが利用されるようになっても不思議はありません」と、最近ウーリーと共著のホワイトペーパーを発行したアナ・グッドウィンは言う。


連載「ザ・大統領選2020 アメリカ/テック/ソサイエティ」

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自主規制の対象外に

ソーシャルメディア企業は16年の米大統領選以来、政治広告に関するポリシーを改訂している。ロシアの俳優がFacebookなどのプラットフォームで有料広告を利用して米国の有権者を標的にしたことが発見されたあとのことだ。

現在、TwitterやTikTokなどのプラットフォームの一部は、有料の政治的コンテンツを一切排除している。フェイスブックは今月はじめ、11月3日の投票終了後に選挙関連の広告を一時停止することに決めた。グーグルも10月27日(米国時間)に同様の発表をしている。フェイスブックはまた、選挙前の1週間に新たな選挙広告を掲載しないことも決定した。

とはいえこれらの決定では、広告とオーガニックコンテンツの間のグレーゾーンであるインフルエンサー業界は、ほとんど対象外になっている。「選挙運動で利用されるさまざまな戦略やテクノロジーについて考えるとき、ナノインフルエンサーは間違いなく最も斬新かつ問題のあるもののひとつでしょう」と、ウーリーは言う。

米国のオンライン政治広告規制は10年以上も前のものであり、多くの盲点がある。例えば連邦取引委員会(FTC)は現在、インフルエンサーにブランドとの有料パートナーシップの開示を義務づけているが、連邦選挙委員会はこの件に関してほぼ口を閉ざしている(インターネット時代に合わせて法を改正する試みのひとつである「Honest Ads Act(正直広告法案)」の審議は行き詰まっている)。その結果、選挙運動とインフルエンサーマーケティングが交わる領域では、規制が主にプラットフォームの手に委ねられることになる。

パートナーシップの不透明な定義と追跡の難しさ

多くのインフルエンサーの活動の場であるFacebookやInstagramは、インフルエンサー(選挙運動に関するものも含めて)にブランドコンテンツツールを利用するよう求めている。候補者や政治活動委員会、政党はすべてブランドコンテンツのタグ付けができる。インフルエンサーもまた、「この投稿は広告です」と表示することで、投稿が広告であることを示せる(ただし、このような広告は、ほかの政治広告と一緒にFacebookの広告ライブラリに表示されない)。

それでもポリシーの適用は難しい。というのも、インフルエンサーマーケティングに関しては、誰が誰によってどのくらいの金額の支払いを受けているのかをFacebookが追跡できない。支払いはプラットフォーム以外でおこなわれるからだ。つまり、インフルエンサーが開示しない限り、報酬の支払いを受けた投稿なのか、個人的な候補者支持なのか区別できないことが多いのである。

「有料」パートナーシップの定義自体も複雑になる場合がある。「ブランドはたくさんの贈り物も提供します。このため報酬の支払いを受けたかどうかの定義が非常に広範囲にわたる可能性があります」と、デジタルマーケティングエージェンシーAmra & Elmaの共同創業者のエルマ・ビガノヴィッチは指摘する。

政治グループがインフルエンサーに現金ではなく何らかのアクセスやキャンペーングッズを提供したとしても、その関係を定義する標準的な用語はまだないのだと、ビガノヴィッチは言う。「このような場合、どのように開示すればいいのでしょうか。そのための適切なハッシュタグは? これは非常に新しい領域です」

透明性が欠如していることを考慮すると、選挙運動に利用されているインフルエンサーマーケティングの規模を推定することは難しいと、テキサス大学オースティン校のグッドウィンは言う。「それらが適切に開示されていない場合、追跡はほぼ不可能です。だからこそ、非常に強力で恐ろしいツールになりうるのです」

それでもはびこる偽情報

なお、TikTokでは政治広告が許容されていない。ところが英国放送協会(BBC)の調査では、TikTokのインフルエンサーが報酬を受け取ったことを開示せず、投票登録に関する動画を投稿していたことが明らかになっている。また、一部のインフルエンサーは、トランプをホワイトハウスから追い出すために投票するよう視聴者に呼びかけていた。

『ワシントン・ポスト』は先月、トランプ支持グループ「Turning Point Action」が10代の若者に報酬を支払い、TwitterやFacebook、 Instagramで民主党の政治家や報道機関をターゲットとして数千件もの投稿をさせたと報じている。投稿の一部には、新型コロナウイルスや郵便投票に関する偽情報が含まれていた。

政治的なオーガニック投稿と、選挙運動と提携して作成された投稿の違いを区別することは難しい場合もある。インフルエンサーによる政治的発言が盛んにされている年とあれば、なおさらだろう。

とはいえ、一部の投稿は明らかに政治キャンペーンの一環である。例えば、マイケル・ブルームバーグは大統領予備選挙中、ミームアカウントに金銭を支払って数百人を雇い、ソーシャルメディア上で選挙運動のプロモーションとなる投稿をさせたことが報じられている。ジョー・バイデンは民主党の指名を勝ち取って以来、より慎重なアプローチをとっているようだ。

インフルエンサーの利用がさらに加速?

バイデン陣営は夏の間、インフルエンサーマーケティングエージェンシーであるVillage Marketingを雇い、バイデンと数人のインフルエンサーとの会話をライヴ配信した。参加したインフルエンサーには、エル・ウォーカー(YouTubeで最も人気のある育児ネットワーク「What’s Up Moms」の創設者)やべサニー・モタ(ライフスタイル系ユーチューバーとして有名)などが含まれる。

これらの動画の投稿では、いずれのインフルエンサーも報酬を受け取っていないとエージェンシーの創業者が「Business Insider」に語っている。「それがこのキャンペーンやアプローチの正直で素晴らしいところだと思います。時事的な問題を議論するために、適切な表現手段や適切なオーディエンスをもつ人を選択したのです」

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や偽情報などによって、投票自体が難しい課題になっている今回の選挙戦。そこでのインフルエンサーマーケティングは、最も差し迫った問題ではない。

しかし、選挙運動におけるインフルエンサーの利用がすぐになくなることはないだろう。テキサス大学の研究者たちによると、それどころかプラットフォームがほかの場所で監視を強化するなか、インフルエンサーの利用はさらに魅力的になる可能性がある。

「わたしたちが取材したある人物は、Facebookの政治広告システムを巡る問題に悩まされ続けていると語ってくれました」と、テキサス大学オースティン校でウーリーと共に研究を続けているケイティ・ジョセフは言う。「こうした面倒な問題に対処しなくていいように、インフルエンサーの利用を始めたいというのです」

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TEXT BY ARIELLE PARDES