日本のICT教育は遅れている!?

「2013年の公立学校にはほぼWi-Fiは飛んでいませんでした」

と、振り返るのは、合同会社MAZDAの代表を務める松田孝だ。松田は公立小学校の校長として「ICT教育」「STEM・プログラミング教育」の最先端を走り続けてきた。その活動は折に触れてメディアにも取り上げられてきたが、それは、日本のICT教育がまだまだ遅れていることを逆説的に物語る証拠でもあった。そんな松田は2019年に辞職し、Society5.0の新しい「学び」の実現を目指す教育系シンクタンク「合同会社MAZDA Incredible Lab」を設立した。

コロナ禍で激動の2020年、小学校ではプログラミング教育が必修化された。日本ではICT教育の重要性が説かれ、2016年ごろからはキッズ向けのプログラミング教室が増加。いまやその勢いは日本全国に広がり、大きなムーヴメントとなっている。

しかし私学や民間の教室では専門デヴァイスがそろいやすい一方で、公立学校ではデヴァイスを導入するのは難しかった。松田はそんな公立校でどのようにしてICT教育に取り組んでいったのだろうか。

松田が最後に校長を務めたのは2016年4月から赴任した東京都小金井市立前原小学校。松田は着任後、前原小の1〜3年生にはiPadやWindows、4〜6年生にはChromebookを、国や民間の協力を得て1人1台支給した。さらに校内のほとんどの教室でWi-Fiを利用できる環境を整えるなど、「ICT先進校」として前原小は全国で知られることになる。

Wi-Fiすらなかった小学校が、なぜここまでの進化が可能になったのか。松田に教育の「現場」を聞いていくと、鉛筆と紙のように絵が描けるWacom Oneと教育現場との相性のよさが見えてきた。

小規模学校だからこそ実現した1人1台のデヴァイス

2019年、文部科学省は翌年のプログラミング教育必修化に先駆けて「GIGAスクール構想」を打ち出した。GIGAは「Global and Innovation Gateway for All」を指す。これは「児童生徒向けの1人1台端末」、「教育現場に高速大容量の通信ネットワークを整備」というICT教育のためのインフラを整え、誰ひとり取り残すことのなく、公正に個別最適化された創造性を育む教育を、全国の学校現場で持続的に実現させる構想だ。

しかし、このGIGA構想よりももっと前、松田は2013年に赴任した多摩地区の小学校で民間企業の協力を得て1人1台のタブレットを支給したというから驚きだ。

「わたしは社会科教育が専門で、地域の様子や人々の営み、自然や文化をデータにして、子どもたちに提示するときにパソコンを使っていました。もともと画像編集をするのが好きだったのですが、AppleTVなどを使って大きなモニターにタブレットの画面を映せることを知り、これは教育に使えると思いました」

松田孝|TAKASHI MATSUDA
東京学芸大学教育学部卒、上越教育大学大学院修士課程修了。東京都公立小学校教諭、指導主事、主任指導主事(指導室長)を経て、2016年4月より東京都小金井市立前原小学校校長に就任。2018年からは早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程にも在籍。2019年3月に辞職し、同年4月に合同会社MAZDA Incredible Labを設立。情報端末を積極的に活用したカリキュラム・コンテンツ開発、自治体支援、企業連携等により、100年以上変わらない公教育のリデザインを実践・牽引。著書に『学校を変えた最強のプログラミング教育』など。

当時、狛江市教育委員会にいた松田は、授業で子どもたちに視覚情報を提示することの有効性を感じ取り、すぐに動き出した。そして各学校40台ずつタブレットを入れる予算を獲得した。松田はその後、多摩地区で校長として配置されることになる。

「わたしが配置になった多摩ニュータウンは、人口が流出し、学校は統廃合の対象校で、さまざまな教育課題を抱える地域でした。ですから統廃合はさまざまな事情でできなかった。だから小学校の全校児童は89名しかいませんでした。でも、少人数だからこそ、全員にタブレットを支給できたんです」

多摩市教育委員会も学校の特色化を図るためICT導入を目指していた背景もあり、既にWi-Fi環境が学校に整っていたことも功を奏した。こうして1人1台のタブレットが導入されたこの学校は、統合後は児童数も順調に伸びていくことになる。

「1人1台、デヴァイスを持つと集中できる。その姿を見て、子どもの可能性を感じました」と松田は語る。松田はこのデジタル環境を維持し続け、その後、前述した小金井市立前原小学校の校長に配置されることになる。

『共有』で授業が変わる

一方、学校にPCが整備されても、教育指導法が変わらない限り、デヴァイスが授業で活用されるのは難しいと松田は指摘する。

「日本がこれまで培ってきた『教科教育』の指導法は優れているので、その完結性と完成度の高さを誇る授業のなかには、デヴァイスが入る余地がない。先生は定規と分度器を使ったほうが算数の図形は教えやすいんです」

松田が言うように、日本の完成度の高い教科教育の指導法がデヴァイスを使った授業の妨げになるとするとするならば、今後、どのようにデヴァイスを現場に取り入れたらよいのだろう。

松田は「ICTでしかできない学びをつくること。ICTの一番の特徴は『共有』です。共有を活かした学びをいかにつくり出すのかがこれから大事になってきます」と言う。

「学習活動のなかでは『振り返り』がとても大事ですが、インタラクティヴ性をもたせるのは難しかった。30年前、わたしが教員のころは、ノートを集めて子どもの素敵な気付き等に線を引き、誤字脱字を修正しながら謄写FAX用紙に書き写し印刷して配っていました。それでようやく共有できていましたが、デヴァイスがあれば一発でできる。それを見て、子どもたちがお互いコメントしたり『いいね!』したりする。それはICTにしかできないですよね」

子どもたち同士でお互いのコメントを見せ合うような『共有』ができる。例えば朝の会で「今日の様子」を全員で共有するとき、絵が得意な子はイラストで、体調が悪い子はそこで報告してみんなに共有する。不登校の子も、その場にはいないけれどデヴァイスなら参加ができる。

今後は子どもたちの振り返りのコンテンツを人工知能(AI)で解析し、その子どもの興味・関心に沿うような動画をレコメンドし、好奇心と探求心を湧き立たせていくこともできるようになるという。

「子どもたちがレコメンドされたコンテンツを見て、いろいろな学びをしていく。そして先生は『君の個性ならこれかな』と、AIのデータを手掛かりにして、カスタマイズされた学びを生徒たちにファシリテートしていく。先生の役割が変わると思いますね」

未来の教室に置かれるWacom One

デジタルが当たり前の教室では、子どもたちが使用するデヴァイス選びは重要だ。子どもたちが直感的に操作でき、学びを創起させるものでなければならない。

ワコムの液晶ペンタブレットシリーズは、これまで、ピクサーやディズニーをはじめとする最高峰のスタジオに所属するクリエイターたちの想像力をサポートし、拡張してきた。共有・共創が容易にできたり、プロセスをたどってアンドゥができたりといった「デジタルならでは」のよさと、「紙とペン」のような感覚で使用できる「手書きならでは」のよさをもつ液晶ペンタブレットには、今後のICT教育においてより一層重要度を増していく可能性が拓けている。

では実際、ワコムの液晶ペンタブレットは、教育現場においてどう活用していけるだろうか。

「デジタルは効率的でいろいろなよさがありますが、鉛筆を使った漢字の書き取りは大事だなと思います。人間は手の巧緻性があれば日常生活をより豊かに生きていくことができます。人間が生きる現実空間で必要となる臭覚、味覚、触覚という3つのセンサーを磨くのはデジタルではなかなか難しい。だけど液晶ペンタブレットなら鉛筆と紙の役割を果たしながら、デジタルならではの恩恵も受けられる。手の感覚を磨いていきたい小学生にぴったりですね」

実際に紙で感じられる摩擦も計算され、効率よくアンドゥもできる。「子どもたちが教室でどんなふうに使うのか、導入してみたい」と松田は言う。そして巧緻性のほかにも、色彩感覚も養えるのではないかと期待を寄せる。

「アートのセンスを磨くためにすごく役に立ちそうですね。従来の『STEM』──サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マスマティクス──から、いまは『A(ART)』が加わった『STEAM』の重要性が指摘されています。単に理数工学、数学だけではなく、芸術としてのアートが入るのは、人間性を豊かにします。わたしはさらに『S(SPORT)』をつけて『STEAMS』としています。これまでの知能は身体をもちますが、人工知能は身体をもたない。それがロボットに組み込まれることで、どんなパフォーマンスを発揮することができるようになるのか、とても楽しみでもあります」

松田は普段からGalaxy Note20 Ultra 5Gを使用しており、Wacom Oneとすぐに接続をすることができた。特にソフトをダウンロードする必要もなく、スマートフォンやPCをつなぐだけで操作可能となる。松田はペンで書き心地を試しながら「これは教室に置きたいなあ」と語る。

「これが教室に1台あるだけでも『ICTならでは』の表現ができるかもしれない。結局、子どもは自身が『面白い』と思えば使うんです。試しに導入をしてみて、子どもたちがどんな行動に出るのかを探っていけたらいいですね」

Wacom Oneの可能性を探りながら、最後に松田は子どもの可能性にも触れる。

「こういう液晶ペンタブレットは、子どもたちが使う前に、大人のほうが『こう使うんだ』とイメージを固めてしまう。だけど、子どもたちはぼくら大人の発想を簡単に乗り越えると思う。ぼくはそれを見てみたいですね」

教育現場にAIが導入されると、今後、データを駆使した教育が始まっていく。そして近い将来、教室にはWacom Oneがあり、いまの大人が想像し得ないような新しい使われ方がスタンダードになっているのかもしれない。

[ Wacom One ]