気候変動対策という点で、2021年は大きな「機会損失」の年だった

コロナ禍が2年目となった2021年。経済活動が本格的に再開されたことで二酸化炭素(CO2)の排出は元通りになったが、米国では大型インフラ投資法案が成立して約1,540億ドル(約17.6兆円)が気候変動対策に割り当てられるなど、重要な動きも少なくない。
global warming
ACILO/GETTY IMAGES

コロナ禍の経済活動の中断により、“よりよい世界”の姿をほんの少しだけ見通すことができた。しかし、その見通しにもあっけなく霞が──より正確には“スモッグ”がかかり始めている。

2020年初頭に都市がロックダウンし、産業が止まり、在宅勤務をする人が増え、人の移動がほとんどなくなった。世界の二酸化炭素(CO2)の排出量は6.4%減と大幅に低下し、米国に限れば13%減にもなった。そして、大気の質は大幅に改善したのである。

この時期、確かに人々の生活は一変したが、その変化は一時的なものにとどまってしまっている。科学者たちは、コロナ禍による損失を取り戻すために経済活動はかつてないほど力強く再開され、CO2排出量の低下は一時的なものにとどまるだろうと警告していた。実際、2021年が終わろうとしている現時点までに、CO2排出量はコロナ禍以前の水準に戻ってしまっている。

「わたしたちが目撃したものは多かれ少なかれ、望ましい排出量の減少の軌道に乗った1年でした。」と、ニューカレッジ・オヴ・フロリダの環境経済学者マーク・ポールは言う。「しかし、それだけでなく、数千万人が職を失い、大変な痛みを味わったのです」

浮上した「市民気候部隊」構想

気候変動に対してはさまざまな対策が考えられるが、コロナ禍が強制的に(そして一時的に)状況をよくしてくれることに頼るというのは、「いい対策」にはほど遠い。実際のところ2021年は、文明として内省する年であるべきだった。しかし実際には、コロナ禍の前の状態にほぼ戻ってしまっている。

「人々はまだ、内燃機関のエンジンを搭載したクルマを運転しています。人々はまだ、石炭などの化石燃料をエネルギー源とする電灯をつけています。根本的には何も変わっていないと、わたしは考えています」と、環境経済学者のポールは言う。「一時的に状況がよくなっただけであり、むしろそこからのリバウンドの大きさのほうが目につくほどだっだと思います」

しかし、コロナ禍のこの1年からは、変化の志さえあればより長期的な変化にいかに立ち向かっていけるのか、そのはっきりとしたヒントのようなものが見えてきている。

そのひとつとして、まさに雇用が挙げられる。米国議会と連邦政府は、「市民気候部隊」を結成する構想を検討している。これは大恐慌の際に300万人もの労働者の働き口となった「市民保全部隊」をヒントに考え出されたものだ。

この構想が実現すれば、米国人を動員して都市部で植林することで都市のヒートアイランド現象を防いだり、壊滅的な山火事や洪水などの気候変動による災害に対して国土を強靭化するプロジェクトに就かせたりできるだろう。そして今後の温暖化に備えて米国を変えていくという大きな取り組みのもとで、政府は人々に収入を提供し、まだ混乱が続く経済を刺激できる。

足りない予算

しかし、コロナ禍になってから2年近く経ったいまも、市民気候部隊は実現していない。確かに議会で審議が停滞しているバイデン大統領の社会保障関連財政支出法案では、5,550億ドル(約64兆円)が気候変動対策に割り当てられている。そのうち300億ドル(約3.4兆円)が、市民気候部隊に30万人を雇用するための予算となる。

だが、この額はまったく足りていないと、環境経済学者のポールは言う。ポールの考えでは、このプログラムの実施期間全体を通して900万人ほどを雇用すべきであり、ポールの試算では数千億ドルが必要になるというのだ。


環境問題について詳しく知りたい? 会員限定のコンテンツも公開中!

この環境危機に人類が適応していくためには、サステナブルなライフスタイルからサーキュラーエコノミーまで、あらゆる次元で優れたハックが必要だ。はたして人類は、人間中心主義のあり方を脱することができるのか。人類が真の生命中心主義を実現する道筋を提示する。


もちろん、気候変動に懸念を抱く市民が、気候変動対策を手がけるいくつもの非営利団体でヴォランティアをするということも可能だろう。しかし、この問題はスケールが大きいので、政府にしか実現できないスケールでの解決策が必要とされている。

「政府は軍隊に入るという選択肢を設けることで、人々が自国のために仕事をする機会を用意しています」と、ポールは言う。「しかし、国際紛争よりも、自分たちや今後の世代に対して人類が安全に暮らす上で適した地球を残していく活動に関心を抱いている人にとっては、政府から『残念だがきみたちに用意している機会はない』と言われているのも同然なのです」

動き出したインフラ投資

米国では今年、再生可能エネルギーの普及に向けて少なくともひとつ進展があった。11月に議会をやっと通過した1兆2,000億ドル(約138兆円)規模の大型インフラ投資法案では、約1,540億ドル(約17.6兆円)が気候変動対策の予算に割り当てられている。

その用途には、老朽化が進み機能不全に陥っている米国の送電網の刷新、75億ドル(約8,600億円)を投じる電気自動車(EV)の充電ステーションの広範なネットワークの構築、安全な飲み水へのアクセスの拡充、そして先進的な原子炉などのクリーンなエネルギー技術を開発する研究ハブへの資金投資である。

こうした財政支出は、経済および公衆衛生への投資のようなものだと捉えてほしい。「実際のところ再生可能エネルギーは、化石燃料と比べてさらに多くの雇用を生み出す可能性があるという論文も出ています」と、パシフィック・ノースウェスト国立研究所で気候変動を研究する上級科学者のシャ・ユーは言う。

ある国際的な科学者のチームによると、2050年までにグリーンエネルギーの分野での雇用は5倍になるとされている。「そしてもちろん、さまざまな地域で空気の質が向上するというメリットもあります」と、ユーは続ける。「だから、これは費用対効果が見込める、やろうと思えばいつでもできるはずの対策であり、同時にそれに加えて社会全体にさらなるメリットをもたらすものなのです」

長い道のりの第一歩

しかし、これはほとんど始まってすらいない、とても長い道のりの第一歩にすぎない。バイデン大統領は2050年までに、CO2排出量を差し引きゼロにすることを目標に掲げている。つまり、温室効果ガスの排出を削減すると同時に、大気からの回収も実施するということだ。

この目標を米国が実現するには、毎年前年比で排出量を8%減らさなければならない。だが2021年の現時点でも、米国のどこかで電灯をつければ、まだ80%の確率でそのエネルギーは化石燃料から来ている。それに米国ではクルマの平均寿命が16年間であることから、CO2を垂れ流すクルマが今後何年にもわたって道路を走り続けることになる。

「実際、道路の整備に多額の投資がされることで、わたしたちのクルマ依存文化は続いていくことになります。これは、よりサステイナブルな交通経済への転換にとって大きな足かせとなるでしょう」と、環境経済学者のポールはインフラ整備財政支出法案に関して語る。この法案では道路、橋、および高速道路の修繕費用として、1,000億ドル(約11.5兆円)を超える額が割り当てられている。

米国にとってハードルになっている事情のひとつに、全米の送電網(正確には東部の送電網、西部の送電網、そしてテキサスの送電網の合計3つの送電網)の改修が済むまで、完全には再生可能エネルギーに転換できないことが挙げられる。

主な課題とは、再生可能エネルギーの供給の不安定性だ。南西部のソーラーパネルに常に太陽が降り注ぐとは限らず、中西部のタービンに常に風が吹くとも限らない。送電網を統合し、米国全体でエネルギーを共有することで、必要とされる地域にエネルギーを届けられれば理想だろう。

しかし、これはまだ可能になっていない。それに次ぐ問題として、EVがどんどん増えても、その充電による電力需要の高まりに対応できる送電網システムになっていないことが挙げられる。

「米国の送電網は、いままさに近代化しなければならない状況です」と、ポールは言う。政府は今後何年にもわたって、毎年数百億ドルを送電網に投資し続けなければならないとポールは言うが、インフラ整備財政支出法案では650億ドル(約7.5兆円)が1回割り当てられているだけだ。「つまり、まさにスズメの涙にしかならないのです」

すぐにできる対策

新時代に見合った、再生可能エネルギーに対応できる送電網をつくるには、構造を大きく変えていく必要がある。それには時間が必要だが、すぐにできる対策もある。

「温室効果ガスの排出量をすぐに減らせる対策もあります。例えば、石油・天然ガス業界におけるメタンガスの漏洩対策などがそうです」と、気候変動対策を支援する非営利団体「Project Drawdown」のエグゼクティヴディレクターのジョナサン・フォーリーは言う。「現場に行って漏洩箇所をふさぐだけで済みます。インフラ整備なんて必要ありません。お金と工具さえあればできるのです」

メタンは二酸化炭素の80倍の温室効果がある温室効果ガスだが、二酸化炭素より格段に素早く大気中から消える。このため大気への放出が止まれば、気候にもすぐに効果が現れる。

森林の喪失を止めることも、もうひとつの手早い対策になるとフォーリーは言う。枯れゆく森からは、木が朽ちることで温室効果ガスが排出されてしまう。それに対して健全な森は、CO2を吸収して炭素として樹木や土壌に固定してくれる。

しかし、土地に種をまいて終わり、というほど簡単な話ではない。生態系全体を、以前の豊かな生物多様性を回復できるまでにしていかなければならない。そうしたほうが、1種類の樹木を植樹するより、気候変動に対する抵抗力が格段に上がるからだ。

エネルギーの柔軟な使い方も可能に?

また、もうひとつ見落としがちな気候変動対策として、人々に電気の使用についてより意識的になってもらうことが挙げられるかもしれない。

コロナ禍によって人々は多くの痛みを経験したが、とりわけ幸運にも在宅勤務が可能だった人々にとっては、よりエネルギー効率の高い暮らしのあり方が垣間見られる機会となったことも事実だろう。

米国では通常、人々が帰宅して料理や家電製品の使用を始めるタイミングでエネルギー需要が高まる。これは太陽光発電の発電量が減少する日没とほぼ同じタイミングだ。このように、供給が不安定な再生可能エネルギーを必要なときに使えるようにする大規模なエネルギー貯蔵方法がないことから、発電所はこの需要の高まりに応えようと化石燃料を燃やして出力を上げるほかない。

だが今後は、柔軟な働き方が可能になることで、エネルギーの柔軟な使い方も可能になるかもしれない。EVの充電や洗濯機の使用を、帰宅時ではなく日中にできる人が増えるかもしれないのだ。

日中ならエネルギー需要は低いし、太陽もさんさんと輝いている。「正午ごろに太陽光が強まるので、より多くの電気を生み出せます」と、カリフォルニア大学サンディエゴ校の再生可能エネルギー・高等数学研究室を率いるパトリシア・イダルゴ=ゴンザレスは言う。「つまり、わたしたちの電気の需要のタイミングをできる限り再生可能エネルギーの供給の増減に合わせられれば、最も低コストでさらに太陽光発電を取り入れられる最高の方法となるのです」

それでも個人による暮らしの見直しだけでは、効果を生むにはほど遠いと、フォーリーは指摘する。それに、企業がシャッターを閉めて移動も制限される世界に、戻りたい人などいない。「全員を自宅にとどまらせ、一部の人を解雇し、経済活動の多くを止めるというのは、おそらく脱炭素社会をつくる望ましい方法ではないでしょうね」と、フォーリーは言う。

消費者を動かすインセンティヴの重要性

送電網の改修や排出量の規制をはじめとする体系的な変革など、最も大規模な部類の対策は、政府が全面的に主導する必要がある。しかしほかにも政府が消費者と手を組み、よりよい選択を促進するために資金を投じることによって、さらに効果が高まる対策もあると、フォーリーは指摘する。

「どうすればとても効率よくお金が使えるか、政府はわかっていません」と、フォーリーは言う。「多額の資金を投じても、あとになってがっかりすることもしばしばあります。このため大きく注目される大規模かつ壮大なイニシアチヴよりも、小規模なイニシアチヴのほうがよりいいのではないかと思っています」

例えば政府には、マイホーム所有者に対して、よりグリーンな技術を取り入れるようインセンティヴを用意する力がある。過去には太陽光パネルの購入を加速させようと、還付金や税の控除などが用意されたこともあった。

「政府が太陽光発電のコストを下げたわけではありません。太陽光発電のコストを下げてくれたのは中国のメーカーなのです」と、フォーリーは言う。「それでも政府は、コストの加速度的な低下に対してさらに資金を投じ、その低下を後押ししました」

そしていま、同じような税の控除などのインセンティヴによって、ヒートポンプなどの機器の普及を後押しできる可能性があるとフォーリーは考えている。ヒートポンプは住宅に熱を取り込んだり住宅から熱を逃がしたりするもので、熱を生み出すわけではない。またヒートポンプはボイラーとは異なり、燃料を燃やさない。このためクリーンなエネルギーを動力源にでき、さらに効率も高いので、マイホーム所有者にとっては毎年何百ドルもの節約になる。

極端な話、ビリオネアたちが自分たちも原因の一端となっている気候の危機と戦いたいと本当に考えているのであれば、確かに格好のいいものではないが、ヒートポンプを武器に戦うはずだ。「ジェフ・ベゾスが100億ドル分のヒートポンプを購入して、アマゾンがそれを配送し、各地域の下請け業者を使って各家庭に取り付けてくれればいいのにと思います」と、フォーリーは言う。

「そうすれば、何であれベゾスによる取り組みよりはるかに大きな効果があるでしょうし、古い技術から新たな技術への転換の潮目となり、そのインパクトは永続的なものになるでしょう。新たな技術が突如として、よりよく、より安く、より格好のいい選択肢となるのですから」

よりよい世界の具体的なヴィジョンに向けて

このように2021年は、気候変動対策という面においては進展のまったくない年ではなかったのかもしれない。

インフラ関連財政支出法案と社会保障関連財政支出法案で割り当てられる資金は、送電網の改修には不十分であるかもしれないが、米国を再生可能エネルギーの方向へと誘導する一助にはなりうる。市民気候部隊の隊員は、コロナ禍で冷え込んだ経済を刺激できるタイミングは逸しているにしても、気候変動に対する国土の強靭化に各地で貢献してくれるだろう(議会を通過すればの話だが)。

そしてコロナ禍の生活に適応するために、在宅勤務を増やしたり、通勤を減らしたり、ちょうど毎晩午後6時に送電網に一斉に負担がかかるような電気の使い方をしなくなったりと、人々は暮らしを変えてきた。こうした新たな習慣は、世界が完全に元通りになったとしても、続けていく価値があるのではないか。

そうなれば、「よりよい世界をほんの少しだけ見通せた」といった話ではなく、よりよい世界の具体的なヴィジョンが見え始めたことになるかもしれない。

※『WIRED』による気候変動の関連記事はこちら


RELATED ARTICLES

限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「メンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、1週間の無料トライアルを実施中!詳細はこちら


TEXT BY MATT SIMON