超スローボールで、メジャーリーグのバッターから三振を奪うことはできるのか?

MLB最高の投手たちの多くは速球で次々と三振を奪っていく。では、遅い球でストライクを奪うのはどれくら難しいものなのだろうか。「Python」で投球のモデルをいくつか作成し、物理学の観点から解き明かしてみた。
超スローボールで、メジャーリーグのバッターから三振を奪うことはできるのか?
Photograph: Christopher Evans/Getty Images

メジャーリーグベースボール(MLB)で投手になりたければ、時速85〜100マイル(約137〜160km)のような、ものすごい速球を投げなくてはならない。

球が速いほど、打者はより短い時間でボールに反応してバットを振らなければならない。つまり打者がボールを捉えられず、ストライクとなる確率が上がるわけだ(野球ファンでない方々へ。ストライクとは、打者がバットを振ったがボールに当てられなかった、またはストライクゾーンに入っていたボールに対し、バットを振れなかったことを指す。ストライクを3つ取られたら、当然アウトになる)。この“速球”という条件が、MLB投手になりたいという私の夢を打ち砕いた。

しかし、もっとスピードの遅い球でも、ストライクを取ることはできないのだろうか?

実際のところ「遅い球」でストライクを取る選手は、数多く存在する。野球関連のコンテンツを投稿するTwitterのアカウント「@CodifyBaseball」によれば、時速31.1マイル(約50km)でストライクを取れた例もあるという。

延長戦では、ときおりリリーフピッチャーを使い切ってしまい、監督が野手をマウンドに立たせなければならなくなることもある。普段ピッチングをしていない野手の投げる球はたいてい遅いが、それでもストライクは取れるのだ。

さて、プログラミング言語「Python」で、投球のモデルをいくつかつくり、遅い球でストライクを取るのが、どれだけ難しいのかを調べてみよう。

球はどうやってホームプレートに到達するのか

ピッチャーの手からボールが離れたあと、球の軌道はふたつの力の影響を受ける。下に引っ張る重力と、後ろ側に押し返す空気抵抗だ。これらの影響を受けて、ボールがホームプレートへと向かう最中にも、球の速度は変わっていく。

重力の処理は比較的簡単だ。なぜなら、重力は常に働いていて、関わってくるのもボールの質量(MLBの公式球は約0.144kg)と重力場(1kgあたり9.8N)だけだからだ。ところが空気抵抗の場合、力の大きさと方向がボールの速度によっても変わるので、重力と比べてモデリングの難易度が高くなってしまう。問題は、球速に影響を与える正味の力(ボールにかかるすべての力)のうちのひとつ「空気抵抗」の大きさが、球速によって変わるという構造になっていることだ。

そうなると、この動きをモデル化するための唯一の手段は、動きを短く区切って複数の区間にし、数値計算することだろう。それぞれの区間においては、力の大きさが変わらないと仮定する。そして、力が一定ならボールの速度と位置の変化を把握することが可能だ。次の区間では、速度の変化を受けて、新しい力の値を導き出す。あとは、この工程を繰り返せばいいのだ。

こういったやり方は、物理学的に言えば「ずる」かもしれない。だが、こうしたやり方でしか対処できない問題は山ほどあるのだ。たとえば、個人的に好きなのは、「三体問題」(天体などの3つの質点が、万有引力の相互作用でどのように運動するのかを調べる問題)を求める方法や、地球の気候モデル化、さらには水素を除く原子の量子力学のモデル化といったケースだ。

さて、次に進む前に、よくあるふたつの疑問に答えておこう。ひとつ目は、本当に空気抵抗を考慮する必要はあるのか、だ。

時速90マイル(約145km)のような高速で動くボールの場合、空気抵抗によってボールは10cmほど落下する。そうなると、ストライクを取るため、空気抵抗の影響はかなりのものだと言える。逆に球が遅ければ空気抵抗の影響も小さいのだが、今回は計算に入れておくことにした。その方が楽しいからだ。

ふたつ目は、カーブボールはどうなのかという質問だ。ボールに一定の回転をかけることで、ピッチャーはボールを左右、あるいは上下に曲げられる。こうした動きに関わってくるのが、マグヌス効果と呼ばれる空気とのさらなる相互作用だ(サッカーボールのマグヌス効果のモデル化を示す例はこちら)。

しかし、今回のモデルを作成するにあたって、回転は考慮しないこととする。なぜなら、今回の想定は、「わたしが普段マウンドに立つことのないプロ野球選手だったら」というものだからだ。わたしは間違いなく、うまく変化球を使いこなせたりはしないだろう。

速い球が描く軌道とは?

ではまず、時速90マイルの速さでマウンドからホームプレートに向けて投げられる速球について考えてみよう。

Video: Rhett Allain

今回の場合、球はストライクゾーンを通ると仮定し、モデルにもそのように組み込んである。ストライクゾーンは正確にいうと、ホームプレートの縁で囲まれた領域と、バッターの胴体の中間点からひざ頭の下部までを垂直に伸ばしたものによって区切られている三次元の空間のことだ。ただ、実際には、判定する審判次第ということになるのだが。

実は、ストライクゾーンに関しては、今回のモデルでは手抜きをしている。実際のホームプレートのように、2つの角が切り落とされた形ではなく、単純な四角形を使っているからだ。これによって、モデル化が圧倒的に楽になる。

時速90マイルで投げられたボールの場合、投げられた直後は水平方向の速度が存在する一方、垂直方向の速度は0から始まる。ボールは動いている最中、この2つの力から影響を受けていることを忘れないように。

ボールを後方に押す空気抵抗は速度と反対の方向に向かっているので、ボールを遅くするだけの存在にすぎない。また重力は、下方向に引き寄せる力なので、垂直方向に働く速度の力を変化させる。つまり、ボールが投げられている最中、ボールの垂直方向の速度は負の方向に増していくので、結果としてボールの軌道はわずかに落ちてしまう。ボールが落ちすぎてしまうと、球がストライクゾーンに入ることはない。あまりにも大きく落ちた場合、ボールはホームプレートにたどり着く前に地面に接触し、キャッチャーに怒られてしまうだろう。

今回つくったモデルでは、ホームプレートに近づくにつれてボールは確実に落ちていく。だが、ストライクゾーンを通過するための高さは十分に確保できている。打者がバットを振らなければ、球審もストライクと判定するはずだ。

遅い球はそもそもノーバンで届くのか?

さて、それでは投げられた直後のボールの速度を時速30マイル(約48km)に変えよう。この速度でボールを水平に投げたら、ホームプレートの手前で地面に落ちてしまう。だが、高さを埋め合わせるために、ボールを山なりに投げることはできる。山なりに投げられたボールには垂直方向の速度があるので、空中に浮かんでいる時間も伸び、ホームプレートまでたどり着けるのだ。

もちろん、真上に投げたらストライクにはならないし、ボールは投球を開始した場所へと落下してくるだろう。自分の頭の上に落ちてこないといいけれど。

さて、30マイルの球は、どんな角度で投げるのがいいのだろうか。実のところ、これは簡単に解ける問題ではない。このため、数値を用いて再び角度を求める必要がある。時速90マイルのときは、ボールを水平に放てばストライクを取れた。ところが今回は、どの角度を用いればいいのかが分からない。その結果、プログラムを何回も実行し、0度から60度までの範囲で球がストライクゾーンに入る可能性がある軌跡を全て割り出すことにした。

これにより、様々な軌道をアニメーション付きのグラフとして表示できるようになる。4つの赤い点は、横から見たストライクゾーンの角を示すものだ。

時速およそ45kmの直球でストライクを取るには、34.5〜51度の角度で球をリリースする必要がある。

ボールがストライクゾーンを通る投球角度を見ると、遅い球でストライクを取ることは可能なようだ。ただし、投球角度は34.5〜51度の間にしなくてはならない。

遅球 vs. 速球

さて、適切な角度を付けて投げれば、遅球を投げてもホームプレートまで届くことがわかった。とはいえ、投手がいちばん気にすることは、ボールが打者に打たれるかどうかである。時速90マイルのボールを打つのが明らかに難しいはわかる。では逆に、とても高い弧を描く遅いボールはどうだろうか。

難易度を測るためのひとつの方法として、「ストライクゾーン内にボールが滞在する時間」を計算する手法がある。当たり前の話だが、ボールがストライクゾーンに入っている時間が長ければ、打者がバットを振るためのチャンスは増えるのだ。

単純な比較のために、2種類の投球を下の図に示すとしよう。時速90マイルの水平方向への投球と、51度という高い角度を付けた時速30マイル(約48km)という遅い球だ。

Illustration: Rhett Allain

時速90マイルのボールがストライクゾーンを通過する際にかかる時間は、0.012秒しかかからない。一方で、時速30マイルの高い弧を描くボールが通過するには0.022秒かかる。ほぼ2倍の時間がかかっているということは、おそらく後者のほうがが打ちやすいだろう。これで遅い球のアウトカウントがひとつ増えてしまった。

タイミングに関して考慮すべき点はもうひとつある。ボールが投手の手を離れ、ホームプレートに至るまでの時間だ。なぜこの時間が重要かというと、打者がボールの軌道を目測し、バットを振るタイミングの感覚を掴めるからである。先ほどと同じ自作のPythonのモデルを使ったところ、51度の角度で放った時速30マイルのボールは、ホームプレートに着くまでに2.16秒かかることが分かった。一方で、水平方向に向かう時速90マイルの速球の場合だと0.449秒だ。

この差はかなり大きい。速球の場合、ホームプレートに到達するまでの時間はかなり短い。ボールがピッチャーの手を離れる前から降り始めなければ、バットを当てられないレベルの時間だ。プロ野球選手はどうやっているのだろうか。おそらく高く飛んだボールを捕るときと同じように、ボールの見かけの運動がゼロになるように動いているのかもしれない。いずれにせよ、遅い球のアウトカウントがまたひとつ増えたのだ。

しかし、考慮しなければならない要素はもうひとつある。それは意外性だ。打者は最も頻繁に投げられるであろう球種、つまり速球を打ち返すための練習をやっている。見慣れない球種を目の当たりにすれば、それを打つために調整せねばならない。その調整こそが難しい場合もあるだろう。かつてトロント・ブルージェイズに所属していたマーク・アイクホーンは、通常よりも遅い速度でストライクを取ることで輝かしいキャリアを築いた。彼の時速70マイル(約113km)台の球は、打者を大いに困惑させたのだ

だから、もしかすると、わたしが投げる時速30マイルの球が通用する可能性も、ちょっとはあるかもしれない。もしかしたらね。

WIRED US/Edit by Naoya Raita)

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