超巨大ブラックホールから発せられた「低周波重力波」の証拠は、世界中の電波望遠鏡の能力を結集して発見された

宇宙でも最大級のブラックホールがペアになったものから発せられたとみられる低周波重力波が地球に届いている「説得力のある証拠」を得られたと、米国や日本などの国際研究チームが共同で発表した。この“時空の波紋”とも呼ばれる微少な信号が存在するという裏付けは、世界中の研究者が各地の電波望遠鏡の能力を結集したことで得られたものだ。
Green Bank Telescope
Photograph: Michael S. Williamson/Getty Images

ブラックホールから発せられたと考えられる低周波重力波が地球に届いている「説得力のある証拠」を、このほど物理学者たちが初めて見つけ出した。低周波重力波とは、通常は巨大な宇宙物体同士が互いの周囲を回ることで引き起こされる“時空の波紋”のことだ。この波が宇宙でも最大級のブラックホールがペアになったものから発せられ、深宇宙のほかの物体にぶつかることで、科学者が補足できる微少な信号を生み出したと考えられている。

この発見は6月28日に『Astrophysical Journal Letters』に掲載された北米ナノヘルツ重力波観測所(NANOGrav)による一連の論文で明らかにされた。研究チームは、全米科学財団における記者会見とYouTubeでも、29日午後(米国時間)に研究結果を公表している

NANOGravの研究チームは世界各国の研究者たちと連携しており、欧州、インド、オーストラリア、中国などの共同研究チームも同様の発見を同時に発表した[編註:日本の熊本大学も研究に加わっている]。これらの研究グループの研究結果に一貫性があることで、長きにわたって理論上は予測されていた波動が実在するという結論の重要性が増すことになる。

「わたしたちはこの15年間、宇宙全体に響き渡り、わたしたちの銀河系を通り抜けながら測定可能な方法で時空をひずませる重力波の低いうなりを見つける使命を負ってきました。わたしたちの努力が報われたことを発表でき、とてもうれしく思います」と、NANOGrav所長のスティーヴン・テイラーは6月27日の記者会見で語っている。

一般相対性理論の予測とも一致

NANOGravの測定結果は、アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論の予測と一致しているという。一般相対性理論によると、ブラックホール同士がらせんを描きながら互いの中へと落ち込むことで、時空の構造にしわが生じ、そのひずみが外側に向かって光速で伝播するはずである。

ところが、100年前には地球からそのようなものを検出することは実質的に不可能に思われていた。実際に米国のレーザー干渉計重力波天文台(LIGO)の共同研究グループが2015年に検出に成功して物理学界を沸かせるまで、このほとんど識別不可能な波が見つかることはなかったのだ。

LIGOの研究グループはその後、欧州の重力波検出器「Virgo」の共同研究グループと共に、さらに数十個の重力波を発見している。そのほとんどが、主に恒星サイズのブラックホール同士の合体から発せられたものだが、ブラックホールと中性子星の合体から生じたものも2個あった。

これに対して、NANOGravの科学者たちが探している重力波は、まったく異なるものである。それは、はるかに低い周波数で測定される波で、おそらく超大質量ブラックホールを起源とするものだ。

超大質量ブラックホールとは、わたしたちの銀河系を含むほとんどの銀河の中心に横たわる巨大な天体で、その重さは太陽の数億倍から数十億倍にも及ぶ。NANOGravやほかの研究チームが発表した論文で、科学者たちは分析結果の説明と共に、重力波が宇宙を通り抜けて広がる様子も示している。また、もしそのような重力波が巨大なブラックホールから発生していなかった場合に考えられるほかの起源についても推測し、宇宙ひもや宇宙インフレーションなどの風変わりな候補を挙げている。

天の川が巨大な“重力波検出器”に

NANOGravや同様の研究を手がけている欧州パルサータイミングアレイなどの国際的な研究機関は、銀河系に散在しているパルサーを利用することで重力波の信号を測定した。「宇宙の灯台」と呼ばれることもあるパルサーは、自重で崩壊して超新星となり寿命を終えた大質量星の中心核である。

パルサーのなかには、1秒間に何百回も回転しながら、磁軸から放射線を放つものがある。研究者たちは、それらのパルスを驚くほど精密な宇宙時計として利用し、パルサーの正確な位置を特定したのだ。

NANOGravの研究チームは、それらのパルサーから発せられた信号を測定し、重力波がそれらの信号に干渉したタイミングを見極めることで、実質的に天の川を巨大な重力波検出器に変えることができた。巨大なブラックホール同士の衝突、あるいはその他の極度な高エネルギー過程が生み出す重力波は、時空をかすかに伸縮させ、パルサーの信号の間隔を微妙に変化させる。

NANOGravの研究者たちは、68個のパルサーでそのような微小な変化を測定し、それらの相互関係を比較することで、低周波重力波の証拠と思われるパターンを発見した。ほかの共同研究チームも、別のパルサー群で同じ測定を実施した。

研究チームは10年以上にわたってデータ収集と分析を進めて測定の不確実性を減らした結果、研究チームが見つけた重力波の兆候は「本物」で、ほかの宇宙現象や単なるノイズではないと確信できるまでになった。約200人が携わるNANOGravの研究チームが統計解析を実施し、観測した信号が偶然に発生する確率は1,000分の1未満であることが判明したのだ。ほかの共同研究チームでも、同レベルの統計的有意性が示されている。

世界中の電波望遠鏡をフル活用

それらが巨大なブラックホールから発せられた本物の重力波の兆候である可能性は非常に高いが、研究チームは今回の発見を表現するうえで「検出」という言葉を使いたがらない。南極点近くに設置された米国の電波望遠鏡「BICEP2」の共同研究チームが9年前、この望遠鏡を使ってビッグバン由来の原始重力波を検出したと主張したが、その信号は実際には天の川銀河に存在する厄介な宇宙塵から生じたものであることが判明していたからだ。

このため研究者たちは、結論を出すことに慎重になっている。「重力波の研究コミュニティは、この手のことに非常に慎重なのです」と、かつてNANOGrav所長だった米国立電波天文台の天文学者のスコット・ランサムは言う。

NANOGravの研究チームが測定に使った電波望遠鏡は複数ある。ウェストバージニア州のグリーンバンク天文台、ニューメキシコ州の超大型アレイ望遠鏡、そして2020年に倒壊した象徴的な観測施設であるプエルトリコの巨大なアレシボ天文台だ。

その他の研究チームは欧州の5カ国、インド、中国、オーストラリアの電波望遠鏡を使った。最近ではカナダの電波望遠鏡「CHIME」や南アフリカの「MeerKAT」など、さらに多くの望遠鏡がこの取り組みに加わっている。

なかでも米国と中国の科学者たちの共同研究は注目に値すると、天文学者のランサムは言う。2011年に可決された法律「ウルフ修正条項」は、安全保障上の懸念を理由にNASAが中国の機関と直接協力することを禁じて物議を醸した。ところが、NANOGravのように全米科学財団が資金を提供する取り組みには、そのような制限が適用されないのだ。

「これまで政治が共同研究の一部をやりづらくしてきました」と、ランサムは言う。「わたしたちは協力する方法を考え出す必要があります。そうすれば、科学は間違いなく進歩するからです。政治に束縛されるのは最悪です」

各国の研究チームは「国際パルサータイミングアレイ」と呼ばれる一種の超大型共同研究を通じて互いに連携している。このグループでは、地理的な隔たりのせいで科学者たちが時差を越えて連絡をとり合うことは難しいが、それぞれのデータセットを組み合わせて測定の精度と信頼性を高められる。

「銀河系サイズの重力波望遠鏡を自宅の裏庭に建設することはできません」と、欧州パルサータイミングアレイ実行委員会の天体物理学者のマイケル・キースは、『WIRED』の取材に対してメールで説明している。「このスケールで宇宙を研究するには、何百人もの天文学者、理論家、エンジニア、管理者が総力を結集する必要があるのです」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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