イーロン・マスクによるツイッター買収は、かくして驚きの「合意」という結末を迎えた

イーロン・マスクによるツイッターの買収が、440億ドル(約5.6兆円)という驚きの額で合意に達した。一度は頓挫するかと思えた買収劇は、いかにしてスピーディーで驚くべき逆転劇を迎えることになったのか。
イーロン・マスクの買収案にTwitterが合意。驚くべき逆転劇の裏側
Photograph: JIM WATSON/AFP/Aflo

イーロン・マスクがソーシャルメディアプラットフォームを運営するツイッターの買収に、440億ドル(約5.6兆円)という驚くべき金額で4月25日(米国時間)に合意した。過去3週間にわたって成立と頓挫との間で揺れ動いた買収交渉をまとめたマスクが、ツイッターの新しいオーナーとなることが決まったのである。

このニュースを発表したプレスリリースによると、マスクは「言論の自由は民主主義が機能するための基盤であり、Twitterは人類の未来にとって不可欠な問題を議論するオンラインの公共広場である」と考えているという。ツイッターの取締役会議長のブレット・テイラーは、今回の買収は同社の株主が「進むべき最善の道」だと説明している。

この結果、マスクによるツイッターの買収が投資目的であるという憶測には終止符が打たれることになった。マスクはツイッター株の9.2%(買収額は約24億ドルで7,350万株)を取得したことが、4月4日に明らかになっている。この株式取得に伴い、マスクはツイッターから取締役に指名されたが、4月10日に就任を辞退している

それからすぐマスクは、ツイッターの全株式取得を望んでいることを明らかにした。4月14日、9.2%の株式を保有するマスクはツイッターの残りの全株式を1株あたり54.20ドルで買い取ると申し出たのである。これはマスクが株式を購入したときの株価に38%上乗せした額に相当する。

一方、マスクはツイッターの取締役会議長に宛てた書簡において、Twitterを厳しく批判した。「わたしはTwitterが世界各地で言論の自由のためのプラットフォームになる可能性を信じています。そして、言論の自由は民主主義が機能するために社会に不可欠だと信じています」とマスクは主張している。ところが、「いまのツイッターのままでは、その可能性を実現することも、言論の自由を助けることもないと気づいたのです」というのだ。

代わりにマスクはツイッターの株式の非公開化を望み、440億ドルという「最善かつ最終的な」買収提案を示した。

当時、マスクの入札が成功する可能性や、この入札が適正かどうかについて、アナリストたちの間では意見が分かれていた。買収価格は市場での株価に30~40%の上乗せが一般的で、マスクの提案価格はその範囲に収まるものだったが、ツイッターの昨年の株価の最高値はそれをはるかに上回っていたからだ。ツイッターの取締役会側は、この提案を査定すると発表していた。

オックスフォード大学のサイード・ビジネス・スクールで戦略とイノベーション分野の上級講師を務めるティモシー・ギャルピンは、「マスクは企業を狙う活動家のちょっとした前例をつくっています」と指摘する。「少し前に(大物投資家の)カール・アイカーンやほかの数人が実行したことはありましたが、全株式を取得しようとする試みはそれほど一般的ではありません」

ビジョンを語っていたマスク

ツイッターの全株式を取得して非公開にすることを申し入れた同じ日に、マスクはバンクーバーで開かれた「TEDカンファレンス」に登壇し、自分のビジョンを語った

TEDのステージでマスクは「金儲けが目的ではありません」と主張し、「最大限に信頼され、広く包括的である公共プラットフォームの存在は非常に重要だと、わたしは直感的に思っています」と説明している。この発言を受けて、ツイッター内部の一部関係者と大株主は、はたと考え込んだ。

オンラインメディアでは、ツイッターはマスクを“撃退”すべく抗戦するのだと報道されていた。一方、テスラとスペースXの最高経営責任者(CEO)であるマスクは、彼の提案を拒否すると発表したツイッター大株主であるサウジアラビアの投資会社キングダム・ホールディングに対し、報道の自由を問うツイートを放った(サウジアラビアはジャーナリストのジャマル・カショギの殺害事件で非難されている)。

巨大企業の買収を考えるとき、こうしたソーシャルメディアでの争いは珍しいかもしれない。だが、マスク自身も珍しい存在だと、マンチェスター・ビジネス・スクールの経営学教授のカリー・クーパーは指摘する。

「マスクは従来型のビジネスパーソンではありません」と、クーパーは言う。「彼はかなり創造的で、かなり革新的な人物です。ユニークで、普通のビジネスマンがやらないようなやり方でものごとを実行します。彼はそこらの起業家とは違うやり方で行動するのです」

驚くべき逆転劇

これに対してツイッターの取締役会は、緊急事態に備えた買収対抗策である「ポイズンピル(毒薬条項)」を、4月15日に発動させた。期間限定で株主に権利を付与するポイズンピルによってマスクが支配権を握る可能性を減らすべく、ツイッターへの投資を増やすよう株主に呼びかけたのである。この条項下で15%以上の株式を取得しようとする場合、マスクはツイッターの取締役会と交渉する必要があった。

ポイズンピルを発動することで、敵対的買収はいったん回避された。しかし、マスクの買収提案が取り下げられることはなかった。マスクは提案した買収の実現に必要な440億ドルの現金の調達方法について、4月21日に概要を発表したのである。

マスクは、モルガン・スタンレーなどの金融機関から買収支援を確保した一方で、推定2,630億ドル(約34兆円)の自己資産から約210億ドル(約2.7兆円)を拠出するという。この米当局への届出書により、これまで推測の域を出なかった買収提案が具体化され、マスクがいかに本気でツイッターを非公開化しようとしているかが示されたわけだ。

資金調達の方法が確認されたことで、マスクに特に難色を示していなかったツイッター株主の一部が、マスクの考えを聞くよう会社側に求めたと伝えられている。報道によると、この週末に開かれた会議を経て25日にツイッターの取締役会が開かれ、株主にこの買収の取引を推奨したのである。まさにスピーディーで驚くべき逆転劇だった。

「金曜の段階では懐疑的で冷笑するような意見が多かったのですが、いまではほとんど決まった取引のように見えます」と、ニューヨーク大学スターン経営大学院で情報システム学教授を務めるヴァサント・ダールは言う。マスクの素早い動きにより、その他の入札候補者は遅れを取り戻すために手間取っていた。

しかし、ギャルピンによると「取締役会の受託者責任は株主にとって最大の価値を得ることにある」ので、少なくともツイッターの取締役会としては、この取引は“金銭的テスト”に合格したようだ。「マスクが会社の支配権を握った場合、彼が会社をどうするかという疑問は明らかにあります。彼は編集ボタンを追加する以上のことをしなければなりません」

手続きが問題視される可能性も

ツイッターを非公開企業にすることで、マスクは株式市場の声に惑わされることなく、自分が望む変更をはるかに素早く実行に移せるようになる。「新しい機能を追加してサービスを強化し、アルゴリズムをオープンソース化して信頼を高め、スパムボットを撃退し、すべての人間を認証することでTwitterをこれまで以上に改善したい」と、マスクは25日のプレスリリースで説明している。

「彼は見事にやりきったと思います」と、ニューヨーク大学のダールは言う。「『マスクは誇大妄想狂で自己宣伝のためにやっている』という世間の反応は予想できるものでした。しかし、実際にはそれ以上のものがあるとわたしは思います」

ただし、今回の買収が規制当局から詳細に調査される可能性はある。反トラスト法上の懸念はなさそうだが、米証券取引委員会(SEC)は買収プロセスにおけるマスクの情報開示を問題視する可能性があるのだ。

「彼が不適切な申請をしたという理由で、裁判所に取引の差し止めを求めることができます」と、ミシガン大学の法律学教授でSECの元弁護士であるアダム・プリチャードは言う。「最初の出資を適時に申告せず、のちに間違った書類を提出しました。それは経営に影響を与える意図があってのことだったのです」

ただし、取引の差し止めを求めるには、そのような違反行為によって生じた損害を明らかにする必要がある。株主は民事訴訟を起こすこともできるが、買収取引のほうがマスクからより多くの資金を得られる可能性が高い。また、株主に損害を与える可能性があることから、SECが取引を停止する可能性は低いだろう。

歓迎すべき展開になるか

イーロン・マスクがツイッターの経営権を握ることはほぼ確実になったことで、Twitterというプラットフォームの様相が一変することになりそうだ。Twitterの何百万人ものユーザーの一部にとっては、一人ひとりが望むことをより自由に発言し、実行できるようになる歓迎すべき展開だろう。

しかし、ほかのユーザーにとっては、身も凍るような結果をもたらす可能性のある不安な展開である。ツイッターの株主とマスク自身にとっては、前途有望のようにも見える。

「株主は自分たちの“勝利”だと感じるでしょうし、マスクは自分が望んだものを手に入れました」と、ギャルピンは言う。「法外な値段ではありませんでしたが、決して安くもない値段でマスクはツイッターの支配権を手に入れました。誰も食い物にされることはなく、誰も損をしなかったのです」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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