米国で承認された「肥満治療薬」では、本質的な健康は手に入らない

糖尿病の治療薬である「チルゼパチド」に減量の副作用が発見されたことから、肥満治療薬としての承認が米国で加速している。一方、持続的な効果についての確証はまだなく、肥満外科手術などの過去の治療法と同じ課題を抱えているという声もあがっている。
米国で承認された「肥満治療薬」では、本質的な健康は手に入らない
Photograph: Wired Staff, Getty Images

減量方法に革命が起きているようだ。米食品医薬品局(FDA)が、2型糖尿病治療薬の「セマグルチド」を減量目的で使用することを2021年6月に承認したことが発端となっている。

「Wegovy」という名称で販売されているセマグルチドは、週1回の注射剤投与で体重を5〜10%減らせるという。セマグルチドについてメディアは「医学の飛躍的進歩」であり、肥満の「特効薬」だと書き立てた。イーロン・マスクがセマグルチドを投与していると公言したほか、キム・カーダシアンも使用中だとうわさされている。西海岸のハリウッドから東海岸のリゾート地であるハンプトンズまで、全米の人々が処方を望んでいるのだ

新たな肥満治療薬も近い将来に販売される見込みで、同種の薬よりも高い効果を発揮するという。FDAはチルゼパチドを肥満治療薬として承認するために、22年秋に審査期間を短縮する特別措置を講じた。ボディマス指数(BMI)が「過体重」または「肥満」に分類される人に最高用量を臨床試験で投与したところ、体重が22.5%も減ったからだ

すべてが順調に進めば、チルゼパチド(製品名「マンジャロ」)は生物医学分野における最新の肥満治療薬として、「太りすぎ」を根絶とは言わないまでも、阻止すべく使われていくことになる。生物医学は、肥満外科手術から脳の深部に電気刺激を与える過食性障害の治療まで幅広く網羅しており、急成長を遂げている分野だ。

新たな差別の源泉になる?

製薬会社は、金を目当てに肥満治療薬のマーケットにわれ先にと参入している。Wegovyとマンジャロを購入するには毎月1,000ドル(約13万円)かかってしまう。肥満治療薬が保険適用の対象になることはほぼないが、財布に余裕がある人は喜んでお金を出すことがすでに示されている。

しかも、市場は実質的に無限だ。“肥満との闘い”が繰り広げられているなか、世界では19億人以上の成人が過体重か肥満とみられる。そして、肥満治療薬の使用が見込まれる人は年々増加しているのだ

こうした“肥満エピデミック”と言われる状況の改善を、医師たちは試みている。米小児科学会は、12歳以上の未成年者への肥満治療薬の処方を23年1月に推奨するようになった

マンジャロのような薬がもてはやされる風潮は、肥満差別をなくす「ファット・アクセプタンス運動」に対する真っ向からの挑戦としてすでに位置づけられている。この運動は、公民権や太っていることに誇りをもち社会的に解放されること、そして体形を問わず社会や経済的に平等な機会を与えるよう、生物学的なエビデンスを踏まえて何十年にもわたって求めてきた。

また、ポッドキャストでウェルネスや健康ブームについて発信するオーブリー・ゴードンやマイケル・ホッブスといった人たちのおかげで、カロリーの摂取制限や運動によって「生活習慣を改善」しても97%の人は持続的な減量に失敗し、多くが減量前の体重よりも増えてしまうことが明かされている。だが、肥満治療薬に効果が見込まれているいま、こうした主張の説得力はどうなってしまうのだろうか。

マンジャロは、減量手段と同じように「肥満であるというレッテルを痩せさせることで剥がそうとしているだけで、根本的な問題は解決しようとしていません」と、ペンシルベニアのファット・アクセプタンス活動家で家庭のナースプラクティショナー(診察看護師)でもあるスザンヌ・ジョンソンは語る。このため肥満治療薬や肥満外科手術は、肥満差別を悪化させているのだ。

太っている人は、これから意志の弱さや「食べたぶんだけ運動しなくてはならない」という決まり文句で責められる代わりに、科学を信じない悲観論者やアンチ科学だと批判されるだろう。太りたくなければ「妙薬を飲め」というわけだ。

医療行為で落とした体重の代償

ダイエット業界の歴史を振り返ると、臓器移植や抗生剤の研究開発がたどってきた道よりも、金の鉱脈を掘り当てることや暗号資産への投資に近いように思われる。つまり、科学的な発展というよりも、終わりのないとっぴな推論が延々と続き、ブームが起きては期待外れに終わることを繰り返しているのだ。

食欲抑制効果のあるフェンタミンとフェンフルラミンを併用する「フェンフェン」と呼ばれた方法は、心臓弁膜症を引き起こすことが発覚するまで奇跡的な効果を発揮していた。また、断続的断食は、カロリー制限では得られない効果があると言われていたが、いずれも結果は同じであることが研究者たちによって明かされている

さらに厄介な問題が起きやすいのが、肥満外科手術だ。この手術方法が1950年代に誕生してから、胃のバイパス手術(食べ物が胃を通らないようルートを変更して吸収不良を引き起こす手術)とスリーブ状胃切除術(胃を部分的に切除し、食べ物が胃に入る量と食欲ホルモンの分泌を減らす手術)は、肥満を解決すると言われていたと、リサ・デュ・ブルイユは語る。彼女はマサチューセッツ総合病院に医療ソーシャルワーカーとして所属している。肥満外科手術に適した人のうち、実際に手術を受ける比率は1%に満たないが、術後は体重の「超過分」(あるいはBMI値の24.9を超えた分)を最大で70%も落とせる。

だが、肥満外科手術のあとにひどい副作用に見舞われる患者を、摂食障害と薬物乱用障害が専門のデュ・ブルイユはこれまで目にしてきた。術後はダンピング症候群が起きる場合がある。糖分の高い食べ物が胃から急速に排出されるせいで、冷や汗やめまい、動悸、嘔吐といった症状が出るのだ。

胃のバイパス手術が終わったあとは、アルコール乱用障害のリスクがとりわけ上昇する。肥満外科手術を受けてから数年の間は、自殺自傷行為に走る割合も上がってしまう。さらに、術後に厳しい食事療法を実施しても、栄養不良や歯の脱落、痛風に悩まされたり、摂食障害が再発したりする恐れもある。「全容を把握することはかなり難しいです」と、デュ・ブルイユは語る。いままで聞いたことのない副作用の話をしょっちゅう耳にするという。

多く存在するGLP-1受容体作動薬の一種であるセマグルチドとチルゼパチドは、低用量で糖尿病を管理するために開発された。臨床試験中に参加者の体重が減少したことで、製薬会社が「投与量を最大まで引き上げれば、この副作用の出方を強められる」ことに気がついたと、活動家のジョンソンは語る。「それはつまり、ほかの副作用も強く出ることも意味します」

オゼンピックやWegovy、マンジャロを使用した患者が訴えた症状は、胃腸薬を服用することで改善できそうな症状に思われる。胸やけや胃のむかつき、下痢、あるいは「激しい嘔吐」と患者が呼ぶような症状だ。しかし、こうした症状は、体重が減ったことによって生じているよりかは、典型的な「副作用」の可能性があると『ガーディアン』は報じている。薬を服用している人が自ら食事を(ときには水分補給すらも)不快だと思うようにしてカロリー摂取を抑制するという点では、胃が一度にわずかの食べ物しか受け付けられなくなる肥満外科手術を受けた患者の体験に近い。

関連記事:ポスト空腹時代へようこそ:薬で食欲が抑えられると何が起こるのか?

合併症はこれ以外にもある。例えば、GLP-1受容体作動薬を使用すると甲状腺がんのリスクが高くなるかもしれない。甲状腺がんは、BMIに関連づけられる疾患のひとつに数えられ、体格のいい人は減量が絶対条件だとされている。また、長期使用者が増えればほかの副作用も明るみになると考えるべきだろう。

長期的な体重減少の効果が保証されていないと聞くと、将来的に使うであろう多くの患者は驚くかもしれない。これはおそらく、肥満になるのは食べすぎるからだという思い込みの表れだろう。いまのところ、肥満外科手術を受けた人は一般的に、術後10年で落とした体重の30%が再び増えるという。術後10年で体重が術前に逆戻りする割合は4人に1人で、手術を受けても効果がない「ノンレスポンダー」も20%いる。

同じことはGLP-1受容体作動薬にも当てはまる。投与を止めたら体重は元に戻るのだ。

製薬企業が決める「正常な身体」

気づいていない人のために言っておこう。臨床ソーシャルワーカーで研究者のエリン・ハロップによると、生物医学的な減量への介入は、拒食症や過食症、その他の摂食障害に伴う有害な理屈をそのまま真似たものがほとんどだ。これは、ハロップが身をもって得た知識である。

摂食障害で苦しんでいたハロップは、食べ物ではなく空気で胃を一杯にしてしまいたいと考えていた。また、胃を切除したり、針金であごを閉じたりしたいと思っていたという。胃の中にバルーンを入れる処置やスリーブ状胃切除術、そしてアゴが少ししか開かなくなる磁気性のデバイスといったものが存在することを知ったのはあとになってからだ。

そうなると、肥満外科手術を受けたあとに摂食障害を再発したり、新たな摂食障害を発症したりする患者がいたとしても驚きではない。嘔吐を繰り返し、どんな食べ物によって胃の調子がおかしくなるかがまったくわからず、術後の体重を維持しなければならないというプレッシャーも重なって、「結局は摂食障害になってしまうことがあります」と、マサチューセッツ総合病院のデュ・ブルイユは語る。

ところが、セマグルチドとチルゼパチドが謳っているのは、いっそう不可解で、ありえない話である。食欲そのものを取り除くというのだ。

マンジャロなどの薬は脂肪の蓄積を抑制したり、体内の脂肪細胞を「褐色化」してエネルギー燃焼率を高めたりするなど、さまざまな効果を発揮する。だが、患者と医師は欲望から解放される感覚に興味をそそられているようだ。マサチューセッツ総合病院体重センターの医師で肥満治療薬を専門とするファティマ・コディ・スタンフォードは、薬がよく効いている患者が「食べるのを忘れてしまう」と言うのをよく耳にするという。

太っていることが好ましくないと本気で思っている医師にとっては、こうした手法は理にかなっているかもしれない。例えば、肥満外科手術に関する医学文献レビューでは、手術を受けていない高BMI値の患者と比較して、肥満外科手術があらゆる点で全死因死亡率(原因を問わない死亡率)を低下させていることが示されている。だが、所得や教育などの社会的要因を固定していないので、こうした研究は極めて限定的なことが多い。セマグルチドとチルゼパチドについても、人を長生きさせる効果がいつか判明するのではないかと多くの人が期待を寄せている。

とはいえ、摂食障害も人命を奪う。多くの場合、ずっと空腹でいることは不自然でばかげたことだとみなされる。また、食べ物やいかなるものに対する欲望によって、生きていることを心から実感できる。

「食欲がないのはいいことだとみなすなんて、わたしには考えられません」と、あらゆる体型の摂食障害の患者を治療するセラピストのシーラ・ローゼンブルースは語る。ポッドキャスト番組を配信しているアナ・トゥーンクもローゼンブルースに賛同している。「太っていることよりも悲惨なことがあると気がつきました」と、トゥーンクはカルチャー誌『The New York Magazine』のファッションメディア「The Cut」で語っている。「何よりも悲惨なのは、吐きたいという欲求がいつでもあったことです」

突き詰めれば、マンジャロなどの肥満治療薬が広まるのは、医療ビジネスに携わる人たちが「正常な体重」とは何なのかを明確にできていないにもかかわらず、決めている現状があるからだ。これに加えて、「正常な食欲」のほうも製薬企業側が決めている。そもそも身体が必要としているものを知らせてくれる本能的なものであった食欲は、いまやダイエット文化の言いなりになっている。身体が人に食べるよう知らせるのではなく、人が食べていいものは何かを体に指図しているのだ。そしていま、現代の医学は根本的な見直しを約束している。然るべき薬があれば、体は何も求めなくなるのだ。

肥満は治療するべきなのか

肥満治療の技術を完全に止めることもできなければ、止めるべきでもない。人はみな、自分の身体についての決定権をもっている。とはいえ、医師からの説明を土台にしているインフォームドコンセントがあったとしても、情報が患者たちに十分に提供されていない場合もある。

FDAがマンジャロに特別措置を講じる根拠となった研究では、体重が実際に減少した期間はわずか72週間だった。しかし、実際の患者がマンジャロを使用する期間はそれよりずっと長い。薬が一般販売された最初の1年間は、継続している臨床試験に参加していることを説明する義務はあるだろう。

肥満との闘いが生物医学界で続くなか、肥満に対する差別や偏見を跳ね返すためには一層の努力が必要だ。狭い意味ではなく、ファット・アクセプタンス運動を始めた人々が50年以上も前から発信している正義をより広くとらえたビジョンの一環として、努力していかなくてはならない。なぜなら、セマグルチドやチルゼパチド、肥満外科手術はみな、妙薬でもなければ治療法でもないからだ。

太っている人は昔から存在しており、今後も変わることはない。治療が効かない「ノンレスポンダー」や拒否派、治療を受けられる日をひたすら待っている人も含まれる。さらには、元の体形がどうであれ、手術後や投与後に体重が激減しても結局は過体重や肥満のままの人だっている。

何よりも、米国は減量について、再帰的な科学主義から語るのをやめたほうがいいだろう。これによって、生物医学が人間のあらゆる経験を単純化した基準で精査できるようになってしまったからだ。

肉体のほぼあらゆる側面と同じように、体重は単なる生物学的現象というわけでも、解決すべき明白な医学的な「問題」でもない。体重は社会における権力の配分や個人心理など無数の要素から成り立っている。そして最も恐ろしいのは、尽きることのない欲なのだ。

WIRED US/Translation by Yasuko Endo/Edit by Naoya Raita)

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