札幌から世界へ。Netflixだから生まれたアニメ映画『ブライト:サムライソウル』の舞台裏

Netflixオリジナルの3DCGアニメ映画『ブライト:サムライソウル』が2021年10月12日に全世界に配信された。ハリウッド実写映画『ブライト』のスピンオフアニメ作品としてその世界観を継承しながら、舞台を幕末から明治にかけての日本に設定した本作。クリエイティヴ主導で妥協なしに、しかも札幌で制作するという独自性を貫いたスタイルは、なぜ成立したのか。監督のイシグロキョウヘイが答えた。
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Netflixオリジナルのアニメ映画『ブライト:サムライソウル』は、時代の変わり目を象徴する明治維新の日本を舞台に、巡り合った隻眼の浪人・イゾウと盗賊のオーク、エルフの少女・ソーニャの3人が魔法の杖「ワンド」を守る東海道の旅を描いた作品だ。2017年にNetflixで全世界独占配信されたウィル・スミス主演の実写映画『ブライト』を原作に、本作もさまざまな種族が人間と共存する世界を描いている。

その設定を見ても、日本で制作して日本オリジナルとして発信することを明らかに意識している。監督のイシグロキョウヘイは、「ドメスティックな環境下で育まれた日本の文化に根差したつくり方は強みになると思っています。だからこそ、ほかの国では発想できない日本らしさにこだわりました」と語る。

例えば、殺陣のシーンがそうだ。イシグロは制作途中の映像に楽曲を当て、編集・リアレンジしながら完成に近づけていく独特の手法をとった。これによって楽曲と殺陣の間合いが呼応し、静と動のリズムによって緊迫感が強調されたという。

音楽に起用したのは、イシグロが以前から注目していたというインストロックバンドのLITE。映像と音楽をリンクさせる演出はチャレンジだったというが、「マスロックというジャンルとアニメの融合が実現でき、イメージ通りの仕上がりです」と、イシグロは自負する。

声優陣の選定にも、イシグロのこだわりが表れている。例えば主役であるイゾウには、狂言師・野村裕基の参加が鍵になるとイシグロは考えたという。「侍がもっている哀愁と力強さは、彼の声なら表現できると思ったんです。サブタイトルにもある“サムライソウル”とは主に仕える忠義であり、本質の部分を掘り下げ、信じている対象を信じきること。侍に特有のこのマインドを、イゾウを通じて感じてもらいたくて、このキャスティングに最もこだわりました」

イゾウ役の野村に加えて、コウケツ役のMIYAVI、さらには音楽へのLITEの起用といったチャレンジは、どれも「Netflix作品であったことで承諾を得られた側面が大きい」と、イシグロは言う。つまり、もはやクオリティが説明いらずで担保されるというコンセンサスがNetflix作品というだけで得られ、しかもそれが業界内に浸透していることを意味している。

製作委員会方式ではないことの利点

こうしたこだわりとチャレンジが許され、実現した背景には、Netflixならではの制作環境が重要な意味をもっていたとイシグロは指摘する。「作品を中心とした“クリエイティヴ主導”の考えが徹底しており、裁量も自由度が大きかった。製作委員会を組成して制作する従来の日本のアニメ制作とは明らかに違うやり方で、これまでにない経験になりました」

複数企業の出資で作品をつくる製作委員会方式を、イシグロは決して否定しているわけではない。実際、自身が手がけた今年公開のアニメ映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』も、製作委員会方式だった。


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しかし、製作委員会方式の場合は一般的に、出資企業と利害関係がある俳優やアーティストが起用されるケースが多い。これに対してネットフリックスが1社で単独出資するNetflixオリジナル作品なら、利害関係を考慮して作品がつくられることはまずないというのだ。

一方で、ネットフリックスからはクオリティの高さを常に求められたという。「どの作品においても“面白くなければダメ”であることは当たり前ですが、クオリティに関して妥協を許されない現実主義の側面が、Netflixの作品に初めて参加して感じたことのひとつです。背負うものが大きいほどやりがいはあるので、ありがたいことではありました」

妥協は許されない──。この企画に携わることを決めた時点から、イシグロはそう感じたという。

いざ、北海道へ

だが、制作の現場は北海道だった。

『ブライト:サムライソウル』の制作を担当したのは、3DCGに特化したスタジオ、アレクトである。60人規模で札幌に本拠地があるこのスタジオは、「進撃の巨人 The Final Season」などのCG制作に携わったことで知られる。そのアレクトのプロデューサーである成田穣から、イシグロに声がかかったのだ。

イシグロが成田と出会ったのは、NHKアニメシリーズ「団地ともお」(2013年4月~2015年2月)で助監督を務めたときのことだった。この縁もあって成田から『ブライト:サムライソウル』の制作について声がかかり、「彼がやるなら」と参加を決めたという。

こうしてイシグロは監督として制作に参加することになったが、住んでいたのは東京である。このため札幌の現場に入る覚悟も迫られた。

「現場に監督が入らないと、求められるクオリティの作品はつくれない。経験則から、それはわかっていました。アニメの制作の中心地は東京なので、地方にあるスタジオに監督が移住してつくられることはなかなかないと思います。それでも今回は、妻と子どもと共に約1年にわたって札幌に住むことを自らの意思で決めました」

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イシグロの参加が決まり、脚本は多くのアニメ作品や特撮シリーズを手がける横手美智子が手がけることになった。キャラクターデザインは北海道出身の山形厚史が担当した。言うなれば、サムライソウルのようなマインドで札幌の地に入り、『ブライト:サムライソウル』の強力なチームがつくられたわけだ。

現場に入ったイシグロが何より驚いたのは、その制作手法だった。実は『ブライト:サムライソウル』の絵づくりは、絵コンテからではない。モーションキャプチャーに基づいて3DCGでアニメ化されているのだ。

このため、例えば序盤に登場する京都の街並みは、背景にあるものすべてのディテールがつくり込まれている。裏路地から建物のふすまの中まで、どこを切り取っても生かせるようなシーンがつくられた。息づく生活がまるで伝わってくるようである。

世界と札幌を結びつけるもの

技術力のあるスタジオが札幌で活躍している事例は、アレクトだけではない。元はゴンゾのデジタル部門だったグラフィニカは札幌にも拠点を作り、角川グループのENGIも札幌にスタジオを構えている。こうした状況においてイシグロは、「いまや東京だけにスタジオを設ける時代ではない」と考えるようになったという。

そう実感するようになった根拠は、札幌で制作した体験だけではない。世界展開を前提に制作するNetflixのようなグローバルプラットフォームの存在である。

「日本のアニメ制作現場のマインドは、徐々に世界へと向かい始めています。つくる作品は日本的なものであっても、一気に世界中の人々に観てもらえる機会がつくられることで、新しいアイデアが生まれます。それには企画の段階から世界的なプラットフォームを巻き込むことが重要です。結果として、名も知れない日本のスタジオが、とてつもないヒット作をいきなり生み出す可能性だってあるわけですから」

日本のアニメの制作手法は、作画に基づくものから3DCG、さらにはストップモーションまで多種多様である。ジャンルを見ても、ヴァイオレンスから癒し系の作品までさまざまだ。対象年齢も幅が広い。「その多様性を生かす道としてNetflixのような世界的なプラットフォームがある」と、イシグロは強調する。

こうしてイシグロは、旧来型の制作スキームから移行できる環境が整いつつあると考えるようになったという。そしていまや、札幌に完全移住することも考え始めている。「スタジオも住環境も最高だと感じた札幌は、新たなクリエイティヴを生み出すには適した場所。冗談抜きに、東京から札幌へと移住するライフプランを立てています」

結果的に『ブライト:サムライソウル』は、日本のアニメ制作の“常識”とは異なるプロセスで完成した。イシグロ自らが「自信作」と認める『ブライト:サムライソウル』は、制作力のある現場さえあれば日本のどこからでも世界中に発信できる力を発揮できる時代になったことを象徴している。

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TEXT BY TOMOKO HASEGAWA