ストリーミング業界で相次ぐ「広告付きプラン」は、ユーザーや広告主を本当に幸せにするのか

動画のストリーミングサービスで広告付きのプランを標準化し、広告なしのプランに追加料金を設定する動きが加速している。広告の視聴を“強制”するサービスまで登場しているが、これは本当にわたしたちが求めている世界なのだろうか?
ストリーミング業界で相次ぐ「広告付きプラン」は、ユーザーや広告主を本当に幸せにするのか
ILLUSTRATION: ELENA LACEY; GETTY IMAGES

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気は進まない話ではあるが、個人的には広告の存在は避けられないものと考えて受け入れている。人は生きていくために稼がなければはならない。各種サービスもポッドキャストもモバイルゲームも、そしていま読まれているこのような記事も、お金を払いたくなければ何らかの広告は避けられないのだ。

広告を好む人はいない(まれに好む人もいる)にもかかわらず、大半の人はこの“悪魔の取引”を受け入れ、応じている。研究結果からは、高カロリーで低栄養の食品の広告に接する若年層ほど偏った食生活に陥る傾向が明らかになっている。広告がボディイメージにも悪影響をもたらすという研究結果もある。概して広告はみんなを不幸にする、というわけだ。

だからこそ、実に多くの人が広告を避けるために進んでお金を出す。だが、それも徐々に難しくなってきている。広告を表示させると料金が安くなる「広告付きプラン」を打ち出すストリーミングサービスが増えているのだ。

ユーザーが広告から逃れようとすればするほど、広告主は視聴者のスクリーンを広告で埋めてやろうと躍起になる。執拗に入り込んでくる広告は人を疲弊させる。いくらかの額を上乗せできなければ、大人も子どもも、ますます大量の広告に晒されるわけだ。

広告を見るか、追加料金を支払うか

土曜の夜は、いつも家族で映画を観ることにしている。ポップコーンを用意し、誰がソファのどこに座るかを話し合って決め、みんなでくつろいで映画の世界に浸るのだ。

英国では有料放送大手のスカイ(Sky)が運営するストリーミングサービス「NOW」が、人気作品をプレミア配信することが多い。ところが数カ月前から、月額5ポンド(約810円)を上乗せした「NOW Boost」プランに加入しない場合は、コンテンツ配信の前に広告が流れるようになったのだ(HD画質で観るためにも、このプランへの加入が必要になる)。

まるで脅されているような気分だった。NOWはわが家の映画鑑賞会を人質にとり、“身代金”を要求しているのだ。仕方なくいくらか上乗せしなければ、配信サービスで映画を楽しむひとときがぶち壊しにされてしまう。

その夜も、映画が始まる前に最初のCMが流れた。ハンバーガーチェーンのロゴが画面から消えないうちに、子どもたちは早くも「マクドナルドに行こう」と言い出してしまったのである。

米国などのユーザーも、この流れと無縁ではいられない。米国では動画配信サービス「HBO Max」が広告付きプランを月額10ドル(約1,380円)、広告なしのプランを追加5ドル(約700円の追加)で提供している。ワーナー・ブラザース・ディスカバリーはコスト削減の一環としてHBO Maxと「Discovery+」の統合を進めているが、Discovery+も広告を含む月5ドルのプランに加えて、広告なしの視聴には2ドル(約270円)を追加しなければならない。

Huluはすでに広告なしの視聴に追加料金を課すプランがある(広告付きが7ドル、なしが13ドル。それぞれ約960円と約1,800円)。「Disney+」とNetflixは、早ければ年内にも広告付きプランの導入を始める見通しだ。今後、他社も続くことは確実だろう。

わが家では下の子がディズニー映画好き、上の子はNetflixのドラマ「ストレンジャー・シングス」にハマっているのだが、何か手を打たなければならないだろう。どれかを解約でもしない限り、子どもたちを広告から守ることは不可能だ。人々の動画配信サービス離れにはたくさんの理由があり、広告の導入は新たに加わった一因にすぎない。

広告が入り込んでくるものは、テレビに限らない。子どもたちがコンピューターやスマートフォンのコンテンツを観ているとき、画面の中の相手がユーチューバーであることも多い。そこでわが家では広告表示のない「YouTube Premium」に加入し、月17ポンド(日本では通常プランが1,180円、ファミリープランが1,780円)を払っている。

一方で音楽を聴くのは基本的にYouTubeではなく、長期で加入している「Spotify Premium」だ。こちらも主に広告を非表示にしたいという理由で、月額17ポンドのファミリー向けプラン(日本ではスタンダードが980円、ファミリーが1,580円)を利用している。

グーグルは欧州の一部を対象に、月7ユーロ(約970円)でYouTube視聴時の広告を非表示にする「Premium Lite」を試験的に導入している。もし英国で導入されれば、こちらのプランに乗り換えることだろう。

子どもたちがモバイルゲームでポイントを獲得すべく、広告が流れる間じっと待っている様子を数カ月ほど見ていた結果、「Apple Arcade」と「Google Play Pass」といったサブスクリプションサービスへの加入を決めた。いずれも広告なし、アプリ内課金なしで子どもが安心して遊べる空間だが、ここでもさらに月額5ポンドずつかかる(日本ではいずれも月額600円)。

それでもまだ、広告を流すことを基本に構築されたゲームが存在し、子どもたちは有無を言わさず見せられてしまう。娘はよく広告が再生されている間はスマートフォンを脇に置いて、別のことをしているのが救いだ。しかし、広告主としては費用を投じて流した広告を誰も見ていないようでは、期待外れに違いない。

広告の視聴を“強制”するサービスも登場

恐るべき策を掲げているのが、映画館への“通い放題”サービスを提供してきたムービーパス[編註:19年に経営破綻]が再始動にあたって立ち上げた「MoviePass 2.0」だ。このサービスには、アプリ内で広告が再生される際に、スマートフォンの画面から目をそらすと広告が一時停止する機能がある。

共同創業者のステイシー・スパイクスが「Motherboard」の取材に語ったところによると、ムービーパスの新サービスではスマートフォンのカメラを使い、再生される広告をユーザーが実際に観ているかどうかを追跡し、広告を観ることで映画の鑑賞に使えるポイントを獲得できる仕組みだという。映画『時計じかけのオレンジ』で主人公を洗脳するために椅子に縛りつけて映像を強制的に見せる場面があるが、あれを想起せずにはいられない。

これは狂気の沙汰ではないか。広告を表示しないためのお金を出せない人に強制的に広告を見せてうれしいブランドなど、どこにあるだろうか。広告としての効果が低いなら、なおさらだろう。費用便益分析ができていないことには、驚きを禁じ得ない。

新聞や雑誌が誕生してから紙面には常に広告が存在してきたが、それを読むことを強制させられたことはない。ウェブ上でも大半の人は、自分でフィルターをかけて取り除くなどして対処してきた。テレビなら、CMが流れている間はお茶を入れたりトイレに行ったりする休憩時間として扱うことが、子どものころからの常だったのである。

広告を見たくなければ追加でいくらか払えという考えは嫌だが、広告を見るしか選択肢がないことはもっと嫌だろう。個人的には映画館で30分近くCMを見せられたあと、予告編がいくつか流れ、それからやっと映画本編が始まるパターンにも嫌気が差している。

映画館で入場料を払っているのは、映画を観るためなのだ。それでも、もし追加料金を少し出せば広告なしで鑑賞できると言われたら、正直なところ払ってしまう気がしている。

WIRED US/Translation by Noriko Ishigaki/Edit by Daisuke Takimoto)

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