あらゆる電子機器が入手困難になった2021年、誰もが「半導体」の重要性を再認識させられた

コロナ禍において世界経済はさまざまな分野で大きな影響を受けたが、そのひとつが半導体業界だろう。深刻化した半導体不足は、いまや自動車から家電、PC、ゲーム機まで、さまざまな商品の供給停滞を招いている。2021年は半導体の重要性を誰もが再認識させられた年として、歴史に刻まれることになるだろう。
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SVEN HOPPE/PICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES

2021年に最も重要だったテクノロジーは、マーク・ザッカーバーグのメタヴァースでも、ジャック・ドーシーのブロックチェーンでも、イーロン・マスクの……ダンスをするロボットでもない。

むしろ、何十年にもわたってハイテク産業の進歩を加速させてきたものだろう。機械による情報の操作と処理を担う部品であり、その処理速度と効率性は毎年向上していく──。そう、半導体チップである。

この10年はウェブやソーシャルメディア、そしてアプリが注目されるようになったことで、半導体は影が薄くなったかもしれない。いまでは「シリコンヴァレー」と言えば、おそらくインテルの最新チップよりも日常生活に欠かせない「Google 検索」やアマゾンのeコマース帝国、そしてFOMO(Fear Of Missing Out:見逃すことへの恐怖)をあおるFacebookのフィードが思い浮かぶことだろう。

だが、この1年は、半導体チップの重要性が過去に例がないほど高まっていることを示す多くの証拠が示された。

新しいタイプの顧客からのチップ需要の高まりに加えて、パンデミックと地政学的な緊張が重なった2021年には、シンプルなプロセッサーと高度なプロセッサーの両方の供給が異常に圧迫された。このためクルマからゲーム機まで、あらゆるものが不足することになったのである。


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深刻な半導体不足が止まらない。スマートフォンやPCの心臓部である高性能なチップのみならず、自動車や家電製品、ネットワーク機器などに用いられるICやセンサーまで、部品不足の影響は拡大する一方だ。こうした悪循環の背景には、実はさまざまな要因が絡んでいる。

いまや最先端チップの生産の支配を巡り、世界のふたつの超大国間の競争と対立が形成されている。そして多くの政府が、自国の生産能力を強化すべく巨額の資金を投入しようとしている。

カスタムチップの設計は、人工知能(AI)や自律走行車、5G通信などの新興分野において急速にその重要性を増している。汎用チップではなく、こうした特化型のアーキテクチャーがイノヴェイションの行方を左右することになるわけだ。

「半導体チップはあらゆるところで必要になります」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授で先端マイクロエレクトロニクスを担当するヘスス・デル・アラモは言う。「半導体チップはあらゆるものの中心であり、多くの重要な場で多くの必要不可欠な役割を果たし、社会に信じられないほどの利益をもたらしているのです」

またデル・アラモは、いまやチップはキッチン家電や産業機械、さらには電球のようなありふれたものまでさまざまな製品に搭載され、接続され、プログラム可能なものにしているとも指摘する。

明らかになった重要性

こうして今回のパンデミックによって、チップがどれだけ経済に欠かせない存在になっているのか、すぐに明らかになった。

ところが、自動車メーカーが景気の減速を見越して2020年初頭に工場を閉鎖したとき、エンジンや安全システム、インフォテインメント用ディスプレイに必要とされる低コストなチップの注文をキャンセルしていた。いまでは最もシンプルなガソリン車でさえ100を超えるチップを搭載しているが、最新の電気自動車(EV)では1,000を超えることもある。このため自動車販売が予想外に回復すると、メーカーはチップ不足で生産停止に追い込まれ、多くの国の景気回復に水を差すことになったのである。

産業用ロボットから医療機器まで、あらゆるものが電子化されていることから、チップ不足は広範囲に及んだ。一方、半導体工場の新設には莫大な設備投資が必要になるだけでなく、業界の周期性も影響したことで、半導体不足の状態は長引いている。

「チップを単なる部品表のアイテムのひとつと考えていた企業は、いまでは半導体の重要性に気づいています」と、調査会社ガートナーのヴァイスプレジデントで電子機器関連の調査を担当しているガウラフ・グプタは言う。「いまでは誰もが半導体の調達に焦点を当てて戦略を立てる必要があるのです」

米中間の政治的な緊張も要因に

チップ不足は、米中間の緊張によってさらに悪化している。米国はトランプ政権時代、中国政府との密接な関係がある中国企業や、新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する人権侵害を後押ししたとされる中国企業に対し、最新のスマートフォンやクラウドサーヴァーを動かす最先端のコンピューターチップの販売を禁止したのだ。

こうした経済封鎖をバイデン政権は継承している。この動きは、経済・軍事競争における重要性がますます高まっているAIや5G通信、ロボット工学などの分野の進歩には最先端のチップが欠かせない、という認識を反映したものだ。

そして中国には最先端のチップを自国で製造する能力がないことから、かつてスマートフォン販売で世界をリードしていたファーウェイ(華為技術)などの大手ハイテク企業では、事業の一部が機能不全に陥っている。また、一部の中国企業は米国による販売禁止措置を見越してチップを備蓄しており、供給可能量を拡大したと報じられている。

高度なチップの生産が重視されるようになり、これまであまり知られていなかった企業が地政学的な問題に巻き込まれている。例えばオランダのASMLは、半導体チップに極小の回路をエッチングするために必要な1億5,000万ドル(約173億円)程度の極端紫外線リソグラフィ装置を製造する世界唯一のメーカーだ。米国はASMLによる中国への輸出も禁止しており、中国国内のチップ産業を実質的に妨害している。

相次ぐ国家レヴェルの支援計画

だが、米国政府の半導体政策は米国の弱点も反映したものだ。原子レヴェルの機能を備えた最速かつ最も効率的なチップを製造するには、この数十年で信じられないほど複雑でコストがかかるようになってしまったのである。

現時点で最先端の部品を製造できる企業は、世界でたった3社しかない。台湾の台湾積体電路製造(TSMC)、韓国のサムスン、そして米国のインテルだ。ところが、米国半導体工業会(SIA)によると、インテルはTSMCとサムスンに後れをとっており、世界の半導体生産における米国のシェアは、1990年の37%から今年は推定12%にまで落ち込んでいるという。

こうしたなか米国の上院は、米国の半導体産業の再生を目的とした520億ドルの法案を6月に承認し、下院の可決待ちとなっている。SIA会長のジョン・ノイファーは、この資金があれば米国は再び優位性を取り戻し、自動車産業向けのそれほど高度ではないチップの安定供給も実現できるだろうと語る。この現状において「無策という選択肢はない」と、ノイファーは断言する。

その他の国々も、半導体産業を支援すべく同様の投資に踏み切る可能性が高い。

韓国は半導体生産体制の刷新と拡大を図るべく、今後3年間で550億ドル(約6.3兆円))以上を投資する方針を明らかにしている。欧州連合(EU)諸国は250億〜350億ドル(約2.8兆〜4兆円)の投資を計画しており、2030年までに世界の半導体生産の20%の獲得を目指し、税制やその他の優遇措置を導入する予定だ。中国政府は半導体生産の自給自足を目指し、今後10年間で1,500億ドル(約17兆円)を投じると表明している。

高まるカスタムチップの重要性

調査会社Tirias Researchで半導体業界を担当しているアナリストのケヴィン・クレウェルは、この資金の全額が最先端のチップの生産能力に投資されるわけではなく、半導体不足は2023年から24年まで続く可能性があると指摘する。「半導体の需要は衰える気配がありません。自動車には搭載される電子機器がさらに増えてスマート化が進み、消費者向け機器は高度化して数が増え続けているからです」

米国で最先端の半導体の生産が極めて重要である理由のひとつは、最近になって半導体生産の進歩が鈍化し始め、カスタムチップの重要性が増していることだろう。インテルの創業者のひとりであるゴードン・ムーアが最初に示したように、チップに搭載されるトランジスターの数が約18カ月ごとに倍増している状態が何十年にもわたって続いていたが、いまではそのようなことは起きていない。

こうしたなか、カスタムチップはチップの性能を加速させる手段となる。例えばアップルは、スマートフォン、タブレット端末、ノートPC用のチップを自社設計しており、これは自社製品の性能をより自由にコントロールできるようにする戦略の一環だ。

かつて半導体業界ではインテルやAMDのような大手メーカーだけがチップを設計・製造していたことを考えると、驚くべき転換である。そしていまでは、自社開発を含む特殊なチップの設計を、AIなどの分野で優位に立つための方策と考える企業が増えているのだ。

多くのコンピューターの心臓部であるCPU(中央演算処理装置)は、あらゆる論理演算を実行できるよう柔軟に設計されている。これに対してAIのアルゴリズムはより特殊なチップ、主にヴィデオゲーム用に開発されたGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)に頼ることが多くなっている。こうした処理に必要な数学的な計算の実行に適しているからだ。

半導体の設計にもAIの進歩が影響

AIの重要性が高まり、アルゴリズムの規模が拡大し、それらを実行するコストが高まるにつれ、多くの企業が設計をカスタマイズした半導体の利用を模索している。例えば、世界最大のクラウドコンピューティングサーヴィスを提供するアマゾン ウェブ サービス(AWS)は、機械学習によるAIモデルのトレーニングに特化したチップ「AWS Trainium」や機械学習の推論を支援する「AWS Inferentia」など、AIに特化した複数のチップを開発してきた。

「一般的にGPUは、大量の作業負荷を処理し、解決することを目的としています」と、AWSのヴァイスプレジデントで独自チップの開発も担当しているラジ・パイは説明する。「AWSのカスタムチップを使えば、顧客が実行しているモデルの種類を実際に確認した上で、チップや電力などすべてを最適化できるのです」

独自のチップを手がけているのはアマゾンだけではない。グーグルやフェイスブック(現在の社名はメタ・プラットフォームズ)、マイクロソフト、テスラなども、AIの処理能力を高めるべく独自のチップを設計するようになっている。

MIT教授で技術の変化について研究しているニール・トンプソンは、こうした傾向は「ムーアの法則の減速に対するごく自然な反応」であると指摘する。だが、技術の「サイロ化」が進むにつれ、やがてアルゴリズムのイノヴェイションが減少していく可能性もあると考えているという。

いまやAIはチップそのものを設計する目的でも使われており、他社がこの分野に参入しやすくなっている。AIに使うGPUの販売において世界で最も価値のある半導体メーカーとなったNVIDIAのチーフサイエンティストのビル・ダリーは、同社が半導体の設計にAIを用いることで、“人力”で設計したチップより高速または効率的なチップを設計しているのだと説明する。

AIはチップの設計をスピードアップし、新しい設計につながるのだとダリーは言う。「AIはチップ設計のプロセスに極めて重要な影響を与えるはずです」

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TEXT BY WILL KNIGHT