新型コロナウイルス感染症の蔓延と世界金融危機や景気後退は、社会に暗い影を落とした。2020年から2021年というたった1年間で人々の働き方や考え方、価値観は大きく変化した。当たり前のようにテクノロジーが浸透し、人々の暮らしは困難のなかでアジャストされ、いつの間にかコロナ禍での生活が当たり前になりつつある。

そんな激変するいま、“社会のあり方”が再び問われている。

この急激な変化に対応すべく、持続的な社会の実現を目指し、社会と産業の再構築(リ・デザイン)を目指すのが富士通のソーシャルデザイン事業本部だ。いままで接点がなかったモノ・コトをつなぎ、生活者に新たな価値を提供しSociety5.0の世界の実現するために立ち上がった組織である。

本部長としてソーシャルデザイン事業本部を率いるのが、有山俊朗だ。有山は富士通に入社以来、エンジニアとして宇宙分野でのシステム構築・データ利活用や研究機関と連携したAIやスパコンなどの先端科学技術の社会実装を手がけてきた。また、スーパーコンピュータ「富岳」の構築責任者を務めた経歴をもつ。

2020年に開催された『WIRED』日本版のカンファレンス「WIRED CONFERENCE 2020」のセッション「社会的な健康とは何か。──デジタルトラストとWell-beingの相関関係──」に登壇し、社会課題の解決の難しさを語った有山に、今回は改めてソーシャルデザイン事業本部が目指すヴィジョンを訊くことにした。

昨年末開催された「WIRED CONFERENCE 2020 FUTURES LITERACY」では、富士通ソーシャルデザイン事業本部長の有山俊朗とウェルビーイング研究でも知られる予防医学研究者の石川善樹の対談が実現。次々と浮き彫りになる社会課題の解決とその先にあるウェルビーイングの相関関係について語り合った。

「やってるふう」ではなく「解決し切る」

──ソーシャルデザイン事業本部が発足した20年7月は、新型コロナウイルスの蔓延で社会が揺れていた時期でしたが、どのような想いやヴィジョンで事業本部を発足したのでしょうか。

もともとわたしはエンジニアとしてスーパーコンピュータ「富岳」や、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)などにかかわってきました。もちろん、どの事業も強い想いをもってチャレンジしてきましたが、「社会課題の解決」まではまだ至っていないと感じています。

例えば、センシングとデータの見える化をして「あとは誰かよろしく」というような、社会実装まではやらない仕事も世の中にはあると思います。でも、わたしとしては、ヴェンチャー精神はありつつも、ヴェンチャーにはない“大きなガタイ”をもつ富士通という企業で、いま本気で社会課題を解決するところまでやりたいんです。そしてやるなら、“取り組んでいるふう”ではなくて、“解決しきる”ところまでやりたい。

そのためには、その目的達成をど真ん中に据えたビジネスユニットが必要で、CSRとしてではなく“事業”として成立していないと持続可能ではない。なので、きちんと収益を上げて続けていくために、ソーシャルデザイン事業本部を発足しました。

──社会課題の解決をビジネスとして成り立たせることは難しいのではないでしょうか。

そうですね。簡単ではないことがたくさんあります。例えば、時間軸です。人類は局所的な問題はすでに解決していて、いま残っているのはこれまでに解決できなかった大きな課題です。いわゆる複雑系といわれるもので、単純に解決できるものではありません。一つひとつに課題満載な状態ですね。

注力領域は「City」「Well-being」

──地球規模で考えると社会課題は無限にありますが、具体的にどのような領域に注力されていくのでしょうか。

17あるSGDsの目標のうち、6つに取り組むことを発足時に決めました。20年7月の発足以来検討を重ね、21年度にそれらを受けるかたちでいくつかの領域に注力して事業を立ち上げることにしました。

具体的には「11.住み続けられるまちづくり」と「13.気候変動に具体的な対策を」を受ける「City」に関する事業をおこなっていきます。また「3.すべての人に健康と福祉を」、「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」に対して「Well-being」を注力領域に定めました。さらには生涯において学びが大切となる人生100年時代、「4.質の高い教育をみんなに教育」と「8.働きがいも経済成長も」についても追及したいところです。

──まさにコロナ禍での門出となったわけですが、新型コロナウイルスの蔓延は事業の軸を決める際に影響を受けているのでしょうか。

コロナ禍は「世の中は、このままではいけない」という気づきを一人ひとりに与えたと思います。そういうタイミングだからこそ、社会と産業を再構築(リ・デザイン)することをヴィジョンに掲げました。仕組みごとリ・デザインする必要があること、“いまの延長”ではダメだということが、リアリティをもって感じられているのではないでしょうか。

急速に時代が変化していて、10年で起きる変化が半年、1年で起きています。その変化を捉えたうえでリ・デザインするにはテクノロジーが必要です。ただ、あくまでもテクノロジーを主役にするのではなく、リ・デザインにしっかり合うかたちでテクノロジーを“アサインすること”が大事だと思います。

リ・デザインのカギはネットワーク型

──テクノロジーを事業に合わせてアサインできるのは、社会インフラをつくり、大きく事業を展開してきた富士通ならではだと思いますが、これらの強みを生かしていくイメージなのでしょうか。

富士通には、テクノロジーはある。でも、いままでの富士通のやり方では社会課題を解決し切るまでは難しいと思います。テクノロジーは目的をもっていないので、転がっているだけでは何の価値も生みません。社会産業のためにリ・デザインされて具体化した目的に当てはめていくことで力を発揮します。

富士通はこれまでITベンダーとしてさまざまな業種の、多くのシステムをつくってきました。お客様の要件ごとに個々に向き合って仕上げてきましたが、実は富士通のなかで、それぞれの事業を俯瞰的に見ることができていなかったのではと感じています。つまり「俯瞰した設計」を誰もしていなかったとも言えます。ですから、横につながっていないシステムがたくさんあります。

──ソーシャルデザイン事業本部は、企業内の技術を俯瞰で見るために、部署をまたいでメンバーを集めているのでしょうか。

そうですね。金融業界を担当していた人や営業系の人、技術者など、多種多様な経験や能力をもつ人材が集まり、まるで動物園のようです(笑)。ビジネスディベロップメント統括部というのを本部のなかに新たにつくり、事業軸でそれぞれがやっていたことを俯瞰的にみて事業開発をしていきます。外部からの人材採用もしていきたいですね。これまで富士通になかった血を入れる、ということも積極的にやっていきたいです。

──縦割りだった事業が横に広がっていくのですね。

いま必要とされているのは、ネットワーク型です。それは業種を超えること、民と官のあいだを超えること、国を超えることです。その視点で考えると、CityもWell-beingも「ネットワーク型の関係性をつくること」がリ・デザインの重要な鍵だと思っています。

例えば「City」と言ってもWell-beingを起点にしたり、あるいはアカデミア=教育(Education)をコアに据えた街づくりを目指したりする場所もあります。このような視点を漏らさないように目を配っていきたいですね。

収益を上げる具体的な事業のかたちはシンプルではありませんので、もう少し関連性を俯瞰できるところはあるとは思います。ただ、ひとりの人間がやると頭がいっぱいになってしまいますので、それぞれのミッションをシンプルにして動くのがいいかなと思います。

生活者視点でパーソナライズされたデータを活用していく

──さまざまな業界をまたぐという点でも、ユーザーである生活者の視点が大事になると思います。これまではB2B分野の事業を多く手掛けてきたイメージがありますが、生活者の視点をどのように入れた事業展開がありますでしょうか。

例えばCityの視点でいうと、すでに店舗のオペレーションやマーケティング、接客に富士通のAIが入っています。店舗は生活者とのタッチポイントですよね。まだまだ不十分な状況ですが、AIが入ることでお客さまとつながりたいタイミングでつながることができます。お店は社会インフラであり、ヴァーチャルとリアルの接点です。ショッピングモールは街の縮図ですから、街をつくるイメージで動いています。

また、小売だけでなくロジスティクスにも取り組んでいます。ロジスティクスにおける物流も、街を支えるエッセンシャルワークですよね。コロナ禍で毎日のように段ボール箱が家に届くようになった人も多いと思いますが、物流業界の方からもパンデミックの影響で“荷物の中身”も変化したという話を聞いています。そんななかで、物流と荷主とのつながりをネットワーク型に再構築しようとしています。

例えば、いま東名高速道路を走っているトラックの荷台の約6割が空だという話がありますが、これは「物流会社が契約した荷物はその管理下のトラックを中心に運ぶ」という現在のピラミッド型の構造が関係しています。目的地に荷物を届けたら、空の荷台のまま拠点に戻ってきているということです。でも、これを目的地と拠点の間を物流会社やトラックを問わず荷物を積み替えられるようになれば、無駄なく、早く生活者のもとに荷物を届けることができる。そのような世界をつくる準備を、いままさに進めています。

──Well-beingではいかがでしょうか。

Well-beingでは、製薬会社と医療機関をつなぐ「業」をつくろうとしています。ひとつは治験のリクルーティング、もうひとつは電子カルテの診療情報を始めとする「リアルワールドデータ」を活用したものです。さらには、MR(医薬情報担当者)のあり方もリ・デザインしたいと考えています。

病院がもつ電子カルテのデータや保険会社がもつデータ、スポーツジムのデータなど、いま健康データはバラバラに存在しています。ひとりの人生はひとつなので、離散しているデータを本人軸で組み合わせられたほうがいい。例えば、このまま酒を飲み続けていたら10年後にお酒を飲めなくなると言われたら、酒量を減らしますよね(笑)

病気になる前の状況と退院したあとの状況、全部ひっくるめて生身の人間です。こうしたリアルワールドデータをつなぐことでよりよい生活体験をつくることができ、大きな病気になるリスクも減らすことができるはずです。

──これらの領域のなかで共通して富士通が注力しているテクノロジーはありますか?

ピラミッド型からネットワーク型の社会構造に変えるには、テクノロジーによる「信頼の担保」が必須になります。企業間や業種を超えて個人情報を含めたデータを、間違うことなく、情報提供者本人の意思に基づいて流通させるテクノロジーが重要なのです。

荷物がちゃんと届くのか、“本当に”最適化された学習方法なのか、あるいはオンライン処方でも間違いなく薬を届けられるのか。そして、それにまつわる個人情報を本人主権で提供し、流通を止めることもできるデータポータビリティがあるのか──。これらをしっかりと担保するために富士通のテクノロジーを役立てたいと思います。むしろこの“担保”がないから、いまは「窓口じゃないとダメです」という法律になっている。なので、技術の実装と法整備をセットでおこなうことが大切です。

いまだない職業をつくっていく

──社会課題の解決のために、あらゆる仕組みを「ネットワーク型」に変える必要があるというお話でしたが、そのための「俯瞰で見る」ことの難しさとはどんな点でしょうか。

いままでつながっていなかった業種をつないだとき、単純に「つなぐだけ」だと、データの流通が主題になってコストばかりが増え、収益にならないというイメージがあります。でも、わたしたちの仕事は、業種間をつなぐだけでなく新たに「業」をつくることだと思っています。

つまり特定領域にフォーカスして、課題ドリヴンで考えてプラットフォームをつくるのが富士通がやるべきことです。データ流通基盤をつくるだけではビジネスとしてうまくいかないので、業種間をつないだときになくてはならない仕事を立ち上げるイメージです。

2021年度は「業を起こす」として、さまざまなものの間に存在すべきサーヴィスをつくります。「つながるといいね」ではなくて、つながらないとできない仕事をそこにつくるんです。

──まだ存在しない職業をつくるというのは、まさに「ソーシャルデザイン」ですね。ソーシャルデザイン事業本部が目指す未来はどのようなイメージでしょうか。

コンセプチュアルな話になりますが、時間と空間を超えて世界中の人々が互いに便益を得ることができ、人々の間で「感謝が循環する世界」にしたいなと思っています。貨幣制度は物理的にも空間的にも移動ができないために、価値のひとつの指標としてつくられたのだと思います。

まだ不十分な部分はありますが、これだけテクノロジーが発達すると東京にいながら地球の裏側のアルゼンチンの人を助けることも可能です。つまり、いままで人間が思い込んでいた「人生の交友関係はここまで」という壁を圧倒的にブレイクしてしまう。

わたしは『WIRED』日本版が掲げている「ネイバーフッド」の考え方にも共鳴していて、ソーシャルデザイン事業本部が目指している世界観ととても近いと感じています。貨幣経済だけで結ばれた関係だけでなく、これからはネットワーク型の社会で「新しい隣人」ができるはずです。富士通も微力ながらそういう方向に社会を動かしていけるといいなと思っています。

──ネットワーク型への変化や「新しい隣人」が生まれる社会に向けて、これから新たな職業がどんどん生まれていきそうですね。貴重なお話をありがとうございました。

[ 富士通ソーシャルデザイン事業本部 ]