マッサージには、なぜ筋肉の治癒効果がある? そのメカニズムが明らかに

筋肉の損傷に効くマッサージ。しかし、なぜ治癒効果があるのかに関しては明確な裏付けがなかった。このほど発表された論文は、そのメカニズムを明らかにしたほか、単に回復を早める以外の効果があることも明らかにしている。
マッサージによる筋肉の治癒効果のメカニズム、ついに明らかに!
M-PRODUCTION/GETTY IMAGES

肩こりや腰痛を抱える人たち、または日常的な運動で筋肉を酷使する人たちなら、「マッサージガン」と呼ばれる拳銃のような見た目をした家庭用電気マッサージ器を使ったことがあるかもしれない。好みのアタッチメントを取り付けてスイッチを入れるだけで、先端が振動して筋肉の疲労やこりをほぐしたり、損傷した筋肉の痛みを和らげたりしてくれる便利な器具だ。

マッサージが気持ちいいのは確かだが、実際に損傷した筋肉の再生には役立っているのだろうか? 世界で活躍する一流のアスリートたちは日々マッサージの効果を身をもって経験しているだろうが、実はこれまでその治癒効果については明確な科学的裏付けがなかった。

マッサージが筋肉にどう作用するのか? ハーヴァード大学の研究チームが、そのメカニズムの解明に乗り出した。

外的刺激がもたらす治癒効果

医学学術誌「Science Translational Medicine」でこのほど発表された論文では、マッサージガンを使用した際の治癒効果とそのメカニズムが細胞レヴェルで詳しく説明されている。論文によると、マウスを使った実験では機械によるマッサージ(メカノセラピー)は回復を早めるだけでなく、筋肉をより強化することが明らかになったという。


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「マッサージを始めとするメカノセラピー(機械的療法)が体に及ぼす有益な効果については、多くの人が研究しようとしてきました。しかし、これまで体系的かつ再現性のある方法で実施されていなかったのです」と、ハーヴァード大学ヴィース研究所のソ・ボリ博士は説明する

研究チームは、ハーヴァード大学バイオデザイン研究室のソフトロボティクス専門家と協力し、マウスの手足にかかる力を監視・制御できる小型の装置を開発した。装置はマッサージガンを模倣してつくられており、柔らかいシリコーン製の先端部分がマウスの筋肉を刺激する。

シリコーン製の先端部分でマウスの脚を刺激する実験用のマッサージ装置。PHOTOGRAPH BY WYSS INSTITUTE AT HARVARD UNIVERSITY

実験では脚を損傷させたマウスの筋肉に2週間かけて一定の間隔で同じ強度の力を繰り返し加え、超音波の画像データを用いてさまざまな負荷をかけたときの組織の“ひずみ”の量を予測・検証した。

するとどうだろう。治療を受けた筋肉では損傷した筋線維の減少がより顕著で、筋線維の断面積も大きくなっていた。つまり、マッサージ治療を受けた筋肉は、受けてない筋肉に比べて早く強く回復したということだ。2週間の期間で比べたところ、マッサージ治療を受けた筋肉は受けてない筋肉に比べて2倍の速さで再生し、組織の瘢痕化(損傷した線維が残ること)も減少したという。

筋肉再生の仕組み

この驚きのメカニズムは、どういうものなのだろうか? 研究チームは、マッサージがもたらす再生と強化は炎症を引き起こす細胞が筋肉組織から押し出されたことによるものだと考えた。実際にマッサージを始めて3日後の分析では、広範囲の炎症因子であるサイトカインの一部がマッサージを受けた筋肉内で激減していた。

またサイトカインの減少と連動するように、マッサージを受けた筋肉では受けてない筋肉と比べて好中球(白血球の一種)の数も少なくなっていた。これは理にかなっている。好中球はサイトカインに引き寄せられるので、サイトカインが減少するにつれて損傷部位に集中的に移動する好中球も減少するはずだからだ。

通常、アメーバのように盛んに動き回る好中球はサイトカインのシグナルに引き寄せられて、損傷部にある細菌・真菌などの病原体や異物を貪食して排除する。そこで研究チームはもう一歩踏み出し、好中球やサイトカインが再生中の筋線維にどう影響するのかを調べた。

「好中球は、病原体や損傷した組織を殺して除去することで知られていますが、今回の研究では、好中球が筋前駆細胞のふるまいに直接影響することがわかりました」と、今回の論文の共同執筆者であるステファニー・マクナマラは説明する。「治癒の初期段階での再生には炎症反応が重要です。しかし、フル機能で再生のプロセスを経るためには、炎症を速やかに解消することもまた同じほど重要なのです」

好中球が実際に筋肉の再生に重要なのかを調べるために、研究者らはマッサージをせずに好中球を除去する抗体を注入してみた。すると、マッサージなしでも損傷した筋肉の再生が同じように早まることが確認されたのだ。

つまり、好中球が分泌する因子は筋肉損傷の初期段階では筋細胞の成長を促すが、その因子が長期にわたって存在すると新しい筋線維への分化と成長を阻害するのである。用済みとなった好中球を素早く除去することが、回復を早める鍵だったのだ。

また研究者らは筋肉損傷から2週間後、マッサージを受けたマウスと受けなかったマウスで、再生した筋線維の種類が異なることに着目した。すると、マッサージを受けたほうの筋肉線維はより大きな筋線維を伴った強い筋線維へと再生していたという。これが筋肉の強化につながっていたのである。

マッサージをしたマウスの筋肉(上)と処置を施していない筋肉(下)の比較。負傷したマウスの筋肉に機械を使ったマッサージを3日間施したところ、好中球の数(ピンク色)が有意に減少したのに対し、未処理の筋肉では組織全体に多くの好中球が分布していた。PHOTOGRAPH BY WYSS INSTITUTE AT HARVARD UNIVERSITY

好中球の除去に最適な時間は3日目

研究者らは好中球を枯渇させる抗体を使う実験をした結果、最速の筋肉再生には炎症因子である好中球を3日目に除去することが最適だと結論づけている。3日目に好中球を除去したマウスの筋肉は、何もしなかった筋肉と比べて繊維径が大きくなり、すでに筋力の回復も見られたという。

「今回の研究では、機械的な刺激と免疫機能の間に非常に明確な関係があることがわかりました。これは、骨や腱、毛髪、皮膚など、さまざまな組織の再生にも期待をもたせる結果です。また、薬物による介入ができない病気の患者にも利用できるでしょう」と、ソは語る。

今回の研究では、炎症を起こす因子をマッサージで除去することが筋肉の再生に必要であることがわかった。また、薬を使わずに外部からの刺激が免疫機能に影響を与えられるという点で重要な発見だ。今回はマウスでの実験だったが、研究チームは今後は人間でこの手法を試す予定だという。


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TEXT BY SANAE AKIYAMA