欧州で進む「脱原発」の理想と現実

ドイツをはじめとする欧州の一部の国では、再生可能エネルギーの導入と「脱原発」の動きが加速している。一方で、二酸化炭素の排出量削減という目標において、その道筋が必ずしもひとつでも“まっすぐ”でもない現実も浮き彫りになっている。
nuclear power plant
PHOTOGRAPH: STEFAN PUCHNER/GETTY IMAGES

新年を祝う打ち上げ花火の最終準備がドイツのベルリン中心部で進んでいた2021年の大みそか、首都から離れた場所ではもうひとつの時代が終わろうとしていた。それは、ドイツが何十年もの間いたずらに長引かせてきた原子力発電との付き合いの「終わりの始まり」だった。

この日、ドイツは国内に残る6基の原子力発電所のうち3基の運転を停止した。ほかの3基も22年末までの閉鎖が予定されている。原発排除の合意が法制化されてから20年の間、この国は急速に脱原発を進めてきた。法案が成立した02年当時、ドイツは電力の30%近くを原子力発電に頼っていたが、22年中にこの数字はゼロになるはずだ。

欧州諸国のなかで、原子力エネルギーとの関係を見直しているのはドイツだけではない。隣国ベルギーは、いまのところ電力のおよそ40%を原子力発電から得ているが、現存する7基の原子炉を25年までに閉鎖すると明言している。南隣に位置するスイスは、最終的な全廃に向けた第1段階として、5基あった原子力発電所のうち1基をすでに閉鎖している。

スイスの段階的廃止策は、17年の国民投票で決定された。再生可能エネルギーの利用を奨励し、原発施設の新規建設を禁止するエネルギー政策を、国民の過半数が支持したのだ。

この結果を後押ししたのは、津波の急襲により原子炉3基がメルトダウンした11年の福島原発事故をきっかけとする環境意識の高まりだった。福島での惨事に加え、核廃棄物処理の問題もドイツの脱原発を加速させることとなった。それからまもなく、当時のドイツ首相でかつて原子力発電所の早期廃止には賛成できないと発言したことのあるアンゲラ・メルケルは、既存の発電所の運転を延長しないとの国家方針を発表した

欧州が抱える「原発のジレンマ」

欧州における脱原発の動きに対し、CO2排出の削減が求められる時代において、信頼性の高い低炭素エネルギー源を失うことは絶対に避けるべきだと批判する人々もいる。こうした人々が訴えるのは、原子力発電の突出した安全性とCO2排出量の低さだ。

フランスは電力の70%近くを原子力発電から得ており、結果として欧州屈指の低炭素発電を実現している。一方、原子力に懐疑的な人々に言わせると、低炭素エネルギー源としての原子力の信頼性は、高コスト、新規発電所の建造に要する時間の長さ、安全性と放射性廃棄物に対する拭い切れない社会不安の大きさを割り引いて考えるべきだという。

欧州各国は電力供給の完全なる脱炭素化を急務としており、そのことが欧州全体の脱原発に大きな圧力となっている。EUは温室効果ガスの排出を50年までに実質ゼロにするとの目標を掲げているが、その実現は30年までに削減目標の大部分を達成できるか否かにかかっている。

ドイツの脱原発計画を批判する人々が指摘するのは、原子力エネルギーを放棄する一方で、国内の石炭火力発電施設からは相変わらず大量の二酸化炭素や極めて有害な微粒物質が空気中に放出されているという矛盾した事実だ。いずれにしても、原発のジレンマを抱える欧州から学ぶものがあるとすれば、それは「クリーンな電力」へと続く道には、政治的、経済的、イデオロギー的な障害物がいくつも転がっているということだろう。

東欧で進む新設の動き

原子力発電に対する欧州諸国の姿勢は、核技術を巡る見解によって推進派と反対派の二手に分かれている。気候変動問題を専門とするシンクタンク「E3G」のシニアポリシーアドヴァイザーのラファエル・アノトーの説明によると、フランスは欧州でも群を抜く最大の原子力エネルギー供給国であり、その技術をほかの欧州各国に輸出したがっている。

また、国内の安定的なエネルギー供給を切望するハンガリー政府は、既存の4基に加えてロシアからの資金援助による2基の原子炉の建設を決定している。さらにチェコ政府は、少なくとも2基の原子炉の新設を計画している。ポーランド政府も、石炭への過度な依存から抜け出すため、国内初となる原子炉の建設を目指しているという。

これまで一貫して原子力発電を積極的に推進してきた国々も、原子炉群の老朽化や建設工程の遅れに伴う数々のトラブルを経験している。21年末の時点で、フランスの原子炉は56基中17基が計画的な保守点検と技術上の問題を理由に運転を停止しており、通常なら他国に電力を供給する立場の同国が、やむなく近隣各国から電気を購入する事態となっている。

また、気候変動問題に特化した科学情報サイト「Carbon Brief」の分析によると、英国では老朽化による発電施設の閉鎖や運転停止が原因で、21年の原子力発電量が1981年以来の最低水準を記録したという。英国における原子力発電の不足分は、国内のガス火力発電と欧州本土からの供給で補われた。

化石燃料の削減を原発では補えない?

問題となるのは、こうした不足を十分に補う数の原子炉を新設できていないことだ。また、稼働予定の原子炉についても建築が遅れている。

英国は30年までに既存の原子炉6基を閉鎖する予定だが、いまのところ新設工事が進んでいるのは、イングランド南西部のサマセット州に建設中の原子炉2基を擁する発電所1カ所のみである。英国政府は同様の施設の建造予定地をイングランド東部のサフォーク州にも確保したいと考えている。

しかし、これが確定した場合でも、2カ所の施設による発電量の合計は、英国の既存の原子力施設の発電量と同程度にすぎない。一方、フランスでは最新の原子炉が北部のノルマンディー地方で13年から稼働予定だったが、工事の遅れが重なったことで運転開始は23年に延期されている

建造に要する時間の長さを考えると、各国にとって原子力発電所の新設は脱炭素化を急速に進めるための最善策とは言えないかもしれない。英国とドイツはいずれも35年までに化石燃料による発電の停止を目指しているが、それまでに原子力発電を大幅に増やそうとしても、とても時間が足りないはずだ。「そんなスケジュールで原子力発電所を建設することは不可能です」と、独立系シンクタンク「European Climate Foundation(ECF)」のエネルギーシステム担当ディレクターのドリス・アッケは言う。

加速する再生可能エネルギーの導入

原子力発電所の新設が遅れている一方で、風力発電と太陽光発電の導入は予想を上回る速さで進んでいる。「EUではいまや再生可能エネルギーの活用が主流です」と、英国のシンクタンクの王立国際問題研究所(通称チャタム・ハウス)のアントニー・フロガットは語る。フロガットは同研究所の環境および社会プログラム担当副ディレクターで、原子力発電産業に批判的な内容の年次報告書の執筆陣のひとりでもある。

EUでは00年時点に860テラワット時(TWh)だった原子力による発電量が、20年には685テラワット時まで落ち込んでいる。この間、風力発電だけを見ても、発電量は21テラワット時から396テラワット時に伸びている。同時に再生可能エネルギーによる発電コストの削減も、原子力に比べ急速な勢いで進んでいるのだ。

フランス政府は、新型原子炉の登場が原子力発電に対する取り組みの追い風になることを期待している。エマニュエル・マクロン大統領は、小型モジュール炉の開発への資金拠出をはじめとする300億ユーロ(約3兆8,700億円)の投資計画を発表している。発電規模の小さい小型モジュール炉は、理論上は建設に要する時間と費用を削減でき、大型発電施設の建造に適さない場所にも設置可能とされる

英国政府も2億1,000万ポンド(約323億4,000万円)の予算をかけて小型モジュール炉の開発を進めている。しかし、これまでのところ実際に送電網に接続されている小型モジュール炉は世界で唯一、ロシア北部最東端のペヴェク港に係留された洋上原子力発電所内の2基のみである。

それでも原発は減り続ける?

ECFのドリスは、チェコとポーランドで計画されている原子力発電所の建設が順調に進んだとしても、原子力発電が欧州のエネルギーミックスに占める割合は今後も減り続けると予想する。「欧州では増加より減少の傾向が顕著に続くでしょう」と彼は言う。

問題は、各国が不足分を補う手段として、老朽化した原発施設に代わって再生可能エネルギー施設を増やすのか、あるいは化石燃料に頼るのかということだ。どの国も一貫した方針をとり続けるとは限らない。

ブルームバーグの記事が指摘しているように、かつてドイツをCO2排出の少ない原子力発電の放棄へと導いた社会的・政治的な圧力が、今度はこの国を再生可能エネルギー大国に変えようとしている。このことからも、「ゼロエミッション」への道が必ずしも真っすぐでないことがわかるはずだ。

WIRED US/Translation by Mitsuko Saeki/Edit by Daisuke Takimoto)