2050年の社会の姿

1961年5月、米国の第35代大統領ジョン・F・ケネディは、「10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」と提案した。これは言わずもがな「アポロ計画」と銘打たれた有人宇宙飛行計画であるが、当時は実現困難なプロジェクトと多くの人に思われた。

実際にアポロ1号は発射の予行練習中に3人の宇宙飛行士を事故で失うなど、プロジェクトは困難を極めたが、1969年7月16日にケネディ宇宙センターを飛び立ったアポロ11号は、5日後「静かの海」と呼ばれる月面に人類初の有人月面着陸に成功した。

以降、ケネディの発言した「月に向けたロケットの打ち上げ(moon shot)」は「実現が困難とされる目標に挑む」という意味となり、多くの研究者がムーンショット型のアプローチを試みている。

そして2021年、日本では超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、7つのムーンショット目標が設定された。さらに、「ポストコロナ/アフターコロナ」を見据えた2050年の社会経済のあるべき姿を議論し、今後の時代を担う若手の柔軟かつ自由なアイデアを取り入れながら、「新たなムーンショット目標」の検討をおこなう目標検討チームが集められた。

そのチームのひとつに選ばれたのが大阪大学基礎工学部・学部学生の佐久間洋司が率いる「科学技術による『人類の調和』検討チーム」だ。

今回は帳票・BIソフトウェアで国内トップシェアを誇り、2020年にデータでビジネスをアップデートする国内最大級オンラインカンファレンス「updataNOW20」を成功させたウイングアーク1stの田中潤と、24歳の若手研究者である佐久間が、未来のヴィジョンの描きかたについて語り合った。

佐久間洋司|HIROSHI SAKUMA
1996年東京都生まれ。東京都立小石川中等教育学校を卒業後、大阪大学基礎工学部へ進学。大阪・関⻄万博におけるパビリオン等地元出展に関する有識者懇話会 委員・バーチャル大阪館(仮称)等部会長、ムーンショット型研究開発事業 ミレニア・プログラム 科学技術による「人類の調和」検討チーム チームリーダーほか。大阪大学 第19回課外活動総長賞(阪大総長賞)特別賞などを受賞。

変化に対応しながら目標に向かうムーンショット

──まずは佐久間さん、「ムーンショット型研究開発事業」の取り組みについて教えてください。

佐久間洋司(以下、佐久間) グーグルが「Google X」をつくったころから「ムーンショット」という言葉も流行り出したのでしょうか。「月に行く」という目標設定そのものがよければ、関連する研究開発や社会実装も一気に進むというのがムーンショットの優れているところだと思います。

今回、内閣府主導でJSTなどが推進する「ムーンショット型研究開発事業」の目標は7個です。例えば、そのうちの1つはサイバネティックアバター社会で、あらゆる場所でアバターを通じて活動できたり、自分の身体能力などを補って活躍できたりするというもの。その他にも、自律ロボットや未病からの予防、量子コンピュータなどの7つの目標が掲げられています。ここに1つか2つ、新たに目標を加えることになり、わたしたちのチームもその検討チームに採択いただいたという経緯です。

田中潤|JUN TANAKA 
ウイングアーク1st株式会社代表取締役社長兼CEO。システム開発エンジニアとして、企業の業務システムやWebアプリケーション、ECサービスの開発に携わった後、2004年にウイングアーク1st株式会社に入社。2011年、開発を統括するCTO、2017年、全社の事業を統括するCOOを経て、2018年代表取締役社長に就任。

田中潤(以下、田中) 最近、われわれも「データがあるから、踏み出せる一歩がある。」という、まさにアポロ計画をモチーフにしたTVコマーシャルを制作しました。このころのコンピューティングデヴァイスはみなさんがもっているスマートフォンよりもはるかに劣っていました。いま1秒でできる計算が、当時は120秒かかるような計算の仕組みしかない時代です。

普通に考えると「物理的に無理」という地点からスタートしている。わたしたちはデータを未来にどう活用していくかをつねに考えているのですが、インターネットがない時代のデータ解析は「持って帰ってきたものを人伝に」しかできなかった。そうした人との連絡伝達が完璧でないなかで宇宙を目指し、それを成し遂げられた。既存のものの延長線上にどこまで行けるかを考える人がほとんどだと思いますが、ムーンショットは真逆だからこそ成功したのだと思います。

UPDATA!「データがあるから、踏み出せる一歩がある。」

──今回の「ムーンショット型研究開発事業」で佐久間さんのチームの目標はどのような設定をしているのでしょうか。

佐久間 わたしたちは「人類の調和」を実現するという目標設定をしています。そもそも「人類の調和」とはどういう状態なのかを定義し、どうすればそこに至れるのか、科学技術が人と人との関係性や集団としての振る舞いをサポートできるとしたら、どういう方法をとれば倫理的に良いのか──。その実現可能性を半年間かけて調査していくというものです。

例えば「テレパシー」と呼べるくらい、伝えたいことを瞬時にコンピューターが推測し、それを映像や音声などで表現してそのまま伝えてくれる科学技術は実現可能でしょうか。誰かと誰かの間だけのアートとして生成される新しいメディアを通じて、伝えたいことをそのまま伝えることができる。経験や視座など、言葉だけでは伝えきれなかったものも、何かしらの形で伝達できるのではないかというHCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)の分野に近い話です。

また、伝えたいことが伝えられるのであれば、見たいものを見ることができるような技術も発展すると考え、誹謗中傷から不快な情報まで、見たくないものを見ずに済むフィルターになるような、情報の補完機能を持つインターフェースの可能性なども考えています。

集団のレベルで検討しているのは、都市と一体化したセンシングからSNSでの「つぶやき」まで、さまざまな情報を集めたときに、見逃されがちな小さな主張も拾って合意形成に役立てることはできないかという科学技術です。これによって、人種やジェンダーの問題などわたしたちがすでにもっている問題意識だけでなく、もっとマイノリティな、意識に上がっていなかったことも緩やかに拾い上げて合意形成をサポートする社会システムができるかもしれません。

さらに、形成された合意に対してわたしたちはどう融和していくのか、フィルターバブルを防ぎ、むしろ相互理解を促進するような情報の届けかたをする流通制御はできるのかなど、いろいろな科学技術を想像しながら、それによって実現される人類の調和とは何か、技術的・産業的にも、研究としても実現可能なのかを時間をかけて調べていきます。

田中 佐久間さんが取り組まれるのは、アナログの世界を残しつつも、大部分がそちらに移行する世の中を本当に想像できるのかというチャレンジですよね。大部分の人がデジタルを使っている状態を想像できないといけないはずで、100%ではないかもしれないけれど、当たり前になっている世界をつくらないといけない。

例えば人との待ち合わせも、固定電話しかない時代からGoogleマップで位置情報を共有して到着時間もわかるようになった。でも人に会うという「リアル」は残りました。次の50年で、リアルの領域はどれくらいで、サイバーの世界はどこまでなのかを、変化しながら進んでいく過程の中で考え続けることが大事なのだと思います。

少子高齢化の未来で、全員が救われる社会にするために

──田中さんは2050年の社会をどのように考えますか。

田中 2050年は日本人の人口は減少しているという変えがたい未来が存在しています。そこで足りていないものや、いまないものをつくらないといけないというのが企業の立場でやらなければいけない点で、人に代わる力が必要だと考えています。産業革命以降、機械を使ってきた人類の歴史において、人に代わる労働力は機械しかありません。そういう物理の世界からヴァーチャルの世界に移行するので、ヴァーチャルの機械を使いこなす世界をつくればいいというのが我々の基本的な思想です。

人間がやるべきことは細かく動くことではなくて、それこそムーンショットを考えられるような人材をもっと輩出しないといけない。そういう世の中を創造するために「dejiren」という、サーヴィスをつくっているところです。われわれ全人類は上司になりえる、ひとりひとりが上司の視点にたち指示し、ロボットに実行に実行してもらえばいい。

佐久間 少子高齢化になっていく日本の状況で、誰も取り残されずに全員が上司化するというのは、課題解決型の皮をかぶったムーンショット的な話で面白いですね。

田中 社会の働きかたひとつをとりあげても「できている人」だけ救うのは簡単ですが、「できていない人」を救おうとするとそちらに引っ張られてしまう。国の施策でも違和感を感じているのは、どちらかではなく「全部、救う」となぜ考えないのかいつも考えています。

何をもって幸福か、という合意を

佐久間 わたしたちが幸福を感じる原因は無数にあるなかで、田中さんのお話では働くことの喜びも含めていらっしゃるんですね。わたしは少し違うところに興味があります。最終的には「働かないと辛い」という話もあるかもしれないですが…、働かなくても不自由なく暮らせるような社会では、孤独や分断などの人間関係の課題が先鋭化するのではないかと思っています。

情報通信や推薦などの技術の進歩の中で、人と人との対立、分断がより喫緊の課題になりやすいのではないでしょうか。BLMや誹謗中傷は、いまの時代だからこそ際立っていると思っています。これは「全員上司化」と同じレイヤーの課題意識ではないかと思いますが、そういう分断という課題の解決策としての「人類の調和」という目標設定を打ち出そうと考えています。

田中 幸福という点では、基本的に幸福は人によって感じかたが違いますよね。わたしはそれでも幸福はコントロールできてしまうものだと思っています。幸福だと思う感覚的な器官に働きかけることができたら、目的をつくり出したり、体感させるような世界を生み出せてしまう。その世界がすごく幸福だと思い込んでしまう可能性が十分ありえると思います。

佐久間 そうですね。コントロールはできるのかもしれませんが、わたしたちの暗黙の合意として、おそらくそれは、きっと幸福と呼ばれないものですよね。

脳内物質レヴェルの幸せの状態であればハックすることすらできるのかもしれません。ただ、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』(1932年)のころから同じ話をしていますし、もう少し高度な、認知的なレヴェルの幸福ですら幸福だと信じさせることもできるのではないかと考えることもあります。これはジョージ・オーウェルの『1984』(1949年)みたいな話で、そのころといまも、ディストピアとして想像されるものは大きくは変わりません。

ただ、同じ技術を使っても、それがディストピアではなくユートピアだったという可能性もゼロではないというときに、何をもって幸福なのかということは、いま生きている人類がしっかりと考えて、合意する必要があると思います。

田中 これはわたしの考えかたですけど、その幸福によって自分たちが世の中を動かす行為につながる幸福メカニズムをつくり出さないと、気持ちは幸福なのだけど、結果的には幸福ではなかった、という結論に陥りそうですよね。

「あなた」にヴィジョンを伝えるためには

──研究はどのように進められるのですか?

佐久間 わたしは「予言書を書く」と言っているのですが、正式にはイニシアチブレポートと呼ばれる、研究開発のロードマップや実現シナリオを描く調査研究報告書を仕上げることになっています。「その科学技術がいつまでに実現すると、産業界の人たちがこういうサーヴィスに興味をもち、こういう市場が生まれて社会が変わるでしょう」というところまで想像しながら描く。これに根拠や説得力を持たせるために、現在はさまざまな文献調査やヒアリングなどに取り組んでいます。

また、たくさんのかたに少しでも納得してもらえるように、イニシアチブレポート自体をイデオロギー化して発信して、支援してくれる人を増やすということも必要なのだと思います。

田中さんにお伺いしたいのですが、たくさんのかたに共感いただけるようなヴィジョンを描くにあたって、応援したいと感じてもらうためのポイントはなんだと思いますか?

田中 人間は基本的には他人より自分が大事で、自分の損得の部分が上回ってしまう。結局、戦時中は「この人についていけば生き残れるかもしれない」というのがあったのではないでしょうか。一方、孫正義さんのような場合は、彼のような成功した世界に行きたいからついていきたいと思う。つまり何かのモデルにするか、自分の課題を解決してくれるかがトリガーになりやすい。そういうきっかけを与えようとしたときに、言葉で伝えても伝わりかたはさまざまなので、見たままの「絵」の情報が必要になってくる。

例えば、みなさんに何かを話したあとに、わかったことを絵に描いてくださいとお願いするとします。すると、結局、みんな違うことを描くのです。わかったつもりになっていても100%は伝わらない。いまはBluetoothでデータを飛ばせるのだから、これからは人間のヴィジョンをビシッと相手に渡せられるようになると思いますね。

佐久間 「絵」に描いたほうがいいというのは、自分たちの調査研究で考えていることにも通ずるものがあります。自分が想像している映像を相手に見せられるだけでもすごい進歩なのですが、抽象度の高い情報や過去の経験も、言葉以外の情報も読み取りながらあらゆるメディアによって相手に伝えられるようにできたらと思います。本当はこの思考転写(テレパシー)で伝えられればヴィジョンの共有もしやすくなりますが、そんな技術はいまは存在しないので、言葉や絵を使っていく必要がありそうですね。

「思考転写をすればこんな良いことが起きるんだ」と主張し、わかりやすい「絵」を交えて伝えていくことが大事だと感じました。

──実際に小説などのプロジェクトをおこないながらプロジェクトを進めていくのですよね。

佐久間 そうですね。文字には自由度があるとは思っているのですが、田中さんは文字よりも絵のほうが視覚的に明確なので伝えるツールとしていい、ということですよね。また、ヴィジョンをわかりやすく提示することで誰かがついてきてくれるというのはすごく納得感があります。

ムーンショット目標候補の悪い書きかたとして、ヒューマンウェルビーイングを最初に言ってしまうということがあるかもしれないと思いました。「わたし」や「あなた」がどうなるかを書かずに、「みんなが100歳まで働ける社会はこうである」というように、「社会がこうなる」というのを押し付けてしまいそうになります。本当は、あなたは老後も登山ができるし、あなたの体格によらずパワーのいる仕事もできる社会になるんだ、などと個々人に寄り添った視点で言わないと人々はついていけない。

だからわたしも、「人類の調和」のような大きな枠組みで言わないで「あなたが誰とも喧嘩せずに自分のわかってほしいことをわかってもらえる社会になる」、「あなたは人と奪い合わずに幸せに暮らせる」というように、「あなたが」という言いかたをしなくてはいけないのだと思いました。

田中 佐久間さんは2050年の予言書を書いていますが、直近で具体的な目標は立てていますか?

佐久間 2025年の大阪・関西万博では「ヴァーチャル大阪」のようなものをつくることになり、バーチャル大阪館(仮称)等部会長という立場で企画の検討をしています。

ヴァーチャル空間での自由な身体と、言語の音声翻訳ができれば、すべての「レッテル」が剥がされるのではないでしょうか。相手の属性や立場で判断するのではなく、本人の思うところだけで話ができたら、そこはいわば天国のような空間になると思います。そこでのコミュニケーションによってはじめて、私たちが抱えている社会課題について真に議論ができると思っています。そういう場を2025年からオープンしていきたいし、その貴重な場での議論や体験そのものを最初の社会実装の場所にしたいです。

──ヴァーチャル大阪、とても楽しみです。今回、Z世代の研究者である佐久間さんとお話をしてみて、田中さんはいかがでしたか。

田中 佐久間さんが仰ることは非常に理解できます。道筋が点と点の状態を、どう作用させて、ロードマップとして描けるのか。そういう人たちがたくさん集まり、結論にもっていく。そのためには共通のヴィジョンをどれだけ持てるのかが重要です。

わたしも会社経営においては、どんな回り道をしてでも達成できるところに行こうとしています。その中で新しい世の中をつくる。「データとテクノロジーで世界を変える」と掲げ、日本を変え、世界を変えるようなヴィジョンの連鎖が横に増加していくことで、スピードが加速していく。

みんなが違うアプローチだけれど同じ方向に向かうなかで、ヴィジョンが少しぼやけてしまったときに、ムーンショットに取り組む佐久間さんのようなかたがヴィジョンを鮮明化してくれるのだと思います。

[ ウイングアーク1st ]