今回のパンデミックは、人が集まることで価値を生み出すあらゆる業態を破壊した。その壊滅的な被害を最初に受けたのが、音楽業界だった。ライヴハウス、クラブ、フェスティヴァル……音楽が鳴り、人が踊り、新しい何かと出合い、感動に溢れていた世界の景色は一変してしまった。

しかし、誰よりも早く立ち上がり、パンデミックに負けない姿勢を見せたのもまた音楽業界だった。音楽家やイヴェント主催者はオンライン配信やVRライヴにすぐさま取り組み、いまでは感染を抑えながら人が集まれる運営ルールのもとでイヴェントを少しずつ再開している。

そんなコロナ禍において、音楽家と音楽を愛する人々の間をつなぐサーヴィスをいち早く展開したのが、eチケット販売のプラットフォーマー「ZAIKO」だ。2020年には有料オンライン配信付きeチケット販売サーヴィスの提供をスタート。音楽だけでなく演劇や芸能などさまざまなコンテンツを扱っている。

ZAIKOがほかの大手チケット会社や配信プラットフォームと異なるのは、電子チケットを通じてアーティストとファンが直接つながることができる「Direct to Fan=D2F」モデルをコンセプトにしている点だ。

今回は、音楽を取り巻く状況の変化と未来を、ZAIKOの創業者でCOOのローレン・ローズ・コーカーと、「WIRED.jp」での連載「Let’s Meet Halfway」でおなじみの音楽プロデューサー、starRoが語り合った。

ローレン・ローズ・コーカー|LAUREN ROSE KOCHER
ZAIKO 創業者兼COO。イベント興行会社として名高いキョードー東京にてキャリアをスタート。その後株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントにて6年間に渡り新規事業開発に携わる。

その変革は、誰のためのもの?

starRo 今日、お話を伺えるのを楽しみにしていました。まずはローレンさんがZAIKOをなぜ立ち上げたのか、教えてもらえますか。

ローレン ここ数年、D2Cが注目を集めています。同じように音楽業界でも音楽家とファンが直接つながることが増えてきました。自分たちでレーベルをつくり、楽曲の権利をもち、グッズを販売しながら活動を続ける音楽家たちです。

チケッティングや配信でも同じことができればいいと思ったんです。音楽家やフェスの主催者が、既存の大手チケット会社を通さず、独自の大手チケット会社を構築する。そうすれば、スピーディーに販売を始められますし、販売手数料を自由に設定できます。配信の仕様も、音楽家がやりたいことに合わせられますしね。これをわたしたちはD2F(Direct to Fan)という言葉で表現しています。

starRo ぼくがロサンジェルスにいた2010年ごろ、米国の音楽業界ではD2Fの波が起きていました。音楽を届けるフォーマットがCDからデジタルへ移行し、過去のビジネスモデルは崩れ去ったんです。業界は無法地帯になり、誰もがのし上がれるチャンスをもっていた。

そこで台頭してきたのが、「SoundCloud」です。SoundCloudに曲をアップすることで、友達の輪がどんどん拡がった。ファンはもちろん、音楽家同士も有機的につながっていきました。最初は純粋なコミュニティでしたが、気づけば一大経済圏に成長したわけです。このようにして米国では日本に先んじて、人と人を直接つなぐインフラが大きなビジネスになったのですが、日本ではまだそこの分野が未開拓な感じがしています。

ローレン 現状、日本にはインフラの選択肢がないんです。チケットの世界だったら、大手チケット会社しか頼れる企業がありませんでしたから。

starRo どうして選択肢が少ないのでしょう?

ローレン マーケットが中途半端に大きいことが災いして、ドラスティックに変化する勇気をもてていないのだと思います。市場規模が大きいということは、そこに関わる人も多い。これまで続いてきた慣習を前提にビジネスをするプレイヤーが多ければ多いほど、変わることへの抵抗も大きくなります。デジタル音源ではなく、CDの売上を守る。デジタルチケットではなく、紙チケットを維持する。これまで築いてきた仕組みとエコシステムの守る方向に力が向かいます。

しかし、過去を守るために必死になって、未来への準備を怠ってはいけないと思うのです。日本では当たり前である紙チケットの購入フローは、海外からの参加者にはとても高いハードルです。日本語が読めなくても買いやすい電子チケットは、絶対に必要になると思っていました。音楽家は、グローバル志向だったりデジタルツールをどんどん使いこなしたりしています。業界だって、同じ方向を向かなくては。

starRo そうなんですよね。その一方で、変わることの難しさをぼくたちはパンデミックを通じて実感したと思います。例えば、業界が紙チケットにこだわらざるを得ないのは、その業界にいる人々のキャリアパスや、家族の養育や住宅ローンが、その特定のビジネス構造で支えられているからという部分が大きいでしょう。

starRo
横浜市出身、東京を拠点に活動する音楽プロデューサー。 2013年、ビートシーンを代表するレーベル「Soulection」に所属し、オリジナル楽曲から、フランク・オーシャンやリアーナなどのリミックスワーク、アーティストへの楽曲提供なども行なう。16年に1stフルアルバム『Monday』をリリースし、The Silver Lake Chorus「Heavy Star Movin’」のリミックスがグラミー賞のベスト・リミックス・レコーディング部門にノミネートされるなど、オルタナティヴR&B、フューチャーソウルなどのシーンを中心に注目を集める。13年間のアメリカ生活を経て19年に日本帰国。音楽活動の傍ら、自身の活動経験、海外経験を活かし、インディーズ支援団体「SustAim」を立ち上げ、執筆やワークショップを通して日本のインディーズアーティストの活性化のための活動にも従事している。UPROXX誌いわく、「恐らく本当の意味でグラミーにノミネートされた最初のSoundCloud発プロデューサー」。

「真のファンを見つけたい」音楽家をサポートする

ローレン 目の前の課題ばかりにフォーカスしすぎて、本来の目的がわからなくなってしまうというのはさまざまなことに言えることですね。

starRo そうですね、例えばいま社会でネガティヴなイメージで語られることも多いSNSや原子力だって、オリジネーターにはいまとは別の思いや思想があったようです。しかし、世界が目の前の課題に必死で合理的になりすぎると、テクノロジーの進化も合理的な方向に偏っていき、その技術の種となった思想・文化が忘れられていきます。こういう段階でもし意識的に原点回帰をするような試みがなければ、そういった技術はスタート地点の軸を失い、全く別のものになるか、形骸化していくと思います。

音楽はまさにそういった流れのなかで危機に立たされていると感じています。というのも、このままパンデミックが継続し、リアルなライヴ現場が少なくなっていくと、いままでリアルライヴの代わりだった配信の立場は逆転していくでしょう。これは音楽家とオーディエンスの間をつなぐ音の空間を通した一体的な関係性がますます弱体化していくことを意味します。音楽は本来空間そのものですから、これは音楽自体の弱体化でもあります。音楽を守るための鍵の一つは音楽家とオーディエンスの一体的関係を保つためのインフラだと思います。

ローレン ZAIKOにとって大事なのは、音楽家をサポートするための技術であること。わたしたちの仕組みを使ってチケットを販売すれば、大手チケット会社よりも遥かに多くのデータを取得できます。

どのSNSからの券売が多いか、どんな人が買ってくれているのか、どんなタイミングで買ってくれているのかなど、さまざまな情報を提供できます。その情報をもとに、適切な戦略を立てられるわけです。大手チケット会社時代には音楽家が知ることができなかった情報を、どんどん渡していく透明性を大切にしたいんです。

starRo 音楽ストリーミングサーヴィスでもさまざまな情報を得れるようにはなっているんですが、そもそもストリーミングサーヴィスって流し聴きが多いし、音楽の選択自体にオーディエンスのコミットメントはそんなに要らないじゃないですか。一方で、ライブを見にいくってストリーミングで聴くより踏み込んたコミットメントなので、本当の意味でのファンを見つけるための数少ない接点としてチケットを買ってくれる人の情報はとても重要です。その中からさらに、反応を見ていって、本当のファンとのコミュニティをつくっていかなければならない。

ローレン わたしたちのお客さまには、地域のホールでコンサートを開催する方や、街の小さなジャズ喫茶で開かれるライヴを主催する方もいます。そうした人たちは大手チケット会社に配券を依頼しようという発想すらなかったでしょう。でも、ZAIKOを使えば世界中に対してチケットが発売できて、その人たちがどんな趣向を持っているのかまで把握することができます。

starRo 米国には、音楽で生計を立てずに音楽をつくり続けている人が、日本よりも遥かに多くいます。これからの時代は、誰もが愛する圧倒的なスターはなかなか生まれない代わり、小さなコミュニティに愛される音楽家、ローカルヒーローがたくさん生まれていくのではないでしょうか。

ローレン 地域で活躍する音楽家は、まさにローカルヒーローと言えそうですね。

starRo そうですね。音楽業界にいる人は、世界中にファンをもつことが全音楽家の夢だと決めつける傾向がありますが、例えば自分の声が直接届くことを重視する音楽家ならローカルで活動するだけでもやることは沢山あるかもしれません。世間一般の音楽家のイメージは、メディアで見るような画一的な音楽家像ですが、そこにもさまざまな立場や価値観があるし、その多様さへのサポートというのは音楽業界でこれまでほとんどありませんでした。

音楽の原体験を忘れてはならない

ローレン これからの時代、音楽家へのサポートもかたちを変えていくと思います。これまでレーベルの主な仕事は、楽曲の権利を扱うことでした。楽曲の権利を預かり、しっかりマネタイズする。だから音楽家も権利を渡すメリットがあったわけです。

しかし、今後は音楽家のニーズに応えるサーヴィス業になっていくと考えています。プレイリストに自身の楽曲を入れたい人、テレビとのタイアップを実現したい人、ほかの音楽家とコラボしたい人……音楽家のさまざまなニーズに応えられるかどうか。

starRo 音楽家をサポートしたいなら「音楽とは何か」「音楽家とはどんな人か」をもう一度問い直す必要があると思います。現代の音楽家は「“音楽”家」と言いつつ、音楽だけでなく、音楽家自身のキャラクターなども含めた総合エンターテイナーのような存在です。

それは「音楽家」というよりも「芸能人」です。実際、芸能プロダクションのような役割を果たしているレーベルやマネジメント会社も少なくないでしょう。その方向に割り切るならば、音楽家としての戦略とは違ってくる。

「音楽家」を支援したいなら、芸能とは違うサポートが必要です。ファッションで言えば、自分でつくったもの売るメルカリや、つくるために必要な機械をつくるジャノメのようなサーヴィスや産業が大事です。メンタルヘルスの専門家や、音楽家が音楽だけで生計を立てなくてもいいようなライフプランナーみたいな人も必要になるでしょう。

ローレン 音楽家をサポートしていくために必要なマインドセットって何なのでしょう?

starRo 音楽家をサポートしたいなら、音楽家を軸に純粋な音楽文化を育み、経済圏をつくること。そのためにも、音楽の原体験を忘れてはならないと思います。音楽はかたちのない抽象的なものなので、言葉やイメージで伝えても伝えきれない。体験でしかその本質を伝えられないんです。

音楽家の「選択肢」を増やすためのインフラへ

ローレン starRoさんは、組織に属することなく、インディペンデントに活動していますよね。やはり、大変ですか。

starRo 本当に大変ですよ(笑)。事務作業が大変なのは想像できると思いますが、そんなもの苦労のほんの一部です。自分の時間と労力を何に振り分けていくか。音楽をつくることが楽しい状態をいかに守るか。正解はなく、毎日バランスを探り探りです。いまは社会も大混乱の時期ですから、ますます難易度が高いんですが、自分の嗅覚を信じて、人生の実験だと開き直っています(笑)。

ローレン だからこそ、音楽家をサポートせねばならないと思います。わたしたちは「音楽家にはできなくてわたしたちならできること」を、音楽家への選択肢として提供するインフラ企業です。

インフラだから、有名でも無名でも手数料は一緒。みんなが同じ料金で使えるんです。最近では、毎週末、100本ほどの配信ライヴが開催している状態をキープできています。そのデータをもとに、どんな内容のチケットを発売したら、音楽家の売上を上げられるかを提案できるようになってきました。

例えば、アーカイヴの残し方。「+Archive」というサービスでは、アーカイヴなし・アーカイヴが14日間見れる・アーカイヴが30日間見れる、という価格の異なるチケットを発売できます。このサービスを提供しなかった場合と比べて、平均13%もチケット売上が増加するんです。これまでのデータを使い、各音楽家に最適なチケット販売を提案しています。

starRo すばらしいですね。

ローレン +Archiveの利用を促進するため、総額1億円キャッシュバックキャンペーンも実施中です。自分たちの身銭を切ってでも、本当に多くの音楽家に使ってほしいんです。

ZAIKOアンコールもそういった追加機能のひとつです。これはNetflixみたいなもの。有料で配信したライヴ映像をそのまま眠らせてしまうのはもったいないことです。しかし、無料で公開するすると有料参加者に申し訳ないし、DVDなどにして販売しようとしても、いまの時代は売れません。こういったジレンマを解消すべく、サブスクリプションとしていろんなライヴを視聴できるサーヴィスをつくりました。

1年前、新型コロナウイルスが感染拡大し急遽決めたこともたくさんあります。溜まってきたデータをもとに、適切に音楽家をサポートできる形に、どんどん変化していきたいです。

何よりも、音楽が好きだから

starRo しかし、スタートアップとしてはビジネスの成長も目指していかねばなりませんよね。音楽家をサポートすることとビジネスのバランスはどのように考えていますか。

ローレン もともとiFLYERというクラブミュージックのイヴェントやフェスティバルの情報サイトが母体としてあり、そこで既に運用されていたチケットプラットフォームの機能を切り離したのがZAIKOなのです。初めから売上があったし、規模を急激に大きくする必要もありませんでした。必要な資金調達もしています。

だからこそ、音楽家もわたしたちも共に成長することを目指しています。例えば、テック企業にありがちな「最初は無料だけど、だんだん手数料があがる」といった条件を徐々に悪くしていくようなモデルにはしたくないんです。それは企業にしかメリットがなく、音楽家もファンも損しますから。

starRo ローレンさんは、米国の中西部の出身ですよね。ツアーで何度も訪れましたが、音楽が好きな人が特に多い地域だと感じます。趣味で音楽をやってる人も多い。意識してないでしょうけど、ローレンさんの音楽に対する情熱は、こういったバックグラウンドから生まれているのかもしれませんね。

ローレン やっぱり音楽が好きなんです。スタッフには、音楽業界でキャリアを積んできた人が多い。わたしも前職は大手レコード会社ですし、その前は大手イヴェント興行会社です。

音楽家というリスクのある道を選ぶ人はそんなに多くないですよね。彼/彼女らは、自分の好きなことに純粋に生きていているからこそ、資本主義にはフィットしないことも多い。でも、誰よりも人間らしい生き方を選んでいると思うんです。そうした人たちをサポートする仕事ができてるのは、本当にラッキーだと思います。ZAIKOを通じて音楽家を支援することは、自分にとって最高の仕事なんです。

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