テック企業のコンテンツ規制を強化、EUが合意した「デジタルサービス法」の狙いと懸念

インターネットの安全性向上を目的とした「デジタルサービス法(DSA)」の導入について、このほど欧州連合(EU)が合意した。ロシアによるウクライナ侵攻のような有事の際に、当局がSNSや検索エンジンなどのコンテンツやアルゴリズムの規制を発動できるようになる一方で、影響力の大きさや権力集中への懸念の声も出ている。
Thierry Breton
欧州委員会委員のティエリー・ブルトンは、「プラットフォームが欧州のどこに本部を置いているかにかかわらず、どの国の当局でも違法コンテンツを削除するよう要求できるようになります」と説明している。Photograph: Olivier Matthys/Pool/REUTERS/Aflo

ロシアによるウクライナ侵攻のような危機的状況が発生した際に、ソーシャルメディアや検索エンジン、オンラインマーケットプレイスに対し、当局が規制強化の“強権”を発動できるようにする──。そんな法律の導入について、欧州連合(EU)が4月23日(米国時間)の早朝に合意した。

この「危機対応メカニズム」は、インターネットの安全性向上を目指す「デジタルサービス法(DSA)」の広範にわたる規定の一部である。ロシアによるウクライナ侵攻を契機に成立したこの法案により、パンデミック時や戦時下での大手ITプラットフォームの運営に、EU加盟国の当局が大きな影響力を及ぼすことになるわけだ。FacebookやTikTok、Amazonといった巨大IT企業のプラットフォームは、EU加盟国内に4,500万人以上の利用者がいる。

「治安や健康にかかわる危機的状況が発生した場合、プラットフォーム上の緊急の脅威を制限するよう、欧州委員会は大手プラットフォームに要求できることが合意されました」と、ヘンナ・ヴィルックネンは説明する。ヴィルックネンは、法案の審議に参加した欧州人民党所属のフィンランド人欧州議会議員である。

欧州当局はこの画期的な規制法案により、大手IT企業のプラットフォームに対してアルゴリズムの機能に関する透明性の向上、「違法」とみなされるコンテンツや製品の削除機能の強化、そして人種や性的指向、所属政党などのセンシティブな情報に基づく広告表示の制限を義務づける新たな権限も手に入れることになる。

また、「ダークパターン」(ユーザーをだますためにつくられたユーザーインターフェイス)や子どもを対象にした広告も禁止される。プラットフォームがこの規制を遵守しない場合、最大で世界売上高の6%の罰金が科される可能性がある。

この法案の施行は、ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が率いる欧州委員会に一任されることになる。これにより、多くの大手ITプラットフォームが欧州の本部を置くアイルランドの当局だけがこれらの企業を規制できるシステムが、実質的に終わりを告げることになった。

テック企業への多大な影響力

EUに加盟する27カ国は、FacebookやYouTubeなどのプラットフォーム上の不適切なコンテンツを監視するコンテンツモデレーションにも、より大きな影響力をもつことになる。「プラットフォームが欧州のどこに本部を置いているかにかかわらず、どの国の当局でも違法コンテンツを削除するよう要求できるようになります」と、欧州委員会委員のティエリー・ブルトンは法案の審議終了前、ブリュッセルで新規制が合意される数時間前に語っている。

この法案の広範にわたる規制のなかでも、危機対応メカニズムは最も論議を引き起こしたもののひとつだった。「ロシアによるウクライナ侵攻は、より厳しい制限を主張する陣営が自分たちの政策を押し通す後押しになったようです」と、スタンフォード大学サイバーポリシーセンターでプラットフォーム規制担当ディレクターを務めるダフネ・ケラーは4月21日に指摘している。「悪法であったとしても、これは政治ではよくあることです」

新型コロナウイルスのパンデミックとロシアによるウクライナ侵攻のどちらの場合でも、大手IT企業のプラットフォームは国民の反応を形成する上で大きな役割を担ってきた。欧州連合で外務・安全保障政策を担当する上級代表のジョセップ・ボレルは、ロシアによるウクライナに関する偽情報が欧州のインターネットに拡散されたことは、欧州の安全保障に対する「直接の脅威」であると説明している。

なお、アマゾンは20年2月、自社プラットフォームで新型コロナウイルス感染症の治療や予防を謳う製品を100万個以上も販売禁止にしたと発表している。

欧州にはこれまで、加盟国が公衆衛生や安全保障上の危機に瀕しても、当局によるプラットフォームのポリシーへの介入を可能にする法律が存在しなかった。ロシアによるウクライナ侵攻を巡り、ロシアのプロパガンダの拡散にひと役買っているとみなされるロシア政府系メディア「スプートニク」や「RT(旧Russia Today)」などのメディアを禁止したくても、欧州議会は管理体制やプラットフォームの協力に頼るしかなかったのだ。「危機やパンデミック、戦争などに直面した場合、プラットフォームの善意だけに頼ることはできません」と、欧州委員会委員のブルトンは言う。

「ウクライナの件でプラットフォームがどれだけ重要な役割を担っているのかが明らかになりました。このため、何らかの危機が生じた場合に対応できるツールを準備しておく必要があるのです。欧州にはそのための法律がないのですから」と、欧州議会議員のヴィルックネンは言う。「制裁の体制がない状態で、別の種類の危機が生じる可能性があるのです」

権力集中への懸念も

とはいえ、危機対応メカニズムに批判的な専門家は、欧州委員会に権力が集中しすぎることに懸念を示している。

Facebookが単独でグローバルな情報空間に関する重要な決定を下すべきではないと同様に、「加盟国からの大きな圧力に晒されている非常に政治的な団体である欧州委員会が、単独で決定してほしくありません。特に危機的状況においてはなおさらです」と、ブリュッセルに本拠を置くデジタル人権擁護団体「European Digital Rights(EDRi)」のシニア政策アドバイザーを務めるジャン・ペンフラットは言う。

欧州議会がデジタルサービス法に関する政治的合意に達したとはいえ、規制の語句や技術的な詳細は今後詰めることになる。また、危機的事態の際に、欧州委員会が大手ITプラットフォームに対してどのような権限をもつようになるのかについては、まだ不確定な部分もある。

審議で合意された文章によると、欧州委員会がFacebookやTikTokに対して利用規約およびコンテンツのモデレーションやランク付けの方法を変更するよう勧告することができるようだ。また、政府が認定した情報を検索結果の上位に表示するようプラットフォームに義務づけることも可能だと、ペンフラットは言う。

Facebookを運営するメタ・プラットフォームズやアマゾン、TikTokを運営するバイトダンスは、今回の新規制についてのコメントを控えている。グーグルにもコメントを求めたが、回答は得られなかった。

「当初から危機対応メカニズムに関する最大の懸念となっていたのは、権力の集中を防ぐ適切なチェック・アンド・バランスの仕組みがなく、欧州委員会に大きな権限を与えてしまうことでした」と、Dot Europeの政策担当を務めるロメイン・ディグノーは言う。Dot Europeは、メタやバイトダンス、ツイッター、グーグル、アップル、アマゾンなどが加入するロビー団体である。なお、危機対応メカニズムが議論されるようになったのは本法案の審議の終盤であったことから、議論を尽くすことが非常に困難であったとディグノーは補足している。

Wikipediaを運営する非営利団体ウィキメディア財団の公共政策ディレクターのジャン・ゲルラッハによると、Wikipediaも危機対応メカニズムによってコンテンツの決定にプラットフォームの介入が義務づけられるのではないかと懸念していたという。Wikipediaでのコンテンツの決定は通常、ウェブサイトのコミュニティに委ねられている。

危機対応メカニズムが広範にわたりすぎていると感じる専門家もいる。「欧州委員会がプラットフォームに要求できる事項が具体的に明記されていないので、非常に広範囲に及ぶ可能性があります」と、欧州緑グループ・欧州自由連盟に所属するドイツ人の欧州議会議員、パトリック・ブレイヤーは指摘する。「危機的事態の定義が非常に広いのです」

プラットフォームの“悪影響”を防げるか

危機対応メカニズムの実施には、まず各加盟国から選出された新たな役員会が実施を決定しなければならない。また、危機的事態の際に、欧州委員会に付与されるテクノロジープラットフォームに対する権限が3カ月後に自動的に終了することを定めたサンセット条項も含まれている。

「危機対応メカニズムに基づくすべての手段は期間限定であり、基本的権利の保護を伴っています」と、デジタル経済の研究とイノベーションを担当する欧州委員会の広報担当者のヨハネス・バークは説明する。そして、欧州委員会が3カ月の期間を延長できるのは、役員会の推奨がある場合のみであり、危機対応メカニズムを利用する際は必ず公表されると付け加えている。

ウクライナ語に堪能なコンテンツモデレーターの採用を強化することなど、特定の問題に関する解決策を提案できるとはいえ、欧州委員会がプラットフォームのポリシーに直に介入するわけではないとバークは言う。なお、欧州委員会の提案を拒否した場合、プラットフォームが制裁を受けるかどうかは不明だ。

デジタルサービス法は、EU加盟国内で運営されているFacebookやグーグル傘下のYouTube、Amazonなどの大手プラットフォームと欧州議会との関係を再構築する双子のテクノロジー法案の片割れだ。3月に合意されたデジタル市場法(DMA)は、大手IT企業が欧州市場に与える悪影響を阻止しようとするものだが、デジタルサービス法はプラットフォームが欧州社会にもたらす可能性がある悪影響への対処を目指している。

欧州議会は16時間にわたる審議の末、大手IT企業に対して違法コンテンツや偽情報などのプラットフォームが直面するリスクに関する年次報告書を欧州委員会に提出し、対応策について欧州議会に報告することも義務づけることで合意した。

これらの規制を例えるなら、新たな化学物質を製造する企業に対して、市販化の前に物質が環境に与える影響について報告を義務づける仕組みと同じであると、データ著作権関連機関であるAWOの公共政策ディレクターを務めるマティアス・ヴァーミューレンは指摘する。「EUはデジタル時代に対応し、これと同じことを実施しようとしているのです」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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