月面探査の脅威となるレゴリスが新たな産業を生んだ:SZ MEMBERSHIPで最も読まれた5記事(2021年12月)

『WIRED』日本版の会員サーヴィス「SZ MEMBERSHIP」では2021年12月、「SPACE」「ENVIRONMENT」「THE WORLD IN 2022(WW2022)」をテーマとした記事を掲載した。そのなかから月面を覆う粉塵レゴリスの脅威や、メタンガスだけにとどまらない畜牛による環境問題など、最も読まれた5本のストーリーを紹介する。
月面探査の脅威となるレゴリスが新たな産業を生んだ:SZ MEMBERSHIPで最も読まれた5記事(2021年12月)
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『WIRED』日本版の会員サーヴィス「SZメンバーシップ」では、“特区(スペキュラティヴ・ゾーン=SZ)”の名のもとにスペキュラティヴ(思索/試作的)な実験を促すテーマが毎週設定され、次の10年を見通すインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編)をお届けしている。


月で人類を待ち受ける脅威

アルテミス計画で再び月面に立つことを目指す人類に、レゴリスという粉塵の脅威が立ちはだかっている。レゴリスとは岩石の表面にみられる堆積層の総称で、惑星科学では一般的に流星物質の衝突によって砕け散った細粒物を指して使われる。月面を覆うレゴリスは、隕石の熱で表土のケイ素がガラスと化し、それらが粉砕することで生成されたものであると考えられている。つまり、月の表面には極めて微細で鋭利なガラス片が散らばっているのだ。このガラスの粉塵が精密機器や宇宙服の損傷を招き、最悪の場合は宇宙飛行士の呼吸器系に深刻な害を及ぼす可能性が危惧されている。

アポロ17号の船長として最後に月を離れた宇宙飛行士ジーン・サーナンは、月面活動を阻害する最大の要因はレゴリスであると、地球帰還後の技術報告会で語っている。このレゴリスがサーナンの宇宙服に穴を開けたほか、宇宙服のラジエーターを詰まらせた事実も報告されている。当時、月面車で7時間の活動に従事した際のサーナンは、まるで粉塵にまみれた宇宙の炭鉱夫のようだったという。また、同じくアポロ17号で月着陸船の操縦士を務めたハリソン・シュミットが、レゴリスによって花粉症を患ったとの報告もある。

米航空宇宙局(NASA)や民間宇宙企業は、次に人類が月へ旅立つまでにレゴリスの脅威を克服できるよう、摩耗に強い宇宙服をつくるための先端素材の研究や、静電気や超音波を使った粉塵除去装置の開発に注力している。そうした研究開発に欠かせないのが、地球上の鉱物から月のレゴリスを再現した模擬物質だ。さらに、レゴリスを含んだ月の氷は月面基地の建築材となるルナ・コンクリートの素材や、ロケット燃料の製造に使う水と酸素の供給源としても重宝される。こうした背景から、いまや「模擬レゴリス」はひとつの産業へと発展している。


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人類は牛を増やしすぎた?

「ENVIRONMENT」のテーマでは、畜牛が抱える環境問題の複雑さをひも解いたレポートが注目された。牛肉と牛乳を生産するために地球上では10億頭もの牛が飼育されており、それらが飼料を反芻する際に体内で起きる化学反応によって、日々膨大な量のメタンガスが生み出されている。メタンには二酸化炭素の80倍の温室効果があることから、牛の畜産は地球温暖化を加速させる深刻な一因と考えられている。世界の食料生産は温室効果ガスの総排出量の35%を占めており、そのうち4分の1は牛肉の生産によるものだという。

反芻動物は4つの胃を有しており、牛の場合は第1胃のルーメン、第2胃のレティキュラム、第3胃のオマズム、第4胃のアボマズムに分別される。このうち胃液が分泌されるのはアボマズムのみで、口腔に近いほかの部位は食道が変化した消化器系であると考えられている。

ルーメンとレティキュラムからなる反芻胃には、セルロースを化学分解できる細菌や繊毛虫が常在しており、植物繊維の発酵槽として機能する。これら共生微生物による代謝過程で生成された低分子有機物のうち、融点が極めて低いメタンは体内で利用されることなく外へ放出されてしまう。これが牛のげっぷの正体だ。

近年、反芻動物の消化吸収によるメタン生成を抑制できる飼料添加物の研究開発が進められている。これまでの研究で、有機化合物の3-ニトロオキシプロパノール(3-NOP)を餌に混ぜることで最大50%、海藻を混ぜることで最大82%もメタンの放出を削減できたという。

しかし、畜牛は食肉処理が施されるまでの数カ月を除いて生涯の大半を牧草地で過ごすことから、飼料添加物によって削減できるメタンの総量には限りがある。また、10億頭にのぼる世界中の畜牛に飼料添加物を供給することは、物流の観点から決して容易ではないだろう。

仮に畜牛のげっぷからメタンを取り除けたとしても、牛の畜産を目的とした森林伐採のような別の問題がより深刻化するかもしれない。畜牛を巡る環境問題は、ひと筋縄ではいかないのだ。

毎週金曜に注目のトピックスをセレクトしてお届けするWeekly Dispatchからは、半導体不足で品薄となった家庭用ゲーム機を高値で売りさばく転売屋の舞台裏に迫った記事が反響を呼んだ。ここからは、12月に「SZ MEMBERSHIP」向けに公開された記事を中心に、最も読まれた5本を紹介する。


01

PS5が品薄の裏で暗躍する「転売屋」たち、その知られざる舞台裏

家庭用ゲーム機が入手困難な状況が続いている。半導体不足も一因だが、大きな影響を及ぼしているのが「転売屋」と呼ばれる人々の存在だ。品薄な人気商品を誰よりも早く購入し、高値で売りさばく転売屋の世界に潜入した。>>記事全文を読む


02

月面を覆うレゴリスが、宇宙飛行士による月面活動の最大の脅威となる

宇宙飛行士を再び月面に送り込むアルテミス計画が、新たな問題に直面している。それは、レゴリスと呼ばれる粉末状の月の石だ。NASAは月面着陸を見据えたさまざまなシミュレーションを試している。>>記事全文を読む


03

この原子時計が深宇宙の探査に革命をもたらす:NASAの「深宇宙原子時計プロジェクト」

宇宙に飛び立ったトースター大の原子時計が、ミッション中の時間のズレを23日間で10億分の4秒未満に抑えることに成功した。人類が深宇宙へ進出するには、宇宙船に原子時計を載せたリアルタイムのナヴィゲーションが求められる。>>記事全文を読む


04

10億頭の牛によるメタンガスを削減しても、食肉と乳製品の環境問題は終わらない

地球上で10億頭の牛が吐き出すメタンガスが地球温暖化の大きな原因になっていることは広く知られているが、牛の畜産が環境に与える影響はメタンガスを出さなければいいというほど単純な話ではない。>>記事全文を読む


05

陸上で育つアトランティックサーモン:完璧なる養殖魚を求めて(前編)

食糧問題に直面する人類にとって、低コストで栄養価が高い魚食は有望な選択肢だ。その供給源として注目される魚の陸上養殖は、輸送コストや温室効果ガスの排出量を削減できる一方で、工場畜産による惨事と同じ轍を踏む恐れもある。>>記事全文を読む


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TEXT BY RITSUKO KAWAI