イーロン・マスクによるTwitter買収で、セキュリティはどうなる? 本人確認の義務化とプライバシーを巡る懸念

このほど合意に達したイーロン・マスクによるツイッターの買収。マスクはTwitterで「すべての個人を認証する」といった目標も打ち出しているが、プライバシーとセキュリティを巡る懸念も高まっている。
Elon Musk
PHOTOGRAPH: JOSHUA LOTT/GETTY IMAGES

イーロン・マスクがTwitterを約440億ドル(約5.6兆円)で買収することで4月25日(米国時間)に合意し、同社を非上場化することを明らかにした。マスクは声明においてさまざまな目標を語っており、なかには「アルゴリズムをオープンソース化して信頼性を高める」と同時にスパムボット対策を実施し、「すべての個人を認証する」といったことも含まれている。

 マスクがTwitterをどのように舵取りしていくのかは、現段階では詳細は明らかにされていない。だが、プライバシー保護やセキュリティの強化を求める人々は最初の声明について、ソーシャルメディアの巨大企業が新たなリーダーのもとで目指す方向性としていいとも悪いとも判断できないもので、プラットフォームに個人情報の保護を託すことのリスクが明確になったと指摘している。

Facebookなどのプラットフォームが「実名登録」の方針を強化している一方で、これまでのTwitterは仮名や匿名での利用に寛容だった。しかし、この姿勢もマスクのもとで変更される可能性がある。

さらに間もなくマスクは、IPアドレスやダイレクトメッセージ(DM)の内容といったTwitterの全ユーザーデータにアクセスできるようになる見込みだ。とりわけTwitterのDMは、エンドツーエンドで暗号化されていないことから、プラットフォームを制御する権限をもてばすべてにアクセス可能になる。

これに対してエンドツーエンドの暗号化を支持する人々は、暗号化による保護はあらゆる種類の傍受からユーザーデータを守るだけでなく、サービスをいつ誰が所有しようと、長期にわたってユーザーの権限を確保するものだと以前から訴えてきた。

「イーロン・マスクは、ついに文字通りTwitterの“王”になりました。あなたのダイレクトメッセージにアクセスして、その内容を政府に渡すことすらできるようになったのです。そしてこの場合の政府とは、おそらくテスラがビジネスを展開しようとしている国の政府でしょうね」と、デジタル権の擁護団体「Fight for the Future」副代表のエヴァン・グリアーは指摘する。

例えば中国政府は、公の場での発言と私的なコミュニケーションの両方を検閲していることで悪名高い。ハンドルネームによる投稿は認められているが、テック企業に対してはユーザーの身元に関する記録を保管しておくよう要求している。

マスクのライバルであるジェフ・ベゾスが4月25日にTwitterのスレッドで言及したように、マスクがオーナーであるテスラは、中国でのビジネスに高い関心を寄せている。一方、中国政府にとってTwitterは、依然として厄介な存在である。

本人確認の義務化への懸念

その他の巨大テック企業と同様に、Twitterも長年にわたり、政府からの情報提供の要請やコンテンツ削除の法的要請の件数などを報告するシステムを構築してきた。マスクはTwitterの透明性を最優先する意向を示しているが、どの分野に注力したいのか、また政府によるユーザーデータの提供要請などの問題に対して、どのようなスタンスをとるつもりでいるのかは明らかにされていない。

デジタル権の擁護団体が指摘するには、オープンスタンダードは一般的に、閉鎖的なエコシステムよりも効果的に言論の自由を保護できるという。複数の組織が相互運用可能なサービスのバージョンを提供し、ユーザーはそこから自分で選択できるからだ(この種のサービスの例として、SMSと電子メールを思い浮かべてほしい)。

 しかし現実には、ユーザーはTwitterのような比較的シンプルで使いやすいプラットフォームに集中する。さらに近年、Twitterは単独の閉鎖的なサービスではなく、相互運用可能な標準プラットフォームとしてオープン化する方法を検討すべく、試験的なプロジェクトとして「Project Blue Sky」を立ち上げるまでに至っている

マスクが言う「すべての個人を認証する」とは、例えばユーザーがツイートする前にキャプチャ認証を求めて“人間”であることを確認し、スパムボットを減らす計画だとも考えられる。このようなシステムがどれだけ実現可能であるのかは不明だが、理屈の上では理想的なシナリオであり、実際に有意義な施策になりうると、プライバシー保護やセキュリティ強化の推進者は指摘している。

だが、マスクの提唱によって最悪の場合は、Twitterがユーザーの情報を収集してそのユーザーが“人間”であることを社内で確認する、あるいは同じく最悪の場合は法的な身分を確認できたユーザーだけがアカウントをもてる事態になるかもしれない。

「マスクがどのような意図で言っているのかはわかりませんが、最も懸念するのはTwitterで全員に本人確認が義務づけられることです」と、米国海軍兵学校准教授でサイバーセキュリティ法を専門とするジェフ・コセフは言う。「Twitterには、Facebookのような実名方針のプラットフォームでは聞けない類の意見が数多く寄せられます。また、Facebookのようなプラットフォームは、実名方針だからといって良識が保たれているとは言えません。本人確認情報の提供をわずかでも義務づけるとなれば、たとえ実名投稿を条件にしないとしても、多くの人のオンライン上での発言力を大きく変えることになります。米国外ではなおさらです」

深刻な問題をもたらす危険性も

マスクは近いうちに、Twitterに関する計画の詳細や具体案について発表するものと思われる。一方で今回の事態は、あらゆる民間プラットフォームが通ることになる不透明で予測不可能な道筋に意識を向けさせたとも言える。

「ネット空間の極端な一元化や民営化が進むと、従来のメディアにアクセスできない人ほど深刻な被害を受けます」と、Fight for the Futureのグリアーは語る。「人権活動家や中小企業の経営者、独立系ミュージシャン、社会から取り残されたコミュニティに属する人々にとって、プラットフォームを奪われること、あるいは事前通告なしにアルゴリズムが変わることは、意見を発信し、生活し、生き延びる能力に大きな影響を与える可能性があります」

メタ・プラットフォームズがFacebookの「Messenger」やInstagramのDMにエンドツーエンドの暗号化を実装するという方針を打ち出しているなか、マスク率いるTwitterがユーザーの私的な通信をどう扱うかは未知数である。

「とても恐ろしいです。Twitterはプライバシーに関しては比較的優れていましたが、買収はこのプラットフォームにおいて同社に守られてきた人々に深刻な問題をもたらす恐れがあります」と、ジョンズ・ホプキンス大学の暗号学者のマシュー・グリーンは指摘する。「TwitterのDMを使うなら、(メッセージが暗号化される)メッセンジャーアプリ『Signal』の連絡先を伝えるだけにとどめておくことです。そうすれば、イーロンがあなたにメッセージを送りたければSignalを使うでしょうから」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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