クリエイターの再現可能な領域に踏み込み、デジタルマーケティングとクリエイティヴの未来によりよい変革をもたらそうとしている企業がある。マーケティングに特化した広告クリエイティヴ運用クラウド「リチカ クラウドスタジオ」を提供するリチカだ。
フォーマットを選択し、素材やテキストをはめるだけで、動画から静止画まで、プロクオリティのクリエイティヴを制作できる、「マーケティングで成果を出す」という目的から設計されたクラウドサーヴィスだ。
そんなリチカ クラウドスタジオを展開する同社は、このほど資金調達を実施した。スタートアップスタジオcomboは、rooftopファンドを通じて、このラウンドでリチカに出資している。
出資のきっかけとなったのは、リチカ代表取締役の松尾幸治とcombo代表かつPARTYのファウンダー/クリエイティヴディレクターの中村洋基が出会ったこと。中村はリチカのプロダクトに対し、「デジタル広告の未来に巧妙に近づくサーヴィス」だと感じ、出資を決めたのだという。
クリエイティヴとテクノロジーの最前線を切り拓く両者はいま、その未来をどのように考えているのだろうか。松尾と中村が、クリエイティヴの再現化・効率化の先にある新たなデジタル広告の閾値を問う。
「ありそうでなかった」動画広告のためのプロダクト
──今回、中村さんはリチカのどのような点に注目されたのでしょう?
中村 まず、デジタル広告運用の全体像を説明すると、制作、メディア選定、企画・クリエイティヴの効果測定、レポーティングがあり、そこからPDCAを回してよりよいクリエイティヴを選定するなど、わりと複雑なフローになっているんです。そんななか、クライアント側が届けたいメッセージや素材を入れるだけで即戦力となる動画をつくれるサーヴィスは、これまでありそうでなかったんですよ。
──なぜそれを誰も発明できていなかったのでしょうか?
中村 あらゆるところでDX化が叫ばれていますが、DXが進んでいるのはルーティン性や再現性の高い領域です。クリエイティヴは再現性のない非連続的な分野だと思われがちで、デジタル化が立ち遅れている分野なんです。こうした領域に踏み込み、クリエイティヴの仕事を細分化し、セオリー化・効率化しているのがリチカの「クリエイティヴテック」で、これは非常に面白いなと思っています。
松尾 デジタル広告の最前線を切り拓いてきた中村さんにそう言っていただけて、光栄です。ありがとうございます。
これまでも動画や静止画のクリエイティヴ自動生成ツールは存在したのですが、商用利用に耐えうるクオリティに至ってないことが多かったんです。この「クオリティ」をテクノロジーで再現可能なものにするのがクリエイティヴテックだと考えています。わたしたちは400社、20万本におよぶプロのクリエイティヴワークを“科学する”ことで、定量化できない曖昧なクリエイティヴの領域にテクノロジーをインストールしようと試みています。
いま顧客やメディアの多様化が加速するなかで、マーケティング活動を大きく変革させることを意味する「マーケティングトランスフォーメーション」が注目されています。その文脈においても、テクノロジーを活用したマーケティング活動の効率化、多様化する顧客接点ごとのクリエイティヴ最適化などが重要視されており、わたしたちとしても取り組んでいきたい領域なんです。
中村 定量化して効率化したほうが、よりクリエイティヴのためになる、というのがリチカが取り組んでいることですよね。そのための「クリエイティヴテック」はとても面白い言葉だと思います。
松尾 そうなんです。「よりクリエイティヴの真価を発揮する」ことが大前提にあります。「リチカ クラウドスタジオ」のプロダクト設計のうえで重要だと感じているのは、テクノロジーによりクリエイターがやらなくてもいい部分を効率化し、クリエイターが人間にしかできない部分に注力できるようにすることです。決して「クリエイターの仕事はすべて再現可能だから自動化しよう」という発想ではないんです。自分が動画制作畑の出身なので、ここは大事にしているポイントです。
セオリー化できるクリエイティヴの領域は?
──では、動画広告の領域においてセオリー化や効率化すべき部分はどこになるのでしょうか?
中村 広告のクリエイティヴにおいては、ユーザーが理解する広告の「意味」と、感覚的にカッコいいと思う完成度、つまり「感じ」の領域があると思うのですが、「意味」はまだ人間の領域です。一方、「感じ」はAIでも再現可能かつクリエイティヴテックの得意分野で、そこに再現性を見出す意味があると感じています。
クリエイティヴの仕事というと、ゼロからイチをつくる抽象度の高いイメージですが、とりわけ広告のクリエイティヴというのは、ユーザーに振り向いてもらえる確率を効率よく高めることが重要です。その目的は、広告費の節約なんです。
プロのクリエイターは、当然ながらある程度のセオリー化をしています。たとえば、スライドをデザインする際に文字やレイアウトのセオリーがあるように、動画の領域においても「人が気持ちよく感じる動画のあり方」が存在するんです。
松尾 トップクリエイターであればあるほど、要件定義や情報の整理を踏まえた制作のアプローチの引き出しを多くもっていますし、かつシステマティックになっていますよね。
中村 そうした引き出しをもつクリエイターのマインドが注入されてるのが「リチカ クラウドスタジオ」だと思っています。例えば、服飾を考えたときに、かつてはオーダーメイドが主流だったけれど、機械化されて品質の水準が高まりました。そのうえで、次は一流のデザイナーたちがさらに面白いチャレンジをしています。
松尾 そうですね。クリエイターが取り組むべきは素材をゼロからつくることではなくて、積み重なったオペレーションが次につくるものに生かされて、そのフロンティアを開拓していくことなのだと思います。
クリエイティヴとマーケティングの対立を乗り越える
──動画広告の領域においても、動画の質を追求することと、マーケティング視点で目的を達成することが、うまく噛み合わないケースも存在すると思います。そこには、クリエイターとマーケター、あるいは制作と広告代理店のディスコミュニケーションが存在すると思うのですが、「リチカ クラウドスタジオ」はこのような課題を解決するツールにもなりうると感じました。
松尾 わたしたちは動画制作の事業を経て、いまのサーヴィスを展開するスタートアップの企業体に変化しました。制作会社のビジネスモデルは納品によってお金をいただく構造にならざるを得なく、制作後の成果まで考えることができないんです。つまり、「いかによいものをつくるのか」が重視される組織の構造なんですね。
中村 徹夜してかっこいいものをつくったのに、自分の預かり知らぬところでA/Bテストをされマーケターの論理で勝手なこと言われると、頭にきてしまいますもんね。
松尾 マーケターの方と話すのは本当に苦手でした(笑)。「リチカ クラウドスタジオ」は他社さんのツールと比べると自由度を削ぎ落としているのですが、変数を絞ることでパターンを検証しやすくしているんです。検証可能になるとデータがとれるので、クリエイターに改善の指針をより明確に示すことができます。これまで制作会社はつくることだけを任されてきたので、方向性にしろ結果にしろ、曖昧な状態で口頭でもらうことしかできなかったんです。
中村 クライアント・マーケター側が論理的な根拠をもって「こういうイメージです」と大枠やリファレンスを提示できると、曖昧な要件にクリエイターが振り回されることもなくなるのではないかと思います。
松尾 まだごく一部なのですが、マーケターの方々が最初にVコン的なものを「リチカ クラウドスタジオ」でつくって、言葉やデザインもある程度試しながら定量的なA/Bテストを実施し、そこからさらによいものにするためにクリエイターさんに発注するという使われ方もあります。データに基づいてテーマを示し、細かいところはクリエイティヴワークに任せるといった、データとクリエイティヴの両立を可能にしたいと思っています。
「リチカ クラウドスタジオ」は比較的マーケターに寄り添ったサーヴィスですが、クリエーター側とやりとりを続けながら動画のフォーマットを研究してきたので、「ぼく自身がクリエイターだったときに嫌だったこと」にアプローチしたいという視点は、サーヴィス思想の根底にあります。クリエイターとマーケター、もしくは制作会社と代理店の隔たりを埋める、中間に立っていきたいです。
中村 A/Bテストのためのプロトタイピングツールとしてクライアント側に使っていただくと同時に、多量の広告制作を受注している制作会社など、クリエイター側にもとことん触ってもらったほうがよさそうですよね。クリエイター側のほうが使いこなせる気がします。いまノーコード系のプロダクトが多く登場していますが、その動画版のようなイメージでしょうか。
クリエイティヴテックのための「LTV型組織」
──そんなテックとクリエイティヴの共存を実現するために、どのような組織体制が必要だと考えていますか?
松尾 テクノロジーとプロダクト開発の両方が組織の中心にあり、中長期的にその知見が積み上がっていくLTV(Life Time Value)型の組織が理想ではないでしょうか。
定量的な成果をあまり意識しない制作会社は納品がゴールになってしまうので、どうしてもPL型の思考になりがちです。そうすると、提案して営業してコンペに勝つことに重きが置かれてしまう。一方、SaaS型のプロダクトを提供する場合はカスタマーサクセスが重要になるので、LTV(Life Time Value)をいかに伸ばすかを重視しなければビジネスが続きません。
「中長期的な顧客の成功をいかにつくり続けるか」にフォーカスしている組織はやはり強いですし、そのなかでクリエイターの人たちに暴れてもらうことが重要だと思います。
──そのうえで、リチカが採用するクリエイターに求めているのはどのようなことですか。
松尾 いまは「リチカ クラウドスタジオ」のプロダクトがありつつも、企業のリブランディングプロジェクトや採用ブランディングにかかわるなど、クリエイティヴファームとしての機能もあります。なので、在籍している方のバックグランドは幅広いんですよね。
ただ、メインで取り組んでいるのはクリエイターの仕事の再現性を高め、効率化することなので、異なる年齢、スキルセットのメンバーが多く在籍しながらも、中長期視点でプロダクトや型に落とし込む視点をもっている方々にぜひ参画いただきたいなと思っています。
平準化の先にある、デジタル広告の新しい地平
──最後に、クリエイティヴテックが目指す未来像とはどのようなものでしょうか。
松尾 デジタルクリエイティヴにおいては、オートメーション化によってクリエイターの仕事がなくなっていくよりも、創造性が高まって新しい領域が増えていくと感じています。そうしたクリエイティヴのあり方を担うことが、クリエイティヴテックのゴールです。
クリエイティヴの力が強くても、それを証明することがこれまではできませんでした。「デジタル広告」といういちばん捉えやすい領域で、それを定量化し証明することを進めていきたいです。
中村 リチカのサーヴィスの延長線上には、マーケター側で制作・メディア選定・レポーティング・運用まで一貫して取り組めてしまうような世界が待ち受けている気がしています。そうすると、運用広告のマーケットが一気に変わっていくと思います。
ただ、先ほども申し上げたように、クリエイティヴのすべてがテック化していくとは思えません。完璧性というのはどこまでいっても担保されませんし、効率化された、測定可能なゴールだけに向かう決まり切ったクリエイティヴなんて絶対につまらないですよね。広告のある種のダークサイド的な側面でもある効率化の繰り返しの先に、面白さの閾値があるのではないでしょうか。その未来に巧妙に近づくための手段のひとつが、リチカではないかと思っています。
[ リチカ クラウドスタジオ ]