ハンズフリーで履けるナイキの「ゴー フライイーズ」は、真の“アクセシブル”なシューズと言えるのか? 約1カ月のレヴューから見えてきたこと

ナイキが初の完全にハンズフリーで着脱できるシューズ「ゴー フライイーズ」を2021年2月に限定発売した。このシューズの実用性は約1カ月にわたる評価で実感できたが、限定販売という手法や高額の転売といった問題も考慮すると、障害のある人々を含むあらゆる人にとって真に“アクセシブル”なシューズと言えるのだろうか。
ナイキ「ゴー フライイーズ」レビュー:真のアクセシブルなシューズなのか?
PHOTOGRAPH BY NIKE

ナイキはこの4年間、人間をもっと速く走らせることに注力してきた。そのためにナイキが取り組んできたシューズのイノヴェイションの中核にあるものがカーボンプレートの技術であり、世界記録を更新する走りを可能にするシューズを生み出してきたのである。

ところが、こうした速く走れるスーパーシューズの是非を巡る議論とは別のところで、ナイキは人間がシューズは履く動作を静かに“再発明”しようとしている。

それが「ナイキ ゴー フライイーズ(GO FlyEase)」だ。2021年2月に発表されたこのスニーカーは、究極とも言える利便性を備えている。

まず、本体にヒンジが組み込まれていて開閉するようになっているので、ひもを結ぶ必要がない。足を入れるだけでシューズが包み込んでくれるのだ。脱ぐときにはもう一方の足でかかとの部分を踏み、足を持ち上げればいい。ナイキによると、このシューズは3年にわたる「かなり困難な開発」を経て誕生したのだという。

開発に時間をかけただけのことはある。このゴー フライイーズを1カ月にわたって履いてみたが、履き心地がよく安定感があり、ヒンジも極めてスムーズに機能する。英国は新型コロナウイルスの影響でロックダウンされていたので外出先の大半は自宅周辺と近くの公園だったが、この点は十分に実感できた。

一方で、残念なこともある。ナイキが開発に心血を注いだにもかかわらず、発売の際に製品の評判を損ねる事態が起きてしまったのだ。

ナイキは「フライイーズ」シリーズの開発を、障害をもつ人たちと連携しながら何年もかけて進められてきた。つまり、本当の意味で誰にでも履ける「アクセシブル」なシューズを目指していた。ところが、ゴー フライイーズが「ナイキ メンバーシップ」の会員限定で発売されると、障害のある人たちからは「買えなかった」との声が上がっている。しかも転売市場では倍の額で売られている。このような事態は、本来なら容易に避けられたはずだ。

カギを握る3つのパーツ

ゴー フライイーズの本体が曲がる構造は、主に3つの部分で構成されている。まず、双安定性ヒンジと呼ばれるヒンジがあり、この部品はケチャップのボトルのふたを開閉する部分に似ている。張力調整装置であるテンショナーは、シューズ全体を一周するラバーバンドだ。そしてキックスタンドと呼ばれるラバー製のかかと部分を踏むと、足をシューズの外に出せる。

まずはヒンジから説明しよう。シューズの中心のすぐ後方に位置するヒンジによって、シューズ本体が前後ふたつに分かれる。つま先側の3分の2ほどがフロント部分、後ろ3分の1が分厚いヒール部分だ。

シューズがふたつに割れると、足を受け止める中敷き(通常のシューズのインソールをイメージしてほしい)がシューズのソール部分から持ち上がる。中敷き全体がシューズ本体の外に出てくる感じだ。そこに足を滑り込ませ、かかとを下ろせば履ける。

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シューズ全体は厚みがある。ヒンジが開くと、フォーム素材でできたミッドソールの高さが初めて目に見えるようになる。シューズ全体の構造にフォーム素材が多用されており、それがヒンジ構造を支えているようだ。シューズ部分にヴォリュームがあるほど、耐久性も高まるのだろう。

靴底には赤いラバーがはめ込んであり、前後をつないでいる。ヒンジを動かすと、このラバーが曲がる仕組みだ。厚さ約3mmのこのラバーは全体をまとめる役割をしていて、耐久性が求められる。

こうした大がかりな仕組みはテンショナーにも見てとれる。幅2~3cmほどのラバーバンドがフロントとバックに固定され、シューズを囲むように一周している。これがデザイン面でも存在感がある。

そして、かかとのキックスタンドだ。かかとの後ろに取り付けられた小さなラバーで、脱ぐときに需要な役割を果たす。もう一方の足でここを踏んで脱ぐのだ。キックスタンドに力をかけることでヒンジが作動し、かがまなくてもシューズを脱ぐことができる。

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スムーズな動作

こうした仕組みは、うまく動作していると感じられる。この数週間に数百回という単位でヒンジ構造の動きを試してきたが、常にスムーズに動作した。履いて脱ぐ動作を繰り返したが、靴ひも付きシューズのひもをほどかずに脱ぐときとまったく同じように、かかとのキックスタンドが機能してくれる。要するに、足をシューズから出すだけでいい。

シューズを脱ぐとヒンジが開いた状態になるので、次に履くときはそのまま足を入れるだけで済む。足を入れて体重をかければ自然とシューズが下がってしかるべき位置に落ち着くので、履く動作は直感的で楽な印象だ。ひとつ気になる点があるとすれば、足を入れて履く際に、片側のシューズに少し摩擦音がするようになったことだろうか(これはヒンジの動きを試しすぎたことと関係している可能性はある)。

なお、アッパーの素材はヒンジ構造の動きには直接は関係しないが、シューズ全体に与える影響は大きい。ぴったりフィットする靴下に似た着用感があるので、スリッパを履いているような感覚が拭えない印象もあった。

これと同じように、シューズの大きさを意識してしまうことも否めない。どっしりと存在感があるのだ。履いて歩いているぶんには安定感があるし、ヒンジが開いてしまうこともない。ところが、足に対してずいぶん大きく感じる。履いていることをどうしても意識してしまうのだ。

ゴー フライイーズをナイキは「ライフスタイルシューズ」と分類しているが、まさにそのカテゴリーにふさわしいだろう。ランや短時間の高強度インターヴァルトレーニングでも履いてみたが、その手の運動には向いているとは言えない。できないことはないが、運動するならもっと適したシューズがほかにある。

注目されたアクセシビリティ

だが、ゴー フライイーズにはもっと重要なポイントがある。ナイキが「フライイーズ」というブランドを使い始めた時期は、5年以上も前のことだ。脳性麻痺がある当時16歳のマシュー・ワルツァーが、「靴ひもを結ぶことができない」とナイキに手紙を書いたことがきっかけだった。

そこでナイキは、フライイーズの第1号を開発した。このモデルではラップアラウンドジッパーと呼ばれる構造を取り入れることで、ワルツァーの足をスムーズに出し入れできるようにしたのである。ゴー フライイーズは社内のデザインコンペをきっかけに生まれたアイデアだったが、のちにアクセシブルな技術を進化させたシリーズとなっている。

「これまでで最もユニヴァーサルなシューズのひとつだと思います」と、パラリンピックにも出場した米国のトライアスリートで開発チームの一員であるサラ・レイネルトセンは、2月にゴー フライイーズ発表された際に語っている。彼女によると、このシューズは障害のある人や妊娠中の人、さらには犬の散歩に出かける面倒くさがりの夫まで、どんな人にも履いてほしいのだという。こうして、新作シューズがもつ可能性とアクセシビリティは、かなりの注目と期待を集めたのである。

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アーティストでコメディアンの活動する19歳のルーイ・リンガードは、極めて珍しい関節拘縮症と診断されている。彼はこのシューズについて、「素晴らしいコンセプト」だと語る。以前もフライイーズシリーズの別のシューズを履いていたことがあるというリンガードは、ナイキは好きなメーカーなのだという。

「履き心地がいいのに、ちゃんとぴったり合うんです。整形外科用のスプリント(副木)を使っている自分の足でそう感じるので、もしかしたら障害のある人のなかにはこのシューズが合わない人もいるかもしれませんね」

切断手術を受けたヴァーモント州のリンジー・オーウェンスも同じ考えだ。ゴー フライイーズは彼女にとっては着脱しやすかったというが、使っている義肢の関係でシューズとしては合わなかったという。「このシューズが障害のある人の助けになる場合もあると思いますが、わたしの障害、あるいはわたしの義肢には合わないみたいです。付け加えるなら、かかとの部分がちょっと分厚くて、扱いづらいと感じる人もいるかもしれません」

もっとインクルーシヴであるために

ゴー フライイーズは“アクセシブル”であることを意識した製品だが、ナイキはマーケティングに際して「障害」といった言葉を使っていない点が一部で批判されている。また、発売時に購入できる人は限定され、実際に購入できたのは「ナイキ メンバーシップ」の会員の一部にとどまっていた。

限定販売という手法そのものは、特に異例ではない。だが、誰にでも使いやすいアクセシビリティを考慮して設計されたシューズであったことから、ナイキは問題を招いてしまった。限定販売になったことで、転売サイトでは一時最高2,000ドル(約21万円)にまで値段がつり上がったのだ。のちに価格は下がったものの、こうした事情も相まって、障害のある人にとってますます手に入れにくい製品になってしまったのである。

こうしたなか、関節拘縮症のリンガードが「ナイキは障害をもつ人が買えるように何らかの策をとってほしかった」とTikTokで訴えた。すぐに賛同が広がり、あるスニーカーレヴュワーがリンガードにゴー フライイーズをくれたという。

義肢を使っているオーウェンスは、ナイキのアプリからメンバー登録して最新情報をチェックし、発売され次第すぐに入手できるようにしたという。「障害のある人に確実に届けるためにナイキがどうすればよかったのか、わたしにはわかりません。でも、もしそうできていれば、障害者コミュニティは喜びに沸いたでしょうね。そして、きちんと声が届いている、尊重されていると感じたと思います」

現時点ではナイキでゴー フライイーズを購入することはできない。製品のリリースや発売を巡る議論についてナイキにコメントを求めたが、回答は得られなかった。ただ、年内には一般販売する予定だとしている。具体的な日程や販売予定数などは明らかにされていない。

リンガードは、もっとできることがあったはずだと指摘する。「ナイキはこのシューズが障害のある人々に役立つと理解していながらも、“障害”という言葉を避けている気がします」と、彼は言う。「障害のある人たちが求めていることは、もっとインクルーシヴであることです。それなのに、障害という言葉を発することさえ恐れているような気がするのです」

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TEXT BY MATT BURGESS

TRANSLATION BY NORIKO ISHIGAKI