EV化で減るガソリン税をどう補填する? 米国で試行錯誤される走行課税制度の難しさ

米国の多くの州で「脱ガソリン車」の動きが加速する一方で、この国の交通インフラの多くがガソリン税を財源に維持されている。EV化で減る税収をどう補うのか? 代替案として注目されているのが、走行距離に応じてドライヴァーに走行税を課税する走行課税制度だ。
EV化で減るガソリン税をどう補填する? 米国で試行錯誤される走行課税制度の難しさ
SURAKIT SAWANGCHIT/GETTY IMAGES

ワシントン州知事のジェイ・インスリーが2020年5月上旬、州の全域で2030年式以降のガソリン車の販売を禁止するという法案に拒否権を行使した。19年の大統領選に立候補した際には、30年までにガソリン車の販売を全国的に禁止すると提言していたにもかかわらずである。

矛盾ともとれるこの行動の理由は、同法案に盛り込まれたある条項にあるとインスリーは声明で説明している。それは、走行距離に応じてドライヴァーに課金する走行課税制度が施行された場合にのみ同法が発効する、という条件だ。

EV化で減るガソリン税

もともとワシントン州の法案は、米国におけるクルマの電動化や気候変動対策への道を切り開くものとして高く評価されていた。カリフォルニア州やマサチューセッツ州、ニューヨーク州なども2035年までにガソリン車の新車販売を禁止するとしているが、ワシントン州の法案はさらに意欲的な期限を設けていたからだ。ワシントン州は今後カリフォルニア州のルールにならい、2035年までにガソリン車の販売を段階的に廃止しようとしている。

ただし、これにはひとつ問題がある。米国は道路や橋、バス、フェリーといった公共交通にかかわるあらゆるものの建設や維持をガソリン税でまかなっているのだ。公道を走る電気自動車(EV)が増えればガソリンの販売量は減り、税収も減ることになる。

シアトルを拠点とする環境保護団体Colturaの創設者で共同代表理事のマシュー・メッツは、インスリーが米国で最も早いゼロエミッション車への移行期限を設定する機会を逃したことに驚き、失望したと語る。たとえ走行課税制度とセットでも、この法案に署名していれば将来的に州のインフラ財源の確保に悩まされることはなかったとメッツは言う。「議員たちはこの問題への対応をいつまでも先延ばしにしていますが、いつかは実行しなければならないのです」

米国では道路整備費の40%以上が州と連邦政府がそれぞれ定めるガソリン税でまかなわれており、最大の財源となっている。しかし、連邦政府は1993年に1ガロン18.4セントに固定して以来、連邦税を一度も引き上げていない。

米国議会は08年以降、道路財源にほかの財源からの金も充てるようになったが、この状況は持続可能ではないだろう。米議会予算局(CBO)によると、資金調達の仕組みを30年までに変えなければ、連邦の交通輸送部門の支出は予算を1,880億ドル(約20兆7,100億円)も超過してしまうという。こうしたなか少なくとも36の州が、より多くの資金を確保すべく2010年以降にガソリン税の引き上げに踏み切った。

一方で、自動車の燃費は以前と比べて向上している。まだ割合は少ないものの、米国ではEVをはじめとするガソリンをまったく使わないクルマもシェアを伸ばしつつあり、自動車メーカーらは今後10年間でバッテリー駆動のモデルを展開していくと宣言しているのだ。

代替は走行税?

ガソリン車からEVへの移行は、地球にとって重要な意味をもつ。全米で排出される温室効果ガスの29%は運輸部門から出ており、そのうち60%近くが小型車に由来するからだ。気候変動を食い止めるためにどんな策を講じるにしても、交通システムの電動化が重要な鍵になると米国民の多くが考えている。

野心的な目標を立てることで「環境に関する目標を達成できるのだと議員たちも気づいているはずです」と、全米州議会議員連盟(NCSL)で交通プログラムを率いているダグラス・シンクルは言う。「しかし、EVが走る交通システムにとって、こうした目標はマイナスにはたらいてしまうのです」

ワシントン州議員のような政策立案者たち、車両走行距離に応じた課税制度の導入に興味を示す理由もここにある。理論上この政策はいたってシンプルで、ドライヴァーは燃料1ガロンごとに税金を払う代わりに、走行距離1マイルごとに課税される仕組みだ。

バイデン大統領のインフラ計画には盛り込まれなかったものの、運輸長官のピート・ブティジェッジは20年3月にこの案への支持を表明していた。また同じく3月には、連邦高速道路局が8つの州および地域で実施される走行課税制度のパイロット事業への資金提供を発表している。さらに全米州議会議員連盟のシンクルによると、少なくとも13の州で走行課税制度の導入に関する法案が提出されているという。

関連記事: クルマ社会の米国に、充実した公共交通を:バイデン政権による2兆ドルのインフラ計画の真意

徴税とプライヴァシー

しかし、走行課税制度を試験的に導入または実際に採用した州(カリフォルニア、ハワイ、ミネソタ、オレゴン、ユタ、ヴァージニアなど)は、これまで数々の厄介な問題に直面してきた。ドライヴァーが給油時にもれなく支払うガソリン税は簡単かつ低コストで徴収できる一方、走行税の場合は何百万台ものクルマからデータを収集し、集金する必要があるのだ。

州のなかには無線装置やその他の車載機器を使って州の運輸局にデータを送ったところもあるが、住民の位置情報が追跡されることに懸念を示す声も上がっている。また、こうした課税システムからその運用費を上回る収益が得られるのかもわかっていない。

公平性についても疑問が残る。地方のドライヴァーは居住する地域の特性上、より長距離を運転する傾向にある。それではこうした人たちは、常にほかの地域のドライヴァーよりも多く税金を払わなければならないのだろうか? また、この走行課税の仕組みは全体的にガソリン税と同様に逆進性があるので、税金を払う人の大半を低所得者が占めることになるという批判も出ている。

各州政府は、ガソリン税から走行税への移行が優れた案であると住民に納得してもらわなくてはならない。例えばハワイ州では、19年に州交通局から各ドライヴァーに宛てて「Driving Report(運転報告書)」なるものが送られた。その手紙には、州交通局長からの言葉が引用されていた。「ガソリン税はもはやその役目を果たしていません。あなたの意見をお聞かせください」

この運転報告書には、ふたつの数字が並んでいる。ひとつはドライヴァーがその年に支払ったガソリン税の概算で、もうひとつは走行課税制度が導入された場合にその人が支払うことになるであろう税額だ。

実は、ハワイはこの種の実験をするにはうってつけの場所である。ここは車検の一環として走行距離計のデータを収集している数少ない州のひとつで、プライヴァシーの侵害をなるべく避けながら個別のクルマの年間走行距離を追跡している。

また、ほかの小さな(そして陸続きの)州と異なり、ハワイのドライヴァーが年間に走行する距離のほとんどは州内の道路である可能性が高い。同州の交通局は現在、走行課税制度に移行した場合の影響について調査を続けている。

そもそも代替は必要か?

ワシントン州は、走行課税制度の実施方法を調査中だ。インスリーは件の法案に拒否権を行使したあとの声明で、「州内のクルマを100%EVにするという目標を定め達成することは、走行課税制度のような個別の政策とは切り離して取り組むべき重要課題である」と書いている。

環境問題の専門家のなかには、そもそも議論全体が悪い方向に向かっていると指摘する人もいる。ガソリン税は大気を汚染するクルマを多く運転する人に課税するものなので、あながち悪いものではないというのがその主張だ。

非営利の環境保護団体である自然資源防衛協議会(NRDC)は、ガソリン税を廃止するのではなく微調整することを提案している。まず多くの州がすでに実施しているように、インフレ率と国全体の燃料消費量の両方にガソリン税を連動させ、ガソリンの需要が下がるにつれ税金が多く徴収されるようにする。次に、EVが消費したエネルギー量に対し、ガソリン車の燃費(ガロン毎マイル)と同等の年税額を課税するというアイデアだ。

「こうすれば、ハマーのEVにはシビックのEVよりも多く税金が課されることになります」と、NRDCの気候・クリーンエネルギー研究開発プログラムの上席弁護士を務めるマックス・バウムヘフナーは言う、「そうあるべきなのです」

※『WIRED』による電気自動車(EV)の関連記事はこちら


RELATED ARTICLES

限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「メンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、1週間の無料トライアルを実施中!詳細はこちら


TEXT BY AARIAN MARSHALL

TRANSLATION BY TOMOYO YANAGAWA/TRANNET