アップルの独自チップ「M1 Ultra」は、こうして半導体の“常識”を打ち破った

アップルの独自チップとして最高性能を誇る「M1 Ultra」。2枚の高性能チップを接続した特殊な構造により高性能化を実現したこのチップは、いかに「ムーアの法則」に挑んだのか。
アップルの独自チップ「M1 Ultra」は、こうして半導体の“常識”を打ち破った
COURTESY OF APPLE

アップルの独自チップ「M1 Ultra」は、実用的な用途においては何でもこなす巨大なチップだ。現時点でアップルのチップとして最高性能を誇り、100個以上の処理コアには1,140億個のトランジスターが詰まっている。それぞれのコアは論理計算や画像処理、人工知能(AI)に用いるためのもので、すべてが128GBの共有メモリーにつながる。

実際のところM1 Ultraはフランケンシュタイン博士が生み出した“怪物”のような存在で、まったく同じ2枚の「M1 Max」チップが橋渡し役となるインターフェースでつながれているのだ。こうした巧みな設計のおかげで、結合されたチップが全体として1枚の大きなチップのように感じられるようになっている。

近年はトランジスターの小型化が難しくなり、個々のチップのサイズを大きくすることも実際的ではない。このため半導体メーカーは、パーツを組み合わせることで処理能力を高めようとしている。レゴのような手法がコンピューター業界の主流のひとつになっているのだ。こうしたなかアップルのM1 Ultraは、新たな手法によって性能が大きく飛躍する可能性を示したのである。

「この技術の登場は適切なタイミングでした」と、アップルのプラットフォームアーキテクチャー担当副社長のティム・ミレーは言う。「ある意味、ムーアの法則と関係しています」

ムーアの法則の終焉

ムーアの法則とは、インテルの共同創業者であるゴードン・ムーアにちなんで名づけられたもので、「チップの性能(搭載されたトランジスターの数で表される)が18カ月ごとに倍増する」という“法則”だ。この法則は数十年にわたって維持され、コンピューター産業や経済の進化を牽引してきた。

ところが、いまでは通用しないことが明らかになっている。

極めて複雑でコストもかかるエンジニアリング技術においては、シリコンチップの部品をさらに小さくできる可能性がある。だが、そうした1ナノメートル(メートルの10億分の1)規模の部品の仕様をもつ)を実際にどれだけ小型化できるのか、その物理的な限界も見え始めているのだ。

それでもコンピューターチップの重要性はこれまで以上に高まっており、用途も広がっている。最新のチップはAIや5G通信といった技術に不可欠で、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)がサプライチェーンに混乱を引き起こしたことで、自動車のような産業における半導体の重要性も示されている。

チップは世代ごとに少しずつ進化してきたが、近年では独自チップの開発で性能の向上を図ろうとする企業が増えている。例えばアップルは、2010年から「iPhone」や「iPad」に独自チップを搭載してきた。

そして20年には「Mac」や「MacBook」用のチップの開発を始めると宣言し、インテル製品と決別している。ARMの半導体技術をベースに、スマートフォン用チップで培った技術をPC(構造は同じ)に活用したのだ。

アップルは独自チップを開発したり、通常は個別のチップで実行されるはずの機能をシステム・オン・チップ(SoC)として1つのチップに統合したりすることで、製品全体をコントロールできるようになった。さらに、ソフトウェアとハードウェアを同時にカスタマイズすることも可能になっている。こうした全体に及ぶコントロールこそが、鍵を握っているのだ。

「(半導体開発の)世界が根本的に変化したことを実感しました」と、アップルのミレーは語る。半導体業界の経験が長い彼は、05年にネットワーク機器大手だったブロケード コミュニケーションズ システムズからアップルに移籍した人物だ。

例えばインテルは、チップを設計・製造してそれをコンピューターメーカーに販売している。これに対してアップルは、ソフトウェアやハードウェア、工業デザインという観点からもチップを設計できるのだと、ミレーは説明する。

法則を打破した「UltraFusion」

アップルが21年10月にPC用のチップとして「M1 Max」を発表した際に、観察眼の鋭い少数の人々がおかしな点に気づいた。チップの端に沿ってある長い領域が、何の機能も果たしていないように見えたのである。

その謎の部分は、のちに高速の相互接続技術の一部であることが判明した。それは2枚のM1 Maxチップを1枚のM1 Ultraに融合すべく、細かい接続部が密に配置された場所(アップルは「UltraFusion」と呼んでいる)だったのだ。

アップルがパワーユーザー向けの新型デスクトップPC(最終的に「Mac Studio」となった)の開発を始めた当初、性能の大幅な向上のためにムーアの法則だけに頼ることはできないとチップ開発部門は悟っていた。こうしたなか、アップルがチップの生産を委託しているTSMC(台湾積体電路製造)は、高速相互接続によって2枚のチップを融合する技術を完成させつつあった。

こうしたアイデアは以前から存在してはいたが、それまでは異なるタスクをこなすコアをつなげる目的で主に使われていた。アップルはTSMCの技術に手を加えることでM1 Maxの“謎のインターフェース”をつくり出し、極めて複雑な2枚のチップをつなぎ合わせたというわけだ。

「UltraFusionの技術は、わたしたちに求めていたツールをもたらしてくれました。このおかげで、できる限りの処理能力をひとつの“箱”に詰め込むことができたのです」と、アップルのミレーはMac Studioについて語る。ベンチマークテストの結果、M1 Ultraは市販の最高性能のコンピューターチップやグラフィックプロセッサーにも引けをとらない能力をもつことが明らかになっている。ミレーによると、開発者が必要なソフトウェアライブラリーを移植していくなかで、AIアプリケーションを実行する能力といったM1 Ultraの性能の一部が明らかになっていくはずだという。

モジュール化という業界のトレンド

半導体業界では、いまモジュール化の進んだチップへの移行が進んでいる。M1 Ultraもそうした動きの一部だ。

例えばインテルは、「チップレット」と呼ばれるさまざまなチップを集積して独自の製品を生み出す技術を開発している。それによりゼロから再設計する必要がなくなるというわけだ。同社の最高経営責任者(CEO)のパット・ゲルシンガーは、この「進化したパッケージング」を大規模な転換プランの柱のひとつとみなしている。

インテルの競合であるAMDは、すでにTSMCの立体積層技術を駆使してサーバーや高性能なPC用チップを開発している。またインテルとAMD、サムスン、TSMC、ARMの5社は4月、チップレット設計の新たな標準に取り組む業界団体について発表した。これに対してM1 Ultraのアイデアはより根本的なもので、チップレットの概念に基づいてチップ全体を融合している。

M1 Ultraのポイントは、全体の処理能力を向上させたことにある。「ムーアの法則をいかに定義するのかにもよりますが、この手法を駆使すれば1枚のチップに搭載可能な数より多くのトランジスターを組み込むことができます」と、マサチューセッツ工科大学(MIT)で新しいチップのコンポーネントについて研究しているヘスス・デル・アラモは指摘する。

そしてチップ開発の最先端において、TSMCが継続的な性能向上の新たな手法を探っていることは重要だと言う。「半導体業界にとって、そうした将来的な進展がムーアの法則だけによるものではないことは確実です。これから融合されていく、さまざまな技術が形成するシステムの創造によってもたらされることになるでしょうね」

「同じような取り組みをしているメーカーは、ほかにもあります。こうしたチップレットに基づく設計が、さらなるトレンドになるはずです」と、業界ニュースレター「Microprocessor Report」を発行している専門家のリンリー・グウェンナップは言う。

iPhoneの強みをMacにも

モジュール型チップの台頭は、将来的にデバイスの性能を向上させる可能性がある。だが、半導体開発の“経済”までも変えてしまうかもしれない。ムーアの法則が通用しないとなれば、トランジスターの搭載数が2倍のチップはコストも倍増するからだ。「チップレットの概念に従うと、基盤となるチップのコストが300ドルだとすれば、2倍の能力のチップは600ドル、その倍なら1,200ドルになります」と、ミシガン大学で電子エンジニアリングを研究するトッド・オースティンは言う。

コストが同じまま性能が毎年向上するチップと比べると、チップレットによる性能向上にはコストの上昇が伴うことを意味する。チップレットは比較的新しい手法だが、チップの設計に新たな複雑さをもたらし、コストも上昇するだろうとオースティンは指摘する。

M1 Ultraはチップレットの手法を独創的に活用したおかげで、既存の最高性能の半導体の一部に負けないほどの性能を得た。それだけでなく、アップルがiPhoneで示してきたような大きな強みを、Macにもたらすことも可能になる。

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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