高い薬価は「研究開発費を反映している」という製薬会社の主張には、根拠がなかった? 研究結果から見えてきた相関関係の真実

難病の治療薬などの新薬には、驚くほど高額な薬価が設定されることがある。その際に製薬会社は「研究開発費を回収する」目的であると主張しているが、実は研究開発費と法外な薬価との間に相関関係がないことが研究結果で明らかになった。
money in pill bottle
Photograph: Mike Kemp/Getty Images

朗報が舞い込んできたのは、2022年9月末のことだった。不治の神経疾患とされる筋萎縮性側索硬化症(ALS)に効果があるという新薬「レリヴリオ」が、米国で承認されたのだ。

ALS患者のコミュニティは喜びに沸いた。レリヴリオの承認は「患者たちが長年にわたって待ち望んできた勝利」であるとして、歓迎されたのだ。

ところが、翌日になって発表されたレリヴリオの薬価が波紋を呼んだ。なんと1年につき15万8,000ドル(約2,200万円)でだったのである。これは医療費を分析する独立系の非営利団体である臨床経済評価研究所が妥当な薬価として推定していた9,100ドル(約126万円)から30,700ドル(約426万円)という幅よりも、はるかに高額だ。

しかし、米国の人々は、おそらくショックを受けていない。米国での処方薬の価格は他の国の約2.5倍であり、米国人の4分の1は支払いに困っているのだ。がんの新薬は、ほぼすべてが安くても1年あたり10万ドル(1,480万円)を超えてくる。そして2022年の研究によると、新たに市場に送り出される薬の平均価格は、毎年20%高くなっているのだ。

謎に包まれたブラックボックスの中身

米国での薬価の設定方法は、謎に包まれたブラックボックスのようになっている。製薬会社が薬価を高く設定するために最も頻繁に持ち出す論法のひとつに、「研究開発費を回収するために薬価を高く設定する必要がある」というものがある。

しかし、これは本当だろうか。「このような論法は本当によく聞きます」と、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンスで医療政策の准教授を務めるオリビエー・ヴォウタースは言う。「だから、それならいくらかデータを集めてみようではないか、と思ったのです。なぜなら、わたしはこの論法を信じられなかったからです。誰も信じていないのではないでしょうか」

そこでヴォウタースは、データを収集してみた。ヴォウタースは共同研究者らとともに22年9月に『米国医師会雑誌(JAMA)』で新たな論文を発表した。研究開発に資金が必要なので薬価を上げなければならないというこのシンプルな論法を検証したのだ。

ヴォウタースらはこの論文で、2009年から18年の間に米食品医薬品局(FDA)が承認した医薬品のうち、研究開発費と薬価の両方が一般に公開されている60種類を分析した。そして金額を比較したのである。

「簡単に言うと、調査報道のような作業になりました。領収書をすべて確認して、過去にさかのぼって支出を調べたのです」と、ヴォウタースはいう。研究開発費が高い薬価の原因であるなら、研究開発費と薬価の間には強い相関が見られるはずだ。しかし、実際には相関性は認められなかった。

ヴォウタースは、この研究はサンプルのサイズが小さいことを認めている。しかし、その理由は、製薬会社がその財務データのほとんどを非公開としていることにある。製薬業界はヴォウタースの論文の結論に異議を唱えたければ、より多くのデータを公表すべきだろう。

「研究開発費が高額」という定説の真実

この分野の関係者にとっては、この論文の結論は「それはそうだろう」と言いたくなるような内容である。何が薬価を上げる原因になっているのかは、誰もがわかっていることだと、ペンシルベニア大学の医療倫理・医療政策学部の学部長を務めるエゼキエル・エマニュエルは言う。

「『いくらまでなら高く釣り上げられるだろうか、市場はどのくらいまでなら我慢して払ってくれるだろうか』といった具合に決まるのです」

しかし、製薬業界の主張に反論するにあたっては、この研究のように実証的なデータを積み上げることが重要だと、エマニュエルは指摘する。

直感的に考えると、薬価が高いのはその研究開発費が高額だからだと言われると、納得してしまいそうにも思われる。革新的な新薬を生み出すというビジネスはハイリスクであり、極めて高額を要しそうに思えるだろう。しかし実際には、研究開発費が高額であるという点さえにも、異論を挟む余地が十分にあるのだ。

ヴォウタースは2020年にJAMAで別の論文を発表しており、新薬を市場に送り出すために実際どれだけの費用がかかっているのかを分析している。これは専門家たちが何十年も突き止めようとしてきた問題だった。

研究開発費の高さを強調したい人々が最も頻繁に主張するのは、約28億ドル(約4,200億円)という金額だ。しかし、この金額の根拠はたった1本の論文にすぎず、さらにその論文の根拠となっているのは製薬会社から提供された社外秘のデータである。

「こうした推定は、ある種の秘密主義のベールに包まれているようなものです」と、ヴォウタースは言う。ヴォウタースと共同研究者らは、研究開発費はむしろ13億ドル(約1,900億円)ほどであるとの結論に達しており、これは一般的に考えられている推定の半分にも満たない。

実際の研究開発費が思われていたよりはるかに安いなら、研究開発費によって薬価が大きく膨れ上がっているという話は信じづらくなる。

本当に優先されていたこと

製薬会社がどのように薬価を決めているのか、その実情をかすかにうかがい知れる機会がときおりある。その例に、C型肝炎の治療薬「ソバルディ」が挙げられる。12週間の投与で84,000ドル(約1,200万円)という高額で、2013年に市場に投入された。

ところが、米国政府が15年に18カ月にわたって実施した調査で約20,000ページもの社内文書を確認したところ、ソバルディの権利をもつ製薬会社のギリアド・サイエンシズは「確実にソバルディが市場で最も大きなシェアを可能な限り長く維持できるなかで最高の薬価」として、この高額が設定されていたことが判明した。つまり、優先されていたのは利潤だったのである。

この結果に対してギリアドは次のように反論している。「当社の医薬品の価格設定は妥当だと考えています。それは当社の医薬品は患者のみなさんに大きな利益をもたらすものであり、医療費の負担者、医療従事者、そしてわたしたちの医療システム全体にとっても、慢性の(C型肝炎)ウイルスを管理していく上で必要な長期的なコストを下げるという意味で、著しい価値をもたらすものだからです」

米国以外では薬価を当局が決めており、その判断材料となるのは医薬品がもたらす価値だ。例えば英国では、国立医療技術評価機構(NICE)がすでに存在している治療法と比較して患者の「質の高い生活」を1年間引き伸ばすためにかかるコストを算出することで、新薬の価格を決定している。

もたらす価値が小さすぎる新薬であれば、NICEは国民保健サービスにその新薬の使用を推奨しない。フランスやドイツなどの国は製薬会社と交渉の上で、すでに市場に出されているその他の薬と比較した際の臨床上のメリットをもとに、薬価を決定している。

価格の見直しにつながる新たな武器になるか

米国でも、徐々にそうした方向に薬価の決定方法を改革する動きが進みつつある可能性がある。新たなインフレ削減法のもとでは、公的医療保険制度の「メディケア」はごく一部の医薬品について薬価を交渉できるようになったのだ。

これに対してペンシルベニア大学のエマニュエルは、これが薬価の規制に実際に大きなインパクトをもたらすかどうかについては懐疑的である。なぜなら、この法律はあまりに多くの“抜け道”が用意されたかたちでつくられているからだ。

製薬会社に是正を迫る役目は学者が負うべきものではないと、Initiative for Medicines, Access & Knowledge(I-MAK)の設立者のタヒル・アミンは言う。I-MAKは、医薬品の開発と流通における不平等をなくす運動をしている非営利団体だ。

ヴォウタースの研究チームの分析については、「これは政府の機関や当局が進めるべき調査です」と、アミンは言う。「こうした情報をもたずに政策を決めることなど、可能であるはずがありません」

これに対してヴォウタースは、自身の論文で状況が一気に好転するとは考えていない。それでも、製薬会社の言い訳を論破できる立場にある人々にとっては、ヴォウタースの論文は新たな武器になるものだ。

「この研究結果について、鬼の首を取ったような大発見だと思ったことなど、まったくありません」と、ヴォウタースは言う。「もちろん、そんなことは思いません。おそらく実態はこのようなものであろうと、誰もが常に思っていましたから。でも、わたしは依拠できる証拠をいくらか用意することは、極めて重要だと思っています」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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