そのアルゴリズムは、健康に有害な「鉛の水道管」を見つけ出す

米国の一部の都市では、健康に有害な鉛の水道管が社会問題になっている。こうしたなか、水道水の汚染で多数の住民が健康被害を受ける事態を解決すべく開発されたのが、鉛製の水道管を見つけ出す人工知能(AI)だ。このAIは効果を発揮したが、工事の優先順位づけによるコミュニティの分断という別の問題も浮き彫りになっている。
そのアルゴリズムは、健康に有害な「鉛の水道管」を見つけ出す
JEFF KOWALSKY/BLOOMBERG/GETTY IMAGES

ミシガン州フリントで道水が鉛に汚染され、多数の住民が健康被害を受けてから6年以上がたつ。それ以来、多額の予算がつぎ込まれ、水質改善と市の経済再生に向けた取り組みが続けられてきた。しかし住人たちは、いまもボトル入りの水や浄水用フィルターを備蓄するために店で長い列をつくり、コミュニティ全体が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えているようだとの声もある。

こうしたなか、問題が発覚した当時の州知事だったリック・スナイダーが、職務怠慢の容疑で2021年1月14日に訴追された。前州知事は無罪を主張しているが、2016年の下院委員会の公聴会では次のように語っている。「市、州、連邦当局を含む、わたしたちすべてがフリント市の住民を裏切ったのです」

この問題をきっかけに生まれたツールがある。水道水の鉛汚染が深刻な懸念をもたらしている町がほかにも存在するなか、同様の被害を食い止める人工知能AI)だ。鉛製の水道管を見つけ出す予測モデルで、データ解析のスタートアップであるBlueConduitが開発した。このAIを採用したフリント市では期待できる結果が出ていたが、市の込み入った政治事情により早々に使用が中止されてしまった。

それから4年後。160km離れたオハイオ州トレドは鉛製水道管の問題を抱え、このAI技術の導入を進めている。地域コミュニティへの支援と関与を広げることで、フリントで表面化したような問題を防ぐのが狙いだ。

州保健局の推計では、州内で血液中の鉛濃度が高い子どもは19,000人にのぼるという。トレド鉛中毒予防連合による16年の報告書では、トレドで鉛中毒と診断された子どもの割合は全米平均の2倍近くになると指摘されている。

AIが鉛製給水管の存在をあぶり出す

鉛は毒性の高い神経毒であり、子どもの長期的な発達障害を引き起こす恐れがあるほか、大人でも少量の摂取で有害になる。

このためトレド市は20年、市内に埋設されている推定30万本の鉛製水道管を見つけて交換すべく、30年がかりの事業に注力する意向を示した。10月には市と地元の活動団体、非営利組織からなる合同チームが米環境保護庁(EPA)から20万ドル(約2,100万円)の補助金を受け、BlueConduitの技術を導入して鉛の水道管を割り出していくことになったのである。

BlueConduitはジェイコブ・アバナシーとエリック・シュワルツが19年に創業したスタートアップだ。もともとはフリント市内の鉛製水道管を割り出すために立ち上げたミシガン大学のプロジェクトで、そこから発展した。アバナシーによると、50の自治体を管理する組織と契約を結び、鉛管の交換に取り組んでいるという。

BlueConduitでは、鉛の水道管が使われていそうな地区や家庭を予測するにあたり、数多くの要素を基に分析する。例としては住宅の築年数、住宅が位置する地区、近隣で鉛が見つかった住宅の有無、水の使用記録などだ。


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こうした要素から鉛製の給水管がある可能性を割り出し、ランクづけする。各都市はランキングを参照し、水道管を調べる掘削調査の優先順位をつけていく。

「『この家は鉛の水道管です。この家は違います』といった具合に示すわけではありません」と、シュワルツは説明する。「わたしたちが提供するのは、鉛の可能性が高い順位づけです。住民のみなさんが鉛の水道管を使用する期間を短くするのが目的なら、リストをこの順で調べていけばいいですよ、という話なのです」

トレド市と提携してプロジェクトにあたる非営利団体「Freshwater Future」でコミュニティプログラムとテクノロジーのアソシエイトを務めるアレクシス・スミスは、トレドの手法が優れている点は、アルゴリズムに加えて住民からの情報提供にもあるという。

「市からだけでなく、住民からも家の所有者のことなどの情報が得られます。自分たちだけではないと思うと、こちらも心強いですよね。わたしたちはこのプログラムの一員として動いていくつもりです」

コミュニティの分断と不信感という壁

テクノロジーとコミュニティの観点とで、両者のバランスの確保は欠かせない。自分たちの不安はアルゴリズムの二の次なのか、と住民に感じさせないためだ。フリントで同じプロジェクトを進めたとき、BlueConduitのモデルは上々の結果を示していたが、コミュニティの分断と旗振り役への深い不信感という壁にぶつかった。

17年の当時はそれぞれマーケティングとコンピューターサイエンスの大学教授だったシュワルツとアバナシーは、フリント市と共同で問題に取り組んでいた。当初、市の職員たちはふたりの予測モデルに感心していた。その年、モデルが割り出した住宅のうち、およそ7割から実際に鉛の水道管が出てきたからだ。

市はその後、ロサンジェルスを拠点にするエンジニアリング企業のAECOMと契約を交わしたが、AECOMはふたりが手がけた予測モデルの使用を却下した。翌年、ふたりの予測モデルを使わなかったところ、精度は15%にまで落ちてしまった。

シュワルツは裁判所での説明のなかで、プロジェクトを率いるアラン・ウォンを含むAECOMのスタッフに多数のメールを送ったと語っている。いずれも返信はなかったという。

シュワルツらのモデルを使わなかった理由を市議会議員から尋ねられたウォンは、AECOMが提供を受けたのは鉛管が埋設されている可能性のある区域を「色分けして示したマップ」だけであり、AECOMの業務とシュワルツらの予測モデルのいずれの精度についてもコメントできる立場にない、と答えている。なお、AECOMの広報担当者は『WIRED』US版に対し、現在は市から水道管の交換業務を請け負っておらず、市に問い合わせてほしいと回答した。

「飛ばされた」と感じた人々

地元では当初のモデルの復活を希望する声もあった。しかし、前フリント市長のカレン・ウィーヴァーは19年の『The Atlantic』の取材に対し、モデルに従って市が調査したところ、近所の家は調べてもらったのにうちには来てくれなかった、と住民から不満の声が上がっていたと説明している。市議会議員からも、市内でも地区によって調査の数に偏りがあり、自分たちは飛ばされたと感じている人がいる、との懸念が出ていた。

フリントで実施した鉛製水道管の交換を要する住宅の優先づけは、各種項目を考慮に入れて決められ、シュワルツは各世帯の「6歳未満の子どもの数、妊娠中の女性や退役軍人、高齢者の有無」などを挙げる。

前市長のウィーヴァーはある取材で、市民の反応は予測モデルへの不信というより行政への不信が大きかったと語っている。「わたしたちがこのモデルを使いたくなかったのは、取り残される人を出したくなかったからです」

フリント市が予測モデルの運用を始めた18年の時点で、それまで4年にわたり問題を無視し混乱させてきた市への信頼は、すでに崩れていた。環境保護庁はマスメディアが問題を広く報じるようになる数カ月前から、鉛の濃度が安全基準を超えていることを把握しており、一部の市職員や市と提携するコンサルティング会社のうち少なくとも1社も認識していた。

ミシガン州のスナイダー知事は緊急事態に対応する職員を任命しており、市の水源を変更する決定もそこで出された。州知事は水質の安全性について自身は誤った認識をもたされたとの立場を、繰り返し主張している。「水道水がおかしいと1年半も訴え続けてきたあげく、誰かに来てもらって事実を確かめてもらうまで待てと言われる。そしたら信頼しないでしょう」と、前市長のウィーヴァーは言う。

無作為に集めたサンプルの重要性

その後、フリント市はBlueConduitによるモデルの運用を再開した。昨年末までに交換を済ませた鉛の水道管は、市内全体で10,000本近くを数える。掘削調査を実施した住宅は、実に26,000軒にのぼる。

1軒ごとに掘削調査をするととコストがかかることから躊躇する自治体は多く、鉛管がある地区を優先する進め方が好まれる。その点、ランクづけし優先順位をつけていくBlueConduitの方式は、より実用的だ。

掘削して新しい水道管を設置する作業には、2,000~10,000ドル(約21万~105万円)かかる。直接払うか間接的に払うかの違いはあるが、負担するのは基本的には住宅の所有者だ(後者の場合は水道会社が費用を出すが、のちに水道料金を値上げして間接的に利用者が負担する)。

BlueConduitのアバナシーによると、築年数の古い住宅は住人が低所得の傾向にあるほか、記録類が不十分な場合が多い。このためBlueConduitのモデルは、この点を考慮するよう努めている。提携する自治体には、すでに記録を把握している住宅のデータではなく、無作為に集めたサンプルの提供を依頼するという。

「人種による地区の住み分けをはじめ、分配にかかるその他の問題が地域に存在する場合、バイアスのかからない状態で鉛管のある場所を推測するには無作為のサンプルを集めることが非常に重要です。記録を把握できている場所だけ対応していたら、すでにある偏りを強化してしまいます」

知識に基づく3段階のアプローチ

こうしたプロジェクトは、「単にAIの判断に従えばいい」というほど単純ではない。地域住民がテクノロジーに頼りすぎず、自分たちのリーダーを信頼することが不可欠なのだ。

鉛汚染のような環境にかかわる問題で大きな影響を受けやすいコミュニティは、所得の不均衡や人種などによる居住地の住み分けを数十年にわたり経験してきている。自治体の指導者層に向けられる不信は数年で生まれたものではなく、ずっと根深い。

トレド市で水道水の供給を担当するマーク・ライリーは、コミュニティの観点と予測モデルのようなテクノロジーのバランスを確保する鍵が、市民との「継続的なかかわり合い」にあると考えている。「市ではミーティングを通じて地域コミュニティと結果を共有し、本質的に市民のみなさんに向けて結果を提示するマップを展開していく計画です」

非営利団体のFreshwater Futureでは来年にかけて、知識をベースにした3段階のアプローチをとっていく。水道管を掘削するには家の所有者の同意が必要になることから、モデルを使って得た情報を知らせる取り組みを進め、予測モデルが鉛管の存在を指摘した家の住民に働きかける。そこからフィルターの使用や健康問題、さらには掘削に対する助成金についても話し合っていく流れだ。

「AIに絶対的な信頼を置くことはできませんが、最大のニーズがあるところに的を絞った支援を提供する助けにはなると考えています」と、Freshwater Futureのエグゼクティヴ・ディレクターであるジル・ライアンは言う。「もちろん、住民が望まなければ市に相談してもらうこともできますし、身近にいてみなさんを支援するのがわたしたちの仕事です。これは1回やればすぐに終わる話ではありませんから」

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TEXT BY SIDNEY FUSSELL

TRANSLATION BY NORIKO ISHIGAKI