アマゾンが無線通信「Sidewalk」を開発者に開放、新たなネットワークは街に静かに浸透するのか

アマゾンが独自の無線通信規格「Amazon Sidewalk」を開発者向けに開放した。この規格を用いたガジェットをアマゾン以外の企業も開発できるようになることで、単体ではネット接続が不要な新しいワイヤレス機器が静かに広がっていく可能性がある。
Amazon Echo Dot in the center of a beam of light against a dark backdrop
Photograph: Neil Godwin/Getty Images; Amazon

カメラ付きドアベル「Ring」の機能は、玄関先からユーザーのコンピューターにライブ映像を転送するだけにとどまらない。このデバイスは、ユーザーの家庭用ネットワークを路上へと“拡張”することもできるのだ。拡張されたネット接続の帯域幅の一部は、誰でも自由に利用できるように共有される。

この仕組みを知って驚くだろうか。実のところ2年近く前から起きていることなのである。

アマゾン「Amazon Sidewalk」の提供を開始したのは2021年6月のことだ。Ringのカメラとスマートスピーカー「Amazon Echo」の助けを借りて、ほかのスマートホームガジェットからも接続できるワイヤレス信号を発信する仕組みである。このシステムは、ユーザーのデバイスが家庭などに設置されたルーターから遠く離れていても、インターネットへの接続を維持できるように考案された。

Ringのカメラを裏庭に設置した場合を考えてみよう。Sidewalkを用いることで、裏庭のカメラが別のRing製カメラに接続し、そのWi-Fiネットワークを利用してネット接続できるようになる。こうして、より安定した接続を提供する仕組みだ。

またSidewalkは、フェイルセーフ(障害対策)としても機能する。インターネット接続がダウンした場合に、敷地内にあるRing製ドアベルが近隣のAmazon Echoが発している低帯域幅の信号に接続し、アラートを送信するようなこともできる。

アマゾン以外の対応製品が増える可能性

これまでSidewalkと互換性があった製品は、一部のアマゾン製スマートホームデバイスのほか、紛失防止タグのTileのような初期パートナーのデバイスのみだった。それがいまではアマゾンは、すべての開発者にSidewalkを開放している。このためアマゾン以外が開発したスマートホーム用ガジェットでも、アマゾンのネットワークのエンドポイントとして機能させられるようになったのだ。

これらのガジェットは必要に応じてワイヤレス信号を発信することも、ネット接続できる近隣の電波の帯域幅を利用することもできる。パートナー企業のテキサス・インスツルメンツやノルディック・セミコンダクター、Silicon Labs、クエクテル・ワイヤレス・ソリューションズはプログラマー向けのソフトウェア開発者キットをリリースしており、これを使うとパートナー企業のプラットフォームを利用するデバイスをSidewalkに対応させることが可能だ。

この新しい開発者プログラムは、Sidewalk対応の他社製品の増加につながるはずである。スピーカーやカメラ、デジタルフォトフレーム、スマートスケール、サーモスタット、ロボット掃除機、テレビなど、ありとあらゆるものが対象だ。

また、街角にあるデバイスの価値を高める可能性もある。デバイスがインターネット接続を維持するために、携帯電話の通信網に依存する必要がなくなるからだ。例えば、配達ロボットがSidewalkを利用すれば、オンライン状態を維持したまま配達先に移動できる。消防署は市内に設置されたSidewalk対応の煙センサーからデータを安定的に入手し、監視できる。多くの成果が期待できそうだ。

アップルの「探す」に似た仕組み

言うまでもなく、この規格の成功はSidewalkが構築するネットワークの質にかかっている。驚くべきことに、Sidewalkが受信可能なエリアは実は広大だ。アマゾンは米国の人口の90%がSidewalkの電波にアクセスできると発表している。日常に隠れていた巨大なネットワークが、商用利用のために開放されたのである。

Sidewalkがカバーするエリアを実際に試すために、アマゾンからSidewalkのテストキットを借りてみた。これは、開発者が周辺のSidewalkの信号強度を確認する目的で入手できるものと同じである。

キットは「Ring」のロゴが入ったマッチ箱サイズの小さなキーフォブのようなガジェットだ。それを充電してバックパックにクリップでとめて街中を歩き回ってみると、数秒ごとにブルーのLEDがひとつ点滅し、アマゾンに対してpingコマンドを送信する。これがフォブの位置情報と、その地点のSidewalkの信号強度を記録する仕組みだ(テストキットは、Semtechのワイヤレスな長距離データ通信「LoRa」の信号を測定する。SidewalkはBluetoothの信号も利用できるが、キットの測定対象外となる)。

点滅するフォブに友人たちが何度か気づき、それは何かと質問された。そこでSidewalkについて簡単に説明したのだが、誰もSidewalkのことを知らなかった。そしてほとんどが、Amazon EchoとRingのカメラが自宅用ネットワークの信号の一部を公共利用のために共有していると知り、唖然としていた。

そこで、Sidewalkがアップルのデバイス検索機能「探す」のネットワークと非常によく似ていることを指摘した。友人たちも、おそらくiPhoneやAirTag、AirPodの位置情報を特定するために利用したことがあるはずだ。

また、アマゾンがSidewalkを安全に保つ措置を講じていることも説明した。アマゾンはSidewalkのすべてのデータ転送を暗号化する仕組みと、識別用メタデータの使用を最小限に抑える方法について、概要をホワイトペーパーにまとめている。

最後にSidewalkの帯域幅が80Kbps(HD画質の動画をストリーミングするために必要な帯域幅のおよそ6分の1)に制限されていることにも触れた。つまり、あなたのルーターを使って隣人がアニメをストリーミングで観ることはできない。Sidewalkに対応するデバイスをもっていなければ、接続することさえ不可能なのだ。

とはいえ、こうした説明が友人たちのショックを和らげることはできなかった。無理もないことだが、友人たちを最も不快にしたことは、SidewalkがAmazon EchoとRingのデバイスで有効になるよう初期設定されているという事実だった。

アップルの「探す」と同様に登録は自動的に完了しており、機能をオフにするのはユーザーの責任になる。そこで友人たちには、自宅のネットワークでSidewalkを無効にする方法を解説した記事を紹介した。

街にはSidewalkの電波が溢れていた

Sidewalkを有効なまま放置していたのは、わたしの友人たちだけではない。米国では住宅地の周辺は確実に、アマゾンが提供する無料で利用可能なインターネットのユーザーだらけなのだ。

例えば、サンフランシスコのミッション地区を例に挙げよう。人口密度が高いこのエリアを歩き回りながら、Sidewalkの開発者ポータルでウェブページを開くと、周辺のマップにカラフルなドットが散らばっていることがわかる。

このドットは信号のマーカーだ。それぞれが、測定された正確な位置におけるSidewalkの信号の強度を示している。歩き回っていると、Ringのフォブは数秒ごとにpingを送信した。

数時間歩き回った後で、近所のマップをデジタル版のチョコマーブルで彩ってみることにした。最も強い信号は青、かなり強いがやや弱い信号は緑、その次は黄、オレンジ、そして不確かな地点を赤で示している。

サンフランシスコ市内の通りはRingのカメラやその他の対応デバイスが密集しているので、電波がよく届いていた。

Amazon via Michael Calore

探索したミッション地区周辺では、住宅街のすべての脇道に青または緑のドットが置かれている。強い信号の集合を示す斑点がブロック全体に広がっているところも多い。建物の大半を小売店が占める大きな通りに入ると信号は弱まったが、それでも使用に問題ない範囲にとどまっていた。

湾を渡ってオークランドへ出かけても、状況はさほど変わらなかった。アパートや集合住宅、一戸建て住宅のあるブロックほど信号が強く、倉庫や商店街のあるブロックでは弱いながらも使用可能な信号が見つかった。

サンフランシスコはハイテクを熱狂的に支持するカルチャーの中心地であり、音声アシスタント「Alexa」を早い段階から受け入れた住民で溢れている。そんな街が信号テストで高いスコアを弾き出しても、驚くようなことではない。アマゾンのネットワークに依存する接続型ガジェットは、ここでは大いに力を発揮するだろう。

人々やデバイスがさほど密接につながっていない小規模な街や郊外では、同じレベルの信号強度を期待できないかもしれない。だが、アマゾンが主張する「90%の受信可能エリア」が証明されれば、郊外のデバイスでもネットワークに接続することができるはずだ。

なお、自宅から数ブロック北にある住宅街は、マップ上でひときわ目を引いた。青いドットが不自然なほど長く連なっていたのである。

その強い信号を記録した翌日、現地に再び調査に訪れてみた。すると1軒おき、2軒目か3軒目のドアごとに、Ringのドアベルやカメラ、夜間照明が取り付けられていたのだ。すべてではなくとも、そのほとんどが信号を発していると思われる。

点滅する小型フォブを持っているだけで、外に立つ誰かが自宅のルーターの帯域幅を利用できると知っている住人は、どれほどいるだろうか。Sidewalkとは何か、どうすれば無効にできるかを、いったい何人が知っているのだろうか。

Sidewalkを標準設定で有効にしておくというアマゾンの決定について、住民は友人たちと同じくらい不気味に感じるのだろうか。そして友人がそうしたように、誰もがオプトアウトして設定をオフにする道を選んだとしたら──。

そのとき、このブロックの信号強度はどうなるのか。それがSidewalkの未来について、最も重要な問いだろう。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』によるアマゾンの関連記事はこちら


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アマゾン傘下でセキュリティ機器を手がけるリング(Ring)は、カメラ付きドアベルなどから実は膨大なデータを収集している。映像や音声などのデータをリング側が「利用」できると規約で定められており、米国では捜査当局に証拠として提供されることもある点が問題視され始めた。

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