カンヌ国際映画祭が「ウーマン・イン・モーション」で目指すダイヴァーシティとインクルージョン

コロナ禍の影響で2年ぶりの開催となった今年のカンヌ国際映画祭では、28年ぶりに女性監督が最高賞(パルムドール)を受賞した。近年、映画界における男女の格差是正が声高に叫ばれているが、カンヌでは以前から、映画界における女性の地位向上を目指してきたプログラム「ウーマン・イン・モーション」がケリングのサポートのもとで開催されてきた。その模様を、映画ジャーナリスト・立田敦子がレポートする。
カンヌ国際映画祭が「ウーマン・イン・モーション」で目指すダイヴァーシティとインクルージョン
PHOTOGRAPHS BY VITTORIO ZUNINO CELOTTO/GETTY IMAGES FOR KERING

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コロナ禍のなか、カンヌ国際映画祭がリアル開催に踏み切った。フランス国内での感染状況を鑑みて、通常の5月から7月に会期を移動しての開催だった。

最高賞であるパルムドールに輝いたのは、フランスの新鋭ジュリア・デュクルノー監督のボディホラー『Titane』。ギレルモ・デル・トロやポン・ジュノといったジャンル系の活躍が目覚ましい映画界だが、アート映画祭の頂点であるカンヌでのホラー映画の最高賞受賞は画期的である。

さらに、デュクルノーの受賞は、女性監督としては1993年にジェーン・カンピオンが『ピアノ・レッスン』で受賞して以来28年ぶりとなる(※チェン・カイコーの『さらば、わが愛/覇王別姫』と同時受賞)。まさに歴史的快挙となった。

映画界では、2017年に起こった#MeTooムーヴメントにより男女の格差是正、インクルージョンなどの運動が加速したが、カンヌでは、それ以前からオフィシャルスポンサーであるケリングとともに「ウーマン・イン・モーション」という映画界における女性の地位向上のためのプログラムに取り組んできた。

ケリングは、グッチやサンローランなどのファッションブランドを擁するラグジュアリーグループだ。08年には、女性の権利を擁護し促進するためのファウンデーションを設立し、文化や芸術の分野における男女不平等の是正を積極的にサポートしてきたが、15年にカンヌ国際映画祭のオフィシャルパートナーとなったことをきっかけに発足したのが「ウーマン・イン・モーション」である。「ウーマン・イン・モーション」は、目覚ましい活躍をした女性映画人を称えるアワードと、さまざまな問題を議論するトークイヴェントの2本柱で行われている。

カンヌ国際映画祭の会期中に開催された「ウーマン・イン・モーション」ディナーの様子。

アワードのこれまでの受賞者は大ヒット作『ワンダーウーマン』で男性監督の独壇場だったアメコミ映画に新たな歴史を刻んだパティ・ジェンキンス監督や、女性の映画『テルマ&ルイーズ』に主演したスーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、フランスの大女優イザベル・ユペールなど。

今年は、映画祭の会長ピエール・レスキュールと総ディレクターのティエリー・フレモー、ケリング会長フランソワ=アンリ・ピノーが主催するガラディナーの席で、メキシコ出身の女優でプロデューサーとしても活躍するサルマ・ハエックに授与された。

サルマ・ハエック(右)と、今回カンヌ国際映画祭で審査員長を務めたスパイク・リー。ディナーにて。

『フリーダ』(02年)でアカデミー賞主演女優賞候補となったサルマ・ハエックは、ハリウッドにおけるラテン俳優の草分けとなり、現在は自身の制作会社を設立し、女性の監督やスタッフなどの起用も積極的に行なっている。

また、期待される若手に与えられる「ウーマン・イン・モーション・ヤング・タレント・アワード」が、監督デビュー作『ベイビーティース』が去年のベネチア国際映画祭で新人俳優賞(マルチェロ・マストロヤンニ賞)を受賞したオーストラリアの新鋭シャノン・マーフィに授与された。

映画祭期間中には、多くの映画人が「ウーマン・イン・モーション」のトークイヴェントに登壇した。今年のコンペのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『メモリア』やウェス・アンダーソン監督の『フレンチ・ディスパッチ』などカンヌで6作品の出演作があるティルダ・スウィントンは、自身のアーティスト活動の根幹である独自の思考を披露した。

「わたしにとって、女性の映画製作者は常に存在し、これからも存在し続けるでしょう。実際、映画の始まりからずっと、女性の脚本家や女性の監督が世界中にいて、とても力を与えられてきました。

わたしたち(女性)は、何か新しいものを求めて戦っているのではなく、何かを拡大させるために戦っているのです。女性が映画をつくっているということに自信をもってもらいたいと思います。

必ずしも監督をしているわけではないかもしれませんが、だからといって女性の映画製作者がいないわけではありません。共同脚本、照明、衣装、脚本監修など、すべての作品に女性の映画製作者が参加しています。その全員が映画製作者なのです。

監督リストだけを見て、女性がいないことに不安を感じる必要はありません。男性が監督している作品でも、一部の例外を除いて、ほとんどの作品には女性監督の感性が息づいていることを忘れているのではないでしょうか」

また、『ビール・ストリートの恋人たち』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したレジーナ・キングは、制作者としても注目を浴びている映画人のひとりだ。監督デビュー作『あの夜、マイアミで』(20年)は、去年のヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映され絶賛された。

『ノマドランド』を監督した中国出身のクロエ・ジャオは、4月に開催されたアカデミー賞において、史上2人目の女性監督賞受賞者にして、初の有色人種の女性監督となったが、キングは、時代を代表する映画人としてオープニングを飾り、プレゼンターとして登壇した。

「とてもエキサイティングでした。クロエ・ジャオが素晴らしい監督であることはもちろんですが、白人男性ではないわたしたち監督は、人種や文化に特化したストーリーを語ることが多い。けれど『ノマドランド』は人種や文化というよりも、人間的な経験を映し出していたからです。(ジャオが属している)アジアのコミュニティに特化した話ではなかったことが、より力強く感じられました。

どのような肌の色であろうと、どのような言語を使おうと、多くの人は『ノマドランド』に出てくることを理解できるはずです。だから、その物語を手掛けた監督が白人ではなかったというのは、とても大きなことでした」

また、プロデューサーとして多くのTV番組を手掛けている経験からは厳しい現実にも言及した。

「10年前や5年前と比べると、数字、割合、統計を見ると確かに変わってきています。ですが、エミー賞のノミネートで、女性の受賞率が昨年よりも今年が下がったことを考えると、まだまだ道のりは長いと感じています。女性監督がノミネートされていますが、まだまだですね」

キングは監督として現在グラフィックノヴェルを原作にしたアクション大作を準備中だという。

「ええ、かなり大きいですよ。それが『Bitter Root』を撮るもうひとつのエキサイティングな点です。この作品には、マーベルやDC作品をつくる時に付随するようなプレッシャーはありませんけどね」

企画を持ち込んできたのは、『ブラックパンサー』の脚本・監督で成功を収めたライアン・クーグラーだという。女性たちの連帯はもちろん重要だが、男性の理解と彼らとの連帯も、女性の映画人たちのさらなる活躍にとって不可欠であることは間違いない。

左からフランソワ=アンリ・ピノー(ケリング会長兼最高経営責任者)、ティエリー・フレモー(カンヌ国際映画祭総ディレクター)、シャノン・マーフィ、サルマ・ハエック、マウラ・デルペロ(2020年に「ウーマン・イン・モーション」ヤング・タレント・アワードを受賞したイタリア人映画監督)、ピエール・レスキュール(カンヌ国際映画祭会長)。

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TEXT BY ATSUKO TATSUTA

PHOTOGRAPHS BY VITTORIO ZUNINO CELOTTO/GETTY IMAGES FOR KERING