“反未来”の音楽としてのR&B:2021年のベストアルバム8選

2021年の音楽業界は、R&Bがアルバムの価値を“復活”させた年だった。R&Bはわたしたちに立ち止まって呼吸し、率直かつ本質に深く迫るような内省を通じて自己を見つめ直し、今後歩んでいくべき道を再検討したほうがいいのではないかと問いかけている──。そんな8つのアルバムを、『WIRED』US版が選んだ。
Jazmine Sullivan
PARAS GRIFFIN/GETTY IMAGES

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ポップミュージックとは不穏な領域である。時代を生きるポップミュージックにおいて特に大きな影響力をもつ者たちは、時代に適応するか、不気味に未来を予言してみせる。

それは音楽の制作や消費にも当てはまる。2010年代は、ストリーミングに関するナラティヴがすべてを支配していた。SpotifyとApple Musicは、わたしたちのポピュラー音楽に対する判断のあり方や、好みの線引きを完全に書き換えた。それらを利用する人々は、シングル曲とプレイリストを中心に音楽を捉えるようになったのだ。

こうしてアルバムは、後付けのものになった。テック業界の支配者たちが“別の衣”をまとった姿にすぎない音楽ストリーミングサーヴィスの最終目標は、つながりを新たにつくり直し、わたしたちの習慣や興味、願望といったものをキュレーションされた鑑賞体験としてつくり変えることだった。

こうした10年間が終わりを迎え、わたしたちの音楽の聴き方は変わった。未来のユートピアでは、アルバムの価値は下がっていくはずだったのだ。


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ところが、ジャンルは頑固な存在にもなりうる。それぞれのジャンルが反動を起こしたのだ。R&Bは特にそうだろう。今年はいつになく、こうした動きが感じられた。

個人的に見ると、2021年はR&Bがアルバムの価値を復活させた年だった。ティルザ(Tirzah)やジャズミン・サリヴァンのようなアーティストたちによる全体性の芸術的な追求や、彼女たちによって解き放たれた創造的な自由のなかに、特別で新鮮と言ってもいいような心地よさを見出したのである。

ブラックミュージックの伝統にルーツがあるからかもしれないが、R&Bはサウンドの動きや進化のあり方、ジャンル自体のスタイルの一新といったことへのためらいが強い。R&Bはアナログかつポストインターネット的であり、TikTokのようなソーシャルプラットフォームが現代のサウンドにどのような影響を与えているかといったことには無関心だ。そして、自らが築いてきた基礎の部分くらいにしか影響力は残っていないことに、自覚的であるように見える。

わたしたちが目の当たりにしたように、R&Bはその時が来るまでほかからの影響とは無関係に動じずにいることが最善なのだ。

あなたはこう思っているかもしれない。「でも、それはブラックミュージックやもっと広範な意味でのブラックカルチャーに対する自分の理解(それがどのように革新や創造をおこなってきたか、またさまざまなかたちでスキルフルに、ときとして危険なかたちで即興を重ねてきたか)とは真逆ではないか?」と。

それは確かにそうだろう(Twitterの黒人コミュニティはそのことを常にわたしたちに思い出させてくれる)。だが、その逆もまた真なのである。

R&Bは“反未来”のジャンルだ。R&Bは未来を受け入れつつも、しっかりと過去に立脚している。内側へと目を向けているのだ。

個人的にはR&Bについて「根本の音楽」と考えたい。そうであるならば、このジャンルは土台のようなものとして機能する。R&Bという音楽は前進し、横断し、後退し、通り抜けていくが、決して急がない。近くに見えている未来に向けて、もしかするとそんなに急がなくてもいいのではないか──ということを、R&Bは思い出させてくれる。

ディストピアが迫っている。すでにそれが現実のものになってしまったと考えている者たちもいる。R&Bはわたしたちに、立ち止まって呼吸し、率直かつ本質に深く迫るような内省を通じて自己を見つめ直し、今後歩んでいくべき道を再検討したほうがいいのではないか、と問いかけているのだ。

当然ながら、外部の影響を受けたイノヴェイションと完全に無縁のジャンルなど存在しない(ドーン・リチャードやL’Rainの作品は、テクスチャーや柔らかなフューチャリズムを鋭く掘り下げている)。だが、今年のベストアルバムに共通しているのは(2作品を除いて)、そのDNA、背骨、大きく鼓動する心臓として、R&Bがひとつにより合わさっているという点だろう。

2021年のベストアルバム8選

8. アデル「30」

前作『25』から6年ぶりに帰ってきたアデルは、さらなる高みへと登りつめた。もの悲しく、心を揺さぶる愛と苦悩を歌ったバラード曲で構成された『30』は、率直かつスイートに苦悩や痛み、弱さと向き合っている。アデルは空へと舞い上がるのだ。
(おすすめの曲:My Little Love、Hold On)

7. ティルザ『Colourgrade』

何をおいてもティルザの作品には、寛容さや心地よさが感じられる。彼女の作品は親密さや人間関係、わたしたちが体と心と経験の間にある距離とどのように折り合いをつけていくのかということを、空間的な広がりをもってじっくりと見つめている。

ティルザのデビューアルバム『Devotion』は2018年のベストのひとつだった(いまも個人的には「Fine Again」をリピート再生している)が、『Colourgrade』もまったく引けをとらない作品だ。ティルザが形式主義を一切意識していないことによって、不在や間の存在がテーマになっている『Colourgrade』は、独自の構造を獲得している。本作は漠然とした存在を明確に描き出していると言えよう。
(おすすめの曲:Beating、Sink In)

6. ヴィンス・ステイプルズ『Vince Staples』

ヴィンス・ステイプルズは、ノース・ロング・ビーチの出身だ。彼独自の世界観は、そこから来ている。彼は多くのことを目の当たりにし、それ以上にさまざまな経験を乗り越えてきた。

自身の名を冠した本作(2015年の『Summertime ’06』以来、最もエキサイティングな彼のフルアルバム)は、記憶の旅である。過去を振り返って、わたしたちは何を抱えてきたのか、記憶にはどれだけの重みがあるのか? エッセイ的で控えめな10曲構成の本作は、死、暴力、人を結びつけ、打ち砕く絆といったテーマに向き合っている。

(おすすめの曲:Are You With That、Sundown Town、Take Me Home)

5. サマー・ウォーカー『Still Over It』

R&Bの古典主義者であるサマー・ウォーカーによる3枚目のアルバムは、プロデューサーであるLondon on da Trackとの破局について歌った失恋のバラードを、シルキーかつ官能的なメリーゴーラウンドのようにまとめた作品である。音楽の質は言うまでもないが、このアルバムの最も優れている点は、人々がソーシャルメディアで承認欲求を満たそうとする時代におけるロマンスの喪失の困難さを、ピンポイントに描き出しているところだ。ウォーカーはそれを、感情とカタルシスの嵐だと表現している。

(おすすめの曲:Circus、Unloyal、Toxic)

4. BADBADNOTGOOD『Talk Memory』

『Talk Memory』の輪郭を従来の音楽用語で表現することは難しい。なぜならこのアルバムは、理論的には“音楽”ではないからだ。

インストゥルメンタル曲だけで構成されているが、本作は非常にスケールが大きい。夢とはこんな音がするものなのではないかと想像してしまう。トロントの実験的ユニットであるBADBADNOTGOODは神聖な作品を生み出したのだ。

本作に参加したテラス・マーティン、ララージ、ブラジルの有名作曲家アルトゥール・ヴェロカイらと共に、BADBADNOTGOODはありえない高みへと見事に到達した。そこからの眺めは実に素晴らしい。

(おすすめの曲:All of them)

3. Tems『If Orange Was a Place』

2021年の非公式なソング・オブ・ザ・イヤーとも言えるWizkidの『Essence』で、ビロードのような独特かつ必聴の歌声を披露したのがTemsだ。ナイジェリア出身のTemsはソロでも自力で道を切り開き、すでに世界的なアフロビーツのスターダムへと歩みを進めている。

5曲入りのEPである本作は、成長途上のTemsの技巧をより強固なものにした。それだけでなく、彼女という存在を当然のごとくみなに知らしめたのだ。Temsの勢いは止まらない。

(おすすめの曲:Vibe Out、Found)

2. L’Rain『Fatigue』

『Fatigue』は自然である。血を流し、揺れ動き、叫び、ハミングする。瞑想し、足を踏み鳴らし、魔法をかける。雷のような轟音を立て、目覚める──。

ブルックリン出身のフュージョニストであるL’Rainにとって、『Fatigue』はスピリチュアルなパッセージであり、フォーク、ゴスペル、ソウル、エクスペリメンタルポップを融合させた調性感とテクスチュアのある傑作だ。L’Rainは今年最も美しいアルバムのひとつを生み出したのである。

(おすすめの曲:Find It、Suck Teeth、Two Face)

1. ジャズミン・サリヴァン『Heaux Tales』

11カ月前にジャズミン・サリヴァンが『Heaux Tales』をリリースしたとき、深く傷ついた瞬間や激しい情熱、ひとしきりの後悔や手にした喜びを通じて、今年がわたしたちをどこへ連れて行こうとしているのかまったくわからなかった。2021年そのものと同じように、このアルバムもひねりの効いた一連の章仕立てで展開されていく。曲と語りを巧みにミックスし、1曲1曲が積み上げられていく。

『Heaux Tales』がうまいのは、性的主体性の描き方だ。本作は黒人女性の欲望に力と声を与えている。本作は何よりも、再生をテーマにしたアルバムだ。聴く者に対し、自分がこれまでつくってきた貸しを取り戻し、もっとたくさんのことを要求していこうと呼びかける。それはわたしたちにとっての教訓なのである。

(おすすめの曲:Pick Up Your Feelings、Price Tags、Lost One)

選外だが優れたアルバム

『Second Line』(ドーン・リチャード)、『Call Me If You Get Lost』 (タイラー・ザ・クリエイター)、『Planet Her』( Doja Cat)、『Navy’s Reprise』(Navy Blue)、『Far In』(Helado Negro)、『Sometimes I Might Be Introvert』(Little Simz)

※『WIRED』が振り返る2021年の記事はこちら


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TEXT BY JASON PARHAM