「SF的想像力」はオルタナティヴな未来像を提示できるのか:WIRED CONFERENCE 2020レポート(DAY3) #wiredcon2020

このほど開催された3日間のオンラインカンファレンス「WIRED CONFERENCE 2020」。「Sci-Fiプロトタイピング」をテーマとする3日目では、オルタナティヴな未来を提示するための「SF的想像力」を起点に、SF作家、アーティスト、起業家、研究者らが一堂に会し、「未来を想像/創造すること」の可能性を存分に語り合った。
「SF的想像力」はオルタナティヴな未来像を提示できるのか:WIRED CONFERENCE 2020レポート(DAY3) wiredcon2020
PHOTOGRAPHS BY KAORI NISHIDA

今回の新型コロナウイルスのパンデミックを経て未来がより不確実になるなか、いまこそ「SF的想像力」がわたしたちに重要な視座を与えてくれるかもしれない──。「未来を提示すること」に果敢に挑戦してきた『WIRED』日本版が「WIRED CONFERENCE 2020」の最終日のテーマとして設定したのは、「Sci-Fiプロトタイピング」だった。

「SF的想像力」の真髄を存分に語ったSF作家・劉慈欣、「未来予測」をテーマに(ついに?)邂逅を果たした漫画家・大童澄瞳とモデル・市川紗椰。宇宙食やイエバエという観点から人新世以後の「食」を構想するムスカ創業者の串間充崇、一般社団法人 SPACE FOODSPHEREの理事でJAXA新事業促進部J-SPARCプロデューサー・菊池優太、そしてSF作家・津久井五月。「ことば」の巧みな使い手であるSF作家・樋口恭介とアーティスト・なみちえ。ヒューマンスケールを超えた「長期的思考」の獲得という難題を引き受けたSF作家・小川哲と情報学者・ドミニク・チェンだ。SF的想像力と、異なる視点が交差した3日目の一部始終をレポートする。

SF文学の使命は、現実を超えたはるか遠い現実を描くこと

カンファレンス最終日のキーノートセッションは、「『SF的想像力』の可能性──中国SFの最高峰『三体』が人類に準備させるもの──」がテーマである。登壇者は、世界で20言語以上に翻訳され2,000万部を超えるベストセラーとなった『三体』の著者で、アジア人初のヒューゴー賞受賞者である劉慈欣だ。コロナ禍において執筆作業に勤んでいるという劉は、「なかなか筆が進んでいない」とこぼす。

「SFは、科学の進歩があってこそ物語が成立しますが、科学が日常生活に浸透したことで神秘性が失われてしまいました。これはSF小説にとっては致命的で、とても壁を感じています。コロナ禍が提示したのは、人が未来永劫、平穏に発展していくというのは一種の幻覚で、一直線的なものの見方で未来を考えてはいけないということです」

予期できない複数の未来に直面し、センス・オブ・ワンダーを描く難しさを感じている劉だが、未来そのものには楽観しているという。

「はっきり申し上げたいのは、わたしは理想的楽観主義者であるということ。人類文明には明るい未来が待っていると信じていますし、中国社会の未来はチャンスに満ち満ちています。急速に近代化に向かう変化の渦中で、待ち伏せする不確定要素によるさまざまな挫折、莫大な対価を支払う可能性もあるでしょう」

そして、次のように続ける。

「最も大切なのは、一丸となって科学技術を進歩させること。また外部世界である宇宙への探索と開発を絶えず進めていくこと。そこに人類の未来がかかっています。地球がいかに繁栄し素晴らしい世界になろうとも、宇宙飛行や開発がなければ、遥か先の未来が明るいはずがありません」

科学技術への期待、外部世界への渇望──。これらの言葉からも彼の理想的楽観主義が見てとれる。では、SF作品についてはどのように捉えているのか。多くのSF作品には、社会と接続されたある種のメッセージ性が込められている。社会課題に対してSF的想像力がどのように寄与するか、劉は次のように語る。

「SFは未来に存在しうる転機や事故を文字で表現できます。可能性を提示することで思考の扉を開き、広い視野から未来を見ることが可能になる。そうした性質から、分断や貧困、環境問題などにおいて、科学が人の生活にもたらす影響や課題がSF作品のなかでは常に語られてきましたし、中国でもそうした動きは存在します。代表的なのはスタンリー・チェンの『荒潮』ですね。わたしは、SFの想像力を用いて現実世界の問題を提示し批判する作家のことをとても尊敬しています」

関連記事:世代間で引き裂かれた中国の苦しみ、いまSFが描くもの:『荒潮』陳楸帆が語る、フィクションが現代社会で果たす役割

しかし、劉は「現実を投影した批判には興味がありません」と言葉を続ける。

「中国のSF作家として現実的要素が作品に出てくることは避けられませんが、それは自分の想像力を膨らませる土台として活用するにとどめています。わたしにって、SF小説は課題解決や社会批判が最終目的ではないのです。想像力に基づく文学ジャンルとしてのSFの使命と強みとは、現実を投影することではなく、現実を超えること。現実を超えた現実、遠く離れた時・空間といった、人間が生きているうちには到底たどり着けない遠い未来を描くことだと考えているんです」

『WIRED』日本版副編集長で「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」所長の小谷知也が劉慈欣にインタヴューした。

未来予測とは、現在と過去を思うこと

「『未来予測』には手を出すな!──誰かの『ヴィジョン』を継ぎ、アップデートすることの意義──」のテーマで登壇したのは、漫画『映像研には手を出すな!』の作者である大童澄瞳とモデルの市川紗椰だ。

鉄道・食べ歩き・アニメ・相撲・アート・音楽など、さまざまな分野のカルチャーに精通しているモデルの市川紗椰

セッションは、市川にとっての未来の原体験をさかのぼるところから始まる。

「『スタートレック』や『銀河ヒッチハイク・ガイド』『未来家族ジェットソン』『原始家族フリントストーン』があり、自身の未来感には繁栄と格差の表裏一体の原体験がありました。少し古いものですね。将来はタイムマシーンをつくってやり残したことを取り戻しに過去に行きたい。そんなことを子どものころは思っていました。だからなのか、大童さんの『映像研』を観たとき、SF的な世界観のなかに、絶妙な未来感というか、『過去』を少し感じたんです」

市川が言う、大童が描く絶妙な未来感の正体とはどのようなものなのか。ここから、大童にとっての独特の未来の視点が浮かび上がる。

「今回のテーマは『未来予測には手を出すな!』ですけど、未来予測をしてみたいって思いませんか? 『映像研』に出てくる芝浜高校は2030年代ぐらいに建てられていて、物語は2050年代の設定です。『攻殻機動隊』は2030年代が舞台なんですが、あと10年で電脳化が実現するんだろうかと考えたとき、まぁ無理だろうと。では2050年だったらどうだろう。それを考えたくて描いているんです。例えば、クルマは自律走行車になっておそらく免許がいらなくなるだろうから、高校生がクルマに乗って移動する描写をする、などです」

その一方で、「2050年になっても電脳化や情報並列化、それが生み出す人格のハックやスタンドアローンコンプレックスなどの問題に至るような未来は、多分ないんじゃないかと思いながら描いています」と大童は言う。

「スマホも革命的なものだし、人間の桁外れの順応力の高さでわからなくなっているだけなので、あまり気付かないくらいの要素で構成されているのが2050年代なんじゃないか。未来予測とはそういうものだと思います。『ドラえもん』のものすごく面白い点は、のび太が庶民だということ。家は借家だし、ドラえもんも未来では庶民です。庶民が未来を手にしてそれが彼らにとって一般的なものになっているヴィジョンが未来的だと思うんです」

関連記事:2050年に答え合わせができたらいい:『映像研には手を出すな!』で大童澄瞳が描く未来

加えて、市川は『映像研』に散りばめられた「過去」のディティールについて指摘。大童はこの点について、渋谷という都市を例に挙げて語る。

「都市計画や都市の変遷が好きで東京の水源を探していると、再開発真っただ中の渋谷は谷になっていて、その地形は変わらずに過去の記憶や足跡が見え隠れする。渋谷にロープウェイがあったことも自分にとってはすごく新鮮なことなんですけれど、当時を知っている人は「あぁ、昔乗ったことあるよ」と平然と話す。このことに未来的な何かを感じるんです。ぼくは作中で古いものを描きがちなんですが、読者の頭にアクセスして人々が記憶しているものを呼び起こす描き方をしていて、そうしたものが落とし込まれているんだと思います。未来予想って、先を見ることがすべてではないのかもしれない。過去を振り返ることで未来的な何かが見えてくるんじゃないか。そう思うんです」

テレビアニメ版『映像研には手を出すな』は、『The New Yorker』が選ぶ2020年度の「ベストテレビ番組」(The Best TV shows of 2020)にも選ばれた。

閉鎖系と開放系をつなぐ問い

続いてのセッションは「食と(ポスト)アントロポセン──『未来からの視線』がアップデートするわたしたちの暮らし──」がテーマだ。気候変動や食糧危機などを乗り越え「ポスト人新世の食」を考えるうえで、はるか遠い宇宙への旅立ちを見据えた100年後の宇宙食に挑む、SPACE FOODSPHERE理事でJAXA新事業促進部の菊池優太と、地球の自然環境が織りなす食物連鎖のなかに人を組み込む究極的な食物連鎖の循環社会に挑むムスカ創業者の串間充崇。そして両者にSF的想像力を提示するのが、SF作家の津久井五月だ。

(写真左より)SF作家の津久井五月、ムスカ創業者の串間充崇、SPACE FOODSPHERE理事でJAXA 新事業促進部の菊池優太

JAXAで宇宙ビジネスの新規事業を担当する菊池は、「食のテクノロジーの進化は宇宙開発とともに歩んでいるといっても過言ではない」とし、「宇宙を目指すことが地球の課題解決を加速させる」と語る。

「食糧も資源も人も少ないなかで、いかに食糧を効率的に確保し、保存や衛生、生存の条件を追求するかは、宇宙における食の必須課題です。しかし、機能だけを追求する宇宙の食は変化しており、閉鎖隔離環境のなかで宇宙作業員たちの心の問題をいかに解決するかも重要です。さまざまな国籍のクルーがいる隔離空間でコミュニケーションをとるにあたって、食が大きな役割を果たすと言われています。こうしてみてみると、宇宙の食の課題は地球のそれと非常に共通しています。食糧危機や災害時の避難所・現在のパンデミックにおける状況と、近いものがあるのです」

では、この地球における課題を地球で乗り越えるための新しいヴィジョンとはなにか。津久井は「家畜」という視点を投げかける。

「地球上の哺乳類の96%は人間と家畜が占めている状況にあるなかで、考え直さなければならないのは、人間と家畜の関係なのかもしれません。牛は草を食べて自分のおなかの中にいる細菌と協力してそれを分解します。例えば、人間も食物の循環・連鎖を短絡させられるとしたら、テクノロジーとしても文化的にも面白いですし、人類が直面する課題に対しての視座を与えてくれるような気がしています」

この循環の短絡化、また自然の食物連鎖とそこから切り離された人間の食の循環をつなげる試みをおこななっているのがムスカだ。

ムスカは、旧ソ連の火星往復計画下で宇宙環境での食の循環をするためのバイオマスリサイクルで利用されたイエバエを活用している。串間は、イエバエの有効性をこのように解説する。

「世界的人口増加に伴い中間層が増えることによって肉と魚の需要が高まると、大量の産業廃棄物が出ます。さらに、畜産のための魚粉が不足する問題が生じます。世界の有機堆肥のほとんどは微生物による発酵堆肥化プロセスを踏んでつくられていますが、完熟堆肥にするには数年かかるとされています。そのプロセスのなかで、温室効果ガスも大量に生じ、さらには水質汚染も発生してしまう」

「イエバエを有機廃棄物に巻くことで、1週間でさらさらの有機肥料とタンパク質肥料をつくりだす」ことで食糧生産の新たなるかたちを串間は模索している。

「大量生産・大量消費・大量廃棄で成り立った20世紀型の食のサイクルから、例えば昆虫の力を使って有機肥料をつくり、家畜や魚を育て、人間が食べた後の排泄物をまたハエが処理するという究極型の食物連鎖をかたちづくることに大きく貢献できると考えています」

宇宙とイエバエの観点から食の循環を考えるふたりに、津久井はこのような問いを投げかける。

「自然環境や生態系が守られる閉鎖系のモデルは非常に重要である一方で、食料危機や気候変動などの問題があるなかでも、その先にどれだけ開放系の食のあり方を残せるかは大事だと考えています。おいしさや、多様な食といった豊かな食を享受できる一方で、農薬や食糧危機などのダウンサイドがある開放系のモデルです。人間にとって今後必要なのは、どちらのモデルになるのでしょうか」

人を探るためでなく、自分を探るための“言葉”でありたい

「『ことば』の未来を手繰り寄せろ──気鋭のSF作家×ラッパーが考える、言語とコミュニケーションのこれから──」というテーマで登壇したのは、SF作家の樋口恭介とアーティストのなみちえだ。

着ぐるみなどの立体造形を中心に、ラップ・詩・歌・身体パフォーマンスを用いて創作活動を行なうアーティストのなみちえ

小説家である樋口と、ラッパーでもあるなみちえに共通していたのは、言葉の不完全性についての認識だ。なみちえは、ソーシャルメディア上でのコミュニケーションにおけるリアリティ追求の肥大化について言及する。

「言葉は不完全なものだから、言葉にするということは、同時に自分の言葉が不完全だと表明する行為だと思うんです。人間はそれを一生やり続けてるわけじゃないですか。そういう意味で、ラッパーはリアルだっていうけれど、そこには矛盾があるんです」

なみちえは、Twitterでのコミュニケーションを例に挙げながら言葉を続ける。

「Twitterの文脈から考えると、初期は140文字での不完全さを大前提としたコミュニケーションがあったけれど、アーティストと一般人が交わるようになってどちらもリアリティをもち出したことで破綻しましたよね。本来リアリティとは切り離されるべきもので、わかりあえると思って言葉を使うこと自体が間違っているんじゃないかって。相手をわかろうとしたり、人を探って記号化したりするためでなく、自分を探るための言葉でありたい。そう思うんです」

なみちえの言葉に対し、樋口はこのようにつけ加える。

「言葉には意味伝達機能の側面と、自立してそれ自体が生命体のような性質をもって作品になる物質的な側面があります。Twitterも当初は適当なひとりごと、文字通りつぶやいていて、アーティストにとっても気ままに表現をする場だった。しかし利用者が増えることによって意味伝達としての側面が肥大化してしまった。普通の人はコミュニケーションの道具であると考えますから」

では、ふたりは言葉で伝えきれない複雑さをどう考えるのか。作家として活動を始める前はノイズミュージシャンをしていた樋口は、「多面的で複雑な世界では、それぞれの言葉・表現でしかアクセスできない世界がある。それを使い分け続けることが重要だ」と語る。

なみちえも同じく、ガーナ出身の父をもつこと、フィメールラッパーであること、藝大主席卒であること、自身にとっては「無意味」だと語る肩書きを、「着ぐるみのように着替えては捨て、遊んでいる」と、樋口の表現を借りるならば、複雑な要素の集合体である人間を社会的に理解可能なかたちで解像度を下げ、アーティストを取り巻く環境をハックしているという。

「ことば」の未来を起点に、これからの時代の作家論、肩書の無意味さ、そして「複雑な人間を複雑なまま捉えていくこと」の重要性まで話は広がっていった。

フィクションと非規範的倫理の可能性

3日間に渡るカンファレンス最後のセッションを締めくくったのは、「未来のための『歴史と時間軸』──ヒューマンスケールを超えた長期的思考を手にするために──」のテーマで登壇した、SF作家の小川哲と情報学者のドミニク・チェンだ。

(写真左より)『WIRED』日本版編集長・松島倫明、SF作家・小川哲、情報学者・ドミニク・チェン。「風の谷のナウシカ」にまつわるトピックから議論は幕を開けた。

セッション冒頭で飛び出した「未来は存在しないもので、変えるという行為も存在しない」という小川の言葉は、存在しない、あるいは予期し得ない世界での長期的思考の難しさを端的に表していた。「未来を考える」という営為そのものを問い直すような議論の全貌は、下記のレポート記事を参照いただきたい。

関連記事未来の人類に向けた想像力を育むための「フィクション」と「非規範的倫理」がもつ力:WIRED CONFERENCE 2020レポート #wiredcon2020

現実を超えるSF文学の使命、過去と現在に溶け込む未来への眼差し、閉鎖系と開放系をつなぐ問い、自分を探るための“言葉”、非規範的倫理と長期的思考。多彩(才)な登壇者たちによる「未来」への異なる態度が交差し、「WIRED CONFERENCE 2020」の全日程が終了した。


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