ディープフェイク・ポルノの実態を追及する被害者たちを捉えたドキュメンタリー『Another Body』:映画レビュー

ディープフェイク技術で自分の顔をポルノ動画に不正に加工されるとはどういうことなのか? 司法制度はなぜこれほど遅れをとっているのか? 『Another Body』は、観客にもし自分が被害者の立場だったらどう思うかを想像させながら、さまざまな問題点を提起する。
Close up of an animated eye with reflection of a person on a screen in the pupil
Courtesy of Utopia/Willa

テイラー・クラインは、友人から奇妙なメッセージをFacebook上で受け取った。そのリンクはポルノ動画サイトPornhubへのリンクだった。スパムメッセージかと思ったクラインは、リンクを開かなかった。「ハッキングされたんじゃない?」と、彼女は返信したが、友人はリンクが本物だと言い張る。そして、彼女がリンクを踏んだ途端、悪夢が始まった──。

ソフィー・コンプトンとルーベン・ハムリンが監督したドキュメンタリー映画『Another Body』は、クラインが自分の顔が不正に加工されたポルノ動画に使われていることに気づく場面から始まる。そして、自分をこんな目に遭わせたのは誰なのか、そしてそれを止めるにはどうすればいいのかを、クライン自身が突き止めようとする姿を描いているのだ。

10月20日から米国で公開されたこの映画は、あまりにもタイムリーなドキュメンタリー映画である。『WIRED』でも報じているように、同意なく不正加工されたポルノ動画は急増しており、Google 検索やマイクロソフトの検索エンジンBingを通じて、何十万もの動画を簡単に見つけられるようになっている。

ダイレクトに感じられる被害者の恐怖

こうしたポルノ動画の増加は、ネット上で提供されている人工知能(AI)が搭載された編集ツールの登場によって可能になった。コンプトンとハムリンも、本作でこれらのツールを用いているのだが、どのように使っているのかはネタバレにもなるので書かない。ただ、これだけは言っておこう。『Another Body』は、ディープフェイクがわたしたちの互いの認識をどれほど歪めてしまうのかを浮き彫りにしている。ディープフェイクは“本物ではない”から問題ない、と考える人も少なくないようだが、実在の人物の顔がそこに付与された場合の影響の大きさを想像してみてほしい。

冒頭では、ディスプレイに映し出された自分のフェイク動画を観ているクラインの目がクローズアップで映し出される。このシーンは、観客を引きつけ、本作が描こうとしているテーマを明確に物語っている。

『Another Body』は、観客に、もし自分がクラインの立場になったとしたらどう思うかを想像させようとする。自分では決して取らない行動をとっているかのように見せるために、自分の顔が操作されたことに気づいたときの混乱と、恐怖を直感的に感じさせようとしているのだ。

このため、最初の30分間は視点をクラインだけに絞り、彼女を一般的な女性として描くためにあらゆる表情を捉えている。冒頭のシーンが終わって画面に映し出されたのは、幼少期のクラインの写真だった。彼女は数学や工学、規則が好きだとナレーションで語っている。これはまるで、彼女の生来の健全さを観客に刻み込もうとしているかのようだ(「友達もみんなガリ勉なんです」と彼女はいい、この点を強調している)。

監督らは、観客がFaceTimeを通して彼女と個人的に通話しているかのようにインタビューを撮影することで、クラインの視点を確固たるものにしている。ある場面では、カメラマンがクラインにコーヒーを淹れ、ベッドにいる彼女に運ぶシーンがある。このシーンは少しクサいが、クラインのことを守りたいと思わずにはいられない。彼女が、自分の身を自分で守れそうな人物に見えたとしても。

司法制度の遅れが浮き彫りに

クラインはやがて、こうした行為の標的になっているのは身の回りで自分だけではないことを知る。そして、本作は不気味なほど似た経験をしたほかの数人の女性にも焦点を当てる。彼女たちは情報を共有し、警察を動かすのに必要な調査を不本意ながら進めていく。

『Another Body』が描き出すのは法律がいかにテクノロジーに遅れをとっているかということだ。そして被害者が、この問題を探偵のように自分で調べ上げ、活動家のように自分のために声を上げ続けるという、二重の役割を背負わざるを得ない状況に追い込まれる現実を示している。クラインが自分の状況を警察に真剣に受け止めてもらうのがどれだけ困難であったかを語るとき、その敗北は視聴者にまざまざと見せつけられる。

「刑事はわたしに、『そうですか。動画をちゃんと確認して、あなたであることを確認する必要があります』と、奇妙なことを言ってきました」と、クラインは語る。「『あなたは、誰かにこんなことをされるようなことを、何かしましたか?』と聞かれたのです」

最も印象的なシーンのひとつは、2人の女性がフェイク動画に特化した、いかがわしいネット掲示板「4chan」の投稿を探し回るシーンだ。彼女らは、スレッドに描かれているほかの女性の何人かが知人であることに気づき、これらの画像や動画を作成している人物が、現実世界で知っている人物に違いないと気づく。

「何人もの知っている女性が被害に遭っていることが恐ろしいです。ほかにも被害者はいるのではないかと危惧します」とクラインは語る。『Another Body』を見終わっても、問題が解決するわけではない。これは、犯罪として扱われることがほとんどないのにも関わらず、現在進行形で被害を及ぼしている行為の記録だからだ。

クラインを含め、この映画に登場する女性のほとんどは偽名を使っている。だが、最後に彼女らが見つけた被害者である人気YouTuberのGibiは例外だ。「クリエイティビティを発揮してコンテンツをつくるのが好きなんです」と、ASMR動画を投稿しているGibiは語る。「ポルノにされても構わないと割り切らない限り、コンテンツを投稿できないという状況は最悪です」

女性配信者はこうした類いの動画を含め、オンライン上での性的被害に遭うことが多々ある。そうした背景もあり、Gibiはコミュニティ内の声を代弁するために本作に出演している。

『Another Body』は、堂々と問題提起をしているドキュメンタリーだ。さまざまな問題点を示しながら、観る側の感情に訴え、ディープフェイク・ポルノの被害者に対する法的保護の必要性を伝えることに成功している。決して観ていて楽しい作品ではない。本作は、まるで探偵小説のように仕立て上げられてはいるが、世の中に必要とされている公共的メッセージを伝えようとしているのだ。この作品がカメラでとらえた危機的な状況は、目を背けてはいけない重要なものだ。

WIRED US/Translation by Naoya Raita)

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