近年、さまざまな産業においてイノヴェイションを起こすことが急務とされてきたが、音楽業界でも新しいムーヴメントが起きようとしている。

スターダストプロモーション所属、九州を拠点に活動するアイドルグループ「ばってん少女隊」のMV「OiSa Volumetric Video ver.」は、実写立体動画撮影技術(Volumetric video:ボリュメトリック撮影技術)を使用した実験的な作品だ。そしてそれを取り巻くチームは、一風変わった座組みで構成されている。

今回は、先端技術を使って撮影された「OiSa Volumetric Video ver.」がなぜつくられたのかをひも解くべく、クリエイティヴディレクターの杉本陽里子、映像ディレクターの大野悟、仮想現実(VR)および拡張現実(AR)のエンジニアである穐本(あきもと)雄介と、さらに「ばってん少女隊」のメンバーである瀬田さくらと希山愛に話を訊いた。

「おっしょい!→おいさ」へのアップデート

まずは、この動画を観ていただきたい。

3月に公開された、ばってん少女隊による最新MV『OiSa Volumetric Video ver.』。キヤノン株式会社のボリュメトリック映像技術と能楽堂の3DCGデータが使用されている。

このMVで使用されているボリュメトリック撮影技術とは、人物等の立体的な情報を360度に配置された100台超のカメラで取得した画像から、その場で3D空間を再構成する技術だ。3D空間全体がデータ化されることで、自由な位置、角度から映像を生成することができる。今回のMVはキヤノンが展開する「Volumetric Video Studio-Kawasaki」で撮影された。

グリーンバックでの360度撮影を今回初めて体験したばってん少女隊の瀬田さくらは、「ミュージックヴィデオは平面で撮ることが多いですが、今回は360度の撮影だったので、より緊張しました。振付が少しでもズレるとわかってしまうので。頭の角度や肩の振りをしっかり揃える必要がありました」と撮影を振り返る。

さらにメンバーの希山愛は、「髪の毛がバラバラになっていると映像で透けてしまうので“束”にしました。イヤリングも映らないし、顔まわりはすっきりさせないといけないんです。本当はポニーテールがいちばんこの撮影に向いていると思うのですが、それだとみんな同じ髪型になっちゃうので(笑)」と、ボリュメトリックヴィデオならではの苦労を語った。

国内最大規模でボリュメトリック撮影ができる「Volumetric Video Studio-Kawasaki」で、フォーメーションのある動きを撮影したのは今回が初めてだったという。彼女たちが振り返るように、ヘアスタイル、衣装、振り付け、さらに使用された和傘の立体的な動きなど、一般的に最新の注意を払わなければ、ボリュメトリック映像化は難しい。しかし、今回「Volumetric Video Studio-Kawasaki」での撮影により、迫力のあるボリュメトリック映像が実現できた。

今回の「OiSa Volumetric Video ver.」では能楽堂の舞台との合成を試みているが、今後取得したデータは拡張現実(AR)や仮想現実(VR)のコンテンツとして楽しめるようにもなりそうだ。そうなると、通常のライヴパフォーマンスでは見ることのできない角度から、彼女たちを見ることができるようになる。

「テクノロジー×ローカルアイドル」掛け算の理由

しかし、なぜ、福岡のローカルアイドルグループの楽曲「OiSa」が、先端技術であるボリュメトリック撮影技術を用いて映像化されたのだろうか。答えは、このチーム編成にあるようだ。

今回取材に応じた杉本陽里子、大野悟、穐本雄介は、本来所属する組織はバラバラだが、「BATTEN Records」というばってん少女隊のためだけのプライヴェートレーベルにプロジェクトベースで携わっている。

杉本は、今回の取り組み背景について次のように語る。

「ばってん少女隊のデビュー曲は『おっしょい!』という楽曲でした。『OiSa』はその続編です。『おっしょい』というのは福岡の祭りである博多祇園山笠で神輿を引くときの掛け声で、お祭りが盛り上がると、『おっしょい』が『おいさ』という掛け声に変化します。そういう意味でばってん少女隊というアーティストそのものの“アップデート”がコンセプトの楽曲でした」

ばってん少女隊のデビュー時から彼女たちのクリエイティヴを担当する杉本は、コロナ禍で新しい楽曲を出すことに強い想いを込めたと言う。

「コロナ禍で普通に楽曲をつくれない状況がありましたが、みなさんには元気になってほしい。メッセージ性を強く打ち出したいという想いがありました。海外の方も日本に来られなくなった状況で、映像を見るだけで日本を思い出してもらいたいと思い、東京発のアイドルよりも地元九州に根差した彼女たちによる“和のテーマ”でいけたらと思いました」

歌詞はコロナ禍に寄せて音楽家の渡邊忍が仕上げ、振付は福岡出身で、博多祇園山笠への理解も深い振付稼業air:manがおこなった。そこにリズミカルでポップな映像を得意とするKASICOが監督として参加。さらに、乃木坂46、miletなどを手がけるスタイリストの市野沢祐大が日本の伝統的とダンス映えの両面を意識した衣装を担当した。こうして「OiSa」という楽曲が完成することになる。

3DCGデータになった「ばってん少女隊」を不思議そうに見つめる瀬田と希山。

さらに集まってきた才能たち

そして、その楽曲をもとにつくられたのが「OiSa Volumetric Video ver.」だ。「おっしょい!」から「OiSa」へのアップデートのために、大野や穐本をはじめとした「クリエイターたちが次々と参加し始めた」というのが、今回のMV「OiSa Volumetric Video ver.」が生まれた大前提となる。

杉本が「スーパーチームが集まった」と称すように、コロナ禍で思うようにライヴパフォーマンスができないなか、クリエイターたちが真剣に音楽に向き合い、これまで以上に楽曲制作に注力できたということなのかもしれない。

「OiSa Volumetric Video ver.」で映像ディレクションを務める大野は、多くの音楽テレビ番組を制作してきた。自身も鹿児島県奄美市育ちで、九州ローカルで活動する彼女たちと最新技術との不思議な融合への期待感に惹かれたという。大野は「自分はこれまで、多くのテレビ音楽番組を制作してきました。そこで得た経験や知識を、彼女たちをベースに、ボリュメトリック撮影技術のような新しい音楽映像制作に活かせたら面白いと感じました」と参加の経緯を語る。

今回の技術面を支えるのは穐本だ。AR/VR領域のエンジニアとして活躍する穐本は「AR技術開発には10年以上携わっています。以前は物流や建設などの産業でARを使用することが多かったのですが、ここ5年くらいはARのインターフェイスに対し、エンターテインメントの分野でも面白いことができるようになってきました。そしていまなら最新のスタジオもあるボリュメトリック撮影技術かなと思い、今回使ってみました」と言う。

「OiSa Volumetric Video ver.」の制作舞台裏に密着したドキュメンタリー。メンバーも制作陣も初めてとなるボリュメトリック撮影技術を用いての撮影は、当日現場でトライアンドエラーを重ねながら進めていったのだという。

演者もスタッフも同じテーブルで

今回の取材で、もっとも特徴的だったのは、ばってん少女隊のメンバーとスタッフが同じテーブルを囲んで語り合っているということだ。演者である彼女たちと、いわゆる「裏方」であるスタッフたちとの距離が近く、アイデアが湧き上がる場に演者がいることで、イメージを共有しやすい。彼女たちを含めて「チーム」が出来上がっていることがわかる。

そんなBATTEN Recordsの今後の活動について訊くと、杉本は次のように語る。

「海外の方にもたくさん見ていただきたいと思い、7カ国語の字幕をつけています。『OiSa』の世界観をさまざまな国で自由にアレンジしてもらったりして盛り上がるといいですよね。どういうかたちで海外の人が日本のもの好きになるのか、何がきっかけで盛り上がるのかは、いまだにわからない部分が多いですが、世界に拡がっていったら面白いですよね」

アニメ「ドラゴンボール超」のエンディングテーマ曲を歌っていたこともあり、すでに南米等の海外ファンが多いというばってん少女隊。今後は海外のファンにもしっかりコンテンツを届けていきたいと言う。最後にレーベルの活動について杉本は次のように話した。

「『ばってん少女隊』というグループのためだけのレーベルというのは希少で、プロジェクトに参加しているメンバーも従来の音楽領域に加え、映像領域やテック領域のクリエーターとバラエティに富んでいます。わたしは長年メジャーレコード会社にいましたが、こういうレーベルはアイデアの種からして違う感覚です。レコード会社というと、しっかりしたプランニングのもとで成立させる古くからのヒットセオリーがありますが『そういうものをやめましょう』というのがひとつのテーマでした。

クリエイティヴの差別化をとことんやるには、クリエイティヴは何が面白いのか、何がテーマなのかを考え抜き、その世界を広げて理解を深めるために別のことを付け加えるのがこの時代に合っていると感じています」

ばってん少女隊を中心に結成されているBATTEN Recordsは、今後も流動的に変化していくという。制作するコンテンツに対してメンバーが入れ替わりながらも、その都度、最適解を導き出すために「スーパーチーム」が結成されていく。コロナ禍はエンターテインメント業界に暗い影を落としたように見えたが、そのなかでもこれまでにないクリエイティヴの潮流が、博多の祭りのリズムに乗せて生まれているのだ。

[ ばってん少女隊『OiSa』 -Music Video- ]