量子コンピューターの実用化に向け「ノイズ」を抑えるべく、フィンランドのスタートアップが動き出した

実用化されれば新薬開発や自動運転技術が大きく進展すると言われている量子コンピューターには、周囲のわずかな干渉によって異常を起こすという弱点がある。こうしたなか、フィンランドのスタートアップであるAlgorithmiqはこの弱点を緩和し、最適化させる方法を開発している。
Quantum computer
Photograph: Bartlomiej Wroblewski/Getty Images

量子コンピューターは大きな問題を抱えている。もしかすると、極めて小さな問題がたくさんあると言ったほうが正確かもしれない。

量子力学における不確定性原理を利用するこの先進的なコンピューターは、金融業界から新薬の開発まで、あらゆるものに変革を起こすと期待されている。普通のノートPCやスマートフォンで「ビット」が用いられているのに対して、量子コンピューターでは「量子ビット(qubit)」が使われる。量子コンピューターは、一部のタスクを従来のコンピューターよりもはるかに高速に実行でき、自然現象のシミュレーションも得意かもしれないのだ。

こうしたなか、グーグルマイクロソフトIBMといったテック大手は我先に量子コンピューターをつくろうとしている。だが、この分野は全体的に「ノイズあり中規模量子デバイス(NISQ)」と業界で呼ばれる段階から抜け出せていない。

現在の量子コンピューターは、環境からほんのわずか干渉されるだけで異常を起こしてしまう繊細な装置だ。その結果、処理速度は遅く、規模は小さく、それほど正確ではない。つまり、量子コンピューターはいまのところ役に立っていないのだ。

化学シミュレーションで「ノイズ」を緩和

サブリナ・マニスカルコは、こうした状況を変えたいと考えている。マニスカルコが共同創業者兼最高経営責任者(CEO)を務めるAlgorithmiqは、処理速度が遅い量子コンピューターに向けてソフトウェアを開発する、数少ないスタートアップのひとつだ。

「近い将来に開発される量子コンピューターのソフトウェアとアルゴリズムは、産業界で役立つ用途を発見し、活用していくための鍵になります」と、マニスカルコは語る。

Algorithmiqは、ヘルシンキ大学の研究室で誕生した。マニスカルコは、南アフリカやエディンバラのほか、生まれ故郷であるシチリアなどを経て、現在は同大学で、量子情報・量子コンピューティング・量子論理の教授を務めている。「量子コンピューターは開発初期段階にあり、ノイズが多いので、最適な用途を考えようとしたことがきっかけでした」と、マニスカルコは語る。

Algorithmiqは「ノイズ」の問題に着目して、量子コンピューターの悩みのタネであるノイズを緩和する方法の開発を進めている。ノイズと言っても冷却ファンの騒音ではなく、小さな環境変化のことだ。このノイズによって、量子ビットの繊細な量子の「重ね合わせ」が崩れることがある。この重ね合わせ(大ざっぱに言えば、0か1で表現されるのではなくその両方が同時にある状態)によって量子コンピューターは強力になるが、構築することはかなり難しくなる。

Algorithmiqは、開発初期段階の量子コンピューターを実験で使えるようノイズをモデル化して、緩和する方法を模索している。そこでAlgorithmiqが着目したのが、化学シミュレーションだ。自然の不確定性を模倣するので、量子コンピューターの有望な使用例として挙げられる。

ノイズ低減アルゴリズムの評価には、酸化クロムなどの分子のシミュレーションが基準として使われている。現在の量子コンピューターでシミュレーションするにはうってつけのシンプルさだが、個々の量子コンピューターの能力を示すには十分なほど複雑だからだ。

Algorithmiqは、IBMとの提携を2022年11月に発表した。マニスカルコによると、将来は同じ基準をもっと複雑な構造に当てはめることを計画しており、製薬業界の新薬開発などに使えるのではないかという。

「わたしたちは当社を、最初の量子バイオテック企業だと考えています」と、マニスカルコは語る。

WIRED US/Translation by Ryo Ogata, Galileo/Edit by Naoya Raita)

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