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米国で半導体業界の支援法案が可決、7兆円規模の予算で“栄光”は取り戻せるか

半導体の米国内生産を支援する通称「CHIPS法」が米連邦議会で可決した。米国内で半導体を生産する企業への財政支援に日本円にして約7兆円が投じられるが、その成否は予算の行く先にかかっている。
Senator Todd Young speaks during a news conference for the CHIPS and Science Act at the U.S. Capitol in Washington D.C.
Photograph: Eric Lee/Bloomberg/Getty Images

米国における半導体の国内生産を支援する「the CHIPS and Science Act」(通称・CHIPS法)を、米連邦議会が2022年7月28日(米国時間)に可決した。この法に基づく予算は合計2,800億ドル(約37兆1,100億円)で、そのうち520億ドル(約6兆9,000億円)が米国内で半導体を生産する企業への財政支援に用いられる。米国の経済と戦略的目標にとってますます重要になってきた半導体分野において米国が再びトップの座を得るために、民主党と共和党の双方の議員たちが同法を支持したかたちだ。

米国は半導体市場を切り拓いてきた存在であり、インテルは高度なコンピューター用半導体の分野において世界市場を数十年にわたって支配していた。ところが、近年ではアジア企業との競争やインテルが自ら招いた失敗により、その影響力は大幅に弱まっていた。

米国内で生産される半導体の比率は1990年には37%だったが、現在は12%にまで低下している。このため半導体産業の主要な企業は、今回の支援が復活の一助になると期待している。だが、半導体生産において再び最先端に躍り出るには、資金だけでなく、それを正しく使うことも必要になるだろう。

米国に求められているのは、生産量を増加させるための短期的な投資だけではない。最先端の半導体生産方式を極め、より長期的な視野で次世代テクノロジーの研究と開発を進める投資とのバランスをとることだと、専門家たちは指摘する。

一方で、強力で確かな基盤をもつ台湾積体電路製造(TSMC)やサムスン電子のような企業も、さまざまな分野で米国の企業に大きく勝っている。中国などの国も国内での半導体生産に莫大な額の投資を進めている。これらのライバルたちに追いつくことはもちろん、追い越すこともたやすくはないだろう。

高まる半導体の重要性

CHIPS法の法案は、2020年に民主党と共和党との対立によって成立を妨げられていた法案を小規模にしたものだ。法案は27日に上院での投票で64対33(17名の共和党議員も賛成に回った)で可決され、28日には下院で243対187という両党からの力強い支持を示す投票結果で可決されている。

法案には半導体メーカーを支援するための520億ドル(約6兆9,000億円)の予算や、半導体生産分野への投資を促すための税制優遇策が盛り込まれている。さらに2,000億ドル(約26兆5,400億円)を投じて、人工知能(AI)やロボット工学、量子コンピューティング、その他の先端分野での科学研究を支援する。ジョー・バイデン大統領は議会が8月に閉会する前に同法に署名し、成立させるとみられている。

半導体分野に割かれた予算額は、自動車の生産から電子機器に至るまで、経済のあらゆる場面において半導体がますます重要になっていることを反映している。さらにAIやロボット工学、5G通信、バイオテクノロジーなど、新しい分野をさらに発展させるために半導体が担う役割を反映したものだ。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による消費の増加によって引き起こされ、サプライチェーンの混乱によって悪化している長期的かつ世界的な半導体不足も、CHIP法の成立を促すことになった。たいていの場合は低価格な半導体だが、極めて重要な特定の部品が不足していることでメーカーは工場を閉鎖したり、半導体の使用量を減らしても生産できるように製品を再設計したりするなどを余儀なくされている。経済的な逆風によって一部の部品の需要は抑制されているが、ほかの部品はいまだに十分な量で供給されていない。

米国の科学的リーダーシップを確保するために

また米国は、技術的な優位と影響力をかけて中国と競争を余儀なくされるとの認識が高まりつつある。近年の中国は米国と同様に半導体生産に莫大な額を投資してきた。それでも現時点で中国は最先端の半導体生産方式の面では米国やほかの国々に後れをとっており、米国政府は非常に重要な生産技術の中国による入手を制限しようとしてきたのである。

また、半導体は軍事用途においてもますます重要になっている。より高度なドローンやミサイル、アルゴリズムなどの開発を可能にし、戦場において確実に優位性をもたらすからだ。

「半導体産業と米国の防衛産業との間には、実に深い相互的なつながりがあるのです」と、タフツ大学助教授のクリス・ミラーは言う。ミラーは、米国と中国との半導体分野の支配をかけた競争に関する書籍をまもなく出版する予定だ。「コンピューティングが需要な役割を担う戦争が将来的に起きた場合のために、両国は準備してきたのです」

普段は対立する民主党と共和党だが、中国が突きつけるリスクについては両党の議員らも意見が一致したことを、CHIPS法は示している。また同法は、米国政府が自由市場を重視する考えから、これまで長きにわたって時代遅れとされてきた類の産業政策にシフトしたことも示している。

商務長官のジーナ・ライモンドはCHIPS法について、次のように説明している。「米国の科学的リーダーシップを確保するために、そして自動車を道路に走らせ続け、戦闘機を飛ばし続けるために必要な半導体を生産する能力を復活させるためにも、重要な一歩なのです」

予算の配分に残る懸念

ただし、すべての半導体メーカーがCHIPS法を完全に支持しているわけではない。インテルのように、財政支援を求めてロビー活動に力を入れてきた大手半導体メーカーばかりが得をするのではないかと、一部の企業は懸念を抱いているのだ。

上院議員のバーニー・サンダースは、財政支援を受けられるのは海外に生産拠点を移していた企業になっているとして、CHIPS法のこれまでの草稿を批判してきた。この懸念は最終稿になっても残っている。

「どのように予算が分配されるのかについては、まだ疑問があります」と、タフツ大学のミラーは言う。「ロビー活動を展開した企業ばかりが利益を得るのではなく、半導体産業に大きな変化をもたらすようなかたちで、この予算を使うようにしなければならないのです」

米国は半導体の生産量を増加させるだけでなく、最先端技術において他の追随を許さないようにする必要があると、半導体の先端的な設計を研究するマサチューセッツ工科大学(MIT)教授のヘスス・デル・アラモは言う。「それには研究開発に投資し、大学の研究室で開発された新技術を採用する流れを加速させる必要があります」

勝者としてすべてを手に入れられるか

これにより、近年では数え切れないほど失敗してきたインテルなどの主要な半導体メーカーは、どの技術に投資するかという重要な決断を迫られるだろう。

例えば、異なる種類のチップを組み合わせるアドバンストパッケージングという技術は、半導体メーカーにとって新たな可能性を生み出すものと見込まれている。台湾のTSMCはこの手法を用いて、アップル向けにこれまでで最も高性能なチップ「M1 Ultra」を生み出している。

MITのデル・アラモは、21年に筆頭著者としてホワイトペーパーを執筆した人物でもある。このホワイトペーパーは、新しいマイクロチップ技術の学術研究や、大学が新しい半導体メーカーを設立するための支援プログラムや、新しい学生へのトレーニングを促進するための援助なども政府による財政支援が対象とすべきと主張するものだ。

またCHIPS法には、科学研究への大規模な資金提供が盛り込まれている。このため資金獲得のための具体的な提案を目的として大学と企業が設立した連合体にも、デル・アラモは携わっている。

政府が今回の資金提供のあとも半導体分野を重視し続けることが重要であると、デル・アラモは言う。「このゲームにおいては、勝者がすべてを手に入れるのです」

そしてデル・アラモは、次のように指摘する。「次の最先端技術を生み出した企業が、不釣り合いなほどの利益を最初に手に入れるのです。そして、その企業はそこから得た大金を研究開発に投資することで、最先端の地位を保ち続けるのです」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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