映画のヒーローのように、走行中の列車の屋根の上は走れるのか? 物理学に基づいて検証してみた結果

走行中の列車の屋根の上を走るシーンをハリウッド映画などで見たことがあるかもしれない。これは実際に可能なのだろうか? 物理学に基づいて検証してみた。
Cowboy hero Barry Sullivan on train top from movie THE MAVERICK QUEEN 1956
1956年の西部劇映画『烙印なき男』のワンシーン。Photograph: Everett Collection

映画のなかでやっていたことを見たからといって、それを自分で試してみるものではない。例えば、走行中の列車の屋根の上を走る、といったようなことだ。そもそもの話として、本当に人が列車の屋根の上を走ったのか、わかったものではない。

初期の西部劇では動く背景幕を使い、偽物の列車が動いているかのように見せていた。いまの時代にはコンピューターグラフィックスがあり、フィルムを早回しして本物の列車が実際より速く動いているように見せることもできる。

さて、ここで問題だ。列車の屋根の上を走り、ある車両から次の車両へと飛び移ることは可能だろうか。ジャンプしている間に列車のほうが人を追い越し、後ろの地点に着地してしまうのだろうか。あるいはもっと悪いことに、車両間の隙間が前に動いているがために飛び越えなければならない距離が増え、隙間へと落下してしまうのだろうか──。

こういった話があるからこそ、スタントマンは物理学を学ぶのである。

まずは基準系を定義する

そもそもの話、物理学とは何なのだろうか。基本的には、現実世界をモデル化したものの一群であり、力を計算し、物体の位置や速度がどのように変わるのかを予測するために用いることができる。しかし「基準系」がなければ、どんなものであれ、その位置や速度はわからない。

仮に、わたしが部屋の中に立ってボールを持っており、その位置について説明したいとする。3次元空間の直交座標系を用いることで、ボールの(x, y, z)の値を示すことはできるだろう。

しかし、これらの数字は軸の原点と方向に左右される。部屋の角を原点として使うことが妥当に思われる。x軸とy軸を2つの隣接した壁の底辺に沿わせ、z軸を垂直上方向に延ばすわけだ。この仕組みを(単位はメートルで)使用したことで、ボールが(1, 1, 1)の座標にあることになる。

もし、そこにボブという名の友人がいて、彼が異なるやり方でボールの位置を計測していたらどうだろうか。彼は原点をボールが最初にあった位置、つまりボールを持った手の中とし、(0, 0, 0)という初期位置とするかもしれない。

こちらもまた論理的なやり方のように思われる。どちらが正しいか言い争うこともできるだろうが、不毛なやり取りになるだろう。単に、どちらも異なる基準系を使っているというだけの話であり、どちらも個人の好みで選ばれたものでしかない(いずれ列車の話へと戻るので心配なきよう)。

今度はボールを真上に投げてみる。0.1秒という短い時間の後、わたしの基準系ではボールが(1, 1, 2)の位置に存在することになる。つまり、1m高くなったわけだ。ボブのほうでも位置は更新され、(0, 0, 1)となる。

注目してほしいのは、両方の座標系においてボールはz軸の方向に1m上がったということだ。つまり、ボールが10m/秒という上方向の速度をもつという点については、ふたりは合意できるだろう。

ニュートンの運動法則に沿って考える

さて、今度は秒速10m(時速約36km)の速度で動いている列車にボールを持ち込んだとしよう。そこで、またしてもボールを真上に投げてみる。

すると何が起きるのだろうか。わたしは列車の中にいるので、このときの座標系は列車と共に動いていることになる。この動き続ける基準系においては、わたしは静止している。ボブは線路脇に立っており(ボールは窓越しに見ることができる)、静止基準系を使用している。そちらの基準系においては、わたしは動いているのだ。

Courtesy of Rhett Allain

この場合、ボブとわたしはボールの位置と速度について合意に至ることはない。わたしは「ボールは真上に上がって真下に落ちた」と言う。ボールはわたしの手の中に戻るように落ちてきたのだ。

これに対してボブは、「ボールが垂直方向と水平方向、両方の速度をもっている」と言う。彼から見ると、ボールは上下だけでなく、前方にも動いているように見えたからだ(ここから、わたしたちが取り組んでいる難問を解くための手がかりを掴めるだろうか?)。

実際にボブの基準系においては、ボールは列車と同じだけの水平方向の速度をもつ。ボールが1秒間にわたって宙に浮かんでいた場合、列車はその間に10m前方に進み、ボールもまた10m前方に進む。

これが、ボールがわたしの後ろに落ちない理由だ。いわゆるニュートンの「運動の第1法則」である。もし物体が静止している、または一定の速度で動いているなら、力によって干渉されない限りは静止し続けるか、その速度で動き続けるのである。

これを慣性と呼ぶ。あなたも経験したことがあるはずだ。蓋をしていないコーヒーのカップがクルマの中にある状態で急ブレーキをかけると、クルマは止まるがコーヒーは動き続け、ダッシュボードにぶちまけられてしまう。その原因が慣性だ。誰もがシートベルトを締めなければならないのも、慣性があるからだ。

このモデルに沿って考えると、列車が一定の速度で移動している場合において、列車の屋根の上を走り、ある車両から別の車両へと飛び移る行為は、列車が静止している状態と同じぐらい簡単にできる、ということになる。列車が時速40マイル(時速約64km)で走行中に、屋根の上を(鉄道車両を基準とした基準系において)時速10マイル(時速約16km)で走っているとすれば、あなたの水平速度は(静止基準系では)時速50マイル(時速約80km)ということになる。

なんだ、簡単な話じゃないか──と思うだろうか? 実のところ違うのだ。

ところで、測定された速度はボブとわたしとの間で異なるものになったとはいえ、ボールの下方向の加速度は同じものになるという点については、ふたりの間で合意がとれることだろう。なぜかといえば、重力があるからだ。

この点は極めて重要になる。なぜなら、加速度は物体の合力に直接的にかかわってくるからだ。ニュートンの「運動の第2法則」、合力(F)=質量(m)×加速度(a)である。ボブの座標系とわたしの座標系は、どちらも慣性基準系と呼ばれる。どちらも座標系自体は加速していないからだ。

慣性基準系において、物理モデルはうまく機能する。そして、どの基準系を選んでも大した違いはない。地面を基準とするボブの基準系と、移動する電車の中にあるわたしの基準系に、優劣はないのである。

欠けている重要な要素

さて、列車が一定の速度で動いている場合、慣性基準系を扱うことになる。何もかもが静止基準系における場合と同じように振る舞うわけだ。

つまり、わたしが単にボールを放り上げたとして、その際にわたしが駅のホームに座っていようが、時速40マイル(時速約64km)で走る列車の中にいようが、時速500マイル(約時速805km)で飛ぶ飛行機の中にいようが、同じように感じられる。さらに言えば、物理学的な観点から見れば、実際にまったく同じことだったりするのだ。

だが、待ってほしい。わたしたちのモデルには重要な要素が欠けている。あなたが屋根の上にいるとして、そこには空気抵抗が存在する。列車が東方向に時速20マイル(時速約32km)で動いている場合、列車の屋根の上に立つ人にとっては、西方向に吹く時速20マイル(時速約32km)の風に晒されている状況と同じことになるだろう。

列車の走行速度がそこまで速くなければ、おそらく問題はないだろう。しかし、風速が時速40マイル(時速約64km)あたりまで上がってくると、歩いたり走ったりするにはキツすぎる。頑張れば前に進むことはできるだろう。あなたの足と屋根の間に働く摩擦力のおかげだ。しかし、もし宙へと跳び上がれば、どこに着地するか保証できない。

もちろん、風のない車内においてさえも、列車が動いていることは窓から外を見なくてもわかるはずだ。なぜなら、実際の列車は一定の速度で移動したりしないからである。小さなでこぼこや線路のカーブであっても、速度を変動させてしまう。そしてあなたは、それを容易に体感できるのである。

「加速」という複雑な要因

しばらくの間、この考え方について取り組んでみるとしよう。定義によると、速度には大きさが存在している。わたしたちはそれを「速さ」および「方向」と呼んでいる(わかる人に言うなら「ベクトル」のことだ)。

列車の速さや方向が変わると、列車は一定の速度で動いていないということになり、これをわたしたちは加速と呼んでいる。そう、物理学においては速さを上げずとも加速できるのだ。

こうなると、慣性基準系にはならなくなる。こんな状況では、物体がどう動くか判明させるためには合力=質量×加速度(F=ma)を使うだけでは済まなくなるのだ。これらの規則は慣性基準系においてのみ通用する。

この問題を解消する方法のひとつは「見かけの力」を加えることで、そうすればニュートンの法則をまた使用できるようになる。この見かけの力は基準系における加速度と比例するが、向きは反対方向になる。

あなたは非慣性基準系の中にいたことがあるはずだ。上方向に加速し始めるエレベーターの中にいるとき、エレベーター内の基準系は非慣性のものになる。この状況で感じる感覚について整合性をとるために、あなたの脳はこの状況を「力が床面にあなたを押し付けているようだ」と解釈する。まるで、あなた自身が除々に重くなっていくかのようにだ。ネタバレになるが、実際にはそうではない。これが「見かけの力」だ。あなたは押し付けられているわけではなく、引っ張り上げられているのである。

クルマで急に曲がった際にも、似たようなことが起きる。方向転換は加速でもあるので、クルマの内部は非慣性基準系となる。左方向に曲がったときには、右方向の外側へと押し出されていると考えてしまうのは、これが原因だ。

だまされてはいけない。「遠心力」というものが実際に存在するわけではなく、クルマは弧の中心に向けて向心加速しているのである。

同じように、列車は加速し、減速し、曲がる。傾き、揺れる。あなたが高い位置にいるほど、傾きや揺れはひどくなる。実際の列車の屋根の上においては、あらゆる方向への加速を唐突に感じることとなるだろう。

この状況において、あなたは走ることができるだろうか? ゆっくりとなら、おそらく可能だろう。しかし、どちらかといえば、よろめくようなありさまになるだろう。線路が曲がれば、まるで誰かに横向きに押されながら前方に走ろうとするような感じになるはずだ。

ところで、列車の屋根はたいてい傾いており、しかも滑りやすいという話はしたであろうか?

そもそも、走行中の列車に飛び乗れるのか?

さて、もしあなたがそれでも列車の上を走りたいと考えているなら、そもそも列車の屋根の上に乗らなければならない。もちろん、チケットを購入してはしごを上るやり方もできるが、跨線橋などから列車に飛び乗るほうが、よりかっこよくはないだろうか?

しかし、待ってほしい。仮に列車が毎秒10m(時速約35km)という遅さで動いており、あなたが静止していたとしよう。その場合に、あなたの(地面に対する)速さは、(跨線橋上の足場における)「0」から、(移動する列車の上における)時速22マイル(時速約35km)へと急激に変化しなければならなくなる。

思いつく選択肢は2つだ。ひとつ目は思い切って飛び降りて、うまくいくことを願うこと。この場合、あなたは列車が動いている方向とは逆方向に滑っていくことになるだろう。摩擦が十分にあれば、じきに滑っている状態が止まるはずだ。摩擦力が足りなければ、線路の上に真っ逆さまになる。

だが、お気に入りの服を台無しにしたくないと思うかもしれない。それならふたつ目の選択肢は、飛び降りる前に助走を付けることだ。

もしあなたが列車と同じ速さで走行できれば(実際にできるかどうかは疑わしいが)、飛び降りた際には列車と同じ速さになっている、ということになる。つまり、滑る必要がなくなるわけだ。そうでないと、スーパーヒーローだって成功しない。

とはいえ、“超能力”なしの中間の選択肢もあるかもしれない。走ってスピードを上げてから、(速度が足りないぶんを)滑ることで補うこともできるはずだ。

もしあなたが秒速5m(時速18km)の速さまでスピードアップしてから、秒速10m(時速36km)で走行中の列車の上に飛び降りれば、降り立った際の速度差は減る。あなたが生き残る可能性は高まることだろう。

Courtesy of Rhett Allain

走行中の列車から飛び降りるには?

そもそも、なぜあなたが列車の屋根の上に乗りたがるのか、わたしはいまだにわからない。だが、いずれは降りたいと思うはずだ。そう、列車が駅に着くより前にである。

あまり驚かないかもしれないが、列車から飛び降りる動きは、列車に飛び乗る動きとだいたい同じである。問題になるのは速度差なのだ。

あなたには再び、2つの選択肢がある。まずは単に飛び降りて、地面との摩擦によって減速するまま身を任せる方法だ。あなたが列車と同じ速度で水平方向に動いている以上は、このやり方を選んだ場合には、おそらく後悔することだろう(間違いなく、あなたの基準系はかなり急激に切り替わることになる)。

あるいは、飛び降りる前に列車の後方に向かって走る手もある。この場合、着地する前にあなたの地面に対する速度を減らすことができるだろう。転がることを完全に防ぎながら着地を決められるほど速く走ることはおそらく無理だろうが、もしそんな着地を決めたなら、あなたは間違いなくすごいやつだ。

もしわたしが列車から飛び降りるとしたら、池の上にかかった橋まで待つだろう。あなたが飛び降りて着水した時点で、水はあなたを落下の動きの方向とは逆方向に押す。この力の水平分力によって摩擦の場合と同様に減速が起きるのだが、水は岩よりも柔らかい。しかも、水はさらにあなたを押し上げ、あなたの垂直方向の動きを止めてくれる。

ただし、水に突っ込みながら減速するためにかかる距離は、より長いものになるだろう。つまり、着水した場合の衝撃は、足が地面にぶつかった場合と比べてはるかに少なくて済む、ということなのだ。

このやり方で電車から飛び降りる場合には、欠点がひとつある。濡れてしまうのだ。しかし、それが列車上で繰り広げられたばかげた企てにおける最悪の末路だというなら、大変ありがたく思うべきではないだろうか。

(Originally published on wired.com, edited by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による物理の関連記事はこちら


Related Articles
A black and white image of Bruce Lee with his fist in the foreground
武術の技は魔法のようにも見える。だが、ブルース・リーの超人的なワンインチパンチの秘密を、物理学の観点から解き明かしてみたらどうだろうか。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.52
「FASHION FUTURE AH!」は好評発売中!

ファッションとはつまり、服のことである。布が何からつくられるのかを知ることであり、拾ったペットボトルを糸にできる現実と、古着を繊維にする困難さについて考えることでもある。次の世代がいかに育まれるべきか、彼ら/彼女らに投げかけるべき言葉を真剣に語り合うことであり、クラフツマンシップを受け継ぐこと、モードと楽観性について洞察すること、そしてとびきりのクリエイティビティのもち主の言葉に耳を傾けることである。あるいは当然、テクノロジーが拡張する可能性を想像することでもあり、自らミシンを踏むことでもある──。およそ10年ぶりとなる『WIRED』のファッション特集。詳細はこちら