教室が暑いと学力は下がる──エアコンの有無がもたらす不平等

9月に入っても“暑すぎて学校に行けない”という事態に見舞われた米国。教師たちは、息の詰まる教室を避け、オンライン授業に切り替えたり、休校にしたりして対応してきた。専門家は、校舎にはエアコンを設置し環境を整えることが将来的にみても効果的な解決策になると指摘する。
Silhouette of a child swinging on a swing set against an orange sky with the sun shining
Photograph: Westend61/Getty Images

暑さはゆっくりと、だが確実に、10代の生徒たちを蝕む。ペンシルバニア州ピッツバーグにある高校の化学のクラス。教室の気温は午前7時半の時点で29℃近くまで上がることがある。

教師のサラ・ミュラーは冗談で生徒の気分を盛り上げようとする(「人はサウナに高いお金を払っているけれど、あなたたちは無料で楽しめる!」と)。ミュラーはこれまでに1000ドル(約14万円)以上費やして自腹で教室に扇風機を置いてきた。でもまだ足りない。1日の授業が終わる頃には、生徒たちは汗だくで疲労困憊し、集中力を失ってしまう。

「ほとんど溶けている人間にいろんなことを学ばせようなんて、(捕虜や戦争被害者の保護を定めた)ジュネーブ条約違反です」。彼女は冗談めかして言う。

新学期をスタートした9月、猛烈な暑さと湿度が全米を襲った。9月最初の週、気温は30度半ばに達し、ミシガン州デトロイトとニュージャージー州ニューアークでは授業が短縮された。ミュラーの学区では、エアコンのない学校は2日間、オンライン授業に切り替えた。新型コロナウイルスによる非常事態の再来のようだった。学校はどんどん暑くなっている。そして教えるのも、学ぶのもますます難しくなりつつある。

脳が血流不足になり、集中力が低下する

熱が脳に与える重大な効果はいくつかある。まず、過熱状態は気を散らす。悲惨な状態で熱波に耐えている生徒は、目の前のテストに集中できない。茹だるような日、机から頭を上げているだけで一苦労しているミュラーの生徒たちが、実験室の安全についての授業に身が入るわけがない。

若者は生理的に熱に対して特段に弱い。彼らの体はまだ成長途上だからだ。過熱を防ぐために、体は汗をかく。同時に、体は内臓への血流を皮膚に向ける。体の熱を体表から放出するためだ(だから暑いと肌が赤く染まる)。このとき、一部の細胞で酸欠が起き、意識障害が起きる。同じことは暑い教室にいる教師にも起きるので、授業内容の低下につながりかねない。

「ヘモグロビンと酸素を運ぶ血流が十分に脳に届いていないと、わたしたちは集中力を失い、考えることができず、効果的に学ぶこともできなくなります」と語るのは、カリフォルニア大学サンディエゴ校の環境疫学者タリク・ベンマーニアだ。「脳への血流が足りないと、当然、集中することの優先度は下がります。体はとにかく体温を下げるのに必死になります。それが体にとって最優先事項ですから」

特にリスクが高いのが喘息がある場合だ。高温になるとオゾン(O3)が出来やすく、これは気管を刺激する。その不快感だけで集中力は削がれる。さらに異常高温で喘息発作が起きれば、その子は病院に搬送されることになる。これは危険であり、学業の阻害要因にもなる。

熱波は、気分障害や不安障害といった精神衛生上のリスクを高め、攻撃性を高めることがよく知られている。ピッツバーグの教師であるミュラーは、気温の高い日に生徒同士の喧嘩が増える傾向があることを実感している。取材の前の週など、1日にふたつの喧嘩が起きたという。

熱波が長期にわたるとダメージはいっそう大きくなる。夜、熟睡することができず、疲れた状態のまま翌日学校に戻ってきてしまうからだ。自宅にエアコンがない生徒は、目覚めた時から暑い。こうした若者の多くが熱波の中を歩いて登校するか、あまり快適ではないスクールバスに乗らなくてはならない。そしてまた熱気のこもる家に帰って眠れない夜を過ごす。

「彼らはぐっすり眠ることができません。そのため登校した時にはクタクタで、このサイクルが事態を悪化させるのです」。ベンマーニアは言う。「若い人たち、とくに10代の子には睡眠が必要です。学んだことを身につけるためにも、翌日に備えるためにも、良質な眠りが必要なのです」

高い気温に晒され続けると、長期的な弊害がある

熱波が学びにどう影響しているのか、科学者たちは数量的な調査を始めている。2020年に出されたある報告書では、研究者たちは大学受験のためのSATの予備試験(PSAT)を複数回受ける生徒からデータを集めた。

生徒の多くが受験の2年前の10月に試験を受け、その翌年に再受験する。研究者たちは彼らが受験した時の全米各地の気温を調べた。同時に、被験者の一部に、教室が勉強するには暑すぎることはどのくらい頻繁にあるかを尋ねた。その結果、予備試験を受ける前に暑すぎる日があってエアコンがないと、テストの点数に影響が出ることを突き止めた。エアコンのない学校では、気温が0.5度上がるごとに、生徒の2回目の予備試験の点数の上がり方の平均も1%低くなった。

「特別に暑い年には、生徒たちは普段の成績から予想されるよりも低い点しか取れないことがわかりました」。こう語るのは、この報告書の共同執筆者でボストン大学の教育経済学者ジョシュア・グッドマンだ。「試験当日の気温だけではなく、高い気温に晒され続けると、長期的なインパクトがあることが、これで裏付けられたのです。ただならぬ暑さの教室で長期間学ばざるを得なかった生徒は試験の日、積もり積もった悪影響を受けているのです。たとえ試験当日の天候が穏やかだったとしても」

Courtesy of Sarah Mueller

翌年、報告書の追加調査が58カ国で行われた。それによると、熱波の悪影響の存在は世界的なものだということが確認できた。気温の高い年に教育を受けた生徒は、同じ国で穏やかな気候下で教育を受けた生徒に比べて試験の点数が低かったのだ。

アメリカでは、熱波の教室で苦しまざるを得ないかどうかについて、地理的・人種的格差が明らかになった。例えば、南部フェニックスの32度と北部ボストンの32度は、まったく違う。フェニックスの街づくりはエアコン設備があることを前提としている。それに対し、北部では最近までエアコンは必要とされていなかった。時間をかければ人の体はある程度まで高温に適応する。フェニックスの住人はボストンの住人よりも32度で暮らす耐性があると言えるかもしれない。

「高温への適応が遅れていると思しき地域、つまり寒冷気候の地域のほうが、平均的に高い限界効果があるように思えます」と言うのは、2020年と2021年の報告書の共同著者であるペンシルバニア大学の環境経済学者R・ジスン・パクだ。「つまり、同じように暑い日であっても、寒冷な地域のほうが学習に関するダメージが大きくなるのです」

グッドマンとパクの2020年の報告書によると、白人生徒よりも黒人や中南米系の生徒のほうが過剰な熱によって3倍学習が阻害されることがわかった。黒人や中南米系住民の多い地区の学校にエアコンがないからだろう。白人生徒と黒人・中南米系生徒のPSATの点数が3〜7%低いのは、気温によって説明できるかもしれないとふたりは考えている。「大都市の中でも、マイノリティの多い地域の学校であることと、十分なエアコン設備がないことの間に関連があることが裏付けられました」と、パクは言う。「多くの都市で同じことが言えます。低所得層は(都市が高温になる)ヒートアイランド現象の影響を受けやすい地域に住んでいる傾向があるからです」

Courtesy of Sarah Mueller

学校にエアコンを備え、木を植えるべき

パクが指摘するのは、都会が周辺の地方よりもダントツに暑くなる現象がさらに厳しくなっていることだ。日中、コンクリートやビルは太陽エネルギーを吸い取り、夜間、時間をかけて放出していく。しかも都市には「汗をかいて」地面を冷やしてくれる植生もない。

「残念ながら、わたしたちが目の当たりにしているのはこういうことです。低所得コミュニティはビルやアスファルトなど浸透性のない表面が広く、木などの植生が少ないところにあるので、より温度が高いなかでの生活を強いられるという実態です」と言うのは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校ラスキン革新センターで都市の熱を研究するエディス・デ・グズマンだ。そもそも、建物が密集し、バスケットボールやテニスコート、駐車場や中庭などの浸透性のない表面に囲まれている学校そのものが、小さなヒートアイランドだ。

明らかに効果があるであろう解決策は、学校にエアコンを備えることだ。それにはむろん金がかかる。アメリカの学校はすでに壊滅的に資金不足だ。しかし、2020年の報告書でグッドマンとパクは、これを先行投資として再定義した。1年の間に気温が2.7度上がるとした場合、学校にエアコンがあれば生徒の学業成績が上がる。このことで、将来の収入の損害を生徒1人当たり1060ドル(約15万円)分防ぐことができると見積もったのだ。「学校にエアコンを備えて、木を植えたほうがいい」とグッドマンは言う。「これは、比較的はっきりしている政治的解決策です。必ずしも安くはありません。しかし、少なくとも効果は明らかなのです」

さらなる高温に備えてアメリカの学校を改修することは、一大事業だ。2019年の米国会計検査院の調査によると、全米の学区の41%が暖房、換気、エアコン・システムの改善を必要としている。言い換えると、約36,000校である。

新型コロナウイルス対策として連邦政府が用意した予算を、学校改修に使うことができる。非営利団体FutureEdの分析によると、全米の学区の半数がこれを暖房・換気・エアコンの改修に充てることを計画している。とはいえ、このうちどれくらいがエアコンに振り向けられるかは定かでない。古い建物にエアコンを入れるには、何十年も使い古された電気系統を大改修せざるを得ず、時に有権者の投票によって賛同を得なければならない。金と時間のかかる手続きを踏まなければならないのだ。

さらに、たとえ学校がエアコンを導入するための資金を確保したとしても、新型コロナウイルスの蔓延が引き起こしたサプライチェーンのトラブルによって大幅な作業の遅れも予想される。イリノイ州ハイランドパークの教育長マイケル・ルーベンフェルドによると、学区内のふたつの中学の改修工事は、承認から完成まで4年以上を要した。改修の一環として、学区は暖房だけだった1950年代の暖房・換気・エアコン・システムを総入れ替えし、空気濾過器とエアコンを取り付けた。ひとつの中学にかかった費用は670万ドル(約10億円)と見積もられている。「助けが必要です。学校のインフラを作り直すために、連邦政府からマーシャルプランに匹敵する支援が必要です」とルーベンフェルドは訴える。

地球温暖化が進むなか、エアコンは学校が切望する対策の長いリストの中のひとつに過ぎない。ボルティモア・シティカレッジ高校でスペイン語を教えるフランカ・ミュラー・パスによると、この学校の生徒たちは水道水を飲むことができない。高濃度の鉛が含まれているからだ。水道の代わりに学校には冷水機が備えてある。「生徒たちは喉が渇いて、暑さで朦朧としています。体がそんな状態では勉強なんかできません」とパスは言う。取材の前の週、ボルティモア市立の学校、は学区の過酷な天候に見舞われた場合の手順に従い、エアコンのない20の学校(パスの学校も含まれている)にオンライン授業に切り替えるよう指示した。

ボルティモア市とピッツバーグ学区の代表にコメントを求めたところ返事はなかったが、ボルティモア公立学校区の施設デザイン・建設部長シンディ・スミスは5月、WBALテレビの取材に応じ、こう語った。学区は、エアコンを備えていない13の学校で改修を計画し、予算を講じていると。一部は大規模改修の一環でもあるという。

また最近になって、ピッツバーグ公立学校区の教育長ウェイン・ウォルターズは地元アクションニュース4の取材に応じ、学区の学校は創立から平均80年以上経っており、エアコンを導入するにはアスベストの軽減など費用のかかる工事が必要になると語った

(この記事が出てから、ボルティモア学区代表から返事があった。水道水に鉛が含まれており飲用に適さないため、学区内の学校では瓶入りの水を供給している。既存のパイプや濾過システムを取り替えるには6400万ドル以上(約95億円)の費用がかかるとも語った。教室の気温についてはコメントしなかった。)

気候変動が教育の平等を揺るがしている

引き続く異常気象は、さらに厳しくなる気象危機に学校は対応できるのかという疑問を呼び覚ます。6月、カナダで発生した山火事の煙が危険なほど流れてきて、アメリカ東海岸の学校が広範囲で休校となった。学校を守ることは幅広く気候変動と戦うことだと運動家らは言う。

「気候変動と異常気象は、教育の平等への脅威を増大させるものです」。そう語るのは、異常気象による休校情報を地図で掲載する非営利団体UndauntedK12の共同創設者で最高経営責任者のジョナサン・クラインだ。彼は、「気候変動に強い」学校を作るための予算とデザインを提案するための委員会設立を提唱するカリフォルニア州上院の394法案に注目している。

エアコンを備えた学校でも、教師たちは外気温の高さを心配している。砂漠の気温が37度を超えることもあるネバダ州ラスベガスでは、エアコンは標準装備だ。だが、1年生を担任するシヴァニ・バクタは休憩時間のあと生徒たちを集中させるのに苦労する。外で休憩した子供たちが水を飲みに行ったりトイレに行ったりして、クラス全体が出入りする子供の回転ドアのようになってしまうからだ。「もしこれ以上暑くなるようなら、休憩時間そのものを、問い直す必要が出てくるでしょう」とバクタは言う。

今のところ、エアコンのない学校は対処療法を選ぶしかなく、結果的に生徒たちの貴重な学習機会は失われ、不平等を拡げることにつながりかねない。ある学校では、教師たちは生徒を暑い教室から少しでも涼しい場所へ移動させなければならない。行き先はだいたい図書館などの共有部分で他のクラスと一緒に使わなければならないし、学習教材も備わっていない。

別の学校は、授業時間を短縮して生徒を早く帰す。となると、働く親たちは子どもの預け先を見つけるのに苦労する。暑い日、オンライン授業に切り替えるのは応急処置でしかない。確かに、ほとんどの学校は生徒用のノートPCを備えているが、緊急避難的なオンライン授業は学習機会の喪失と結び付けられてきた。恵まれた生徒は個人授業などで失われた学習機会を埋め合わせることができるし、休校になってもエアコンの効いた快適な家で学習を続けることができる。だが低所得層の生徒は、失われた機会を取り戻せないままになる。

ボルティモアのスペイン語教師ミュラー・パスは、どんどん酷くなる暑さが生徒たちの未来にどう影響するのかを心配している。彼らの多くが、家族の中で初めて大学に進学する栄誉を掴みたいと望んでいる。「わたしは怒っています。生徒たちに成功してほしい。それなのに、こんな環境で学習しないといけないなんて、不公平です。他の豊かな地域の学校ではエアコンの効いた教室で、暑さなんて心配しないで、心地よく学習できるのに。暑さは間違いなく生徒たちの集中力に影響します。こんな扱いを受けていいはずがありません」

WIRED US/Translation by Akiko Kusaoi, Edit by Mamiko Nakano)

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