中国が顔認識技術で世界最大の輸出国に。「監視社会」の拡大に高まる懸念

顔認識技術の分野において中国が最大の輸出国になったことが、このほど発表された報告書から明らかになった。顔認識技術とともに市民の監視が強化され、権威主義的な政府のあり方が広がることも懸念されている。
A female police officer wears facial technology glasses while speaking to another person
Photograph: AFP/Getty Images

バングラデシュ政府がベンガル湾に人工知能(AI)を活用したスマートシティを建設する目的で、とある社名非公表の中国企業からの提案を検討し始めたのは2022年初旬のことだった。このハイテク都市の建設はまだ始まっていないが、もし計画が進めば、公共のカメラを利用して群衆から行方不明者を探したり、犯罪者を追跡したりできる顔認識ソフトウェアが導入される可能性がある。これは中国の多くの都市では、すでに標準的に導入されている技術だ。

このバングラデシュ政府の計画は、中国が顔認識技術の輸出で世界を牽引する存在になったことを示す事例のひとつであることを、シンクタンクのブルッキングス研究所が23年1月中旬に発表した調査結果は示している。この研究にはハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者が参加した。

調査結果によると、顔認識技術を含む中国企業の輸出案件は201件、次いで米国企業は128件と、中国企業が顔認識技術で世界を牽引していることが明らかになっている。また中国は、全般的なAIの分野でも世界のトップに立っている。136の輸入国に対する1,636件の輸出案件のうち、250件は何らかのAIを含むものだったのだ。2番目に多い輸出国は米国で、215件のAI関連の取引があった。

こうした輸出によって他国の政府は監視を強化でき、市民の人権が損なわれる可能性があると報告書は主張している。「中国がこれらの国に技術を輸出しているという事実は、より民主的になれる国々を独裁的に変えてしまう可能性を示しています」と、AIなどの新技術と政府の政策、マクロ経済との関係を研究しているMITの経済学者のマーティン・ベラジャは語る。

顔認識技術には、スマートフォンのロック解除やアプリでの個人認証、ソーシャルメディアの投稿から友人を見つけるといった実用的な用途が数多くある。そこでMITとハーバード大学の研究者らは、いわゆる“スマートシティ技術”にかかわる取引に着目した。こうした取引では動画による監視を強化する顔認識技術がやりとりされることが多いのだ。

今回の調査は、カーネギー国際平和基金の世界的な監視プロジェクトに関する情報と、中国のAI企業からスクレイピングで取得したデータを分析に使用している。

米国で加速する「中国の技術」の規制

米国の大統領や立法者らは近年、中国がAI技術で米国より優位に立ちつつあることに懸念を表明している。この報告書は、すでにそれが起きている分野があるという確かな証拠を提示しているようだ。

「これはなぜこの種の技術に関する指標を設ける必要があるかという根拠を増強するものです」と、新アメリカ安全保障センターでAIの政策的な影響を研究しているアレクサンドラ・シーモアは語る。

米国では、世界的に中国の技術を制限することへの超党派の関心が高まっている。前大統領のドナルド・トランプの下、米国政府は米国やほかの地域におけるファーウェイ(華為技術)の5G技術の使用を制限することを目的とした規制を導入し、中国のAI企業に狙いを定めた半導体の禁輸措置を講じた。

バイデン政権は、中国企業が最先端の半導体やその製造技術を手に入れられないよう、より広範囲な半導体の輸出規制を導入した。また、ウイグル族のイスラム教徒の監視に使われる顔認識技術を提供した中国企業に制裁を加えている

中国からの顔認識技術の輸出を制限するさらなる措置として、こうした技術を輸入する国に対する制裁措置を講じることができると、シーモアは説明する。しかし、同時に米国は顔認識技術の利用の規制において世界のほかの国々に模範を示す必要があると、シーモアは語る。

とはいえ、米国が世界第2位の顔認識技術の輸出国であるという事実は、米国の技術が自由と民主主義の価値を根本から体現するものであるという米国政府が宣伝している主張の信憑性を揺るがす危険性がある。

米国の警察では顔認識技術の導入が進んでおり、一部の都市は使用を制限しているものの、使用を限定したり制限したりする全国的な規制は存在しない。Clearview AIなど一部の米国企業は、監視カメラで撮影した人物の画像と、オンライン上の身元情報とを結びつけることができる顔認識ツールを開発し、輸出している。この使い方は法的な正当性なしに市民のプライバシーを侵害するものであると、市民の自由人権団体が主張しているものだ。

中国の顔認識技術の輸出がうまくいっていることに対抗する最善策は、米国内での使用を規制し、ほかの国に対しては中国の技術に代わるものを提供することかもしれないと、シーモアは語る。「価値観について話し合うことは、こうした技術に課すべきいくつかの制限を定める上で役に立つでしょう」と、シーモアは説明する。しかし、米国議会が顔認識技術に適切な制限を課すことに同意する見込みは薄そうだ。

中国でAI技術が発展した理由

中国企業が顔認識技術で独占的な地位を得るようになった一因は、膨大な量の写真に加えて、技術開発のための多額の資金を提供できる政府機関とのつながりにある。独裁国家でAIを使った顔認識技術の開発におけるイノベーションが進む理由は、その技術と政府の目標が密接に関係しているからだと、ベラジャと共著者は21年11月に発表した論文で主張している

顔認識技術には適切な用途もたくさんあることから、この技術の好ましくない用途の普及を抑えることは難しいかもしれない。また、中国の技術を封じようとする米国の最近の動きは、既存の技術の普及を制限するものではなく、新しい技術の開発を阻止することに重点を置いたものだと、ベラジャの共著者のひとりでハーバード大学の経済学者であるデイヴィッド・ヤンは指摘する。

「中国はすでに、販売できる一連の包括的な監視AI技術を保有しています」と、ヤンは語る。「直近の規制は、この点を解消するものではありません」

AIのほかの新興分野も強力な監視ツールに発展する可能性があり、そうした技術の普及を注意深く監視すべきだと、新アメリカ安全保障センターのシーモアは指摘する。人工ニューラルネットワークで画像処理アルゴリズムが10年代初頭に大幅に改良されてから、初めて登場したAIの実用的な用途が顔認識だった。そして会話型AI「ChatGPT」のような賢いチャット形式のツールで注目された大規模言語モデルも、インターネット上のコンテンツのより効果的な検閲や通信の分析などに使われることで、顔認識技術と同様の道をたどる可能性があるとシーモアは指摘している。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

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