感染症の同時流行が懸念されるなか、長期的な医薬品不足に米国が直面している

新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス、RSウイルスによる感染症の流行で、風邪薬や解熱剤といった医薬品の不足が米国で顕在化している。しかし、この事態は少なくとも2011年から懸念されていたものだ。
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Photograph: MirageC/Getty Images

米国で小さな子どもをもつ親たちは、3つの感染症のパンデミックが重なる「トリプルデミック」が懸念されているこの冬、米国で長期にわたって続く問題に直面している。新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス、RSウイルスによる感染症に対抗するために、風邪薬や解熱剤を求めて薬局やスーパーに足を運んでも棚に在庫がないのだ。

不足している医薬品は市販薬だけではない。溶連菌感染による扁桃腺炎や猩紅熱(しょうこうねつ)の治療に使われる抗生物質「アモキシシリン」が、米国や英国で品薄の状態なのである。

さらに悪いことに、こうした医薬品不足はすぐに解消される一時的なものではない。子どもが必要とするときに手に入れられるかは運次第なのだ。

米食品医薬品局(FDA)の記録によると、アモキシシリンの供給は22年10月末から減っている。薬局の専門家によると、その月の初めから在庫切れに悩まされている同僚が複数いたという。

品切れになっている医薬品は、季節性の感染症の治療薬だけではない。FDAによると、抗生物質、がんの治療薬、麻酔薬、「Adderall(アデロール、アデラル)」(アンフェタミンを含む精神刺激薬の商品名。日本では認可されていない)を含む191種類の医薬品の在庫が不足しているか、供給量を元に戻そうとしている段階なのだという。

2011年から続く医薬品不足

こうした医薬品不足は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)に起因する一時的な事態ではない。専門家たちは少なくとも2011年の時点からこうした事態について警告しており、米国病院薬剤師会(ASHP)によると、過去5年間のどの四半期においても、米国で販売されている医薬品のうち数百種類が不足していた

別の言い方をすれば、米国は世界の医薬品の技術革新を牽引する存在だが、開発した医薬品を薬局の棚に補充できないのである。これには調達の遅れや政策の不備、企業の機密情報の開示の問題などが絡んでおり、解決が難しいのだ。

「医薬品不足の問題がいまになって表面化した理由は、子どもたちにも影響が及んで親たちが怖がっているからです」と、臨床薬剤師でノースウェスタン大学フェインバーグ医学部の整形外科の助教授であるスターリング・エリオットは説明する。「しかし、これは2011年以来ずっと医療関係者が米国の医療制度を通じて管理してきた問題です。多くの医薬品は病院、外科センター、診療所などの医療従事者が常に厳しい目で監視しています」

医薬品不足への対処は日常的になっており、「いまや薬局の専門分野のひとつになりつつあるほどです」と、ウェイン州立大学薬学部の副学部長であるスーザン・デイビスは語る。「医薬品不足への対処は仕事内容の説明にも載っていますが、本来ならあってはならないことです」

パンデミックは一因にすぎない

どうしてこのようなことになってしまったのか。新型コロナウイルスのパンデミックは、確かにこの事態をあと押しするどころか悪化させた。特にパンデミックが発生した最初の年は、集中治療室(ICU)に重症患者が溢れて抗生物質の使用量が増加し、呼吸器の使用に使う麻痺剤の供給への負担が増したのだ。需要が急増したことに加え、新型コロナウイルスの流行によって医薬品の製造の各段階に関わる人員が減ったことも供給を圧迫したという。

しかし、この長期に及ぶ医薬品不足は、パンデミックの前から発生していたのだ。政策立案者は医薬品の局所的な供給不足が起きていることを2000年代初頭に気づいており、この問題が爆発的に広がったのは11年のことである。

供給不足が続いている医薬品と、新たに不足する医薬品は300種類以上に上ると研究者らが推定したのは、11年末のことだった。この数カ月後、当時の米大統領のバラク・オバマは大統領令に署名し、この問題は解決されるはずだったのである。

この大統領令でとりわけ重要な内容は、製造を中止して供給が途絶える可能性のある製品をFDAに通知するよう、製薬会社に命じたものだ。この大統領令と12年に制定された法律の助けもあって、医薬品が不足する可能性をより細かく監視するFDAの取り組みに弾みが付いたのである。

21年の最新のデータでは、製薬会社と密に連絡を取り合うことで317件の医薬品の供給不足を防いだと、FDAは説明している(FDAの広報担当者は取材の申し込みを辞退している)。

サプライチェーンの複雑な構造

医薬品不足が続く理由は、複雑な構造上の問題にある。例えば、パンデミックによって一時的に明らかになったことがある。長いサプライチェーンをたどると、多くの医薬品が米国とは別の場所で製造されていることが判明したのだ。

医薬品有効成分(API)として知られる原薬は、場合によっては主にインドや中国などから輸入されていた。また原薬をほかの成分と混ぜて最終的に出来上がる完成品が、海外の提携先で製造されている場合もある。

「3つのラベルのついた3つの製品が市場に出回っていたとしても、製造元は同じ施設である可能性があります」と、臨床薬剤師でASHPの調剤と品質担当のシニアディレクターを務めるマイケル・ガニオは説明する。「また3つの製薬会社が同じAPIのメーカーから原薬を調達している可能性もあります。ここに透明性はないのです」

この問題を解決するには、透明性をもたせるところから始めることになる。医薬品の供給不足を予測し、その影響を緩和できる柔軟なシステムの構築に向けて、まずはより多くの情報を集める必要があるのだ。供給が不足している医薬品の多くは大ヒットしている新薬ではなく、利益があまり出ない旧薬なので、この点は特に重要になる。

こうした医薬品の供給は、薬品の汚染や機械の故障といった製造上の問題によって止まる可能性が最も高い。FDAは製薬会社に対して生産ラインの安全性を保つよう求めているが、生産ラインが止まらないよう一定期間ごとに製造設備に投資することを求めているわけではないからだ。昔からある製品に投資することは、高収益を得られる画期的な新製品に投資することよりも、事業として魅力的ではないのである。

情報開示の問題

原材料の供給や製造の問題で製薬会社が生産ラインを停止することが事前にわかれば、規制当局は市場の需給バランスをとりやすくなる。しかし、そのような情報開示を求めることは、企業に機密情報の開示を求めることを意味する。

「自由市場にかかわる法律の制定は難しいのです。そして解決しなければならない問題の多くは、自由市場と関連する要素があります」と、ユタ大学の医療施設で医薬品情報のシニアディレクターを務め、ASHPに医薬品の供給不足の情報を提供する研究チームの責任者であるエリン・フォックスは指摘する。フォックスは22年の報告書で政府に改革を提案した全米アカデミーズ(NASEM)の一員でもある。

この報告書は、バイオテロの防衛薬を保有している国家戦略備蓄を拡大したり、国際貿易協定を締結して薬の原材料の供給を途切れさせないようにしたりといった、連邦政府がとるべき一連の施策を提示している。また、レジリエンスを強化する計画や、情報開示の点で企業を評価する連邦政府による評価制度の構築も提案している(FDAの報告書も品質評価の制度の導入を推奨している)。

企業に対しては、ムチよりもアメを与える施策をNASEMは推奨する。機密情報の開示を強制できないことを認識した上で、より積極的な開示を促すインセンティブの提供を提唱しているのだ。例えば、連邦政府の評価制度で情報を開示していると評価した医薬品の会社に対しては、支払う薬価を少し高くすることなどである。

施策の導入が課題

こうした制度の導入には課題が伴う。「わたしたちは常に薬剤費の高騰に対抗しています」とASHPのガニオは語る。「ですから、病院の最高財務責任者(CFO)や薬局の責任者に向かって『価格は少し高いですが、いい投資になるので買います』とは簡単に言えないのです」

とはいえ、医薬品の供給不足によって、医療機関の支出は増えている。直接的には人件費が、間接的には患者の安全を守ることに関連する支出が増えているのだ。コンサルティング会社のVizientが公開した19年の調査結果は、米国の病院は医薬品不足に対処するために、従業員の労働や残業時間の手当として年間3億5,900万ドル(約462億円)も余分に支出していると推定している。

オーストラリアの研究者も19年に、医薬品不足によって発生した治療の待ち時間の延長や入院の長期化、代用薬への反応の悪さ、手術後の合併症、場合によっては防ぐことができた死によって患者に害が及んだ38件の事例を特定している

医薬品が不足するたびに生じる混乱を防げることから、この問題に取り組む価値はあると医療関係者は考えている。「不足している医薬品の代わりに何を使うか毎回決めなければなりません」と、デューク大学の薬学教授で米国感染症薬剤師会の会長を務めるメリッサ・ジョンソンは語る。「今週は何がないのか。代わりとなる供給元はあるのか。自分たちで調合する必要はあるのかと考えているのです」

現状維持は、問題の解決に失敗しているということである。それは医薬品不足による負担を、疲弊した薬剤師や、この問題に対して無力な病気の子どもや混乱する親に負わせることを意味しているのだ。

WIRED US/Translation by Nozomi Okuma)

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