動き出した宇宙太陽光発電プロジェクト。空からクリーンエネルギーをもたらす欧州の野望は実現するか

宇宙空間に太陽光パネルを設置して発電し、地球にクリーンエネルギーを送り届けるプロジェクトの実現に向けて欧州宇宙機関(ESA)が動き始めた。実現すれば、欧州連合(EU)が掲げる「2050年までに炭素放出量を実質ゼロ」という目標達成の一端を担うことになるかもしれない。
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Photograph: NASA/JAXA/Hinode

太陽光パネルを砂漠や駐車場、運河に設置しても、さらには日当たりのいい湖に浮かべたとしても、ときおり雲がかかる。そして太陽は毎日、必ず沈む。ところが欧州宇宙機関(ESA)によると、それでも問題ない。宇宙に太陽光パネルを設置すればいいだけの話なのだ。

そこでESAがこのほど発表したのが、「Solaris」と呼ばれる実験プログラムである。このプログラムの狙いは、太陽光発電設備を宇宙の軌道に向けて打ち上げ、この設備を使用して発電した電力を地球に送ることが技術的・経済的に可能かどうか明らかにすることだ。

このコンセプトが実現すれば、Solarisは2030年代までに宇宙を拠点に太陽光発電を常に稼働させ、そこから地球へと電力を供給できるようになる見込みだ。最終的に供給量は欧州のエネルギー使用の10~15%を占める可能性があり、欧州連合(EU)が掲げる「2050年までに炭素放出量を実質ゼロにする」という目標達成の一端を担うことになるかもしれない。

「過去数十年間は気候変動を宇宙からただ監視していただけでした。しかし、気候変動を緩和するために、もっと宇宙にできることがあるのではないのでしょうか」と、この計画を率いるサンジェイ・ヴィジェンドランは問いかける。ヴィジェンドランは、ESAの火星プログラムでもリーダーを務めている。

ヴィジェンドランによると、Solarisプロジェクトの主な原動力とは継続的に供給できるクリーンエネルギーの必要性だという。化石燃料や原子力とは異なり、太陽光や風力は途切れてしまうことがある。日照時間が長い場所の太陽光発電所であっても、大半の時間は遊休状態だ。バッテリーの技術が向上するまでは、大量の再生可能エネルギーを蓄電することも難しい。

これに対して宇宙太陽光発電の設備は、99%以上の時間で稼働できる見込みだとヴィジェンドランは説明する(残りの約1%は、地球の位置が太陽と発電設備のちょうど間になって太陽光がさえぎられるときだ)。

高まる宇宙太陽光発電の競争力

現時点でのSolarisは「準備段階」とみなされている(ちなみに、SF作家のスタニスワフ・レムによる同名の小説とは無関係だ)。つまり、ESAはすでにパイロットスタディこそ完了しているが、本格的な開発の準備はまだできていない。ESAは今後、この技術を宇宙の軌道に乗せたときのデモンストレーションを設計し、30年には打ち上げ、30年代の中ごろには小規模な宇宙太陽光発電設備を開発し、以降は設備の規模を劇的に拡大していく必要がある。

ESAの研究者は差し当たり、例えば高度約22,000マイル(約35,400km)の静止軌道で、大規模な太陽光発電設備のモジュールをロボットで組み立てるために何が必要なのか調査することから始める予定だ。静止軌道にあると、設備は地球の自転にかかわらず、地上から見上げると常に同じ位置にあるように見える。

プロジェクトを進めるために、宇宙を拠点とする太陽光発電を採算がとれるかたちで実現できるのか、ESAのヴィジェンドランたちは25年までに判断しなければならない。このコンセプトについては米航空宇宙局(NASA)と米エネルギー省が1970年代と80年代に探究したものの、費用と技術的な課題が原因で見送られた。

それでも状況は当時から大きく変化している。主に再利用可能なロケットのおかげで、打ち上げ費用は下がっている。人工衛星は安価で大量生産できるようになった。太陽光を電力に変換する太陽光パネルのコストも安くなっている。こうしたことから、地上のエネルギー源に対する宇宙太陽光発電の競争力がさらに高まっているのだ。

技術のデモンストレーションもスタート

ただし、もうひとつハードルがある。発電した電力を、どうやって地上の送電網にもってくるのだろうか?

レーザー光線を使うのもひとつの手だが、光線は雲に阻まれるかもしれない。代わりにヴィジェンドランたちは、電力をマイクロ波に変換して送る方法がうまくいくのではないかと考えている。

マイクロ波はエネルギーをあまり失わずに大気中をスムーズに通過する。一方で、マイクロ波の光線は長距離になるほど大きくなる。地表からの高度が非常に高い宇宙空間に送信機を設置することから、極めて大規模な受信ステーションを地上に建設することになる。

大きさは1平方キロメートルを超える可能性が高く、その大きさから費用も高額になる。宇宙の軌道上の発電設備も巨大になり、すべて含めると数千トンになる恐れがある。これは国際宇宙ステーションよりはるかに大きい。「人類が軌道上に設置する最大の構造物になるでしょう」と、ヴィジェンドランは語る。

しかし、研究者たちはほかの設計も考えている。例えば中軌道(地表からの高度が2,000kmよりも高く36,000km以下)に、比較的小さな太陽光発電設備を3基以上展開できるかもしれない。

このように展開すると、静止軌道のように上空の定点で機能するわけではなく、複数の設備が交代で発電できる。ひとつの設備が地球を周回して伝送範囲外に出るたびに別の設備が伝送範囲に入り、地球に向けてエネルギーを送り続けるのだ。

こうすれば太陽光発電したエネルギーを地上の複数の場所で、ほぼ均一かつ予測可能なかたちで受け取れる。さらに、中軌道の発電設備は静止軌道よりも地球に近くなるので、受信機も比較的小さくて済むだろうと、カリフォルニア工科大学のセルジオ・ペレグリノは語る。

ペレグリノはSolarisを補完するプロジェクト「Space Solar Power Project」の共同ディレクターを務めている人物だ。ペレグリノらは技術のデモンストレーションとして、宇宙輸送を手掛けるMomentusが構築した人工衛星「Vigoride」を改造し、23年1月3日に打ち上げに成功している。

今回のデモンストレーションには3つの実験装置が搭載された。まず「ALBA」は32種類の太陽光パネルを搭載し、どれが宇宙で効果的であるかを試す。次に「MAPLE」は、マイクロ波による電力のワイヤレス伝送を実験する。そして「DOLCE」は、太陽光パネルと伝送装置を搭載するための軽量構造物の展開をテストする。

「(将来的には)これらをすべてひとまとめにして宇宙に打ち上げ、コンステレーションを形成します。すべての要素を統合することで、地球上での発電と基本的に同じくらいのコストで発電できると予測しています」と、ペレグリノは語る。この設計により、0.10ドル(約13円)/kWhで発電できると試算しているという。

カリフォルニア工科大学の実験装置「DOLCE」の取付作業をする研究者たち

Courtesy of Caltech

世界中で宇宙太陽光発電の取り組みが加速

宇宙太陽光発電で進歩を遂げているグループはほかにもあり、ロンドンに本拠地を置く「Space Energy Initiative(SEI)」もそのひとつだ。

SEIは英国政府、研究者、産業界のパートナーシップで、英国のコンサルティング会社のFrazer-Nashが21年にまとめた宇宙太陽光発電の研究推進を奨励するレポートを受けて活動を開始した。「わたしたちは産業界、特にエネルギー産業からの強い支持がなければ、英国政府がこのような野心的なコンセプトを遂行することは難しいだろうと悟りました」と、SEIの共同議長を務めるマーティン・ソルトーは語る。

ソルトーたちは「CASSIOPeiA」と呼ばれる衛星のコンセプトを開発している。集光装置が常に太陽の方向を向くように設計されており、円軌道より地球に近づく楕円軌道に適応できることが特色だ。

トルソーによると、このような構成で4基か5基の小型衛星を使用すれば、高度が高い大規模な複合設備より低価格で電力を供給できるという。さらにSEIは、英国政府以外からの資金援助を増やすべく取り組んでおり、サウジアラビアなどの国際的なパートナー候補国との話し合いを進めている。

ほかにも宇宙太陽光発電の開発を進めている組織がある。例えばノースロップ・グラマンと米国の空軍研究所は提携しており、軍事使用の可能性を研究している。また、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)も宇宙太陽光発電システムの研究開発を進めている。中国も同様で、新たな宇宙ステーション「天宮」を使用した実験を計画している。

核融合発電よりも実現に近い?

一方で、こうした大量の構造物を宇宙の軌道上に展開することは、多くの疑問や懸念を生じさせている。

イーロン・マスク率いるスペースXが衛星コンステレーションによるインターネット通信網を構築した「Starlink」プロジェクトのために大量に打ち上げた通信用衛星のように、天文学者は衛星が反射する光によって夜空の見え方が変わり始めていることに注目している。こうした光は天体写真に問題を引き起こし、地上からの星座の見え方を変えてしまう恐れがあるのだ。

これに対して宇宙太陽光発電の開発を進めるエンジニアたちは、太陽光パネルが太陽光を“吸収”するようになっていると指摘する。もし太陽光を反射することになれば、設計が不適切だったことの表れになるだろう。

マイクロ波光線の使用に関する懸念もある。一部の国では宇宙船に対する武器として、指向性エネルギーレーザーを研究している。宇宙太陽光発電に必要な弱い光線が人や物に損傷を与えることはないものの、ほかの衛星や電波望遠鏡との周波数干渉を起こさないように、発電設備には一定範囲の専用周波数が必要になる。宇宙の交通を管理して衝突を回避するために、独自の軌道位置も必要になるかもしれない。

それでも宇宙太陽光発電が成功し、数十年以内に太陽光パネルが軌道を周回して地上にギガワット規模のエネルギーを供給できるようになれば、大きなメリットを得られる可能性がある。ほかのクリーンエネルギーを補完する気候変動の解決策の一部になる可能性があるのだ。

宇宙太陽光発電は、核融合エネルギーの産業化よりはるかに実現に近い。関連技術が十分に成熟しており、理論段階から設備の構築とテストに移行できると、カリフォルニア工科大学のペレグリノは指摘する。「これは途方もないチャンスと将来性のある分野なのです」

WIRED US/Translation by Yumi Muramatsu/Edit by Daisuke Takimoto)

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