スタートアップに多額の資金が流れ込んだ2021年。この動きは“本物”なのか?

この2021年は注目のスタートアップがシリコンヴァレーを中心に次々に誕生し、しかも莫大な資金を調達したことが話題になった。ヘッジファンドやプライヴェートエクイティといった「非従来型」の投資家が参入してきたことが大きな要因だが、これはバブルなのか、それとも今後も定着する“本物”の流れなのか。
JOKR
PHOTOGRAPH BY JOKR

食料品を配達するスタートアップのJOKR(ジョーカー)をラルフ・ヴェンツェルが設立したのは、2021年6月のことだった。食料品をオンラインで購入することの利便性を最近になって知った、数百万人の人々の需要に応えようと考えたのである。

それから1カ月後、JOKRは「新たなアマゾン」を構築すべく1億7,000万ドル(約195億円)を調達し、まずは9都市で食料品の配達をスタートさせた。そしてこの12月までに12億ドル(約1,380億円)相当の評価額を得て、さらに2億6,000万ドル(約300億円)を調達した。

テック系スタートアップは動きが速いとされているが、それでもこの速さは前代未聞のものだった。創業者のちょっとしたひらめきからはじまったJOKRは、わずか半年で注目のユニコーンに成長したのである。


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注目のスタートアップが次々に誕生する理由

この2021年、注目のスタートアップはどれもこんな調子だ。莫大、あるいは記録破りとまで思われた昨年の投資額も、今年のそれに比べればわずかに見える。

市場分析会社Pitchbookのデータによると、ヴェンチャーキャピタル(VC)の投資額は過去最高を記録し、21年に全世界で6,280億ドル(約72兆円)がスタートアップに注ぎ込まれたという。これは最高記録だった昨年の2倍近くにもなる額だ。

こうして資金が溢れ出すことにより、スタートアップの評価額は目の玉が飛び出すほど跳ね上がった。そして契約締結を巡る競争が激化し、世界の次なる優良企業を求めて投資家が躍起になっている。

スタートアップの価値は21年に本当に上がったのか。それとも、いまはユニコーンバブルの絶頂期なのだろうか。

「確かにいまは起業ブームだと思います」と、Founder Collectiveのパートナーのマイカ・ローゼンブルームは言う。ローゼンブルームによると、AirbnbやUberのような急成長を遂げたスタートアップにいた人々が、今度は自身の会社を立ち上げているという。

こうした起業家たちは、かつての創業者にはなかったスタートアップの知識を携えている。また食料品の配達だけでなく、暗号通貨やデジタル資産のノンファンジブル・トークン(NFT)、銀行の未来やバイオテクノロジーなど、テクノロジーで次の10年を定義するアイデアに対する期待も高い。

こうしたアイデアの多くはあまりにも新しいことから、その真価を見定めることは難しい場合があると、ローゼンブルームは指摘する。「これは単なるギャンブルなのか、それともテクノロジーの未来なのか。誰もがそれを見極めようとしています」

新たな投資家の登場

もちろん、VCは楽観的な人種であることから、少なくともいくつかは利益を生むはずと見込んで莫大な額の小切手を切ってきた。21年に創業した人々は、「それほど根拠を提示しなくても巨額の評価額を得て、巨額の資金を調達できました」と、Hustle Fundのジェネラルパートナーのエリック・バーンは言う。

投資額は今年になって急上昇している。Crunchbaseのデータによると、シリーズAの平均は5年前には880万ドル(約1億円)だったが、それがいまでは2,360万ドル(約27億円)になっている。

さらに、取引のスピードも加速している。NFTの音楽スタートアップのRoyalは、シードラウンドで1,800万ドル(約21億円)を調達し、それからわずか3カ月後の11月のシリーズAで5,500万ドル(約63億円)という驚異的な額を調達した。

スピードに拍車がかかった要因のひとつは、新たな投資家の登場である。シリコンヴァレー西部のサンドヒルロードに拠点を置くVCは、いまではヘッジファンドやプライヴェートエクイティといった「非従来型」の投資家と競争しなければならなくなっている。

こうした非従来型の投資家は、かつては投機性の高いテック系スタートアップには手を出そうとしなかった。ところが、いまでは夢中になっている。ニューヨークのヘッジファンドのTiger Globalは、21年に最もスタートアップに投資した企業のひとつとなり、投資規模でも契約締結のスピードでもVCを上回った。

こうした競争によって、「関係者全員にとってプロセスが加速したのです」と、Founder Collectiveのローゼンブルームは言う。「仮に非常に有望な創業者に出会ったとして、すでにタームシート(契約合意に向けた条件規定書)がすでに2枚作成されていて、金曜に決めなければならないとしましょう。その話に乗るか乗らないか、どちらかしか選択肢はありませんよね」

かつてVCは、スタートアップを支援する前に数週間、数カ月、あるいは数年かけて創業者と関係を築くこともあった。21年にはそれが1週間、あるいはもっと短い期間まで短縮されることが珍しくない。その限られた時間で、創業者を知り、そのスタートアップの可能性を評価し、デューデリジェンスを完了させるべく努力することになる。

Forerunner Venturesのジェネラルパートナーのユーリー・キムは、このように短時間で交わされる契約を「授かり婚」にたとえる。「ほとんどの創業者は気づいていませんが、創業者と投資家の関係は結婚に似ています」と、キムは言う。「2022年にひどい二日酔いのような気分に陥る人が大勢いたとしても、わたしは驚きません。どんな契約を交わしたのか自分はわかっていなかったと、目が覚めたときに気づくのです」

資金調達の先にあるもの

急成長しているように見えるスタートアップに投資家が殺到するなか、一部の創業者はこの1年、たやすく資金を手に入れたかもしれない。一方でその他の創業者、特に女性や黒人など社会的に軽視されている集団に属する創業者は、依然として資金調達に苦労している可能性がある。

だが、多くの創業者が記録的な資金を調達したいま、頭角を現すのは誰なのだろうか。

「最近、とても共感できるコメントを読みました。2021年にはVCの資金が非常に簡単に手に入るものの、顧客や取引先に自分の事業に関心をもってもらうことがかつてないほど難しくなっている、という内容です」と、Forerunner Venturesの創業者でマネージングパートナーのカーステン・グリーンは言う。「資金を調達している創業者にとって、この市場は金鉱のように見えるかもしれません。しかし、差異化を図るための本当の仕事は、そのあとで始まるのです」

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TEXT BY ARIELLE PARDES