自然の力で気候変動に対抗する「自然を基盤とした解決策」と、その思わぬ落とし穴

植物の光合成のような自然の働きによって環境問題の解決につなげる「自然を基盤とした解決策(NbS)」と呼ばれる手法が注目されている。地球環境と社会の両方にとってメリットが期待できるとされるが、この手法に頼りすぎることで問題も起こりうるという。いったいどういうことなのか。
自然の力で気候変動に対抗する「自然を基盤とした解決策」と、その思わぬ落とし穴
CONSTANTINE JOHNNY/GETTY IMAGES

地球が人類に与えた最大のヒントは何だろうか。それは化石燃料を地下に封じ込め、炭素が大気中に放出されないようにしたことだろう。炭素が大気中へと放出されて地球を急激に暖めたのは、巨大な火山が噴火して石炭を含む地層が吹き出したときのような極めてまれな状況下でのみである。

こうした大災害は、気候変動に対抗する強力な武器があることを教えてくれる。自然の力を借りて炭素を封じ込めればいいのだ。

自然の働きによって環境問題を解決しようとするこうした手法を、気候科学者たちは「自然を基盤とした解決策(Nature-based Solutions=NbS)」と呼んでいる。例えば、人類が森林や湿地を再生すれば、植物が大気中のCO2を吸収するという自然のプロセスを強化できる。植物がすべて燃えてしまわない限り(あるいは火山が植物を吹き飛ばさない限り)、NbSは地球温暖化を遅らせる一助となるのだ。

鍵は「継続的な効果」にあり

学術誌『Nature』に2020年5月12日付けで掲載された論文で、科学者たちはNbSによって地球温暖化をどれだけ遅らせられるかを計算した試算結果を発表した。研究チームは過去に計算されたNbSによる炭素隔離量の試算と気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が出した地球温暖化シナリオを組み合わせ、NbSによる炭素隔離で気温の変化をどれだけ抑えられるかを算出したのだ。

試算結果によると、2055年に地球の気温が1.5℃上昇するというシナリオのもと人類が世界中で意欲的かつ現実的な対策を講じれば、気温の上昇幅を最大0.1℃下げられる可能性があるという。2085年に2℃上昇するというシナリオでは、最大0.3℃下げられる計算になった。

ことの大きさを考えると、大した数字ではないように思えるかもしれない。だが、NbSは自然環境が健全である限りCO2を隔離し続けるので、前述の「1.5℃シナリオ」では2100年までに気温の上昇幅が最大0.4℃下がることになる。これは大きな変化だ。

「今回の重要な発見は、NbSが継続的に作用し続け、今世紀末もそれ以降も地球の気温を下げる重要な役割を果たしていくということです」と、オックスフォード大学の生態系科学者で今回の論文の筆頭著者であるセシル・ジラルダンは言う。「NbSが気候変動の解決策だと言っているわけでは決してありません。NbSによって達成できることは何か、そしてそれをどうすれば達成できるかを、もっと現実的なレヴェルでお見せしたかったのです」

社会と生態系の両方にメリットを

では、NbSとは具体的にどのようなソリューションなのだろうか? 概してその目的は、CO2を隔離すると同時に、社会や生態系にさらなるメリットをもたらすことにある。

森林の再生を例に挙げてみよう。在来種の成長を促すと、植物は成長の過程でCO2を吸収して酸素を排出し、体内のあらゆる組織に炭素を蓄積する。相乗効果として生物多様性が促進され、在来動物は繁殖するだろう。

さらに今回の論文によると、インド東部では別の相乗効果も生じているという。マングローブの森を保護することで、マングローブがCO2のみならずサイクロンの衝撃も吸収するというのだ。マングローブの根が波のエネルギーを消散し、海岸沿いのコミュニティを暴風雨から守るのである(加えて、これはどこの森林でも言えることだが、人々が自然に触れられる素敵な森林も生まれる)。

NbSにおいては、生態系を守るために人の立ち入りを禁ずる必要はない。例えば、ブラジルでは一部の農家が皆伐を必要とする牛の飼育をやめ、カカオの栽培へと切り替え始めている。カカオは熱帯雨林の日陰でも順調に育つだけでなく、熱帯雨林の生物多様性を高める役割を果たすことも知られている。おまけに農家は野原ではなく林冠の下で作業できるので、熱中症予防というメリットまでついてくる。

またシエラレオネでは、農家が森でカカオに加えてパイナップルや唐辛子、トウモロコシなども栽培している。これによって農家は収入を増やしながら生態系を健全に維持できているのだと、科学者たちは指摘する。

地元住民の同意をどう得るか

だが、してはならないこともあるとジラルダンは言う。企業が自社が排出した二酸化炭素を相殺する「カーボンオフセット」を目的に森林を伐採し、その地に新たに植林することだ。

「論文では、飛行機の移動で排出されるCO2を相殺する目的で植林できるよう、手つかずの熱帯雨林が伐採されている例を紹介しています。意味がわかりませんよね」と、ジラルダンは説明する。「伐採のために、森林で生計を立てている住民を強制移住させているケースもありました。これもCO2の急激な増加を植林で相殺するためです。こうした状況は不合理そのものです」

誰かが飛行機の移動で排出したCO2を相殺するために単一栽培の木を植えても問題は解決しないと、ピーター・エリスも考えている。彼は自然保護団体「ザ・ネイチャー・コンサーヴァンシー(TNC)」の気候科学担当グローバルディレクターで、今回の論文にはかかわっていない。

人類がもたらした気候変動を乗り切るには、生態系を本来の状態に戻す準備を進めるほうが得策だろう。「生態系が多様性に富むほど、将来の気候への影響に対するレジリエンスが強まるのです」と、エリスは言う。「さらに生態系の改善は、人々の関心がある分野においてもメリットもたらします。この相乗効果があることで、人々は自然を活用した気候変動対策の維持に投資し続けようとするでしょう」

こうした働きは、その地の生態系から食料や飲料水を得ている住民の同意を得るうえでも重要になる。森林再生の地球全体に対する長期的なメリットのみならず、地元のコミュニティに対する短期的なメリットも説明するのだ。

「樹木によって水質がよくなることやマラリアが減ることなど、地元の人々が実際に関心をもってくれるようなメリットを説明しない限り、住民の賛同を得るのはとても難しいのです」と、オハイオ州立大学の環境経済学者であるダニエラ・ミテヴァは言う。

ミテヴァは今回の新論文にはかかわっていないが、ウガンダ北部とインドネシアでNbSを実施している。どちらの国も森林破壊の問題に取り組んでいるものの、それぞれ地元の事情は独特で、既存の財産権などによって状況が左右されている。例えば「生態系サーヴィスへの支払い」という名目で政府が世帯単位で現金を支給し、特定の森林を伐採しないでもらうといったケースだ。

「CO2以外のメリットについて話さない限り、森林再生というアイデアを地元に受け入れてもらうことは非常に難しいのです。少なくとも、わたしのこれまでの経験ではそうでした」と、ミテヴァは言う。「また、白人がグローバル・サウス[編註:南半球の発展途上国]に行って現地の人々に何をすべきか指示しているのだという考えもあります。いわゆる炭素植民地主義ですね」

吸収に気をとられてはならない

もうひとつの課題は、人口増加のなかでNbSを実施しなくてはならない点だ。地球で暮らす人間が多いほど、すべての人間に食糧を供給するための土地が多く必要になる。

「生物多様性という自然のシステムを維持したいという希望と、人間の生活や食糧供給を維持したいという希望の間で葛藤があるのです」と、コロラド州立大学でNbSを研究する生化学者のリッチ・コナントは言う。コナントも今回の新論文には参加していない。

「幸い、わたしたちが農地として使用する土地の大半はかなり非効率的に使われているので、地上で食料を増産する余地は相当あると思います」。例えば、灌漑システムの改善や栽培穀物の多様化などがその例だ。

ただし、人類はただ生態系を修復して、あとはのんびり構えてすべてを自然に委ねればいいわけではない。これは、大気中のCO2を直接回収し貯蓄する直接空気回収技術(DAC)といった新技術を採用する場合も同様である。温室効果ガスの排出を早急にゼロにすることに全力を尽くすべきであるのに、温室効果ガスを吸収する方法にばかり気をとられてしまう状況はモラルハザードと言えるだろう。

「人々は『大丈夫、自然がわたしたちを守ってくれる』という印象を抱きがちです」と、エリスは言う。「これがいちばん気がかりなのです。そもそも、わたしたち人類は自然の一部であり、自然と協力して問題に対処しなければなりません。わたしたちが人類としてわたしたち自身を、また宇宙船地球号に同乗する仲間であるほかの生物を人類が招いたこの苦境から救おうとするなら、わたしたちは総力を結集する必要があります」

地球の温暖化が進むにつれ、地球の生態系の回復はどんどん難しくなっていく。植物種が生存できる温度には限度があるのだ。より長期間、より厳しい干ばつが続くと、生態系が回復できなくなる可能性もある。かつてないほど猛烈な森林火災は、枯れた茂みを一掃して森林の生態系を元の状態に戻すというレヴェルではなく、すべての景観を破壊し尽くしてしまう。その間も人間は、毎年400億トンのCO2を大気中に排出して森林火災のサイクルを加速させている。

「経済を脱炭素化してCO2の排出を減らせないとしたら」と、ジラルダンは言う。「もはや万事休すです。打つ手がありません」

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TEXT BY MATT SIMON

TRANSLATION BY MADOKA SUGIYAMA